常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第十四話 家族

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 振り返った少女は大きな瞳で雄一を見た。
 そして、すぐに目をそらした。
 雄一は視線が釘付けになっていた自分に気付いた。
 小さな顔には小さく尖った鼻と、桜の花びらのような唇が乗っていた。

(か......かわいい......)

 雄一は一目見ただけで惚れてしまった。
 少女は端末に向き直った。
 何かの作業に没頭し始めた。
 始めから雄一などいなかったかのようだ。

「秋華(しゅうか)、PMの有馬さんだ。挨拶くらいしたらどうだ」

 里野から促された秋華は、端末に向かったまま小さく頭を下げた。
 雄一も照れながら頭を下げ、こう言った。

「野平部長から後を引き継ぎPMになった有馬です。よろしくお願いいたします。今日は挨拶に来ました」

 そう言って菓子折りを差し出した。
 秋華の代わりに里野が受け取った。

「有馬さん、わざわざありがとうございます。状況について訊きに来たんでしょ?」

 里野は雄一がここに来た目的が分かっているようだ。

「秋華、こっちに来なさい」

 彼女は億劫そうに立ち上がった。
 彼女が席を立ったことで、端末の画面が見えた。
 どうやらPythonのコードのようだ。
 すらりと細い足がセーラー服のスカートから伸びている。

(やばいな。相手は女子高生だぞ)

 そう思うことで自分を戒めようとした雄一だが「ん? 女子高生?」と我に返った。

「試作品については今週中にも、何とか提供出来ると思います」

 里野は申し訳なさそうに言った。

「よろしくお願いします。メンバーに伝えておきます」
「まだ、だめ」

 雄一と里野の会話に秋華が割り込んで来た。

「秋華さん、だめとは?」

 苗字が分からない。
 どうかとは思ったが名前で呼んだ。

「今のままじゃ不十分」
「どういうことですか?」
「学習させるためのデータが足りない」

 秋華は話すのも億劫そうだ。
 雄一は桜子が昨日言っていたことを思い出した。
 AIが正しい答えを出すには、元になるデータが大量に必要だ。

「会員の年齢、職業、趣味、好みのタイプ、血液型などを説明変数とし、それを元に目的変数である成婚率を出すのがマッチングエンジンの仕様です。今回は説明変数と目的変数のセット、つまり教師データを使ってマッチングエンジンに学習させようと思ってるんです」

 秋華に代わって里野が説明を始めた。
 教師データが少ないからマッチングエンジンの学習が不十分だと言っているのだろう。

「テストデータだけじゃ足りない」

 秋華はボソリと言った。

「テストデータって?」
「こちらで、設計書を参考に作ったデータのことです。ま、自分たちで手組みしたデータです」

 再び里野が代わりに説明をする。

「へぇ。単体テストデータみたいな作り方ですね」
「本当なら稼働中の現行システムの本番データが欲しいところなのですが......」

 成婚したカップルのデータや交際したけど別れたカップルのデータなど、成功例と失敗例が多ければ多いほど良い。
 AIは過去の膨大なデータから未来を予測することを得意とする。
 その予測をより正確なものにするには、AIに多くのデータを学習させる必要がある。
 雄一は思った。
 人間では処理しきれないほどのデータから瞬時に結果を導き出せるAIは、人間の仕事の一部を奪うかもしれない。
 だが、それはメリットでもある。
 もしかしたら、寺山は自分の仕事が無くなることを危惧しているのではないか。

「本番データを提供しましょうか?」
「有馬さんがそう言ってくれるのはありがたいのですが、サガスさんからそれは難しいと言われてしまって......」

 手組みだとバラツキのある大量データを作るのは難しい。
 所詮、作る側が予期したデータでは全てを網羅出来ない。
 結果、精度の高いマッチングエンジンを作ることが出来ないのだ。

「何で、サガスは提供出来ないと言っているんですか?」
「会員データはシーバードの資産でもあり、大事な顧客の個人情報でもあります。それを外部に持ち出すのは出来ないのだそうです」
「なるほど......」

 そんな事情であれば、雄一は何も言えなかった。

「とりあえず、結合テストで使う試作品なのだからある程度のものでいいと思いますが......」
「だめ!」

 秋華は断ち切るようにそう言った。
 眉間にしわが寄ったその表情は、エンジニアとしてのプライドに満ちているかのようだった。


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「ああなると、うちの子はもう言うこと聞かないんですよ」

 里野は苦笑いを受けべながら雄一の前に珈琲を置いた。

「うちの子?」
「ああ、すいません。私の娘なんです」

 目の前の髭面でパーマの男には全然似ていなかった。
 雄一は、秋華の父親と再び会議室で向かい合っていた。

「......高校生なんですか?」
「ああ......まあ......」
「いや、立ち入ったことを訊くつもりはないんですが......。プロジェクトのメンバーとして最低限のことは知っておかないと」

 サガスとの窓口はシロッコの社長である里野が立っている。
 AIチームの開発リーダーが女子高生だなんて誰も想像もつかないだろう。
 学生なら勤務時間に制限が出来てしまう。

「秋華は高校三年で、まあ色々あって、今、休学してるんですよ」
「なるほど」
「プログラミングの腕前は親から見ても大したものだったんで、丁度、抜けた開発メンバーの代わりに入ってもらったんです」

 そう言うと、里野は申し訳なさそうに頭を下げた。

「いやいや、そんな顔を上げてください」
「こういうことはもっと早くお伝えすべきだったのですが......すいません」

 雄一はAIチームが進捗会議に現れない理由が何となく分かった。

「でも高校生でAIのプログラミングとか凄いですね」
「ありがとうございます。でも、こだわりを持つのはいいですが、それが行き過ぎるっていうか。仕事として割り切れないんですよね」

 里野は娘についてボヤいた。
 進捗が芳しくないことへの言い訳にも聞こえる。
 だが、雄一はそんな頑なで職人気質な彼女のことをますます好きになっていた。

「それはエンジニアとしていいことだと思いますよ」
「ははは......ありがとうございます」

 一旦、話を切って二人は珈琲を口に運んだ。

「でも、プロジェクトとしては来月から結合テストが始まる訳ですよ」
「はい」
「本番データについては三浦部長に話してみますが、個人情報ということで提供方法の検討がいると思います。どちらにしてもすぐに本番データを使った学習は出来ないと思ってください」

 雄一が現実を語ると、里野は頷いた。


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「ぶち殺す......?」

 藤澤はオウム返しに訊き返すのがやっとだった。
 本当なら目の前の松永の非礼を怒鳴りつけたいが、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。
 松永の瞳の中に潜む闇を感じ取ったからだ。
 加えて、即物的な観点からも恐怖を感じ取っていた。
 松永のYシャツの袖から微かに見える竜の鱗の様な、深緑色の入れ墨--。

「おっと、失礼」

 松永は元の笑顔に戻った。
 藤澤の様子を見て、脅しが十分に通じたと思ったのだろう。

「では、今回の代行料金の20万円をお願いします」
「え? 10万では?」
「今回は就業期間も短いので、向こうへのお詫びを多く包まなければならないのです」
「で、でも......そんな金......」

 藤澤は既にログアウトに対して、30万円ほど払い込んでいた。
 その内訳は以下の通り。
 YSホットラインサービスへの紹介料10万円。
 該社への退職代行料10万円。
 二社目のオレハ電子サービスへの紹介料10万円。
 そして、これからオレハへの退職代行料20万円を払う必要がある。
 若葉と貯めた結婚資金を取り崩し切った藤澤に金はもう無かった。
 そして、駆け落ち同然で一緒になった二人に頼れる身寄りはどこにも居なかった。

「金については待ってください」
「ふむ。だが、あなたはもう働く場所が無いのですよ。支払い計画を教えてくださいよ」
「確かに......」
「どうするんですか?」

 思い付かない。
 重苦しい沈黙が流れた。

「分かりました! 何とかしましょう!」

 松永はポンと膝を叩き、満面の笑顔で藤澤に声を掛けた。
 藤澤は目の前に光が差したような気がした。

「あなたは私の考えに賛同してくれた人なのですから。一蓮托生です」

 藤澤は目の前の救世主に膝まづきたくなった。

「今回の代行料は後払いで構いません。そして、次の就職先も紹介しましょう!」
「マジすか!」
「あなただって働かないと、私たちに金を払えないでしょう」

 松永は励ますように藤澤の肩を叩いた。

「俺、頑張ります!」

 希望が湧いて来たことで、前向きな言葉が自然と口をついた。

「うんうん。頼むよ。紹介先について今回はこちらが選んでもいいかな。もちろん藤澤さんの終の棲家になるような素晴らしい企業さんを用意しています」
「はい! お願いします!」
「じゃ、紹介料60万円ね」
「え? 紹介料は10万円では......?」
「ああ、話してなかったかな。3回目以降はこうなるんですよ」

 松永はそう言うと、料金表を見せた。
 藤澤は油断し心を許しかけていたことを後悔した。
 そうだ、こいつは先程まで自分を口汚く罵り脅していた。
 一瞬でもこいつを救世主だと思ったことを恥じた。

「流石に3回目ともなると、レアケースでね。本人の我慢強さを疑わなきゃならないんです」
「どういう意味ですか?」
「だからさ、確かに天職を見つけることを応援はしているけどさ、そうは言っても何日かは頑張ってほしいわけです。だから通常の紹介料10万円にプラス50万円を私に預けてほしいんです」

 藤澤は松永の言っている意味が分からなかった。

「一年間勤めきったら50万円は返します。要はこの50万は退路を断つための決意の金だと思ってくれればいい」
「そうは言ってもそんな金......」
「借りればいいんです。必要なものは」
「え?」

 藤澤の困惑する表情など一瞥することもなく、松永はスマホで電話を掛け出した。
 数分後、ログアウトの事務所にヒョロっとした男がウォレットチェーンをジャラジャラ言わせながら入って来た。

「よっ、松ちゃん。こいつ?」

 茶髪のロン毛に黒スーツ、耳にピアスを幾つもつけたホスト風の男は藤澤を指さしてそう言った。
 横柄な態度に藤澤はムッと来た。

「おい、福永さん。言葉が悪いな。彼は大事なお客様なんだぞ」
「すんません」

 頭を掻きながら福永は藤澤の向かいに座った。

「藤澤さん、こちらロイス金融の福永さんです」

 福永は軽く一礼すると、手提げカバンから一枚の書類を取り出した。

「じゃ、これにサインしてくれたら現金渡すから」

 続けて、カバンから80万円の束を出した。

「これって......」
「あと、連帯保証人が一人欲しい」

 福永は藤澤の疑問には答えることなくテキパキと書類を卓の上に置き、ボールペンを手渡して来た。


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 雄一はプロジェクトルームに戻り、グループウエアを起動した。
 メールを確認する。

20XX年6月18日 11:30受信

<有馬さん

 お疲れ様です、シロッコの里野です。

 マッチングエンジンの試作版を送ります。
 zipで固めて分割して送ります。
 解凍パスワードは後程、電話でお伝えします>

 里野からのメールは5通だった。
 全てのメールにzipファイルが添付されていた。

ブルルル

 内線携帯が鳴る。

「里野です。届きましたか?」
「早速ありがとうございます。秋華さんを説得してくれたんですね」
「ええ......まぁ......」

 里野の歯切れが悪いのが気になったが、雄一は構わず続けた。

「じゃ、早速、心待ちにしてるメンバーに提供しますね」

 里野からパスワードを教わりzipファイルを解凍した。
 解凍したファイルを結合ソフトで結合した。
 マッチングエンジンの試作品である実行ファイルが現れた。


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「何だ、女か」

 福永は若葉を見るなり、ガッカリした様な表情を浮かべた。
 だが、

「まぁ、いいじゃないですか。容姿は抜群だしイザとなれば」

 そう松永に耳打ちされ、ニヤリと口の端を上げた。
 確かに、藤澤の彼女である若葉は凛としたいい女だった。

「ここにサインすればいいんですね」

 若葉は福永をまっすぐ見据えてそう言った。

「お願いします。ですが、藤澤さんが返済出来なければあなたが支払うことになるんですよ。本当に大丈夫なんですか?」

 若葉は連帯保証人の欄に自分のフルネームを書いた。
 福永の試すような言葉を無視するかのような達筆だった。
 顔を上げ、宣言するようにこう言った。

「私は義ちゃん......いや、藤澤さんと家族になるんです。頑張ろうとしている彼を後押しするのは当然じゃないですか」

 鳶色の瞳には迷いがなかった。
 それを見た松永と福永は顔を見合わせ頷いた。

「では、この80万円を一旦、藤澤さんに渡します」

 藤澤は受け取った80万円の重みをズシリとその手に感じた。
 だが、それは自身の金ではない。
 オレハ電子サービスの退職代行料20万円、次の就職先紹介料60万を払うために一時的に借りた金だ。

「続けて、その80万円を松永さんに渡してください」

 右から左に金は流れた。

「じゃ、藤澤さん、頑張ってこの80万円を返しましょう! 返済が終わるころにはあなたも一人前のエンジニアとして成長しているはずです!」

 この時、藤澤は松永の用意した本当の地獄にまだ気付いていなかった。

つづく

Comment(6)

コメント

foo

藤澤の受難は続くか。

>  松永のYシャツの袖から微かに見える竜の鱗の様な、深緑色の入れ墨--。

以前からもしやとは思っていたが、やはり松永の正体は反社なんだろうか。今後の展開に期待。

それにしても、よくよく考えれば、反社にとっては退職代行サービスなんかは、かなり魅力的なシノギに映るだろうな。
退職元の会社かクライアントを引き抜くなら反社の交渉術の使いどころだし、そのままタコ部屋or風呂屋に人を売れば無駄が無いし。
暴力団対策法が施行されてなければ、リアルでもこんなケースがあり得たかも(もしくはすでに起きているかも)。

桜子さんが一番

マジでなにわ金融道みたいやないですかw。萬田金融の出番ですよw

VBA使い

「秋華」
→読み方は「しゅうか」でいいんかな?


オレハ電子サービス「への」紹介料10万円。


話してなかったかな「。」3回目以降はこうなるんですよ


30万+80万(+利子?)で、雄一が由紀乃に貢いだ100万を超えましたな。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。
メインの話よりも、藤澤ルートの方が注目されてきているようで、それはそれで嬉しいし面白くなってきたかなと思ってます。
分析ありがとうございます。
人の弱みに付け込んで搾り取るっていうのが、ある種そういう方たちのやり方だとするなら、職探しの状態は人として気持ち的に弱っている状態なので、搾り取りやすいというわけです。
その後、たらい回しにしてシェアすれば骨も実も残らないという、、、

この小説では救いのある話にしたいです。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>なにわ金融道
は何度も読んでいるので、かなり影響されています。
さすがにスケベな名前の看板とか、そういうのはまねできませんが。
帝国金融が十イチの闇金と対決するエピソードが好きですね。

湯二

VBA使いさん。


「秋華」は「しゅうか」です。
とりあえず、フリガナ振っておきました。


校正ありがとうございます。
へのへのってなんだ。


>雄一が由紀乃に貢いだ100万

実際、ここまで取られても騙されてるのに気付かないっていうのも自分で書いときながらどうかと思いました。
この後の展開では、元本と利子のバランスで無限に、、、

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