常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第十二話 松永の絵画

»

 翌日の朝9時、桜子はシャコーテクノ開発が入居するビルに出社した。

「昨日は休んですいませんでした」

 インフラチームのリーダーである南井課長に頭を下げる。
 桜子はYSホットラインサービスに勤めながら、ステイヤーシステムの社員として府中屋のサーバリプレース案件にも携わっていた。

「福島課長から炎上案件の火消しって言われたら、仕方ありませんよ。安田さんのスキルならどこからでもお呼びが掛かるからね」

 南井課長は眉を八の字にしてやれやれという態だが、笑顔だった。
 彼は三十代前半の銀縁メガネで横分けのまじめな青年だ。
 ここでの桜子の立場は以下の通りだ。
 
  顧客  :府中屋
  元請け :レガシーフード情報システム
  一次請け:シャコーテクノ開発
  二次請け:ステイヤーシステム→ここ

 この立場だと普通は作業を自由に出来ないし直接顧客と折衝なんてまず無理な立場だ。
 だが、インフラチームに属する桜子は、一次請け、元請けを飛び越して顧客である府中屋に対して調整や見積もりなどを任せられていた。
 彼女のスキルと仕事振りを評価されているのがその理由だが、何より顧客の担当者である新山美穂の影響もその一つだ。
 ステイヤーシステムはコンペで府中屋の案件を勝ち取ったが、契約直前でそれを反故にされた。
 顧客側の社内政治的なことが原因だが、そのことに対して美穂は負い目を感じているのだろう。
 そのお陰で桜子は色々自由にさせてもらっていた。
 同時に美穂としても、リプレース案件の詳細を知り尽くしている桜子が担当者にいたほうが好都合なのだろう。

「午後から、データベースサーバの性能について打ち合わせしたいんですが、時間ありますか?」
「すいません。また社内に戻らないといけなくて。その代わり、パソコンは持ち帰るのでメールでやり取りも出来るし仕事は進めておきます」
「了解です」

 南井課長は桜子のわがままを受け入れた。
 顧客からも信頼されている桜子は、もちろんチーム内で何をやっても信頼されていた。
 だが、この課長は桜子がステイヤーシステムを退職したことを知らない。
 つまり桜子はYSホットラインサービスの社員であり、もちろんシャコーテクノ開発とは商流の無い立場で仕事をしていることになる。
 これがバレては彼女といえどタダではすまない。
 そうなる前に、何としても藤澤を無間地獄から引き上げなければならない。


---------------------------------------------------------------

「おい、安田! 午後から出社とはどういうことだ!?」

 和室に角田社長の怒声が響いた。

「体調不良で午前中は休むと電話しましたが」
「聞いとらん!」
「留守電に吹き込んでたんですけどね」

 玄関脇に置かれた電話の留守電ボタンが点滅している。

「とりあえず、社長から何も返事がないからOKと思い、休みました」

 桜子は堂々とそう言うと、畳に横座りしてパソコンを起動した。

「私は認めてないぞ。ちゃんと休むなら前日に言って帰れ!」
「朝急に体調が悪くなったんです。前日に分かる訳ないじゃないですか」
「兆候くらいあるだろ」
「じゃ、後藤さんにも障害発生の兆候があれば、事前に連絡するように伝えてください」

 角田社長は額に青筋を浮かべ目を三角にした。
 ああ言えばこう言う桜子に、腹立ちを覚えているようだ。
 だが、言い返す言葉が思い浮かばないのかドカドカ足音を立て出て行った。


---------------------------------------------------------------

<昨日送りつけて来た作業申請書のzipファイル。ありゃ一体何なんだ!?>

 電話の向こうで後藤ががなり立てている。

「各サーバごとに思いつく限りの作業パターンを洗い出しました。後藤さんはその中から作業に適するものを選んで運用監視室に提出してください」
<その時にならないとどんな作業が必要かなんて分からない>
「作業パターンについては、過去の作業やサーバ構成、そして私の経験を元に作成したので9割がた網羅出来てるつもりです」

 無言で電話は切れた。
 数10分後、再び携帯が鳴る。

<てにをはが間違っているし、フォントだってサイズが統一されてない。全部作り直しだ>

 後藤は大きな間違いを見つけられなかったのだろう。
 仕方なく些細な問題に噛みついて来たといったところか。

「なんだ。それくらいで......」
<なんだとはなんだ! 例えばアプリケーションサーバ再起動の作業申請書を見てみろ。途中で文字が切れている>
「あっ。なるほど気づきませんでした」
<何が気づきませんでした、だ! 『アプリケーションサーバを再起動』で文が切れてる。『する』、『しない』のどっちか分らんだろ>
「普通は『再起動する』と受け取ると思いますが。『しない』んだったら申請書も作業もいらないでしょ」
<お前何が言いたいんだ! 兎に角、俺は言われた通りに作れと言ってるんだ>
「あっ!」
<何だ!?>
「アプリケーションサーバの名前、間違ってました。『HONBANAPOl』じゃなくて『HONBANAP01』でした」

 0(ゼロ)をO(オー)、1(イチ)をl(エル)とわざと間違えておいた。
 後藤はそのことには気づかなかったようだ。

「こっちの間違いのほうが重要だと思いますが......。上司ならちゃんとチェックしてくださいよ」
<勝手に作って間違えたお前が悪いんだろうが!>

 後藤とのくだらない漫才も飽きてきた桜子は、こう切り出した。

「ところで、昨日のデータベースサーバ障害、どうでした?」
<......あ、ああ......無事に対応した>

 歯切れの悪い返事に、「やはりこいつは嘘をついている」と桜子の勘が働いた。

「データベースサーバがダウンしたんですよね。なのにどうやってデータポンプでバックアップを取ったんですか?」

 数秒、沈黙が続いた。

「後学のために教えてください」
<お前には関係ない。作業は無事に終わったんだ。黙って言うことを聞いてりゃいいんだよ。もう切るぞ>


---------------------------------------------------------------

 しばらくして、激しい音を立てて襖が開いたかと思うと、ズカズカと角田社長が入って来た。

「後藤から聞いたぞ! 君はまったく仕事がなっとらんそうじゃないか!」

 先ほどまでスエット姿だった角田社長はスーツに着替えていた。
 他でもない、この数分後に福島課長が仕事の話と称して彼を訪れる予定なのだ。

「仕事が出来ないのは後藤さんの方です。あの人は枝葉ばかり指摘して幹の部分は全然見ていません」
「お前、うちの社員を馬鹿にするのか! ただじゃ置かんぞ」

 桜子は内心、自分も一応ここの社員なんだがなあと思った。
 だが、それは言うのもくだらないと思ったので黙っておいた。
 こういう言葉の端々に、角田社長の真意を感じる。
 つまり、自分をはじめログアウト経由でここに流れ着いた難民は使い捨てなのだということだ。
 反論してこない桜子に対していい気になったのか、角田社長は口汚い言葉を浴びせて来た。

「だいたい、君はスタンドプレーが過ぎるぞ。末端なら末端らしく言われたことだけしていればいいんだ」

 この男は松永に利用されているただの傀儡だ。
 傀儡が何を言おうが取り合う必要はない。
 どちらにせよ、すぐ黙ることになる。

「すぐ突っかかってくるところも気に食わん。女なら女らしく、私に労いの茶でも淹れんかい!」

 女らしく。
 これぞシンプルにして究極のセクハラ発言であり、桜子の最も忌み嫌う言葉だった。
 膝の上に乗せた拳を握り締め、怒りを抑え込む。

「そうそう、黙ってれば結構かわいい顔してるじゃないか」

 角田社長は野卑た笑顔で桜子を舐めるように見た。

「角田社長」

 諦観した表情で見つめ返す桜子に、角田社長は意表を突かれたのか後ずさりした。

「私を騙すんなら、もっと上手い絵を描きなさい」
「は?」
「昨日の19時55分に後藤さんから、データベースサーバでデータポンプを使ってバックアップを取得する作業申請書を作るように依頼されました。その理由を訊くと、データベースサーバがダウンしたからだという回答でした」
「だから何だ?」
「データポンプはデータベースサーバが起動していないと動かないんですよ。データベースサーバがダウンしているのに後藤さんはどうやって、データポンプを実行したんでしょうか?」

 ありもしない障害をでっち上げ、桜子に夜遅くまで作業をさせることが角田社長と後藤の目的なのだ。
 藤澤やその他の難民はこの手の締め上げで音を上げたが、桜子には通じなかった。

「角田社長。会社として顧客から私の対価をしっかりもらっているんでしょ。その私に無駄な作業をさせていることが顧客にどれだけの損失を与えているか分かってますか?」

 角田社長の瞳に、一瞬迷いの色が浮かんだ。
 今まで松永がここに連れて来た人間は、低スキルの落伍者ばかりだった。
 そして、桜子もそんな人間の一人のはずだ。
 その思い込みが、奴らの誤算だった。 

「......貴様何が目的だ?」
「顧客の信頼を裏切っています。運用監視室に虚偽の申請を作らされたと告発しますよ」

 角田社長の瞳に桜子が大きく映り込んだ。
 更に迷いの色が滲む。
 だが、すぐに気持ちを立て直したのか

「よぉし! そんなに疑うなら運用監視室に電話して確認して見ろよ! だけどお前、嘘だったらただじゃおかんからな!」

 と、まるで自らを鼓舞するように声を張り上げ、携帯を差し出した。
 桜子はサッとそれを手に取りこう言った。

「どっちが嘘をついているか、ハッキリさせましょう」

 桜子はピッ、ポッ、パッと運用監視室の電話番号を軽快に押して行った。
 発信ボタンを押そうとしたその時、

「ま、待った! お茶でも飲んで話そうや!」

 作り笑いの角田社長はあっさりと音を上げた。

ピンポーン

 チャイムの後、ドアの向こうから声がする。

「安田。そろそろ許してやれ」


---------------------------------------------------------------

「社長。本当のことを話しましょうよ」

 ここは角田社長の寝室兼、事務室である六畳一間だ。
 来客用の応接セットが狭そうに置かれている以外は特に何も無い。
 そのセットに福島課長、桜子は座り、角田社長と向かい合っている。

「わ......私は......」
「ログアウトと縁が切れるのがそんなに不安ですか?」
「え?」
「金に困ってるんなら仕事を紹介しますよ。コスモ商事の受発注システムの開発。今、丁度、うちの社員が出払ってて出来る人間がいないんです。角田社長のところなら私は安心して先方に紹介出来る」

 憔悴しきった角田社長の顔に徐々に赤みが差してくると同時に、目が潤んでいった。

「すいませんでしたぁ!」

 角田社長はソファから飛びのき、福島課長と桜子に向かって土下座した。

「困るなあ、社長。頭を上げてください」

 ソファに座る福島課長が手を差し伸べる。
 角田社長は申し訳なさそうに何度もペコペコしながら腰を下ろした。

「それにしても......ステイヤーシステムさんも人が悪いなあ。潜入捜査だなんて」
「こうでもしないと本当のこと言ってくれないでしょ。社長」
「ははは......まあ。私もログアウトに弱みを握られてますから......」

 数年前のリーマソショックは多くの業界に大きな打撃を与えた。
 もちろん、IT業界も例外では無かった。
 多額の負債を抱えた企業は情報システムへの投資を抑え、兎に角、SIerは仕事が無かった。
 下請け構造の下層に位置する大半の中小零細企業は廃業を余儀なくされた。
 ステイヤーシステムにとっても長く苦しい時代だった。
 何とか乗り切ることが出来たのは社員と経営層の努力そして、運の賜物だった。

「入れポン出しポンを一人につき、5万円。そんなはした金でプライドを売るなんて恥ずかったでしょ」
「確かに福島さんの言うとおりだ。だが、資金繰りが苦しくて、こんなことでもしないとやっていけなかったんだ」

 角田社長は悔しそうだ。
 このYSホットラインサービスは努力はしたが運が足りなかっただけなのだ。
 角田社長は真実をポツリポツリと語り出した。
 仕事が決まらず自宅待機の社員も多くいる。
 それらにも7割の給料を払わなければならない。
 社長である自分は金融機関に借金しながら、それらに充てている。
 不渡り寸前の状況の中、救いの手を差し伸べたのは異業種交流会で知り合った松永だった。

---------------------------------------------------------------
「あなたは私が連れてくる人間を社員として雇い、厳しく接するだけでいい」
「弱い人間はすぐ音を上げ、代行を使って辞める。私とあなたで、それらの人間から頂いた手数料を折半しましょう」
「気に病むことはない。彼ら彼女らにとっては良い勉強代なんですよ」
---------------------------------------------------------------

 松永の言葉は詭弁だと思ったが、背に腹は代えられないと角田社長は話に乗った。
 松永が描いた絵は、桜子の思った通りだった。
 だが、まだ下絵が表れたに過ぎない。

「元うちの社員で藤澤というのが、いましたよね」
「ああ。先週までうちで仕事してた」

 桜子の問いに、角田社長は頷いた。

「私たちは彼を追ってるんです。彼がここを去った後、今、どこにいるのか松永に訊いてもらえませんか?」

 藤澤に直接電話で訊けば答えてくれるかもしれない。
 だが、藤澤を今後のために少し泳がせたいという思惑もあった。

つづく

Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

今週は桜子さんの回ですね。良い回ですw

湯二

桜子さんが一番さん。
コメントありがとうございます。


今回はしっかり出番を用意しました!

foo

相変わらず桜子のタフネゴシエーションがキレッキレでワクワクする。

果たして藤澤は今どんな状況なのやら。マジでタコ部屋にブチ込まれる寸前なのか、あわや希望の船で人生を賭けたギャンブルを強いられかけられているのか。
桜子がこれから、松永の描いた絵にどう楔を打ち込むか、引き続き楽しみだな。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。


>タフネゴシエーション
見せ場はちょこちょこ作っていきたいです。


>マジでタコ部屋
>希望の船
ナニ金とカイジは何度も読んだのでかなり影響を受けています。。。


>楔
痛快な展開はどうすればいいか、仕事中に考えたりしてます。

コメントを投稿する