常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第十一話 これは経費で落ちますか?

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 13時、雄一が全体進捗会議に出席している頃、桜子はログアウト社を訪問していた。

「この中に安田さんが望む転職先があるかどうか分かりませんが、まずは目を通してみてください」

 松永は向かいに座る桜子に企業名が並ぶリストを手渡した。
 30社くらい記載されている。
 その中に1社目につくものがあった。
 桜子はリストを返し、こう言った。

「『YSホットラインサービス』がいいですね」
「ほほう! お目が高い。ここの社長さんは中々のやり手でね。私も色々と懇意にさせてもらってるんですよ」
「早速、紹介していただけませんか」
「分かりました。きっと安田さんのような真面目な方が志願してくれると、先方も喜ぶと思いますよ」

 松永はニヤニヤしながら電話を掛けた。
 数分のやり取りの後、桜子にOKサインを作って見せた。


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 雄一は会議室を見渡した。
 隣には三浦部長が座っている。
 向かいには、前回出席していなかった池江と田原も参加している。
 二人とも、いつもは参加しない三浦部長を怪訝そうに見ている。

「それでは、始めます」

 雄一は宣言し、一礼した。
 そして、A3用紙をメンバーに配り出した。
 それはマスタスケジュールだった。

「各チームから提供していただいたWBSを元にマスタスケジュールを引き直しました」

 カサカサと用紙を手に取る音が会議室に響く。

「何だこれは? 前と全然変わってないじゃないか!」

 池江が声を上げる。

「遅れをリカバリーしたスケジュールを作るように伝えたはずですがね」

 田原が視線を合わせることもなく言う。

「あえて何もしませんでした」

 雄一はそう応えた。
 ざわつき抗議する二人に向かってこう続けた。

「どんなにスケジュールをいじくりまわしてもきっと不満を言われるからです」

 声が響いた後、会議室が重々しい沈黙に包まれた。

「どういう意味でしょうか?」

 無表情で田原がそれに応える。
 雄一は息を吸い込むと、落ち着いたトーンで話し始めた。

「そろそろお互いぶっちゃけましょうや。お二人が俺のことをPMから外そうとする意志がある限り、俺が何をやっても無駄だって言ってるんですよ」

 それぞれの表情を確認する。
 池江の瞳に動揺の色が浮かぶのが見えたが、田原のそれには特に変化はなかった。

「どうしてそれを知ってるんですか?」

 開き直った様子の田原がチラと谷中のほうを向いた。
 谷中が目をそらした。
 明らかに動揺している。

「そ、それは......」

 雄一が言い淀んでいると

「私が有馬さんに全て事情を話しました」

 三浦部長が助け舟を出してくれた。
 そしてこう続けた。

「前川のことは仕方のないことだったんです」
「仕方ないとはどういうことですか? 確かに奴らから金を受け取ったのは悪い。だが、前川さんは相手が反社だとは知らなかったんですよ。そんな前川さんを会社は守ろうともしなかった。全てをうやむやにして切り捨てただけだ。社員に副業を奨めておきながらその管理がキチンと出来ていないサガスやシーバードに責任はないんですか?」

 田原が顔を赤くして抗議している。
 それが雄一にとって意外というか、かえって人間味を感じさせた。
 田原は前川というPMをよほど支持しているのだろう。
 三浦部長を責め立てている。
 それに対して、三浦部長は「コンプライアンスが」だの「謹慎明け後は全力でサポートする」だの、歯切れの悪い答弁を繰り返していた。
 そのため、主張がはっきりしている田原に終始押されっぱなしだった。

バン!

 卓が鳴る音が響いた。

「俺じゃダメなんですか!?」

 喧噪の中に雄一の叫びが響いた。
 卓の上に額をこすりつけ、雄一はこう思っていた。

(やれやれ......三浦部長も谷中さんをかばったところまでは格好良かったんだがなあ)

 ガバッと顔を上げ全員を見渡した。

「田原さん。いくら叫んだってもう無駄なのは分ったでしょうが。サガスもシーバードも世間体を気にする大きな会社なんです。個人より組織のほうが大事なんですよ!」

 三浦部長が不服そうな顔をしているが、無視して続ける。

「こうなった以上、過去の人は諦めて、今の人と手を取り合って前を向いて進むしかないんです! だから......俺について来てください!」

 もう一度、大きく頭を下げる。
 数秒の沈黙の後、

「......仕方ねぇな」

 池江の声が聞こえた。

(やった!)

 雄一は心の中で快哉を叫んだ。
 その池江が田原を横目に、続けてこう言う。

「俺は有馬PMに乗るぜ。田原さんよ、あんた個人的に前川さんとは仲が良かったから割り切れない気持ちがあるのも分かる。けど、時間は止まってくんないぜ。このままここで議論してる時間の方がもったいねえよ」

 田原は卓の一点を見つめたまま一言も発しなかった。

「有馬さん」
「何でしょうか、池江さん」
「あんたPMならAIチームのことをどう思う?」

 試すような突然の質問に、しばし考え込みこう答えた。

「マッチングエンジンの試作品が遅れていることについては厳しく追及する必要があるし、何か問題が発覚すればすぐに処置するべきだと思います」
「だよな? だから要望があるんだ。AIチームをこの進捗会議へ呼ぶようにしてくれ。あいつらが遅れるとこっちも遅れるんだ」

 リアルチームが作る機能には、相談員が使用するマッチング画面がある。
 マッチング画面に男女のIDを入力することで、二人の成婚確立をパーセンテージで表示する。
 相談員はこの情報を参考に、会員それぞれにピッタリのパートナーを効率よく奨めることが出来る。
 多額の成婚料がこの事業の売上の大半を占めるため、根幹を成す重要な機能である。
 このマッチング画面から呼び出されるのが、AIチームが作っているマッチングエンジンである。

「結合テストではその試作品が正しく呼び出せるかを確認する」
「はい」
「遡って、今の開発フェーズでその試作品を組み込まないといけない」
「何んでもいいから戻り値を返すスタブではだめですか?」

 スタブとは上位のプログラムから呼び出されるダミーのことだ。
 この場合、マッチング画面からマッチングエンジンのダミーを呼ぶことを意味している。

「開発はそれでもいいが、結合テストまでに試作品を組み込まないとだめだ」
「分かりました。三浦部長、進捗会議に、AIチームを呼んでいただけませんか?」

 雄一に声を掛けられた三浦部長はこう言った。

「分かった。彼らに打ち合わせに参加出来ないか打診してみる」

 雄一は安堵した。
 やっと池江と前向きな会話が出来たこと。
 三浦部長が協力してくれたこと。
 雄一は谷中に頭を下げた。
 彼は小さくうなずいた。
 だが、田原は最後まで何も言わなかった。


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 YSホットラインサービスで面談を受けた桜子は、早速その日の午後から働くことになった。
 角田社長の自宅兼、オフィスの一室である和室にあるパソコンに向かう。
 唯一ネットに接続されているそれで、作業を行う。

「常駐先で仕事をしているうちの後藤から連絡が来たら、指示に従って作業申請書を作ってくれ」
「作業申請書ってなんですか?」
「本番作業を行う際に必要な書類だ。申請書に作業内容や作業時間そして対象機器を記載し運用監視室に提出する必要がある。後々、問題があったときにどんな作業を行ったかトレース出来るように必要なんだ」

 仕事内容の説明を軽く受けた桜子は、一人部屋に残された。
 畳に横座りし、マウスを動かす。
 メーラーを起動する。
 ゴミ箱に前任者と後藤とのメールのやり取りが残されていた。

20XX年6月8日 14:00送信
<後藤さん

 お疲れ様です、藤澤です。
 本日の作業は、ありますでしょうか?>

20XX年6月9日 1:05受信
<藤澤へ

 本日の作業は、ないです。>

 藤澤という名前に驚いた。
 同姓同名ということも考えられるが、ログアウト経由ということを考えると本人である確率が高い。
 偶然にも元後輩がいた職場にビンゴするとは。
 それにしても、昼に出したメールが翌日の夜中に返信されているとはなんという放置っぷりか。
 他にもやり取りは残されているが、藤澤が作った作業申請書に対するダメ出しと罵倒ばかりが目に付く。
 それも、枠から文字がはみ出ているだのフォントが小さいだのの重箱の隅を楊枝でほじくる様な、正味の話からほど遠いものばかりでほとんど言いがかりに近い。
 桜子の仮説が正しければ、この会社も松永と同じ穴のムジナ。
 つまり、グル。
 ここは早期退職を促すためのパワハラが公然と行われている異常な環境だったのだ。
 桜子は後藤からの連絡を待っている間、藤澤がゴミ箱に残していったEXCELファイルを漁った。
 恐らく後藤の現場で使用されているサーバ一覧表や、ネットワーク構成図、そしてミドルウエア一覧表が見つかる。
 藤澤は後藤からこれらの情報を受け取り、それを元にして作業申請書を作成していたのだろう。

(アプリケーションサーバ9台、バッチサーバ2台、WEBサーバ3台、印刷処理サーバ5台、データベースサーバ3台、バックアップ処理サーバ1台、負荷分散装置2台。これらの機器を対象に本番作業を行うはず)

 桜子は各種機器ごとに作業申請書のEXCELフォーマットを作成した。
 合計で7種類のファイルが出来た。
 それらを一つずつ開き、対象機器名のところにサーバ名を入力する。
 次に、作業内容の記載に取り掛かる。
 データベースサーバならテーブルの追加変更、データベースの起動停止、ダンプの取得などの作業が思い付く。
 それらを作業内容ごとに1シートずつ分けて記載していく。
 思い付く限りの作業申請書のパターンを作り終えた時、窓の外を見ると空がもう暮れ掛かっていた。

ブルルル。

 卓の上の携帯が鳴りだした。

「安田です」
<おっ、新入りか?>

 名乗りもしないぞんざいな態度を失礼だと思いながら、この電話の男が後藤だろうと当たりをつける。

「はい」
<今日の20時からデータベースサーバでデータポンプを使ってバックアップを取得する作業が決まった。ついては、運用監視室に出す作業申請書を今すぐ作ってほしい>

 桜子はパソコンの時計を見た。
 19時55分。
 もう時間がない。

「こんなギリギリにならないと作業の有無が分からないものなのでしょうか?」
<あ? データベースサーバがダウンしたんだ。障害対応なんだよ。事前に分かる訳ないだろ>

 一方的に電話は切れた。
 こういった辛口なやり取りも転職者をすぐに離職させるためのものなのだろう。
 桜子は用意しておいた申請書を開き、作業時間の部分を記載し、それをメールで送った。
 数分後、携帯が鳴った。

<早すぎるだろ>
「早くて何か問題があるんですか?」
<ちゃんと見直したのか? フォントのサイズとか?>

 荒く問い詰めてくる。
 怒られ慣れていない者なら、間違えてもないのにビビッて認めてしまうだろう。
 だが、場慣れした桜子はそれらを吸収することなく跳ね返す。

「もう時間ありませんよ。早く運管に出してください」
<くっ......>

 電話の向こうから悔しそうな声が漏れる。


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「勤務初日、お疲れさん」

 その日の夜22時に、ステイヤーシステムに戻った桜子は福島課長から労いの言葉を受けた。

「ありがとうございます」

 受け取った缶コーヒーを一口飲んで息をつく。
 どんな勤務先も、最初は疲れるものだ。
 ましてや、素性を知られてはならない潜入調査も兼ねてとあっては尚更だ。

「朝、ログアウトに行った時、30社ほど紹介されました。その中に我が社と数年前に取引があった企業が含まれていました」
「ほほう。それは」
「YSホットラインサービスです」
「ほう」
「確かうちと人のやり取りで一時期取引があったところですよね?」

 桜子は覚えていた。
 かつて総務だった頃、その会社の口座に外注費を送金したことがある。

「確か、角田社長だったかな......あの人には世話になった」

 福島課長は当時のことを思い出し、少し懐かしむように目を細めた。

「課長、思い出に浸ってる場合じゃありません」
「すまん、すまん」
「その角田社長、今やログアウトの手先となって弱者を食い物にしているようです」
「どういうことだ?」
「つまり......」

 桜子はホワイトボードの前に立ち、図を描いた。
 ログアウトからYSホットラインサービスに矢印が伸びている。

「ログアウトは代行で辞めさせた社員を、自身とパイプのある会社に紹介しています」
「転職の斡旋だな」
「その紹介料が10万円」
「何!?」

 福島課長の目が飛び出しそうなくらい見開かれる。

「代行で辞めたという転職希望者の弱みを握ることで、転職先を選べないようにしているのがログアウト商法のミソなんです」

 ログアウトの斡旋なしでは職も見つからない。
 そんな心理的圧迫を加えることで、藤澤のような者たちは藁にも縋る思いで大金を払う。

「その先で激しいパワハラを与えて、もう一度代行を使わせる。そしてまた転職先を斡旋する」

 その繰り返し。
 そうやって弱者をログアウトの型に嵌める。

「とりあえず、最初の潜入先としてYSホットラインサービスを選びました」

 福島課長は桜子の意図を理解したのか、無言で頷いた。

「俺はいつ出張ればいい?」
「そうですね。早ければ明日にでも角田社長が音を上げます。そのタイミングで」

 窓の外を眺める福島課長は頷いた。

「ところで」
「何だ?」
「10万円は経費で落ちますか?」

 窓ガラスに映った二人はお互い外を眺めたまま、目を合わすことはなかった。

つづく

Comment(4)

コメント

桜子さんが一番

「10万円は経費で落ちますか?」
怖い~w流石桜子さんw

VBA使い

藤澤「さん」へ
それとも、わざと呼び捨てなのかな?


用意しておいた申請書「を」開き


場慣れした桜子
→タイキソフトウエアですかね


早ければ明日にでも
→申請書の準備も早いけど、制裁も早いw

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>「10万円は経費で落ちますか?」

描写してないけど、桜子は10万円を手出ししています。
本人にとっては早く払ってほしいわけです。

湯二

VBA使いさん。


コメント、校正ありがとうございます。


パワハラ現場なので藤澤はわざと呼び捨てです。


>→タイキソフトウエアですかね
細かい設定よく覚えてますね!
この小説のカルトQとかあったら、優勝候補ですね。
書いてないけど他にも色々経験していますぞ。


>→申請書の準備も早いけど、制裁も早いw
展開は結構意識して早くしてます。

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