常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第八話 女の涙

»

 週明け。
 毎週月曜はプロジェクト全体の進捗会議が行われる。
 雄一は会議室の扉を開けた。

「あれ?」

 谷中しかいない。

(もしかしたら......)

 雄一は先週のことを振り返った。
 金曜日、テーブルを誰が作るの作らないので田原、池江と揉めた。
 怒りに任せて雄一は強権発動とばかりに今すぐ作れと命じた。
 結局、インフラチームが折れてテーブルを作ることになった。
 作業中はお互い口を聞くことも無く険悪な雰囲気だった。
 結局、業務のデータ投入が終わるまで立ち会い、夜10時まで掛かってしまった。

「どうしたの? 他の二人は?」

 雄一は席に着いたところで谷中に問い掛けられたが、どこまで本当のことを言っていいか分からない。
 あの二人は金曜日の雄一の態度が癪に触ったことでこの進捗会議をボイコットしたのだ。

「もしかして......金曜のことで」

 そう言いながら雄一から目を逸らした。
 彼も同じフロアにいたから、騒ぎが見えたはずだ。
 どこか察するところがあるのだろう。
 会議室から響く怒声も聴こえたかもしれない。
 今の雄一は、リアルとインフラ、二人のリーダーから信頼を失っただろうし、嫌悪されていることだろう。
 この目の前にいるバッチリーダーも雄一に不信感を抱いているに違いない。

「時間になったので、とりあえず始めましょうかぁあ」

 緊張と不安で声が裏返ってしまった。
 顔の筋肉だけで精いっぱいの笑顔を作り開会宣言をして見たが、どうにも強張った形にしかならない。
 その時、会議室の扉が開いた。
 池江か田原かと思って目をやると、インフラ、リアルチームのメンバーが一人ずつ入って来た。
 リアルチームのメンバーである和田が一枚の用紙を雄一の目の前に置いた。
 それはリアルチームのWBSだった。
 どういうことか問い掛けようとすると、インフラチームのメンバーである小田切も同じように一枚の用紙を置いた。
 インフラチームのWBSだった。

「伝言を持ってきました」

 和田がそう言った。

「伝言?」
「はい。池江さんは作業を把握していないPMとは仕事出来ないと言っていました」
「インフラチームも同じく」

 雄一の脳裏に不意に藤澤の顔が浮かんだ。

(......ったく。どいつもこいつも代行ばかり立てやがって。自分の口で面と向かって物も言えねえのかよ)

 卓の上のWBSに目をやる。
 まるで自分への当てつけの様に提出された各チームのWBSは、存在そのものだけで、更に怒りを湧きたたせるのに十分な素材だった。

「俺にどうしろと?」

 単なるメッセンジャーの二人に怒りをぶつけてもしょうがない。
 そうは思っていても低い声で問い詰めた。
 雄一の中では訊くまでも無くどうすればいいのかなんて分かり切っている。
 だが、せめて相手の口からそれを引き出さない限りは、どうにも気持ちが収まらない。

「このWBSをよく見て、我々の作業をよく理解して欲しい。田原さんはそう言っていました」
「......はい」

 短い返事を絞り出すのがやっとだった。
 WBSにはカットオーバーまでのアクティビティが書かれている。
 例えば、構築フェーズ一つとってみても、一つのサーバに関してOSのインストールから、ミドルの設定まで工数が時間単位で細かく刻まれている。
 雄一が見ていた全体を管理するマスタスケジュールにはそこまで書かれていない。

「有馬さん、これらはあなたが欲しがっていた情報ですよね? 適切な指示を出せるように、我々のWBSを有効活用してください」

 まるで代行を通して嫌味を言われた感じだ。
 雄一は耳が真っ赤になる程、血が昇った。
 あの時、確かに情報が無ければ適切な指示を出せないとは言った。
 だが、それをこんな当てつけのような形で、姿すら見せずに叩き付けて来るなんて失礼にも程がある。
 今すぐ、奴らの元に駆け付けて罵声の一つでも浴びせなければ気が済まないと思った。
 そんな雄一の様子などお構いなしに伝書鳩の二人はこう言った。

「来週の進捗までに、このWBSを読み込んで遅れをリカバリーしたマスタスケジュールを提示して欲しいとのことです」

 プロジェクト全体としてみると、これから遅れが出ることは目に見えていた。
 代替開発サーバでの開発にも限界があるし、本来の開発サーバが来ればその構築だって行う必要がある。
 一番の頭痛の種は、未だエンジンの試作品すら出来ていないAIチームだった。
 パッと見、200くらいのアクティビティに細分化されたWBSを一週間で読み込み全体スケジュールを作り直すなんて無理だ。
 そして、そんな大事な依頼を代行を通して言ってくるところに、自分と彼らとの間にある壁を感じた。

「有馬さん......」
「はいぃっ!?」

 振り返ると谷中の青ざめた顔があった。
 恐らく、血管が浮かび上がった鬼の形相で睨みつけたからであろう。

「な、何でも無いです......」

 谷中は何か言い掛けようとして止め、頭を下げた。

「谷中さんは謝らないでください。問題はあの二人だ。あいつらだきゃあ......」

 八つ当たりをしてはいけないと思い、深呼吸をし平常心を取り戻そうと努力したが、自然と会議室の扉に目が向いた。
 平常心などかなぐり捨てて、今すぐ飛び出しかねない勢いだ。


---------------------------------------------------------------

 昼休み、近場の牛丼チェーン『吉すき屋』で並盛を摂った。
 自席で始業開始の13時まで体力温存とばかりにうたた寝していると、目の前にある内線電話が鳴りだした。

「はい。有馬さんですね」

 一歩先に出た桂子が「三浦部長です」と言って、雄一に内線携帯を渡す。

「は、はい。有馬ですが」
「今すぐ会議室まで来てくれませんか?」


---------------------------------------------------------------

「あの二人と何かあったんですか?」

 田原と池江の事だ。
 彼らから雄一の働きが悪いとクレームが入ったのだろう。
 今日の三浦部長は表情も声も硬い。
 顧客側のプロジェクトマネージャーである三浦部長は、プロジェクトの発注者であると同時に責任者でもある。
 本稼働の10月末までに新システムのリリースが出来なければ、自分の首がどうなるか分からない。
 そう言う意味では、納期というデッドラインと隣り合わせにいる雄一たちとは一蓮托生だった。
 上手くいっている時は丸投げだが、プロジェクトに不穏な動きがあると察知すれば、顧客側の立場として即座に口出しをしてくる。

「有馬さんのせいで仕事が回らないとクレームが入ったんですよ」

 重々しくそう告げて来た。
 顧客という強力なステークホルダーを味方に付けてまで雄一を責め立てて来た。
 そうまでして自分を追い落とそうとする目的は一体何なのだろうと雄一は思う。
 自分たちの立場を守るためなのか、それにしては度が過ぎやしないかとも思う。

「三浦部長、俺の言い分も聴いてくれませんか? 彼らは俺の非を責めてばかりで協力すらしてくれない。そればかりか......」
「だまらっしゃい!」

 卓を平手でバシッと叩き、雄一の言葉を制した。

「彼らの意見も聴かずに、夜遅くまで無理やり作業をさせたそうじゃないですか?」
「そんなことは......」
「PMの権力を振るわれて、やむなく首を縦に振らされたと言っていたよ」

 権力が聞いて笑わせる。
 その権力とやらが雄一に少しでもあれば、やつらは素直に言うことを聴くはずだ。
 名ばかりプロジェクトマネージャーである雄一は、メンバーの不満のはけ口でしかない。

「確かに、強権発動で彼らを指図したのは認めます。だけどそうしないとあの人たちは動いてくれなかった。それに......」
「いい加減にせんかい!」

 怒声が響いた。
 紳士的な身なりの三浦部長が発すると、それなりにこたえる。

「その強権とやらで彼らは君に怯え切ってしまっている。今日の進捗会議も君に会うのが怖いから出たくない言っていた」
「ははは......あの二人がですか? 笑わせるなあ。私の方があの二人に会うのが怖いですよ。この際だから、今後のことについて相談させてくれませんか」
「相談?」
「俺はPMなんて初めてだ。だから補佐役というかPMOを付けて欲しい」
「そんな大層なもんを雇う予算は無い」
「だったら、俺のやり方や失敗をフォローして下さい」
「分かった。だが、強引にやるのだけはやめてくれないか? 昨今コンプライアンスがうるさい。たとえ外注と言えど、うちのプロジェクトのPMがパワハラを働いたと世間の話題にされては、うちの信用問題にも関わる」

 世間体を気にする顧客に雄一は相談する気も無くなった。
 藤澤にしてもリーダー連中にしても、パワハラ、セクハラだのと言って自分の行うことを否定してくる。
 じゃ、どう動けばいいのか教えてくれと、叫びたくなる。

「それなら、もう俺には無理ですよ。腫れ物に触るみたいに優しく接してたらあの二人はますますつけ上がる」

 弱気の雄一に三浦部長はこう言った。

「君をPMに選んだ私の顔を潰す気か? 福島課長に報告するぞ」
「そんな......」
「なっ、頼むよ。こうやって話は聴くからさ」

 三浦部長は気休めの言葉を吐いた。
 雄一はリーダー達の味方ばかりする顧客を張り倒したいほどの衝動に駆られた。


---------------------------------------------------------------

 桜子はグラスを傾けた。
 ビールを一口飲むとこう言った。

「プロジェクトには、5つの期がある」
「え?」

 酔眼の雄一は問い掛けた。

「お互いのことを知らない成立期。意見の食い違い、作業のやり方に対立が生まれる動乱期。メンバー同士がお互いの違いを認め合う安定期。相互で助け合う遂行期。そして......プロジェクトが終わる解散期」

 桜子は指折り数えるよう言った。
 二人は駅側にある切手ビル、その10階にあるビアホール『銀玉ライオン』の窓際席で向かい合っていた。
 月曜から散々な目に遭った雄一は相談相手が欲しかった。
 福島課長を飲みに誘ったが他プロジェクトの稼働立ち合いで行けないとのことで、桜子を紹介された。
 本当はプロジェクトマネージャー経験のある福島課長と話をしたかったところだ。

「タックマンモデルっていうらしいよ。私も最近教科書で読み齧った知識だけどね。有馬君のプロジェクトは動乱期ってとこかしらね」
「......PMの勉強したんですか?」
「可愛い後輩の力になりたいからね」

 そう言うと、雄一を慰めるつもりか得意げな笑顔を浮かべた。
 総務で管理をやっていたとはいえ、技術一辺倒で生きて来た桜子にプロジェクトマネージャーの経験は無かった。
 自分の役に立つためにプライベートの時間を割いてまで勉強をしてくれる先輩をありがたく感じた。

「この動乱を経て、プロジェクトは大成功の内に惜しまれつつ解散してエピローグ。それが理想のシナリオなんだけど......そう教科書通りに行かないのが人生よね」

 桜子は達観したようなことを口にすると、サラダボウルから雄一の分を取り分けてくれた。
 こんなに優しい彼女は初めてだと雄一は思った。

「ホント、やってらんないです。リーダー達は自分たちの事しか考えていないし、顧客担当は自分の面子ばっかりだ。こんな状況で俺はやれることはやって来た。なのに誰も認めてくれない」

 建設的な相談をしようと思っていたのだが、今日に限って菩薩みたいに優しい彼女に甘えるように雄一の口から自然と愚痴がこぼれる。

「リーダー達がPMである有馬君と対立するのは仕方ないことなのよ。彼らは自分のチームを守りたい。だから主張することはするし自分達にとって無理な要求は同じプロジェクトのPMからのものでも撥ねつける」
「だったら......どうすればいいんですか? 連中の嫌味や暴論を受け入れるしかないんですか!? 俺は奴らの奴隷なんですか?」
「有馬君、落ち着こう」

 雄一は桜子に愚痴を浴びせている今の自分は醜い、それは十分承知していた。
 だが、溜まっていた物はとめどなく溢れだし、それを止めることは出来なかった。
 目の前の桜子は穏やかな表情で、それを受け止めてくれていた。

「......俺、本当のこと言うと、三浦部長が福島課長に報告するって脅して来た時、ちょっと安心したんですよ」
「え?」
「ああ、これで俺、辞められるんだなあって......嫌な奴らとしんどいことから解放されるんだって」

 何もかも投げやりになっていた。

「もうエンジニアなんてどうでもいいよ......。って言うか、こんなことで人生無駄にしたくねぇもんなぁ!」

 ダメ押しの一言が桜子を突き刺したような気がした。

「有馬君!」

「ひっ!」

 と雄一は思わず身構え、両手で顔を守ろうとした。
 やばい、言い過ぎた。
 いつもの様に鉄拳が飛んでくる。
 ......が、いつまで経っても衝撃は来ない。
 恐る恐る目を開けると、涙で潤んだ瞳の桜子がそこにいた。

「今の言葉は......君の言葉を信じてエンジニアに戻った私に対して、失礼だよ」

 震える声で彼女はそう言った。
 彼女はカバンをひっつかむと何も言わずに足早に去って行った。

つづく

Comment(6)

コメント

foo

> 総務で管理をやっていたとはいえ、技術一辺倒で生きて来た桜子

桜子うそをつけっ! われのように修羅場慣れしきった「技術一辺倒」のエンジニアがおるかっ!
……と思わず読んでてツッコミを入れたくなるのは桜子クオリティ。

湯二

fooさん。

コメントありがとうございます。


色々出木杉くんなので、設定に無茶があったかも……なあ。
話を進めていくなかで、あれやこれやの設定を、特徴にまで持っていけるのか、ただの制約になってしまうのかが難しいところです。

VBA使い

雄一の脳裏に不意「に」藤澤の顔が浮かんだ。


あいつら「だきゃあ」
→関東の方言かな?(不勉強ですみません)


最後のシーンで、どんな言葉が相手にこたえるかって難しいですよね(自戒)

桜子さんが一番

ああー、桜子さん。行かないで~。(;_;)

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


>あいつら「だきゃあ」
私、関東生まれですが育ったのは地方です、、普通に頭の中で使ってます。
方言ってわけでもないと思うんですよ。
自分だけだったら、それはそれで面白いですが。


>どんな言葉が相手にこたえるかって難しい
言葉は選びは難しいですね。
一度出たものを取り消すのは大変だったりします。

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


意外に、女の子なところも演出したかったのです。

コメントを投稿する