常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 しょっぱいマネージャー】第七話 ひも理論

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 無職の藤澤義明は都心を歩いていた。
 路地に入る。
 雑居ビルの2階にあるログアウト社の受付でベルを鳴らした。
 ここを訪れるのは2回目だ。
 1回目はステイヤーシステムの退職代行の相談に行った日。
 松永という担当が丁寧に、藤澤の悩みを聴いてくれた。
 しかも藤澤の代わりにわざわざステイヤーシステムまで出向いて、働いた分の賃金交渉までしてくれた。
 全て任せてくれと言われた時、目の前の男に信頼感を抱いた。
 ただ、料金に関してはコンサルティング料として当初の三千円にプラス一万円を上乗せされた。
 今回は転職先についての相談だった。

「藤澤さんの経歴だと次の転職先を探すのって難しいと思うんですよ」

 藤澤の職務経歴書を見ながら、松永はそう言った。

  藤澤義明 (23)
  20XX年4月 TM物流株式会社 入社
  20XX年4月 同社退社
  20XX年5月 ステイヤーシステム株式会社 入社
  20XX年6月 同社退社

 我ながらどうしようもない経歴だと思った。

「......だけど、松永さん。転職先は任せとけって言ったじゃないですか。なんかいいところありませんか? お願いします」

 有馬とかいう上司と反りが合わずに、勢いで辞めてしまった。
 しばらく同棲している女の稼ぎ頼みのヒモ生活でも謳歌しようと思っていたのだが、そうも言ってられない事態になった。
 同棲している女が数日前、妊娠したことを告げて来たのだ。
 女としてはかなり長い時間考えた末の告白らしく、目を泣きはらしていた。
 藤沢は端正な顔を歪めた。
 それならそうと、もっと早く言ってくれと思った。
 それがもう少し早く分かっていれば、嫌な上司とももう少し我慢して付き合っていたのだが。

「これから面談を受けるにしても、相手企業は藤澤さんがどういう辞め方をしたか訊いて来るんですよ」
「そうなんですか?」
「最近は我々のような業者が増えましてね。そのせいで代行で辞めたかどうかを面談で確認する企業が増えたんです」
「そんなの知らバックレてれば問題ないっすよ」

 松永は鼻から息をつき、やれやれと言った感じで両手を上げた。

「藤澤さん、甘いです。甘い。企業の方も念のため前の会社に連絡を入れて、志願者が代行で辞めてないか訊くようになったんですよ」

 1社目の物流会社はバイトという契約だったので辞表も出し易かった。
 だが、2社目のIT企業は有馬とかいう面倒臭い上司の顔も見たくなかったのでこの代行業者を使った。
 目先の便利さに足を掬われるとは。

「くっ......」

 胸の奥から後悔が湧いて来て、唇を噛む。
 そして目の前の男を睨んだ。
 そういう大事なことは早く言ってくれ。
 それが分かっていれば最初から代行何て使わなかった。

「おっと、そんな深刻そうな顔しないで下さいよ。私は退職代行を否定する企業を古いと思っている。仕事や職場が合わなければストレスフリーですぐに辞める。それを繰り返して自分に合う仕事を見つける。それが世の中にとって一番良いことなのに皆、義理だとか人情だとか言う同調圧力で縛り付けて、最悪、辞めきれず鬱になったり自殺したりする人がいる。だから私は世の中を変えたいと思ってこの会社を立ち上げたんだ。これこそが働き方改革です! 藤澤さん、あなたは代行で辞めたことを後悔する必要は無い。むしろ誇りに思ってください」

 と熱弁と慰めを受けたが、藤澤の気持ちは収まらなかった。

「でも世の中まだ変わってないじゃないっすか。......ってことは俺は転職市場では異端なわけで不利なわけですよね」

 あえて低い声で訴えかけた。

「松永さん、あなた何とかするって言ったじゃないですか? 俺はそれを信じてこの代行サービスを利用したんだ」

 畳みかけるように松永に重い言葉を投げかけた。
 こうなったのは自分のせいだけじゃない。
 上手いこと言って誘導した松永にも責任がある。
 凄む藤澤に、松永は笑顔でこう返して来た。

「そうですね。世の中が私の考えに追いつくにはもう少し時間が掛かるでしょう。ですが、安心してください。代行業者は数あれど我がログアウト社はそれら十把一絡げのものたちとは一線を画す」

 自信たっぷりに続ける。

「アフターケアとして、我々とパイプを持つIT企業に転職出来ることを約束します」

 そう言うと、企業名がずらっと並ぶリストを取り出して見せた。

「私の考えに賛同してくれた企業さんです。この中から藤澤さんの望むところに面談のアポを取ります」
「ほっ......ほんとですか!」

 藤澤は目の前の暗闇に一条の光が差したかのような気がした。
 松永に協力している企業なら面談で退職代行のことを訊かれることは無いだろう。
 それに、松永流の働き方改革に賛同しているだろうから、藤澤のような人間に好意的なはずだ。

「じゃ、行きますか」

 松永に連れられて外に出る。
 蒸し暑い6月の外気に触れると自然と体力が奪われて行くようだ。
 今日面談に行くのは『YSホットラインサービス』という社員10人ほどのIT企業だ。
 はっきり言ってステイヤーシステムより零細だし給料も安い。
 だが背に腹は代えられなかった。
 何より転職先紹介料の10万円をもう払い込んでしまっている。


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「藤澤さんの代わりって見つかりそうですか?」
「うん......。三浦部長とうちの課長が探してくれてるけど、期待は薄いですね」

 桂子の問いに雄一は声を落とした。

「でも、藤澤さんも甘いですよね。ちょっと嫌だったらすぐ辞める何て私が新人の頃じゃ考えられないです」
「そうですよね。大川さんの場合、氷河期だったから」
「世の中人手不足だから、どこか雇ってくれるって考えなんでしょ。まったく羨ましい」

 そう言いながらExcelの設計書画面を開く。
 彼女は体制上データ移行チームに所属している。
 だがスキル不足から、雑務を担当していることが多い。
 チームの垣根を越えて、設計書の誤字脱字を直したりバインダの背表紙を作ったりといった便利使いとなっていた。

「実際問題、有馬さんもPMやりながらうちのチームも見なきゃいけないなんて無理ですよね」
「確かに......」

 自分のプロジェクトマネージャーとしての仕事も本格的に始まった。
 データ移行チームの作業にどっぷりという訳にはいかなくなるだろう。
 そう考えると、藤澤が戻って来るのが一番だ。
 それに桜子が何とかすると言ってはくれている。
 だが、それがいつになるかは分からない。
 どうすればいいか頭を抱えた。
 そんな時、雄一の頭にある閃きが。

「あのさ、大川さん」 
「おい! PMさんよ。ちょっと来てくれ!」

 振り返ると、顔を真っ赤にして仁王立ちする池江がいた。


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 雄一はリアルチームの島まで行き、状況を確認した。
 2階の開発端末から4階のサーバにアクセス出来るようにネットワークやファイアウオール設定も済ませている。

「一体何なんです?」

 池江に問い掛ける。
 彼は端末に向かうメンバーの肩を叩いた。
 メンバーが雄一の方を向いてこう言う。

「テーブルが出来てないんです」
「え?」

 雄一はディスプレイに映るTeraTermの画面を凝視した。
 メンバーは「select count(*) from tabs;」を実行した。
 0が返って来る。
 確かにテーブルは出来ていないようだ。

「スキーマが違うとか?」
「いえ、業務テーブルが作成されるスキーマに接続しています」

 二人のやり取りに池江が割って入る。

「有馬さん。インフラチームにテーブルを作るよう言ってくれませんか? 分担ではあちらがやることになってるんだ」
「わかりました」

 雄一はそう言うと、インフラチームの島に向かった。

「それはうちの作業範囲外ですよ」
「え?」

 インフラチームのメンバーは特に驚いた様子も無くそう言った。
 田原の方に行き、念のため確認を取る。

「データベースのテーブル作成はインフラの範囲外......でしょうか?」
「そうです。私たちの作業範囲は各サーバにOS、ミドルをインストールし、データベースを作成する。そこまでです。そこから先は業務の作業になりますので」

 田原は言い終えると、ディスプレイに向き直った。

「おい! インフラ! テーブルが無いんじゃデータを投入できないだろ? 入れるのに3時間は掛かるんだぞ。無駄な残業しろってのか?」

 池江がインフラの島に怒鳴り込んで来た。

「何言ってるんですか? テーブルは業務の持ち物だ。うちはデータベースにスキーマを作るまで。そういう話だったでしょ?」

 田原はディスプレイに向かったまま応えた。

「データベースを作るって言えば、テーブル作成まで含むのが常識だろ?」
「そのあなたの常識を、WBSを作る時に言って頂かないと私達は動きませんよ」
「......分かった! じゃ、今から作ってくれ」
「は、はい」

 雄一が慌てながら頷くと、

「もう定時ですよ。有馬さん、予定外の残業をしてもいいんですかね?」

 田原は雄一に問い掛けた。
 二人のリーダーに板挟みになった雄一はこう言った。

「と、とりあえず、二人とも会議室に来てください!」


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 会議室で卓を挟み、リーダー二人と雄一は向かい合っていた。
 卓の上には急遽作成された代替開発環境構築スケジュール表が置いてある。
 縦軸に作業内容、横軸に日付が書かれている。
 それぞれの作業には開始日、終了日、進捗を記載する欄が設けられている。
 インフラチームはOS、各種ミドルの設定に1日、データベースの構築に0.5日と線が引かれている。
 リアルチームはアプリのデプロイとテストデータ登録に1日と線が引かれている。
 作業内容については、本来の開発環境構築作業で行う内容をそのまま転記した。

(まいったな)

 雄一は溜息をついた。
 実際に手を動かしてみて、作業の抜け漏れや分担が想定と異なることはよくあることだ。
 データベースに関して言えば、インフラがそれを作る担当だ。
 だが、リアルチームとしてはその作業の中にテーブル作成も含まれると思い込んでいた。
 そこに両チームの思い違いがあった。
 その他にもあるが、挙げればキリがなかった。

「そもそもお互いの作業分担に齟齬があったということですね。双方の会話が足りなかったってことでしょう」

 雄一は二人の意見をまとめた。

「まるで私たちが悪いみたいな言い方ですね」

 田原は先日の協力的な態度が一変、刺のある声でそう言った。

「そんなつもりはないんですけど」

 雄一も思わず硬い言葉で返してしまう。

「だいたいPMのあなたが各チームの作業内容を把握してないからこういうことが起きたんでしょ?」

 田原は冷たくそう言った。

「ホントだよ。そんな状態で俺たちに仕事を振らないでくれよな」

 スケジュール表を見ながら池江がそう言った。
 雄一はカチンと来た。

「こちらのせいばかりにしないで下さいよ」

 あえて低く押し殺した声で反論する。

「開発作業が遅れるって訴えるから、俺は今のこの状況で最善の策を考えて提案したまでだ。それを承諾したのもあなた達だ」
「何が言いたいんですか?」

 ふぅ~っと息を吸い込み、怒りを抑えようとする。

「自分で言うのも何だけど俺はPMになったばっかりだ。各チームの作業の詳細なんて昨日まで知らなかったんだ。そんなこと今までの経緯で分かるでしょ? こんなことで無駄な時間を使いたくないなら協力してくださいよ。田原さん、池江さん。あなたがたから俺に情報を下さい。各チームのWBSがあるなんて今初めて知った俺です。情報が無いんじゃ適切な指示を出すことだって出来ない」

 雄一は訴えた。

「情報提供しなかった私たちが悪いと?」
「そりゃないよ、あんたの旗振りがなってないからこんなことになったんだろ? 作業を振る前に打ち合わせでもして分担を再確認すべきだったんだよ。今となっては、だがな」

 二人で同時に反論して来た。
 ああいえばこう言ってくるし、上げ足まで取って来る。
 野平部長がプロジェクトマネージャーだった頃から、雄一はプロジェクトの雰囲気に違和感を感じていた。
 各チームのリーダー、特に目の前にいるこの二人は野平部長を糾弾してばかりでフォローするということをしていなかった。
 そして今、お互いのチーム同士で作業の抜け漏れの責任を擦り付け合っている。
 雄一は桜子の顔を何度も思い浮かべ、怒りを抑えた。

「すいません」
「謝っても何も変わらん。こんな話してる間にもう定時をとっくに過ぎてるぞ」
「じゃ、どうしたらいいんですか?」
「おっ、開き直った。それを考えるのがPMの仕事だろ?」

 池江がいやらしい笑みを浮かべた。
 雄一は怒り心頭になった。
 もう我慢出来ない。

「あのなぁ......あんたらがPMをやりたくないって言うから、仕方なく俺がPMなってやったんだよ! それをなんだってんだよ、人のせいばかりにしやがって。そりゃこんなメンバーじゃ誰もやりたくも無いわな。協力って言葉を知らねえのなら、分かったぜ。いいか、こうなったら強権発動だ! 今すぐどちらでもいいからテーブルを作れ! それも今日中にだ!」

 怒りを言葉に乗せてぶちまけた。
 どす黒い怒気を吐き出した直後から後悔の念がジワジワと腹の底から湧いて来る。
 田原、池江は雄一に視線を合わそうともしなくなった。

づづく

Comment(10)

コメント

桜子さんが一番

今週は2話ありがとうございます。
しかし、協力しないリーダーは困りますねー。。。

VBA使い

「俺」は転職市場では
「私」はそれを信じて
→一人称が揺らいでます


各チームの作業内容「を」把握してないから

匿名

知らバックレ

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


>今週は2話ありがとうございます。
月一回くらいは週に二回出せるとちょうどいいかなあと思ってます。


>しかし、協力しないリーダーは困りますねー。。。
メンバーとしてしか仕事したことないのですが、リーダーは自分のチームを守ることを考えるから、マネージャーの言うことと対立することが多いなと思ってます。

湯二

VBA使いさん。


校正ありがとうございます。
修正させていただきました。

またよろしくお願いいたします。

湯二

匿名さん。


コメントありがとうございます。


頭に浮かんだ会話をそのままセリフにしている時があります。
わかりにくかったらごめんなさい。

foo

藤澤の彼女が妊娠とか、生々しいネタも突っ込んでいくこのいい意味で猥雑な(…かつ猥雑なだけで終わっていない)作風、かなり好き。
このサイト(エンジニアライフ)のメインディッシュであるお堅い技術屋ネタも悪くはないが、それだけだと不足してくる成分を色々と補える気がする。

湯二

fooさん。


コメントありがとうございます。
楽しんでいただき、ありがたいです。


エンジニアのサイトなのに、時にはわら半紙の裏にでも書いておいたほうがいいような、、そんなことを書いてしまいます。
観たり読んだりしてきた映画や本や漫画がそんなのばっかりなので、出てくるものも自然にそんなものが多いです。
それに技術のネタも足して、ニッチというか狭い感じになってます。
ですので、このサイトで好まれるSF系のネタなんかは全然書けません。

atlan

転職サービスの利用以前にこの短期間での退職の繰り返しじゃあ面接以前に殆ど切られそうだけどなぁ・・・

湯二

atlanさん。


コメントありがとうございます。


今どきの人手不足の時代でも、さすがにこのキャラの職歴じゃダメでしょうね。
ここからがログアウトマジックですよ。

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