常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 演・ジニア】最終話 夢押し人

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 昨日の二十時。
 夜のコメダワラ珈琲店は、机の上に教科書を拡げ宿題を教え合う学生、合コン前と思しき大学生の集団、スマホのゲームに興じるサラリーマン、これからホテルにでもしけ込むのであろうカップル、それらの色々な人たちでごった返していた。
 皆、それぞれの事情を抱え同じ空間を共有していた。
 そんな中、礼奈と桃花の二人が抱えている問題はここにいる誰のものよりも特殊だろう。
 二人はもう一時間も押し黙ったまま、良いアイディアが浮かばない。
 ターゲットである桃花の父親が犯すであろう犯罪、つまり個人情報搾取をどうすれば未然に防ぐことが出来るか、そのことに知恵を絞っていた。

「ああっ、もう! またあいつからだ!」

 スマホばかりいじっていた桃花はそう言うと同時に顔を上げた。

「どうしたの?」
「ちょっと、これ見てよ」

 桃花はスマホを礼奈の目の前に突き出した。
 そこには、下着姿でポーズをとる女の姿が映っていた。
 顔は映っていない。

「......誰、これ?」
「私」
「ええっ!?」

 思わずのけ反る礼奈を桃花は指さして大笑いした。

「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「だって......そんな姿で、なんで撮ったりしてるの?」

 そう言うと、もっとキワドイ画像を見せて来た。
 礼奈は真っ赤になった顔を手で覆った。
 それを見て桃花は周りも振り返る程、大きな声で笑った。

「おねーさん、二十歳越えてるんでしょ。それくらいで耳まで真っ赤にしないでよ」
「......だって」
「元カレがノリで撮影したやつ。あいつ、今もそれを大事に持っててたまに私に送り付けて来るんだ。こんなメッセージ付きでね」

<お前は俺を裏切った。だからお前の全てを晒す。>

「私から振ってやったの。一年経った今も根に持ってるんだよ。女々しい奴」
「......それってリベンジポルノじゃないの? 大丈夫?」
「うん。大丈夫。撮らせた写真は全部、顔が隠れるようにしたから。それにもし本当に晒したら同じことしてやるつもり」

 そう言うと、得意げにその元カレとやらあられもない姿が映っている画像(詳細はここでは書けない)を見せて来た。

「もう、やめてっ!」
「付き合ってる時は、お互い好きだから後先考えずこういう写真を撮り合ったりするもんなんですよ」

 嫌がる礼奈をからかう様に、指でスマホの画面をスライドさせ色々な画像を見せて来た。

「何かあったら、これをあいつの学校に送付してやるんだ」
「......そう......」

 相槌を打つだけで精いっぱいになった礼奈は、目の前の女子高生を見てこう思った。
 こいつは大した奴だと。
 ストレス耐性が強そうなので、炎上プロジェクトでリーダーでもやらせてみたいと思った。

「あっ!」

 礼奈は閃き、思わず手を叩いた。

「どうしたの?」
「その写真、桃花ちゃんさえOKなら......パパに送ったらどうかな?」

 桃花はすぐに応えなかった。
 顎に手を当て思案顔だ。

「......うん、いいかもね」

 桃花は頬を朱に染め恥ずかしがりながらも、口元がほころぶのを止めることが出来ないようだ。
 娘の元カレによって娘の個人情報が晒される。
 それは父親である戸田良夫にとって耐え難いことだろう。
 そして、ターゲットが怒りの感情に触れた時、自分がこれからしようとしていることの意味を振り返ることだろう。
 
「個人情報を盗む。それって人の人生を盗むってことじゃない。そして、それを売り渡すってことは人の人生を売るってことだよね」

 桃花はそう言うとニコリとほほ笑んだ。
 礼奈は頷いた。
 自分の考えが彼女に伝わって嬉しくなった。

「これならパパもきっと思いとどまるよ」

 二人の間に友達のようなほっこりした雰囲気が流れた。

「でも、礼奈さんってウブなくせに大胆なこと考え付きますね」
「......ごめんね」
「いいよ。でもある意味、パパが私を取るか礼奈さんを取るか試されてる感じだね」

 ターゲットが会員データを盗めば礼奈との未来を選んだことになる。
 逆に、思いとどまれば娘を、そして家族を選んだことになる。
 礼奈はふと、父親の顔が思い浮かんだ。


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 ゴトリ。

 自販機の取り出し口に音を立てペットボトルが落ちて来た。
 500mlのペットボトルを取り出し、踵を返すと暗がりの中に先程までいたデータセンターが見えた。
 白い外壁に覆われた八階建ての正方形で無機質な建物は、それ自体がコンピュータのようだ。

(あと五分......)

 ここから戸田良夫のいるサーバルームまで辿り着くのに要する時間だ。
 礼奈は真っすぐデータセンターに向かって歩き出した。
 桃花が元カレになりすましてフリーアドレスで送ったメッセージと添付された画像はターゲットに届いただろうか。
 それを見て何を思うだろう。
 あと五分後に結果が分かる。


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 礼奈は音もたてずそっとサーバルームに入った。
 奥の端末に向かう戸田良夫の背中を目指して、忍び足で歩く。
 彼の肩越しにディスプレイをうかがうと、TeraTermに個人名称や電話番号が表示されている。

「......戸田さん」
「あっああ......」
「お水です」
「ありがとう」
「何をしてたんですか?」
「監査証跡の出力をオフにしたから、試しに会員マスタを参照しても証跡が出力されないか確認してたんだ」
「そうなんですか......あの、USBメモリ貸してもらえませんか」

 拒むかと思ったら、拍子抜けするほどあっさりと手渡してくれた。
 隣の端末にそれを突き刺して中を確認する。

「よしっ」
「何がよしなんです?」

 その中には、今日使う手順書のEXCELデータしか入っていなかった。

「手順書が入ってるか確認したかっただけです」

 そう言ってUSBメモリを返した。

「あ、井筒さん。追加作業が入ったんですよ」
「何ですか?」
「やっぱりデータベース監査証跡の出力をONにすることにしました。内部に悪者がいないとは限らないから。花房部長には作業許可をもらいました」


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 翌日。
 実太ラーメンの地下にあるニッホンコンサルティングで、礼奈と上柳部長は花房部長と向かい合っていた。

「お疲れ様でした」

 花房部長は目の前に座る礼奈を労った。

「ありがとうございます」

 礼奈は頭を下げた。

「花房部長、おめでとうございます」

 上柳部長が笑顔でそう言うと、花房部長はうむと頷いた。

「それにしても、戸田はよく会員データに手を付けなかったな。隠しカメラで見ると会員マスタからデータを抜き取るところまでは確認出来たが、USBメモリにはデータを入れていなかった。最後の最後で理性が欲望に勝ったということか」
「私も驚いています」

 上柳部長も同意した。

「井筒さん、君も今回の仕事を通して人間の倫理感というものが最後の砦だということをよく理解出来たでしょう」
「はい。戸田さんが名簿業者と接触していると知った時はもうダメかと思いました」
「うむ。私も戸田の移行日までの行動や言動を観察していて、きっとデータを盗むと思っていた。だが、どこで心変わりしたんだろうな? 井筒さん、少しの間だけど戸田と付き合っていた君から見て、あいつの行動をどう思った?」

 そうですね、と礼奈は一拍置きこう答えた。

「戸田さんは途中までは欲望に負けていました。......だけど、最後の最後で目の前の欲望よりも大切なものに気付いたんだと思います」
「ふむ、なるほど。だとしたら立派なもんだ。安心してデータベースを任せることが出来る」

 花房部長は手帳にペンを走らせながら話を聞いていた。
 最終的には今回のターゲットの行動や言動は匿名の形でレポートとして提出される。
 それは業界内で共有され、セキュリティ事故の防止に役立つことになる。

「じゃ、また何かあったら頼みます」

 二人は花房部長を店の裏口から見送った。

「お疲れ」

 上柳部長が礼奈の肩にポンと手を置いた。

「ありがとうございます」
「打ち上げでもするか」
「えっ! 本当ですか!?」

<店休日>

 実太ラーメンの扉にはそんな札が掛けられた。

「はい、お待ち」

 大将がテーブル席に座る上柳部長と礼奈にラーメンとビールを運んで来た。

「嶋田、お前も一緒に飲もうぜ。そのために店休みにしたんだろ」

 厨房に戻ろうとする大将の袖を、上柳部長が引っ張った。
 この時、礼奈は初めて大将の名字を知った。

(そういえば、大将と上柳部長って元同僚だったな)

「礼奈ちゃんの初仕事に乾杯!」

 大将の音頭で三つのビールジョッキがぶつかり合いゴキンゴキンと音を立てた。
 礼奈は昼間っからビールをあおるのがこんなに気持ちいいものかと、驚くほど実感した。
 テーブルの上には、チャーシュー丼、ヒジキ炒飯、鉄板シュウマイ、エビチリ焼きそば、揚げ饅頭など大将がまかないでよく作ってくれる美味しいものばかりが並べられている。
 礼奈はどれから手を付けようかと迷い箸だった。

「こいつ初めて俺のラーメン食った時、マズイって連呼してほとんど残しやがったんだよ」
「だって、出汁もろくすっぽとれてないし、麺は生煮えだしよ。こんなんでよく会社辞めてラーメン屋やろうなんて思ったもんだぜ」

 目の前で元同僚同士がじゃれ合っている。
 普段は真面目で堅物な上柳部長が酔うとこんなにも人が変わるのかと、礼奈はある意味感心した。
 この雰囲気に乗じて色々聞いてみたいことを訊いてみようと思った。

「あの......二人って同じ会社に勤めてたんですよね。それが何で今、こんな不思議な関係になってるんですか?」

 一瞬、間があり大将から口を開いた。

「俺と上柳は朝目コンピュータ産業でエンジニアをやってたんだ」

 礼奈の箸が止まった。

「会社に入ってからも俺はラーメン屋になる夢を捨てきれず定時後にダッシュで家に帰っては寸胴の前でラーメンを作ってた。仕事しながら資金を貯めてラーメン屋をやるつもりだったんだ。で、資金も集まったんで、いよいよ開業って時に共同経営者のやつが金を全部持ち逃げしやがったんだ」

 大将はビールから日本酒に切り替え、その時のことを切々と語りだした。
 上柳部長がその横で腕を組んで黙り込んでいる。

「そんな時、上柳がこの店を用意してくれたんだ」
「......すいません。話が大分はしょられてるんですけど......」
「ここからは俺が話そう」

 昔を思い出しむせび泣く大将の代わりに上柳部長が話の後を継いだ。

「六年前、お前の父親である井筒社長がIT業界の将来を憂いてこのニッホンコンサルティングを立ち上げると言い出した。そこで移籍希望者を募るということで俺はそれに応募したんだ。もちろん趣旨に賛同したというのもあるんだけど、何よりニッホンコンサルティングをカムフラージュするために用意されたこのラーメン屋の存在が魅力的だった。で、一緒にやろうって嶋田を誘ったんだ」

 そう言い、赤ら顔の上柳部長はしみじみと店内を見渡した。

「つまり......大将のために?」

 上柳部長はその質問には応えなかった。
 その代わり、

「俺は夢に向かって頑張ってるやつを応援したくなっちゃうんだよね」

 照れ臭そうに言うと、レモンサワーを一気に飲んだ。
 礼奈はこれまでのことを思い出し、胸が熱くなった。

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「覚悟しろ。ここまで来たんだ。あとはしっかり最後まで騙し切れ。そして親父を見返してみろっ!」
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 あれは不器用だけど上柳部長なりの、夢の後押しだったのだろう。

「上柳部長、私......」
「人生は長い。ここで色々な人を見て、それから役者になっても遅くは無いぞ」
「はい」

 礼奈は自分でも驚くほど素直に返事をしていた。


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 仮面に空いた小さな穴から覗く外の世界はひどく狭く見える。
 だが、辛うじて客席から声援を送る子供たちの顔を確認することは出来た。
 礼奈は週末のショッピングモールで、パソコンジャーのピンクを演じていた。

「みんな~、パソコンジャーを応援してあげて!」

 声優志望の司会のお姉さんが、子供たちを煽る。

「パソコンジャー! 頑張れー!」
「怪人なんかやっつけちゃえ!」

 礼奈にはもう迷いが無かった。
 向かってくるフロッピーディスク怪人を避けると、その後頭部に回し蹴りを食らわした。
 会場一帯は歓声でどよめいた。
 構えを解き、客席に向き直った。
 視界は悪いが目を凝らして会場を見渡した。
 沢山の子供たちの喜ぶ顔を確認したい。

(お父さん......)

 遥か後方に黒いスーツに白い顎ひげを蓄えた、杖を突いた男がいることに気付いた。

「礼奈さん」

 ブルーの和弘が礼奈を背中をつついた。
 今はショーの途中だ。
 我に返り、再びピンクになり切った。
 

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 週明けのニッホンコンサルティングにて。

「それで......この女子高生を連れて来たのか」

 上柳部長は制服姿の桃花を見てそう言った。
 桃花が礼奈に協力するための条件、それは自分をニッホンコンサルティングに紹介することだった。

「あのな、うちは高校生なんて採用して無いし、それに......」
「よろしくお願いします!」

 上柳部長が小言を言い終る前に、桃花は頭を深々と下げた。

「ずっと探偵になりたいって思ってたんです。ここなら、そういう修行も出来ると思ったしアルバイトでもいいんで雇ってください!」
「あのなあ」
「秘密は絶対守ります!」

 桃花の情熱に上柳部長は困惑していた。

「上柳部長、ちょっといいですか」

 礼奈と上柳部長は席を外し、給湯室に向かった。

「彼女は私たちニッホンコンサルティングの秘密を知ってしまったんです。だからこの際、彼女を味方にしてしまった方がいいと思うんです」
「それはお前が、カマかけられて全部しゃべっちゃったからだろ? まったく何やってんだよ」

 二人の間にしばしの沈黙が流れた。
 ポツリと礼奈はこう言った。

「彼女には探偵になりたいっていう夢があるんですよ」
「だから何だ?」
「もう! 自分の言ったこと忘れたんですか?」
「......くっ」

 上柳部長は数日前の自身の言動を思い出したのか、悔しそうにうめいた。

「分かったよ。上に話してみる。だがな、結果は保証出来んぞ」
 

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 数日後。

 ニッホンコンサルティングの執務机には、一枚の写真と履歴書が置かれていた。
 上柳部長はそれを指し示し、礼奈と桃花にこう言った。

「今回のターゲットだ」

おわり

◇あとがき
ここまで読んで頂き、ありがとうございました。
GW中に書き上げようと思ったけど、全然進まなくてやっと終わりました。
連休が10日もあったのに1話しか進まかったのには、自分でも苦笑してしまいました。
ある程度筋書きが決まっていたはずなのに、どうしてかなあと思ったら、パソコンと同じで休みは脳もスリープモードになるようです。
あと外から何も刺激が入って来ないので、それもあるようです。
連休明けたら、仕事で忙しいはずなのにどんどん進めることが出来ました。
抑圧されてるほうが、物作りには良い環境なのでしょうか。
本当はターゲットの視点で騙されて終わるっていう話を漫画にしたかったんですが、騙す側が女優だったら面白いなと思って小説ではそっちにしてみました。
で、毎回、ターゲットが変わる話になれば設定だけ一緒にして話を作っていけるなと、下心もあった訳です。
そうすると尾びれや背びれが付いてこんな話になりました。
兎に角、自分の知らない分野のこともあったりで、そういうのが苦労しました。
本なんか買って勉強したりもしたんですが、なかなかやってるのとやってないのとでは違いますね。
ということで、次は、どっぷりエンジニアなやつを書ければなあと思っています。

Comment(4)

コメント

ちゃとらん

いつも楽しみに読ませていただいています。


終わっちゃいましたか~
桃花ちゃんの活躍、楽しみにしてたんで、最終回でお別れ…と思ってたら、
ニッホンコンサルティングでアルバイト!


引っ掻き回してくれそうで、ますます楽しみが増えました。


次回作、期待しています。

VBA使い

お疲れ様でした。


その元カレとやら「の」あられもない姿


IT業界の負の部分に切り込む、という意味では、罪と罰のイニシアティブを思い出した。
ニッホンコンサルティングにしろ、こういう組織がもし実在してたら…と想像してみるのも刺激になりますね。

湯二

ちゃとらんさん。


コメントありがとうございます。


桃花のキャラクターはスラスラ書けましたね。
この話で一番しっくり書けた気がします。
主役よりも目立った気がするので、こっちをメインにした方が面白いかもしれないなんて考えてます。

ちゃとらんさんの小説も毎週楽しみにしていました。
次回作待ってます。

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございました。


この話はこれで一旦終わりです。
ネタが無くなった時、このシリーズを復活させると思います。


>IT業界の負
負を感じるには自分が今いる現場や過去の現場に不満を抱いている必要があります。
それこそ、抑圧されているほうが書きたいことがいっぱい出てくるわけです。
そういう意味で、恵まれた職場にいるとそこらへん牙が抜かれて書きたいことが思いつかなくなるのかなあと。
かと言って、しんどい現場には行きたくないっす。

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