常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 演・ジニア】第八話 親父

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 それから一か月後。
 GW明けのある日。

「父は株取引で大失敗し、多額の借金を残して蒸発してしまいました。私が高校二年生の時です」

 絞り出すような声で告白する礼奈を、戸田良夫は心配そうな顔で見ている。

「それまでは優しい仕事熱心な父でした。ですが、ある日、証券会社の営業に奨められて初めて買った株が大当たりしました。今考えたらそれがいけなかったんです。調子に乗った父はその儲けで良く知らない会社の株を次々買うようになりました」

 礼奈は株と言うものを良く知らない。
 だが、上柳部長からこの台本を渡された時、勉強しようと思った。
 言っていることの意味をよく知らないとセリフが嘘くさくなると思ったからだ。
 取りあえず「ナニワ金融道」や「インベスターZ」という漫画を読んでおいた。

「やはり素人が手を出すものでは無いですね。含み損が手に負えないくらい膨れ上がって行きました。それでも身の丈を知らなかった父は、自分だけは何とかなると思ったのでしょう。信用取引にまで手を出すようになりました。そこからは負けを取り戻すために借金を繰り返しては株の他にも先物やFX、果ては競馬につぎ込むようになりました」

 夕暮れの西日差す誰もいない社内のドリンクコーナー。
 そこで二人は向い合っていた。
 あの夜を境に二人の仲は近づいて行った。
 毎晩飲みに行くし、週末には旅行にも行くようになった。
 それでも、戸田良夫は礼奈に手を出すことは無かった。
 その理由を訊くと、こう言った。

「君を大切にしたいからだ」

 それを聞いた礼奈は驚いた。
 と同時に、自分はターゲットを騙し切ったと、満足感を得た。
 そして、二人の間で「今後どうする」という話になった時、礼奈は用意されていた身の上話を全て語った。

「......分かった」
「え?」
「僕に何とかさせてくれ」


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「今日の議題は、六月一日の本番データベース移行作業についてです」

 インフラチームのリーダーである滝野はホワイトボードの前に立った。
 週一回のインフラチームのミーティング。
 この日はインフラメンバーの他に、PMの花房部長も参加していた。

「当日の作業としては、業務のサブシステム追加に伴うデータベース変更が主なものです」

 滝野はホワイトボードにこう書いた。

 作業者:戸田
 確認者:井筒
 作業場所:データセンター

 業務チームから山のように来ていたテーブル変更や追加を、六月一日に本番環境に対してまとめて適応する。

「作業について何か懸念事項はあるか?」

 花房部長が、礼奈と戸田良夫の交互に視線を向けてそう言った。
 作業自体は今まで開発環境で行って来たCREATE TABLEやALTER TABLEやらをスクリプトにして実行し確認するだけだ。
 別に難しいことではない。
 だが、

「一つ提案があります」

 戸田良夫が手を挙げた。

「何だ?」
「移行作業に合わせて、一つ作業を行いたいのですがよろしいでしょうか?」
「それは一体?」
「データベースの監査証跡の取得を停止したい」

 会員管理システムはORACLEデータベースで構築されている。
 ファイングレイン監査という機能で、何時何分にどんなSQLが実行されたかをデータベースに監査情報として記録していた。
 もちろん会員情報関連のテーブルにアクセスした記録も残される。

(まさか......)

 ターゲットの顔を見た。
 唇を真一文字に引き締め何かを決心したかのような表情だ。
 礼奈はこの時、ターゲットが個人情報に手を付けようとしていることを悟った。

「ちょっと待ってください。本来の移行作業と目的が違う作業を入れるわけにはいかないし、何より監査を止めるということはセキュリティ上問題があるのでは」

 滝野がそう言って提案を却下しようとしたが、

「今の監査は内部犯行抑止のためだけのもので意味がありません」

 と、戸田良夫は反論した。
 プロジェクトメンバーには、何時何分にどんなSQLが実行されたか記録していると伝えてある。
 それだけで十分犯罪抑止効果があると思われていた。

「滝野さん、内部の人間を疑うんですか? それは、あなたも疑われているってことなんですよ。会員データを盗むなんてそんな大それたこと誰もしません。運用開始してからこの数年間一度もそんなことは無かった。それに......」
「それに?」

 花房部長がそう促す。

「監査証跡の出力先のディスクもこのままいけば一杯になってしまいます。ディスクの増強だって費用がバカに出来ません。セキュリティを気にするなら起こり得ないことに金を使うより、起こり得る外部からの侵入を防ぐことに金を使った方がいいと思います」

 雄弁に語るターゲットを見るにつけ、礼奈は本気なんだなと確信した。
 全ては礼奈を愛するが故なのかもしれないが、業務リーダーの頃もこれだけ声高に発言出来ていれば今頃は違った人生を送れていたかもしれない。
 そう思うと、人のことを騙し犯罪にまで手を染めさせことに後悔の念が湧いて来た。

「......しかし」

 反論しようとする滝野を、打ち切る様に花房部長がこう言った。

「分かった。確かにそうかもしれん。一週間だけ試しに戸田の言う通りにしてみよう」
「ありがとうございます!」

 そう言うとターゲットは顔をほころばせ深々と一礼した。
 六月一日のWBSに「データベース監査停止作業」が追記された。


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 閉店間近の地下の喫茶店、珈琲が運ばれて来た。

「花房部長、戸田さんはこのままいけば......」
「まだ、分からんさ。データベース管理者目線で、本当にセキュリティレベルを変えたいだけなのかもしれん」

 そう言うと、珈琲を啜った。
 礼奈はそう思いたかったが、ターゲットのあの昂った表情を見るとそうは思えなかった。
 彼女の気持ちを見抜いたかのように、花房部長は笑った。

「確かに戸田は会員データを盗むための準備をしているのかもしれない。それでも信じてやらなければ。ここで止めてしまってはテストの意味が無い」


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 次の日。

「お金、何とかなりそうです」
「え?」

 いつもの居酒屋、チキン男爵でそう言われた礼奈は、串焼きのハツを取り落としそうになった。

「お金......って」
「井筒さんのお父さんの借金のことです」
「それは」
「大丈夫です。任せてください」

 自信が宿ったかのような戸田良夫の目を見ていると、いよいよやる気になってるんだなと思ったが一つ引っ掛かるところがあった。

「買い取り先はあるんですか?」
「買い取り先?」
「あっ......いえ、何かを質にでも入れるのかなって」
「ああ、大丈夫ですよ。私物を安全なところに預けるだけです」

 戸田良夫は顔に一瞬動揺の色を浮かべたが、すぐに持ち直したようで不自然な明るさでそう言った。
 不意にこれまでの日々が思い起こされた。
 一緒に遅くまで仕事をした日々、その帰りに毎晩飲みに行ったこと。
 週末に御朱印巡りをしたことや、いかしゅうまいを食べに行ったこと。
 演技で好きになった振りをしていたが、そこは礼奈も人間なので情が湧いてきていた。
 居ても立っても居られなくなり、つい

「......私、もうやめます」
「やめるって何を?」
「戸田さんを騙すことを、です」

 礼奈は店を飛び出した。
 気が付くと、人も少なくなった駅前の広場に佇んでいた。
 スマホの番号を変え、明日からいなくなれば、ターゲットは救われる。
 そう思い至った時、星が輝く夜空を見上げスマホを握りしめた。

「よし」

 決心したかのようにスマホのロックを外し、電話を掛ける。

「もしもし......井筒です。今、大丈夫ですか?」
<何だ?>
「私、もう無理です」
<......無理か>
「これ以上、人を騙したくありません」
<今すぐ来い>


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「はい、お待ち」

 カウンターにもうもうと湯気が立つ豚骨ラーメンが礼奈の前に置かれた。
 「いただきます」と言い、スープから頂く。

「いやあ、飲んだ後はこれに限るね」
「そう言われると、ありがたい」

 大将は満足そうな笑みを浮かべた。
 閉店後の実太ラーメンで礼奈はラーメンをすすりながら上柳部長から呼ばれるのを待っていた。

「うまくいってる?」
「う~ん、まあまあかな。っていうか、もう仕事辞めたい......」
「おお? それは穏やかじゃないな」
「私もラーメン屋になろっかな」

 冗談っぽく笑いながらそう言っては見たが、すぐにそれもいいなと思った。

「ねっ、大将はどう思う?」

 だが、大将がいつものように礼奈の冗談を軽く笑い飛ばしてくれない。 
 その顔を見ると表情が無いというか、必死に動揺の色を消そうとしているかのように見えた。

ブルルル......

 上柳部長から電話が来た。


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 地下の職場に行くと、上柳部長からある男を紹介された。

「紹介しよう。名簿係の徳永君だ」

 細面で髪の毛をきちんと切り揃え、紺色のシワ一つ無いスーツを着たその男は、とても清潔感に溢れていた。

「よろしくおねがいします。井筒さん」

 さわやかな笑顔にきらりと白い歯が光った。
 やり手営業マンと言った感じだ。
 だが、名簿係という呼び名が気にはなる。

「ふふ、怪訝そうな顔してるな。こいつはお前と同じ仕掛け人の一人だよ」
「仕掛け人?」
「ターゲットとは順調に進んでるんだろ?」

 日々の進捗報告で、上柳部長は礼奈とターゲットの関係についてよく把握していた。

「金も工面出来るそうじゃないか」
「......どうしてそれを」

 今日の報告はまだしていない。
 それなのに上柳部長はターゲットが金の準備が出来ることを知っていた。

(もしかして)

 礼奈は徳永の方を向いた。
 彼はニヤリと笑うとこう言った。

「会員データ1件当たり10円で売ってくれると約束してくれました。ターゲットが言うには会員は二百万人はいるらしいから二千万円。こちらから今後の子供たちの未来のためビッグデータ分析として必要ということをしっかり伝えたら、快く引き受けてくれました」

 徳永は礼奈に名刺を差し出した。

  浄化データ解析株式会社
   徳永 隆

「上柳部長にこの会社用意してもらったんですよ」
「名刺に書かれた住所にちゃんと会社が存在しないと、ターゲットは信用しないからな」

 上柳部長はタブレットを礼奈に差し向けた。
 そこにはgoogleストリートビューに『浄化データ解析株式会社』という看板が掛かったビルの画像が映っている。
 恐らく、もぬけの殻のダミー会社だが、ターゲットを陥れるためにここまでやるかと礼奈は思った。

「徳永君は君の二つ上の先輩だから、分からないことがあったら色々訊くんだぞ」

 そう言うと、上柳部長は何事も無かったかのように席に戻った。
 礼奈が「人を騙したくない」と相談しに来たことを、まるで聞いていなかったかのように。

「あの......私」
「分かってる。辞めたいんだろ?」
「もうこの仕事をしたくありません。きっとこのままいくと戸田さんは会員データを盗んだことがバレて仕事を失います。家庭も失うでしょう。いくら試すためとはいえそこまでする必要ありません!」

 上柳部長は腕を組み、黙って聞いている。

「ターゲットの行動を見れば十分、分かったじゃないですか。実際に盗むところまで試す必要はありません」
「甘いな。ここで止めては意味が無い。最後の最後でターゲットがどんな判断したかまでを見届けなければ意味が無い」
「甘くたっていい。後はもう話して分からせてあげればそれでいいんです!」

 上柳部長は徳永に出て行くよう目で合図した。

「朝目コンピュータ産業の社長、そして、このニッホンコンサルティングを作った男、つまり君の父親が悲しむぞ」

 ニッホンコンサルティングは大手メーカー系三社が合同出資して作った会社だった。
 その中の一社、朝目コンピュータ産業の社長が礼奈の父親だった。
 偽装請負い、中抜き、長時間労働、情報漏洩......この業界のそんな闇を浄化するためにニッホンコンサルティングは作られた。
 礼奈は子供の頃から、そういった話を父親からずっと聞かされ後継ぎ候補としてコンピュータの前に座らされて来た。

「父親は関係ありません。私の夢を打ち砕き、こんなやりたくも無い仕事をやらせてる。最低な親よ」

 悲しみや怒りといった感情がない交ぜになったものが心の奥底から湧き上がり、目に涙がたまるのが分かった。
 そんな礼奈を見て、上柳部長は大笑いしてこう言った。 

「お前の演技はあれだ、大根だよ。大根。大根に目鼻が付いたみたいなもんだよ。そんな奴が女優に何かなれるわけないっつーの。やめとけ。お前が親父の権力で落とされたというオーディションとやらはな、元々出来レースで合格する奴は決まってたんだよ。そんなイカサマに負けたのはお前の実力。自分に才能が無いのをオヤジのせいにしてんじゃねぇ。今からでも遅くない。いい加減自分に才能が無いことぐらい悟れ。親父が夢破れたお前のために用意しておいてくれたこのニッホンコンサルティングのために働け。それがお前の将来のためだ」

 何かにとりつかれたかのように上柳部長は礼奈を罵った。
 だが、それはいちいち彼女にとって思い当たるものばかりで反論することも出来なかった。
 自分に才能が無いなんて当の昔に知っていたし、だからこうしていつまでもくすぶっているんだ。
 上柳部長は図星の礼奈をしばらく見つめていた。
 そしてこう言った。
 
「まあ好きにしろや。だがな、社会人としてよく考えろ。今お前が辞めたら違約金が発生する。それをお前は払えるのか?」
「そんなの、会社同士の契約で私は関係ありません」
「じゃ、お前は実太ラーメンが無くなってもいいんだな?」
「え?」

 礼奈にとって初めて聴く事実だった。
 実太ラーメンの土地は礼奈が逃げた時の担保として差し出されていたのだった。
 それだけこの仕事の契約金が多額だということだ。

「覚悟しろ。ここまで来たんだ。あとはしっかり最後まで騙し切れ。そして親父を見返してみろっ!」

 上柳部長の檄は、既に踵を返して飛び出していった礼奈には届いていなかった。

「はぁ......」

 実太ラーメンの外に出て夜空を見上げて一息ついた。

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「俺はいつかラーメン屋になりたかった。」
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 大将の悲しそうな顔が頭に浮かんだ。
 逃げる訳にはいかない。
 だが、この先どうすればいいか思い付かなかった。

「ちょっとすいません」
「は、はい!?」

 振り返ると、ブレザー姿の女子高生がいた。
 黒髪に小作りな顔が包まれている。
 目が大きく鼻も高くてモデルのように綺麗だ。

「あなたパパと不倫してるでしょ?」

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

犯罪にまで手を染めさせ「る」ことに


私物「を」安全なところに預けるだけです


雄一は自分の身を削っただけで済んだけど、もし戸田のスキルと立場があったら…((( ;゚Д゚)))ガクガクブルブル

湯二

VBA使いさん。


毎度、コメントと校正ありがとうございます。


雄一はバカだからITとかよく出来ないし、まず一応正義感はあるので、こんなことはしないはずっ!
怖いのは何でもできる立場の人が何でもやってしまう事でしょう。
それを抑止するにはダブルチェックだったり、お互い見張り合うみたいな仕組みが必要なんでしょうけど世知辛いですね。

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