常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 演・ジニア】第四話 インフラと業務

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 礼奈は仕事を終えると、実太ラーメンに戻りその日の報告を行った。

「ターゲットは個人情報について高い意識を持っています」

 一緒に作業した時の感想を報告した。
 上柳部長は礼奈の報告を受けて、こう言った。

「飲みに誘え」
「飲みに......ですか?」
「そうだ。酒は人格を変える。そこに君が入り込むんだ」

 礼奈は男と二人きりで飲みに行ったことなど無かった。
 劇団やバイト先で打ち上げと称して複数人で飲みに行くことはあった。
 だから二人で飲むということに対して勝手がよく分からないし誘い方もよく分からない。

「だいぶ戸惑っているようだが、それが君の仕事だ。演じると思ってやれば恥ずかしくも無いだろ?」


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 翌日。

「戸田さ~ん。今日、飲みに行きませんか?」

 昨日と同じように端末室で作業している時、礼奈はターゲットである戸田良夫を飲みに誘った。
 だが、彼は端末に向き合ったままだ。
 礼奈にとっては気まずい沈黙が流れた。 

「色々と教えて頂いているのと、これからもよろしくと言うことで。ねっ、ねっ、行きましょうよっ! 私いいお店知ってるんですぅ!」

 負けじと明るさを前面に押し出し、ぐいぐい迫る。
 しまいには、パタパタと端末の裏側に回り込んだ。
 向かい合った瞬間、ニッコリと笑顔を作りペロリと舌を出す。
 突然微笑みかけられた相手は、昨日と余りに雰囲気が違う彼女に少し驚いている様子だ。

「教えるのは仕事だからです。今日は早く家に帰らなければならないので」

 無下に断られた。

(惨めだ......)

 改めて、礼奈は自分の姿を見た。
 普段はすっぴんに近いが、今日は可愛らしいナチュラルメイクでばっちり決めて来た。
 パンツスーツをスカートに変えてみた。
 声も舞台の時にしか出さないような高めの可愛らしい声を、若干語尾を伸ばし舌足らずな感じで発したのに。

「性格 :優しくて気が利くが、おっちょこちょい。真面目で愛嬌がある。」

 愛嬌のある部分を強調したつもりだったが失敗に終わったようだ。


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「あれ? 戸田さんは?」

 プロジェクトルームに戻ると、業務チームのリーダーである橋本に声を掛けられた。
 手にはA4用紙を持っている。

「端末室です」
「そっか。じゃ井筒さんにお願いしとくか」
「何でしょう?」
「開発環境のデータベースにこのインデックスを作ってほしいんだ。今日中にね」

 そう言ってテーブル設計書を渡された。

「これってインフラの仕事ですか?」
「そうだよ。戸田さんから聞いて無いの?」

 データベースのオブジェクト、つまりテーブルやインデックスの作成と管理はインフラチームが行っているらしい。
 実際は業務から提出された設計書を元に、戸田良夫がDDLを作成しそれを各環境で実行しているとのこと。

「それより今日、何か昨日と雰囲気違うね」

 橋本は小さい目を、礼奈の頭からつま先までいやらしく這わせた。
 生理的にゾワリと悪寒が走った。

「今日さ、歓迎会ということで二人で飲みに行かない?」

 息が荒い。
 いやらしい。

(まったく、何で一緒に飲みに行きたくない奴とは縁があるのよ)

 と、世を憂いた。

「ねっ、ねっ、俺、いい店知ってるから」
「橋本さん、やめてください」

 礼奈が言おうとしたことを、代わりに戸田良夫が言っていた。

「何ですか? 別に飲みに誘ってただけじゃないですか。何か問題でも」
「彼女、嫌がってるじゃないですか」
「そ、そんなことないですよね?」

 橋本に水を向けられたが、礼奈は何も応えなかった。

「頼むから、仕事の邪魔しないでください」
「おいおい、インフラに戻った途端やけに強気だな。業務リーダーの時は弱気で、客と俺らとどっちつかずで仕事を遅らせてたのによ」

 橋本はそう捨て台詞を吐くと、去って行った。


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 昼食を済ませた礼奈は、橋本から渡されたテーブル設計書を手に端末室へ向かった。
 端末の前に座り、TeraTermで開発データベースサーバへアクセスした。
 
「sqlplus gyomu/gyomu」

 と打ち込み、開発データベースへログインする。
 次に、用意したスクリプトをFTPでデータベースサーバへアップロードした。
 スクリプトには、インデックスを作成するCREATE INDEX文が記述されている。

「@create_index.sql」

 と打ち込み、スクリプトを実行した。
 橋本によるとシステムテスト中に、改修した会員マスタ画面の性能不足が発覚したらしい。
 パフォーマンスチューニングとして関係しているテーブルにインデックスを張ることになったそうだ。
 これくらいの作業ならお手の物だった。
 子供の頃から強制的にとはいえ、父親からコンピュータの指導を受けて来た。
 数分後、インデックス作成が完了したことを確認すると、TeraTermのログをエビデンスとして開発環境のNASに格納した。

(これで戸田さんもちょっとは喜ぶかな)

 礼奈としては、打ち合わせなどで忙しい戸田良夫の代わりに業務からの依頼を対応してあげることで「気の利く」ところをアピールしたい狙いがあった。
 加えて、迅速に業務の依頼を対応することで、インフラと業務つまり戸田良夫と橋本の仲が少しは良くなるのではないかと踏んでいた。
 それはらは全て、礼奈にとってターゲットを落とすという目的に繋がるのだった。


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「戸田さん、業務から依頼されていたインデックスを開発環境に作成してきました」

 意気揚々とプロジェクトルームに戻り、そう報告した。
 だが、期待とは異なる返答が返ってきた。

「聞いて無いですよ。そんなの」
「あっ、すいません。業務から依頼が来ていたのを伝えてませんでしたね。昼前に橋本さんからインデックスを作ってくれって依頼が来て」
「だったら......」

 戸田良夫が何か言い掛けた時、橋本が用紙片手にやって来た。

「いやー、すいません。さっきの依頼無かったことにしてくれませんか? どうも対象テーブルが違うみたいで」

 と言いながら、卓にテーブル設計書を置いた。

「そんな......」

 礼奈が呼び止めようとすると、

「兎に角、テストが進まないからさ。早めにお願いします。あ、電話だ」

 と、当の本人は電話しながら逃げるように去って行った。

「井筒さん」
「は、はいっ!」
「言ってなかった私も悪かったのですが、業務チームから依頼を受けたらまず私と滝野さんに伝えてください」

 と強い口調で言われた。

「は、はい......」
「彼らはよく吟味せず、こちらに作業を依頼して来ます。それをよく確認せず対応すると今回みたいにやり直しが何度も発生して無駄足になってしまいます」
「すいません......でも、すぐに対応した方がインフラと業務にとって、いいかなと思って......」
「私も最初は内容を確認せず、依頼を受けたら即時対応するようにしていました。ですが、何もかも受けていたら、すぐにやってくれると図に乗って次々押し付けてくるようになりました。こっちにだって作業計画と言うものが有る。彼らはそれを無視して自己都合で作業を依頼してくる」
「......はい」
「だから、彼らには対応を依頼する前に、本当にそれが必要なのか考えるようにしてもらってるんです。まぁ、さっきの橋本さんを見てるとそんな意識はなさそうだが......」

 礼奈はインフラチームと業務チームの仲が良くないことを何となく感じてはいたが、戸田良夫の話を聞いているとそれが何故なのか何となく分かって来た。
 インフラのことを良く知らない業務チーム。
 業務のことを良く知らないインフラチーム。
 その間で色々な攻防戦が繰り広げられていたのだった。

「......兎に角、今度から気を付けてください。それにしても......新人にしては随分、色々知ってますね。さすが、勉強塾の社員ですね」

 叱ってばかりでは悪いと思ったのか、フォローするかのように礼奈を褒めた。


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 三日後、実太ラーメンの地下にて。

「趣味でもないフリフリのワンピース着ててもダメか......」

 上柳部長は礼奈の服装を見て、ポツリとそう言った。

「一体誰が何の根拠で、あの性格でやるように考えたんですか?」

 用紙に書かれた「優しくて気が利くが、おっちょこちょい。真面目で愛嬌がある」、この人物像に礼奈は振り回されっぱなしだった。

「花房部長だ。ターゲットの妻は元同じ職場だった。その妻の性格がまさに今、君が四苦八苦して演じようとしているものだ」

 妻と同じような性格の女と浮気するものなのだろうか、と思ったが原体験からはそう簡単に逃れられないのだろう。
 花房部長のその考えを通して、男とは単純な生き物だと思った。

「で、いつ飲みに誘えるんだ?」
「それが......どうやったらいいか今、悩んでます」

 礼奈は悔しかった。
 良かれと思ったことが全て外れる。
 自分の演技や仕事が全て空回りしていた。

「来週中にターゲットと飲みに行くことが出来なければ、君は首だ」

 上柳部長は無情にも、まだ入社して二週間程の礼奈に最後通告をした。
 だが、弱気になりヤケにもなっていた礼奈はつい、

「......首になったほうがマシかも」

 そう口走ってしまった。

「投げやりだな」
「無理やり女優への夢を捨てさせられて、こんな人を騙すような会社に入れられた。辞めることが出来れば、また自分のやりたいことがやれる。そう考えれば今すぐ自分から辞めてやりたいです」

 確かにそうだと、礼奈は自分に言い聞かせた。

「はははっ!」

 突然、上柳部長が地下室に響くほどの大笑いをした。

「中年オヤジ一人虜に出来ない。そんなんで女優になりたかったなんてお笑い草だな」

 上柳部長は挑発するかのように言った。

「人を騙すことと、芝居は違う!」
「負け惜しみを言うな」
「違う!」
「ものの本で読んだが、芝居とは如何に上手く観客に嘘を吐くかということらしいぞ。君は芝居と言う嘘で、戸田良夫という観客を魅了することが出来なかった」

 何も言えなくなった礼奈に、上柳部長は鼓舞するようにこう言った。

「このまま引き下がったら、君は父上に負けを認めることになるぞ」

 礼奈は反論しながらも薄々分かってはいた。
 自分の実力不足で上手く行かないだけだ。
 それを認めたくないのだった。
 父親のせいでオーディションを落とされ、入りたくも無い会社に入れられ、人を騙す仕事をしている。
 だが、そんな邪魔が無かったとしても今の自分の実力では夢を叶えることは出来なかったのではないか。
 俯き、考え込む礼奈に上柳部長はこう言った。

「ターゲットを騙し切れ。そして個人情報を盗ませろ」

 それはだれも望んでいないことだった。

「そうすれば父上も君のことを認めるはずだ」

 その言葉に弾かれたように、こう決意した。

(やってやる)

つづく

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