常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 演・ジニア】第二話 ヒロインは君だ

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「上柳部長。この方が協力していただける方ですか?」

 花房部長は眉根を寄せ、値踏みするように礼奈を見た。
 こんな新人みたいなので大丈夫なのか、と言いたそうだ。

「よろしくお願いいたします」

 そんなことなど気にもせず礼奈は頭を下げた。
 ここはstudy情報サービス株式会社の本社が入っているビル。
 その地下一階の喫茶店で、花房部長に向かい合う形で上柳部長と礼奈は座っている。

「大丈夫ですよ。彼女は普通の新人とは違う。何たって子供の頃からエンジニアである父親の元で、ITの教育を受けて来たんですから」

 と、上柳部長がフォローというかセールストークでその場を和ませた。
 「父親」という言葉に思わず礼奈はピクリと反応した。

「ふむ。まあ、ここはニッホン・コンサルティングさんの実績を信頼しましょう」

 自分をないがしろにされた礼奈はカチンと来た。
 だが、もう学生では無いと思い我慢した。

「ありがとうございます。では、弊社の井筒に今回の仕事について説明してやってください」
「......うむ」
「お待たせしました」

 珈琲が運ばれてきた。
 三人はそれに手を付けることも無く、向かい合ったままだ。

「若い娘さんには非常に言い辛いのだが......」
「男を誘惑してほしいって聞いてます」
「その通り」

 礼奈の言葉に花房部長は頷いた。

「君に誘惑して欲しい戸田良夫という男は、弊社でデータベース管理者をやっている。それはそれは真面目な男で仕事もしっかりしている」
「そんな人を何故......ですか?」
「この男がデータベース管理者として適正なのか確認するためだ」

 礼奈は話が掴めず質問しようとした時、花房部長が問い掛けた。

「君は性善説というものを知っているか?」
「確か孟子の......」
「誰が言ったかなんてのは、まあどうでもいい。人間は、この世に自分も含め悪い人なんていない、そう思いたい生き物だ。そう思っていなければ生き辛いからな」

 仮にそうだとして、何か問題があるのだろうか。
 礼奈は花房部長が何を言いたいのか分からなかった。
 そう思いながら話を聴いていると、花房部長はUSBメモリを卓の上に置いた。

「ここをサーバルームだと思ってくれ。君は一人そこにいる。そして、本番データベースにはアクセスし放題。ご丁寧に個人情報を取得するためのUSBも机に置いてある」

 上柳部長が横でコーヒーを啜り、手帳をめくりだした。
 敢えて二人のやり取りに入り込まないことを態度で示しているかのようだ。

「更に、個人情報は名簿業者間で高値で売買されている。さあ、どうする?」
「何もしません」

 礼奈はキッパリと即答した。

「そうそう。その通り。それでこそ性善説」

 花房部長はニヤニヤ笑いだした。
 礼奈は気味が悪いと思った。

「だが世の中そんなに甘くないぞ。君の愛する人、例えば......母親、父親、彼氏......その辺りの人間が不治の病だったとしよう。だが、金さえあれば名医にお願いして治せる。そんな前提がある場合、どうするね?」

 試すような目で礼奈を覗き込んで来た。
 礼奈は考えた。
 ここはサーバルーム。
 私は一人そこにいる。
 目の前には個人情報がたっぷり詰まったアクセスし放題のデータベースサーバ。
 データを持ち出せるUSBもある。
 声を掛けて来る名簿業者がいる。
 彼氏があと半年の命。
 お金があれば治せる。
 だけど......

「......こんなこと、絶対バレます。サーバにアクセスすればログだって残るし、データベースへ問い合わせたSQLも監査証跡に残るからです」
「バレるからやらないと? じゃ、バレなければやるんだね」
「そ、そうじゃありません! だいたいこの質問で私の何を試してるんですか?」

 思わず礼奈は声を荒げた。
 だが、花房部長はそれを鼻で笑うとこう続けた。

「君の性善説はそんなところだ。この質問をすると皆、回答は似たり寄ったりだ。だが、戸田は違った」

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「絶対に盗みません」
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「彼はそう言った。考える間も無く、表情一つ変えずにな」

 礼奈は写真で見た戸田良夫の顔を思い出した。
 真面目で、キッチリとしたエンジニアという印象を受けた。
 その分、コミュニケーションというか、政治的なやり取りや人付き合いは苦手そうな印象も受けた。

「コーヒー、冷めないうちにどうぞ」

 そう促され一口飲んだ。
 一息つくことで花房部長の話したことが頭の中でまとまって来た。

「つまり、戸田さんの愛人かなんかになって彼からお金を引き出させる。お金欲しさに彼がデータを盗むかどうかを試したいんですね」
「その通り」
「そんなヒドイですよ。わざわざ犯罪を誘発するようなことを」
「ことが起きてからじゃ遅いんだよ」

 花房部長は語気を強めた。

「データベース管理者はデータの番人であると同時に、それを好きなように扱えることが出来る立場でもある。だから、彼はさっき君が言ったバレる可能性を全て排除することだって可能だ。そんな人間が誘惑に勝てるかどうか、ことが起こる前に彼の性善説とか性悪説とかそんなものを通り越した先にあるものが見たい。つまり、会社への忠誠心、エンジニアとしての誇りを確認する必要がある」

 花房部長の熱っぽい語りに、礼奈は自分がやるべきことに納得はしつつも、まだ腑に落ちないところもあった。

「井筒」
「はい」
「明日からこのstudy情報サービス株式会社で働きながら、ターゲットに近づいてくれ」

 上柳部長にそう言われた礼奈は小さく頷いた。


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「はい。バリカタね」

 礼奈の目の前にもうもうと湯気を立てる豚骨ラーメンが置かれた。
 ドンブリの淵まで注がれた乳白色のスープは表面張力のお陰で、こぼれそうでこぼれない。

「大将。ありがとう」
「初仕事で疲れたろ。これは俺のおごり。食べたら地下に来いって上柳が言ってたよ」

 実太ラーメンに戻った時、時計の針は11:00を指していた。
 開店まであと30分。
 その間、お客は礼奈だけだ。
 出社してすぐに上柳部長に連れられて、初めての面談を経験した。
 本当に疲れた。
 今年一緒に大学を卒業して同じ業界に入った有馬雄一君や、杉本麗さんも同じように面談を受けて緊張してクタクタになっているのだろうか。
 だが、私の場合はちょっと違う、と礼奈はすぐに思い直した。
 ニッホン・コンサルティングはこの世に敢えて存在を公表していない。
 SNSやホームページ、会社案内などの資料は一切無い。
 業界内の知る人ぞ知る人のみが知る、秘密結社のような会社だ。
 扱う仕事は、ITに関わる全般だ。
 全般と言ってもごく一般的なシステム開発、運用、テスト、コンサルティングといった仕事はほとんど無いと言っていい。
 あるのは今回の礼奈に振られたような、隠密仕事が多い。
 色々な理由があり、そんな会社の内定者となった礼奈にもその存在は謎のままだった。
 仕事概要も住所も分からなかった。
 一カ月前、インターン研修前日にメールで実太ラーメンの地図が送られて来た。

<その場所に9:00>

 とだけメッセージが書かれていた。

「やっぱ、大将のラーメンは美味しいよ。私も早くこのレベルのものを作れるようになりたい」
「おいおい、お世辞はよしてくれよ。それにラーメン屋は礼奈ちゃんにとって仮の姿。君が極めるべきはラーメンじゃない......だろ?」
「はい」

 請け負う仕事が仕事なだけにニッホン・コンサルティングは存在をカモフラージュしたいのだ。
 それがこの実太ラーメンだ。
 街角にあるラーメン屋の地下に物理的に存在を隠している。
 そして普段の礼奈はラーメン屋の店員だ。
 入社してからというもの、何かあると礼奈は気軽に大将に話して気を落ち着かせていた。
 ブルドックみたいな顔した大将はいつも笑顔で応えてくれた。
 大将がニッホン・コンサルティングとどういう関係にあるのかは、今のところハッキリとは分からない。
 いつか疑問に思って訊いたことがある。

「上柳と俺は同じ会社の同僚だったんだ。だけど、俺はいつかラーメン屋になりたかった。そんな俺のラーメンを初めて美味いと言ってくれたのは上柳だ。その関係が今も続いてるって訳だ」

 そう答えられた。
 そして、こう続けた。

「礼奈ちゃんもこれから色々有ると思うけど、夢のために頑張れよ」


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 上柳部長がプリンタの前に立っていた。
 地下室に降り立った礼奈を認めると、目で会議卓の椅子の前に座るよう指示した。
 プリンタから出たばかりの熱が残る用紙を礼奈の前に置いた。
 そしてこう言った。

「花房部長からの注文だ」

 用紙にはこう書かれている。

 ・性格 :優しくて気が利くが、おっちょこちょい。真面目で愛嬌がある。
 ・スキル:普通レベル。SQLとプログラミングの基礎は分かる程度で可。
 ・立場 :勉強塾株式会社の社員。情報システムの研修の一環として子会社のstudy情報サービス株式会社に出向する。

 礼奈がターゲットの職場で演じるべき人物のプロフィールだ。

「花房部長からの情報を基に作成した。性格に関してはターゲットの好きな女性のタイプらしい。あと、容姿については君なら問題無いか」

 上柳部長は頭のテッペンから爪先まで礼奈を品定めするように見た。

「やめてください」

 上柳部長は礼奈の嫌がる顔を無視して、話を続けた。
 
「あとターゲットのプロフィールな」

 もう一枚用紙が置かれた。

 ・ターゲット:戸田良夫(45)
 ・家族構成 :妻、娘一人
 ・趣味   :国内旅行
 ・飲酒   :多少飲める
 ・備考   :リーダー業務が苦手。心労で一カ月ほど休職。インフラチームのデータベース管理者として復帰。会社への忠誠心は高いと思われる。

「休職してたんですね」
「ターゲットは元々技術屋って感じでやって来たんだが、study情報サービスは上流工程から関わる案件が多い。だから将来のプロジェクトマネージャーにと業務チームのリーダーをやらせてみたらしい。だが、それが向いていなかった。心労を起こし倒れてしまった。それで本人の希望もあり復帰した時は元のエンジニアに戻らせたというわけだ」
「そうなんですか......」
「まあ、ターゲットをエンジニアに戻したのも花房部長なりに計算があったみたいだ」
「計算?」
「休職したターゲットを希望通りエンジニア職に就かせてやった。要は恩を売ることでターゲットに忠誠心を植え付けた、と花房部長は言っていた」

 礼奈はターゲットの人間性や過去が分かって来ると、これからやろうとしていることに対して罪悪感を覚えた。
 何より「絶対に盗みません」とターゲットは言ったのだ。
 それだけで十分では無いか、しかも会社への忠誠心もある。
 そんな礼奈の思いを見透かしたかのように、上柳部長がこう言った。

「人を信じるだけでは足りないんだよ」
「けど......」
「君は去年の、向上館での個人情報漏洩事件を覚えてるか?」

 勉強塾と同じく、向上館は学生向けの教材や塾を運営している会社だ。

「向上館の子会社であるSIerに所属するデータベース管理者が起こした事件だ。自身の借金返済のために、データベースから会員である子供たちの個人情報を盗み出し名簿業者に転売した。数日後、会員の家庭に見覚えの無い業者から多数のダイレクトメールが届いた。不審に思った保護者が声を上げた。それで漏洩事件が発覚した」

 礼奈は子供の頃、向上館と勉強塾の教材を使って勉強していたこともあり両会社とも親しみを持っていた。
 だから、事件の概要について微かだが覚えている。

「補償として会員一人一人に対し商品券の送付、受講料減額行った。そのせいで特別損失として300億円を計上することとなった。それだけじゃない。会員離れや新戦略の進捗にも影響を与えたし、株価は暴落した。取締役以下数名が退任する事態となった」

 その向上館は、かつては勉強塾と業界を二分していたが今では見る影もない凋落ぶりだ。

「性善説で『信じる』何て甘い言葉だけじゃ足りない。性悪説で持ち物検査したりセキュリティに金を掛けても足りない。盗もうと思えばデータを頭の中に暗記だってするだろう。それがターゲットの立場ならなおさらだ」

 頭の中で、写真の戸田良夫の顔が歪んで行った。

「たった一人のエンジニアの気の迷いのせいで、一つの会社がこれほどのインパクトを受けるんだ。『こいつは絶対やらない』それを今回のクライアントは確信したいんだよ」

 礼奈は上柳部長の言葉に何も言えなくなった。

「女優を目指してた君には適任だと思う」
「目指してた......?」

 礼奈は自分の夢を、勝手に過去のことにされて腹が立った。

「君の父上も......」
「父のことは言わないでください!」

 あともう少しで叶いそうだった夢を、あの男は打ち砕いた。
 それを思い出して礼奈は怒りに震えた。

「まぁ、兎に角......」

 少しの沈黙の後、こう告げられた。

「君はこの案件のヒロインだ」

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

雄一キター!!
これで雄一ワールド、間接的に幸一郎ワールドとも繋がりましたね。
なんかテーブルのJOINみたいw
後は慶太ワールドか。


今更ながら、湯二さんの初期の投稿を拝読しました。
トラブル対応や対策で、ORACLE側、人間側の様々なポイントを載せておられますが、担当者の心理の検証は、ある意味最も難しい、というか普通は不可能なものですね。。。
そこに切り込んだ(仮想)検証結果、期待しています。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。


いやー、このブログのマニアですね。
是非、masterの称号を与えたいですね。
実際、すでに出て来たキャラクターを使うのは一から考えなくていいから楽……。


>今更ながら、湯二さんの初期の投稿を拝読しました。
本人も最初の頃はよく覚えてないのに、よく読んで頂き、ありがとうございます。
最初の頃は真面目にコラム書いていたような気がします。


>そこに切り込んだ(仮想)検証結果、期待しています。
何だか自分で自分を追い詰めているような気がしなくもない……
ホント、書いててキャラがどう動くと自然なのかとか考え込むと一時間くらい経ってたりします。
仕事しながら確かに、これはお話にしたら面白い何て場面があって、そんなときは形にしたいなんて思ったりしてます。

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