常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 演・ジニア】第一話 個人情報漏洩前夜

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 空調の音が鳴り響く、床も壁も真っ白な、とあるデータセンターのサーバルーム。

 男はノートパソコンにUSBケーブルを介して自身のスマホを接続した。
 ノートパソコンは本番環境、つまり顧客のシステムに接続出来るように設定されている。
 スマホに充電中であることを示す赤いランプが灯った。
 男は緊張を落ち着かせるために深呼吸をすると、キーボードの上に両手を置いた。
 TeraTermを起動し、データベースサーバのIPアドレスを打ち込む。
 接続ボタンを押してデータベースサーバにログインした。
 続いて

「sqlplus gyomu/gyomu」

 と打ち込み、データベースのgyomuスキーマにログインした。
 このスキーマには業務データや各種マスタデータが格納されている。
 男は会員データの件数を取得するSQLを実行した。

「select count(*) from kaiin_mast;」

 「2050103」と出力される。
 kaiin_mastテーブルには会員データが格納されている。
 つまりシステムは200万人以上の会員データを管理していることになる。

(この前見た時よりだいぶ増えてるな。だがレコードサイズはそう大きくはない。SDカードに何とか入るだろ......)

 会員データ1レコードには名前、住所、電話番号、趣味、学校、学年、部活、親の職業など、まさに個人情報が刻まれている。
 男のスマホに挿したSDカードは1TByteの容量を持つ。
 この程度のデータ量なら目的のデータが全て入ると踏んだ。
 spoolコマンドでデータの出力先を指定し、

「select * from kaiin_mast;」

 と、全件の会員データを取得するSQLを実行した。

「しまった」

 男は小さく呟いた。
 order by句を付けて会員名称順に並べて欲しいと業者にお願いされていたのを思い出した。
 だがもう処理は流れ出している。
 ここでもう一度やり直すのは時間的にも厳しい。
 あと数分で本番作業のダブルチェッカーが戻って来るだろう。
 それまでに事を済ませなければならない。
 spool先にある会員データが出力されているファイルは、どんどん大きくなって行く。
 そのサイズから男は数分で全件取得が完了するだろうと思うと同時に、その数分が永遠と思えるほど長く感じられた。
 男の目は何度も端末とサーバ室の入り口を行ったり来たりした。
 扉が開くことに怯えながら、男は処理が終わるのをひたすら待っていた。

(大丈夫。俺は悪いことはしていない)

 そう自分に言い聞かせた。
 会員データを1件10円で買うといった名簿業者は、そんなに怪しい連中では無かった。
 身なりもキチンとしていたし名刺に書かれた住所にキチンと会社もあった。
 何よりデータの利用目的も「今後の子供たちの未来のためビッグデータ分析として必要」という納得出来る内容だった。

(いずれ、うちだってこのデータを他社に公開することだってあるかもしれないし......。俺だってそう提案しようと思ってた)

 だが、何度正当化しても心の奥底にはモヤついたものが残った。
 持ち出した先で正しく使用されたとしても、無断で持ち出すことが組織にとって悪である以上、それは正しい行いでないことは分かり切っていた。
 そもそもこんなことをしようとしたのは、今席を外しているダブルチェッカー、つまりあの女の存在のせいだ。
 その女を手放したくなかった。
 兎に角、その女のために金が必要だった。

 処理が完了した。
 会員データが詰まったファイルをFTPコマンドでダウンロードする。
 男は保守端末であるノートパソコンにスマホを挿しても検知されないこと、データベースに実行されたSQLが監査証跡として残らないことを知っていた。
 何故なら男自身がそのデータベースを管理していたからだ。
 データベースサーバはLinuxとORACLEで構築されている。
 それは男にとって庭みたいなものだ。
 早く、端末のローカルディスクにダウンロードされたファイルをスマホのSDカードへコピーしなければ。
 ファイルをクリックした。
 その時、男のスマホが振動した。
 メールが来ている。
 珍しいと思った。
 LINEを使用するようになってからメールなんて久しく受信していない。
 差出人のメアドに覚えが無い。
 どうせイタズラだろうと思い削除しようとした時、添付ファイルに気付く。

「戸田桃花のヤバい画像」

 自分の娘の名前が添付ファイルに付けられている。
 「ヤバい」という文字に嫌な予感が走る。

「うっ」

 そこには我が娘が下着姿で写る画像が。
 そしてメッセージにはこう書かれていた。

<お前の娘は俺を裏切った。だからお前の娘の全てを晒す。>
 

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 二カ月前。

「今日からデータベース管理者だったな。よろしく頼むよ」

 情報システム部の花房部長にそう言われた戸田良夫は「はい」と応えた。

 「気を引き締めてくれよ。大事な会員データだからな」

 と、肩をポンと叩かれる。
 プロジェクトルームに入り、インフラチームの面々に挨拶をする。

「インフラチームのリーダー、滝野です。よろしくお願いします」

 そう言って握手を求めて来た。
 良夫はその手を握り「はい」と応えた。

「そういえば戸田さんは、業務チームのリーダーでしたよね。それが今日からインフラチームのメンバーとは。まあ色々有るんでしょうが......。私ら業務知識ってほとんど無いんですよ。だから、もちろんデータベースのこともよろしくだけど、業務の方もご指導ご鞭撻のほどお願いしますよ」

 砕けた感じと丁寧な感じを織り交ぜて、彼なりに良夫を和ませるつもりなのだろう。
 フランクに話をしながら、良夫はこれでやっと苦しかったリーダー生活から抜け出せたという実感に浸った。
 45歳の良夫は元々、技術畑でずっと仕事して来た。
 エンジニアとしての技術力は自他共に認めるものが有った。
 だが、会社の方針としてプロパーである良夫は本人の希望とは関係無しに管理者としての道を歩まされた。
 PGやテストなどの技術力は外注で賄える。
 だから、良夫には『将来のプロジェクトマネージャー』に、というのが会社の期待するところだった。
 だが、技術一本鎗で生きて来た良夫はコミュニケーションが得意では無かった。
 気も強くないのでメンバーに強く命令することも出来なかった。
 反対にメンバーやお客の要望を聞き容れ過ぎてどっちつかずの状態になり、やがては下からの突き上げと上からの圧力に苦悩する日々となった。
 元技術屋という性質から、細かいプログラムの作りが気になりだし管理をほったらかして修正に没頭してはプロジェクト全体を遅延させたりもした。

「あの人一体なんなの。全然コントロール出来てないんだけど」
「スケジュールがブレブレでやりにくいんだけど」
「技術的な細かいことだけに首突っ込み過ぎ」

 メンバーがそんなことを言っていないのは分かる。
 が、幻聴のように批判の声が聞こえて来る。
 もう業務チームのリーダー何て二度とやりたくない。
 そう思った矢先、無理をしてきた体にガタが来て倒れた。
 薄れゆく意識の中で、このまま倒れてしまえば逃げることが出来るというしたたかな気持ちもあった。
 一週間の休暇の後、面談で花房部長から今後のことについて、どうしたいのかと問われた。
 そこで、この際だからと洗いざらい自分の要望と悩みを伝えた。

「自分は管理者には向いていない。技術だけをやって行きたい」

 頭を下げた。
 部長の顔を見るのが怖かった。
 これでもう自分は窓際族だ。
 給料は大幅に減額され、仕事も無く一日を暇という地獄で生きて行かなければならない。
 いずれは退職に追い込まれるかもしれぬ。
 何より一人娘の高校、そして大学の学費はどうすればいいのか。

「分かった。希望通りにしてやろう」

 その言葉を受けて、恐る恐る顔を上げた。
 部長の顔はにっこりと笑っていた。
 この場に不自然なほどに。
 それから三日後、良夫はデータベース管理者という役目を命ぜられた。
 
「戸田さんの席はここですよ」

 滝野に案内され、自席に座る。
 端末の前に座った良夫は嬉々としてデータベース設計書を読みふけった。


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「もう、遅刻しちゃう」

 井筒礼奈は猛ダッシュで職場に向かっていた。
 黒のパンツスーツにスニーカー、長い黒髪はポニーテールにしている。
 春先になると湧いて来る小さい虫が礼奈の大きな目に飛び込んで来た。
 思わず目をつむってしまい、角から出て来たオジサンにぶつかった。

「ぐへ!」

 思いっきり尻もちをついた。
 立ち上がろうとした時、オジサンが連れて歩いていたフレンチブルドッグが飛び掛かって来た。

「やだ、ちょっと!」

 オスのブルドッグは本能からか、女である礼奈に縋りついて離れようとしない。

「こら! トム!」

 オジサンの一喝でトムはすごすごと戻って行った。

「あ! 大家さん」

 礼奈が住むアパートの家主だった。

「おお、礼奈ちゃん」
「もう、角から出る時は気を付けてくださいね!」
「君だって目つむりながら走ってたじゃないか」
「あれは虫が......」

 そう言い掛けて、やめた。
 こんなやり取りをしている暇は無い。

(良かった。漫画みたく、こんなオヤジと入れ替わったりしなくて)

 4月生まれの礼奈は今月で23歳になった。
 社会人になってまだ一カ月も経ってない。
 だから、職場というか社会人というものにまだ慣れていない。
 何より彼女の会社は特殊だった。

「いてて......」

 昨日のヒーローショーのアルバイトで足首を痛めた。
 それが、走ったせいで痛んで来た。
 急遽、怪人役の大学生のバイトが体調不良で出られなくなって代わりに主演したのだ。
 場所はデパートの屋上という定番スポット。
 戦隊ヒーローに蹴られた怪人の着ぐるみを着た礼奈は、ジタバタしながら舞台から飛び降りた。
 1.5メートル下の地面に着地した時、グキっと嫌な音がした。

(着いたらシップ貼らなきゃ)

 日中は仕事、定時後は劇団員、土日はヒーローショーのアルバイトという三足のわらじの礼奈は、常に寝不足で毎朝ギリギリまで寝ていたかった。
 家と職場までは走って10分。
 はっきりいって近いが、毎日遅刻しそうだった。

「おはよーございます!」

 『実太ラーメン』と書かれた暖簾をくぐり、引き戸を勢い良く開く。
 時計を見ると、8時59分。
 ギリギリ間に合った。
 職場はというより、店内だ。
 カウンター10席、テーブル4席とさほど大きくない。
 壁には所狭しとメニューが貼られている。
 トイレの横にビールを持った水着姿のグラビアアイドルのポスターが貼られている。

「おはよっ!」

 奥から威勢の良い返事がする。

「大将、おはようございます」

 礼奈から大将と呼ばれた男は、カウンターの奥で寸胴に入ったスープを棒でかき混ぜている。
 タオル鉢巻き、黒シャツに、前掛け、ずんぐりとした体形に先程のブルドッグみたいな顔が乗っている。

「着替えて来ますね」
「いや、今日は仕込みはやらなくていい。部長がお呼びだ」

 そう言われた礼奈は「はい」と硬い声で応えた。
 大将に地下への扉を開けてもらう。

「じゃ、頑張って」

 大将に励まされた礼奈は、暗がりの中、緊張しながら階段を下りて行った。


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 銀縁眼鏡をかけ、七三分けの真面目そうな男の前で礼奈は緊張していた。

「お疲れさん」

 男は笑顔で礼奈にそう言った。
 ここは『実太ラーメン』の地下の一室。
 コンクリートの打ちっ放しで一面灰色の部屋は窓も無く殺風景だ。
 何個かの事務机とノートパソコン、ロッカーがあるくらいで他には何も無い。
 礼奈は観葉植物でも置けばいいのにと、来る度に思う。
 部屋には男と礼奈しかいない。

「入社して以来、ラーメン作ってばっかりじゃ、期待外れだったろ?」
「上柳部長。冗談はやめて下さい。どんな仕事か早く教えてください」

 礼奈と上柳部長と呼ばれた男は執務机を挟んで向かい合っていた。
 上柳部長は一枚の履歴書と、写真を机に置いた。

「この男を誘惑してくれ」

  study情報サービス株式会社 (勉強塾株式会社の子会社)
  システムインテグレーション部 戸田良夫 (データベース管理者)

つづく

Comment(4)

コメント

VBA使い

ダブル追い詰められスタート!!
メインタイトルといい、あの事件をモチーフにした感じといい、なかなか読み応えがありそうですね(と言ってハードルを上げてやろうw)

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。
一週間ぶりのご無沙汰です。


誘惑される方ばかり書いてるからする方も書いてみようと思いました。
そして、今のタイミングでこれをテーマにした意味は特にないです。
基本は火曜日、進捗が良ければ、木曜、金曜の更新もあるかもです。
ハードル超えれるかなあ。。。

桜子さんが一番

今回、桜子さんの出番はないんですか~?

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。


もしかしたら、もしかしたら、小説の舞台となる国が一緒なので出るかもしれません。
願い続けていれば。

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