常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 スーパー総務・桜子】第十四話 残業代を払いなさい!

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 <データを消したのはあなたです。石野課長>

 そうメールを送った桜子は、一旦席を離れ相手の出方を待つことにした。
 席を立とうとした時、メーラーの受信ランプが点灯した。

 12月27日 17:05 受信
 <お疲れ様です、石野です。一体何のことでしょうか?>

 まさかこんなに早く返信が来るとは思わなかった。
 石野課長は何かブツブツ言ってみたり、眼鏡をくいくい上げてみたり、心ここにあらずといった態だ。
 何か隠しごとをしている者特有の落ち着きの無さが垣間見える。

 12月27日 17:06 送信
 <安田です。インフラか業務チームが手違いでデータを消したなんて嘘です。あなたが私のテストデータを消したんです> 


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「くだらん言いがかりは止めろ!」

 桜子を会議室に呼びつけるなり、石野課長はそう言った。

「証拠はあるのか!?」

 桜子は卓の上に一枚の用紙を置いた。

SQL1.png

「単体テストデータベースのV$SQLテーブルの結果です。知ってましたか? V$SQLテーブルには実行されたSQLの履歴が残るんです。私のテストデータが入っている倉庫マスタテーブル。テーブル名『SOKO_MAST』がDELETEされた履歴がありました」
「それが何だって言うんだ?」

 石野課長の目が用紙と桜子の顔を交互に見た。
 強気で反論しているが、若干声が震えているので動揺しているのが分かる。

「石野課長が実行したSQLも当然ここに一定期間記録されています」
「だから、何が言いたい?」
「これを実行したのはあなたです」
「はっ?」

 用紙を指差しながら、石野課長はこう言った。

「ふん、何を言い出すかと思えば......。ここには誰が実行したか記録されていない。自分でデータを消したんじゃないのか」
「確かに......」

 桜子がそう認めたことで、石野課長はフーッと息をつき安堵したようだ。

「だいたい君は一体何なんだ? こっちのやり方にケチを付けたり、今度は嘘のでっち上げで私を陥れようとしたり。そうか......あの有馬とかいう奴は君と同じ会社だったな。仕返しして来いと命令されたのか。全くとんだ逆恨みだし、酷い会社だな」

 桜子は黙って聞いていた。

「福島さんに話して君も退場してもらうことにしよう」

 桜子はそれでも黙っていた。

「どうした? 今までの勢いはどうした」
「もう一つの情報と紐づければ、あなたが私のデータを消したという証拠が出来上がります」

 桜子は卓の上に更に一枚、用紙を置いた。

SQL2.png

「V$SESSIONテーブル見れば、どの端末がデータベースに接続しているかが分かります。そして、接続中にどんなSQLを実行していたかも分かります」

 用紙に人差し指を置き、つつーと指を滑らせMACHINEのところで止めた。

「KAIHATU001、これは石野課長が使っている端末の名前ですよね」

 更に指を滑らせ、SQL_IDのところで止めた。

「SQL_ID、これは実行されたSQLのIDです。これと先程のV$SQLのSQL_IDを紐づけるとこうなります」

sql3-2.png

「石野課長、あなたは端末『KAIHATU001』からSQL『DELETE FROM SOKO_MAST;』を実行し、私のテストデータを消そうとした。これがその証拠です」

 V$SESSIONテーブルのSQL_IDの記録は、SQLの実行が完了すれば消去される。
 石野課長が実行した瞬間に狙いをつけなければ取得出来ないデータだ。
 が、桜子は自作のツールでV$SESSIONテーブルの情報を1秒間隔で取得していたため、それほどの苦労は無かった。

「な、なぁ......安田さん」

 言い逃れ出来ないと思ったのか石野課長は急に媚びるような声で話しかけて来た。

「私はエビデンスの確認でデータをメンテすることがある。手違いでデータを消してしまうことだってある。それが今回の事なんだ。別に悪気があっての事じゃない」
「さっきまで否定していたのに、証拠が突き付けられた途端、認めるのですか?」
「いや、だってさ、いきなりデータを消しただろって物騒なこと言われて、こっちも驚いちゃってさ。また作ればいいじゃん。こっちも気を付けるし」

 その場を丸く収めようとする目の前の男に、冷ややかにこう言った。

「これが内輪での出来事だったら、私も目をつぶります。むしろ、内輪の出来事にして丸く収められたくないし、もみ消されもしたくなかった。だから、あえて他社も巻き込みました」
「ど、どういうことかな?」
「事態は私たちだけに留まらない......ということです」

 その時、コンコンと扉がノックされ、根岸が内線片手に入って来た。

「川上電子さんからお電話です」

 電話を受け取った石野課長は小声で向こうの担当者と何か話している。

「何かありましたか?」

 電話を返された根岸が問い掛けた。

「消えたデータは売上予測テーブルのものらしい。インフラチームにも何で消えたか問い合わせたそうだが原因は分からないそうだ。結局消えたデータは手で復旧させました、という連絡だ」
「何で消えたんでしょうか?」
「それは......インフラか業務チームの......」
「違います!」

 石野課長と根岸のやり取りに桜子は割って入った。

「石野課長、あなたが売上予測テーブルのデータを消したんです」

 桜子は切れ長の目を見開き、こう言った。

「あなたは私のデータを消すと同時に、売上予測テーブル『URIAGE_YOSOKU』のデータも消しました」
「......なんの言いがかりだ」
「『SOKO_MAST』は『URIAGE_YOSOKU』のシノニムです」
「シノニム? ......だと」
「テーブルに別名を付ける機能です。あなたを罠に嵌めるために『URIAGE_YOSOKU』テーブルに『SOKO_MAST』という別名を付けてあげました。あなたはそれを知らずに『SOKO_MAST』テーブルをDELETEした。これがその罠の全貌です」

 卓の上にもう一枚紙を置いた。

syn1.png
syn2.png
syn3.png

「あ!」

 石野課長は口に手を当て、驚きの声を抑え込もうとした。

「消されたテストデータはまた作ればいい、そんな問題を通り越しているんですよ」
「うう......」
「このことをB派閥の偉い人に報告してもよろしいでしょうか?」
「な、何でそれを......」

 桜子は答えなかった。
 ただ目の前の懊悩する男をじっと見ていた。

「そうだ!」

 頭を抱えていた男は何事か思いついたようだ。
 いやらしい笑顔を顔面に貼り付けたままこう言った。

「私のことを告げ口するのなら、君がシノニムを使って他社のデータが消えるように仕向けたことを報告するからな」
「だから?」
「......だから、お互いこのことは痛み分けということで終わりにしよう。君だって私のこんな姿を見れて溜飲を下げることが出来ただろ」
「どうぞ。シノニムの件は報告してください。作ったのは私ではないので」
「だ、誰が作ったんだ」

 ガチャリと扉が空き、鳴尾が入って来た。

「私が作りました」

 桜子が頃合いを見計らってLINEメッセージで鳴尾を呼び出していた。

「な、なんで......?」
「あんたのやり方に嫌気が差してたからっていうのが一番の理由です。私が全てやったと報告して頂いて構いません。どうせ私は来月から別の会社に転職が決まっているので、首にして頂いても問題ありません」

 伝え終わると、彼は用は済んだとばかりに会議室から出て行った。
 卓の上に置かれた4枚の紙に目を落としたまま、石野課長は考え込んでいるようだ。

「じゃ、私から川上電子さんと上の方の偉い方に報告して来ますね」
「ま、待ってくれ!」

 桜子は袖を掴まれた。

「この事は謝る。だから、言わないでくれ。な、頼むよ」
「ダメです」
「そ、そんな」

 桜子は掴まれた手を振り払い、踵を返して外に出ようとする。
 石野課長は追いすがった。
 桜子は回り込まれた。

「た、頼む~」

 土下座せんばかりの勢いで深々と頭を下げられた。

「根岸! お前も頭を下げろ。このことが上の連中に伝わったらうちは営業停止になっちまう」

 声を掛けられた根岸は、桜子に視線を送った。
 桜子は小さく首を横に振った。

「嫌です」
「なっ......」
「私は卑怯な手を使ってまで、上に取り入りたくない」

 孤立した石野課長に、桜子はこう言った。

「......すまないと思うのなら、これから言う二つの条件をのんでください。それで考えます」
「何だ? それは?」
「受けてくれたら、お答えします」
「......分かった」

 桜子は人差し指を立て、一つ目の条件をこう告げた。

「有馬に謝罪してください」

 会議室は急遽撮影場所となった。
 桜子はスマホのカメラを起動した。
 動画撮影モードに切り替えた。
 レンズに映るのは、土下座して謝罪する石野課長だ。

「この度は、私的な理由で有馬さんの作業を妨害し、その名誉を傷つけました......」

 桜子はホワイトボードにセリフ(謝罪の言葉)を書きながら撮影を続けた。
 最近のスマホのカメラは画質がいい。
 土下座したことで額についた床の埃や、屈辱に歪む顔のしわ一本一本が鮮明に撮影出来ている。

「カット!」

 後で福島課長経由で雄一にプレゼントすることにしよう。
 背広についた埃を払いながら、石野課長は立ち上がった。

「もう十分だろ」

 桜子は、力なく部屋を出ようとする男の後ろ姿に向かってこう言った。

「まだ終わってないわよ。しらばっくれないで。あと一つは......」

 その弱しい背中がビクリと動いた。

「有馬の残業代と休日出勤代を全て払ってください」

 桜子はそう言うと、雄一の12月分の勤務表を突き付けた。

kinmuhyo.png

「そ、そんなバカなことがあるか! 残業や休日出勤は彼が勝手にやったことだ。こっちの指示でやった残業何て一時間も無い。だから、それに対して払う金は一円も無い!」
「確かに有馬は自分の判断で勤務時間外に仕事をしました。ですが、それはあなたが彼をリーダーにしたからです。そのせいでメンバーの面倒を見るといった管理工数が増えました。それに加えてあなたの妨害工作もあった。残業をせざるを得えない事情だったのは事実です」
「だが......私は彼にリーダーになれなんて言った覚えは......」

 バン!

「つべこべ言わずに払いなさい!」

 卓を平手で叩く音が会議室に鳴り響いた。
 恐らく外のメンバーにもこの音は聞えたことだろう。
 振動で卓に置かれていた紙が舞った。
 雄一の残業時間は71時間プラス休日出勤の34時間。
 合計105時間だ。
 ここから20時間の残業はすでに単金に入っているので引き算することになる。
 そうすると時間外労働時間は85時間になった。

「うちの残業単価は1時間4,000円です。4,000円×85時間で合計34万円お支払い下さい」

 新人である雄一の残業単価はこんなに高くないが、今回に限り迷惑料込みで高めに見積もった。

「あんたはヤクザか! こんな......無茶苦茶な話で払えるわけないだろ!」

 石野課長は最後の力を振り絞って反論した。

「課長」

 根岸が上司の肩に手を置いた。

「あなたは間違っている。仕事をしてもらったらその対価を払うのは当たり前の事です」
「根岸......貴様、こいつの味方か」
「敵とか味方とか同じプロジェクトでそんなの関係無いでしょう。強いて敵がいるとすれば、あなたを操っている偉い方たちでしょうか。私利私欲に走り下の者を顧みないそんな人たちからいい加減に独立しましょう。目を覚ましてください」


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「協力ありがとうございました」

 ドリンクコーナーの卓の上に二本の缶コーヒーが置かれた。

「ありがとうございます」

 根岸が恭しくそれを手にする。

「どうも」

 鳴尾は飲みかけのインカコーラを一気に飲み干し、缶コーヒーを手に取った。
 その様子を見て桜子は自分の缶コーヒーの蓋を開けた。

「乾杯!」

 酒じゃないのが残念だが、それは定時後の楽しみに取っておいた。

「しっかし......恐ろしいことしますね」

 呆れ顔の根岸は桜子に向かってそう言った。

「どういう意味ですか?」
「私もこの作戦に乗っておいて言うのもなんですが、インフラチームが我々のやったことに気付いたらどうする気だったんですか?」
「その時は素直に認めます。......と、同時に石野課長のやって来たこともバラして相打ちになる覚悟でした」
「まったく......」

 苦笑いしている二人に、桜子はこう説明した。

「ここのインフラチームが大したことないのは知っていました。各社でスキーマを分けずデータ触りたい放題の単体テスト環境を見ても、それは明らかでした。調査能力も推して知るべしで、多少のことは見逃されると思ってましたので」
「あなたは恐ろしい人だな......」

 と言いつつも、根岸は憧れの眼差しで桜子を見ていた。

「ところで鳴尾さん。転職するんですね。あの場で初めて知りましたよ」
「派遣される側から抜け出したかったんです。それに上流工程からやりたいってのもあったし、そういう会社を探して密かに転職活動してました。どちらにしてもこの現場は今月末までだったんです」
「そうですか、私が転職活動してた時と同じ動機ですね。まあ、入った先がサルノ・クリエイティブだったのは幸運だったのか不運だったのか、今......考えると......」

 根岸が端正な顔をしかめ鳴尾と話しているのを見た桜子は、こう声を掛けた。

「根岸さん。石野課長に意見出来てたじゃないですか。あなたならこの会社を変えられますよ」
「安田さん......」

 根岸は礼を言うと、グイっと缶コーヒーを飲んだ。
 その後、根岸と鳴尾は仕事や技術のことについて楽しそうに話していた。
 やりとりから技術的なことが好きだというのが良く分かる。

(有馬君もいつか変われるかなあ......)

 そう桜子はそう思った。
 そして、自分自身は束の間のエンジニアライフを楽しんでいたことに気付いた。


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 その後、桜子は予定通り仕事をこなしていった。
 翌日、28日には受け持っているすべての単体テストが完了した。

 そして、年が明けた。

つづく

Comment(4)

コメント

VBA使い

その弱「々」しい背中がビクリと動いた。


残業をせざる「を得」ない事情だったのは


12/22(水) 作業時間は 7:00では?


石野課長が DELETE だけじゃなく、SELECT とか SELECT COUNT してたら、本来の倉庫マスタと違うっぽいと気付かれてたかも知れませんね。
まぁでも、単体テスト検収でそれどころじゃない状況に追い込んだのも一つの作戦か。

湯二

VBA使いさん。


コメントありがとうございます。
校正ありがとうございます。


>12/22(水) 作業時間は 7:00では?

確かに。
休憩の30分が入ってました。
品質向上に貢献していただきありがとうございます。


>SELECT とか SELECT COUNT してたら
敵だったらこうするだろうとか、色々仮定すべきでしたが、これは抜けてました。
この抜け道を突かれて、もう一波乱、作れたのかなあと、指摘されてから思う。。。

桜子さんが一番

先週も大活躍だったんですね。
あとはキャバ嬢との対決ですかね?

湯二

桜子さんが一番さん。


コメントありがとうございます。

一応山場を越えて、あとは予想通りキャバ嬢と飲み比べです。
あと、2、3話で終わりかな。

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