常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 スーパー総務・桜子】第十三話 ぼうや

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「前借り?」
「は......はい」

 桜子にそう問い返された雄一は、平静さを装いつつ答えた。

「それなりの理由がいるけど、教えてくれる?」

 月末締めのステイヤーシステムからすると、12月分の賃金を給料日前に支払うということになる。

「あ、えっと......おふくろが病気になりまして。それで、入院費がいるんです」
「どんな病気?」
「う、うんと......なんだったけかな? 糖尿病だったかな」
「どの程度なの?」
「えっ......そこまで聞きます?」
「うん」

 珈琲が運ばれて来た。
 雄一は桜子の質問攻めから逃げるように珈琲を啜った。

「会社としても、社員の家族が病気なんだから、出来る限りのことをしてあげたいんです。症状を教えてください」
「ううぅ......」

 糖尿病に詳しくない雄一は返事に窮してしまった。

「ト......トイレ」
「トイレに行って調べようとしても無駄よ」

(よ......読まれてる!)

 雄一は思わず桜子から目を逸らした。
 だが、こちらを見据えているのが分かる。
 彼女はバシッと卓を叩いた。

「いい? ぼうや。お姉さんに本当のことを言いなさい」

 その音に反応した数人の客が、こちらを振り向いた。
 雄一は、桜子の恐ろしい眼光に耐えられず震えが止まらなかった。

「どうせ、女の事でしょ」
「ど、どうしてそれを!?」

 と、思わず口を滑らせてしまい慌てて弁解するが、こう返された。

「正直に答えたら前借りに応じてもいいわ」

 どうせ見抜かれているのなら隠したところで仕方がないし、この状況では背に腹は代えられない。
 それに桜子に本当のことを話して理解者になってもらった方が得かもしれぬ。
 そうした思惑から、雄一は由紀乃のことを語った。

「なるほどね」

 彼女には30万円の借金がありそれを今日中に返さなければいけないこと。
 桜子は目をつぶり腕を組んで黙って聞いている。
 目を見開くと、こう問うて来た。

「有馬君はその人と付き合ってるの?」
「い......いえ、まだ付き合っているわけではないです」
「だったら、そこまでしてあげる必要ないじゃない」
「で、でも、好きだから、何とかしてあげたいんです!」

 顔が真っ赤になって熱を帯びて来ているのが分かった。

「仕事もまともに出来ない人間が、他人をどうにかしたいなんておこがましいこと言ってるんじゃないの。新人の君は女にうつつを抜かしてないで仕事に専念しなさい! それに、君はその人のことをどれだけ知っているの。そんな状態に陥ったのはその人の責任よ。自分で何とかするように言うのが本当の優しさってものでしょう」
「違う!」

 雄一は拳で卓を叩いた。

「俺と由紀乃は、あの辛い現場で一緒に仕事してきたんだ! お互いのことはよく分かっている」

 雄一はそう思いたかったし、常にそう思っていた。

「安田さんが言うように、金で解決するのは正しくないとは思う。だけど、今すぐ何とかしてあげたい。それには金が必要なんだ。お願いします!」

 桜子は音もたてず珈琲を啜り、カップをソーサーに置いた。

「分かった。今日銀行に振り込んでおくわ」


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 桜子は職場に戻る道すがら、雄一の言葉を思い出していた。

「彼女を救いたい......か」

 顔を上げると、灰色のクレヨンで塗りつぶしたかのようなノッペリした曇り空があった。
 職場で一緒に働いていた女と店の女は同一人物だろう。
 そして99%、雄一は騙されている。
 そう桜子は思った。
 だけど、残りの1%を信じたいと思った。
 それは、彼の真っ直ぐな思いが心に響いたからだ。


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「どこに行ってたんだ! もう昼休みは終わってるぞ!」

 石野課長にそう怒鳴られた桜子は、時計を見た。
 針は13時を10分ほど過ぎていた。

「すいません、銀行に行ってたもので」
「ただでさえ遅れてるんだから、定時後に行けよ」

 遅れているのは石野課長のエビデンス確認だが、それは黙っておいた。

「鶴丸課長がお見えになりました」

 根岸にそう言われ、石野課長は出迎えに行った。

「おやおや、新メンバーですか?」

 鶴丸課長は桜子の席まで行き、白々しく声をかけて来た。
 それを無視して仕事を進めていた。
 15画面目のテストに取り掛かろうとして桜子は、テスト対象のテーブルにデータが無いことに気付き、はたと手を止めた。

(消された......)

 そう直感した。
 その時、視線の端に何かが動くのが見えた。
 誰かがメモ用紙を置いて行ったようだ。

<状況を訊きたいので16:00に星屑珈琲店に来てください。 鶴丸>

 振り向くと、部屋を出ようとしている鶴丸課長の背中が見えた。


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 駅前の星屑珈琲店に着くと、既に鶴丸課長は一階の窓際席で待っていた。

「状況はどうだい?」
「別に。あの......石野課長がうるさいんで手短にお願いします」
「おお、すまん。だけどその様子じゃ上手くやってるみたいですね」

 鶴丸課長は注文を取りに来た店員に、珈琲二つとシフォン風パンケーキを注文した。
 本当なら鶴丸課長のために仕事を抜けたくなかったが、丁度、桜子としても彼に訊きたいことがあったので仕方なく出向いた。

「あの......」
「ちょっと、教えて欲しいことがあるんだよね」

 こちらから問い掛けようとすると、向こうも問い掛けて来た。

「桜子ちゃんから、どうぞ」
「いえいえ、鶴丸課長からどうぞ」

 お互い、どうぞどうぞの態になり譲り合っていたが、鶴丸課長からになった。

「実はデータベースが得意な桜子ちゃんに、教えて欲しいことがあってね」
借りを返してないのに、また借りを作る気でしょうか?」
「まぁまぁ、そう苛めないでくれよ。別途、何らかのお返しはさせて下さい」

 そう言いながら、鶴丸課長は一枚の用紙を卓の上に置いた。

表領域.png

 縦軸に使用量[GByte]、横軸に年月、その交わる場所に点が打たれた折れ線グラフだ。

「これは?」
「確か、表領域の使用量だとか言ってたな......」
「ORACLEのですか?」
「そうだ」
「これがどうかしたんですか?」
「うちのインフラチームがさ、この状況でどれくらい表領域を拡張すればいいか分からないんだってさ。桜子ちゃんだったらどうするか聞きたくてね」

 桜子は用紙を見た。
 右肩上がりのグラフは単純に解釈すると使用量の増加を意味しており、このまま行けば確保した1000GByteを超えるだろう。

「どこのプロジェクトのものでしょうか?」
「ヘイロー自動車だよ」

 ヘイロー自動車の現行、そしてリプレース後のインフラは目黒ソフトウエア工業が請け負っていた。
 鶴丸課長が言うには、インフラチームはデータベースに詳しい人材が抜けたばかりで、管理がままならないとのことだった。

「この表領域がどんな用途で使われているか教えてください」
「う~ん、教えていいものかどうか......企業情報だからなあ......」
「どんな用途か分からないと、助言のしようもありません」
「分かった、分かったよ。ここだけの話だよ。この表領域には来期の売上予測データを格納しているんです」

 鶴丸課長は声を潜めそう言った。
 右肩上がりということは、ヘイロー自動車の来期の業績は相当良いものであることが想像出来た。
 注文していたパンケーキが卓に置かれた。
 桜子はそれを一口食べ、珈琲を啜り、考えた。

「そうですね。前提としてこの傾向がしばらく続くとしましょう。その上でいつ上限に達するかをまず予測すべきです」

 そう言うと桜子は手帳に図や計算式を書きながら説明した。

「この表領域のサイズが1000GByte、それに対して現在の使用量が900GByte。残り100GByte。ざっと見るとひと月当たり10GByte使用量が増えています。そうすると、残り100GByteを使い切るのに10カ月掛かります。あくまで予測の話ですが」
「それだけしか持たないのか......。来年いっぱいは持たせたいんだがな」
「ならば思い切って1年分、つまり120GByte増強してはいかがでしょうか? まぁ、業績が更に良くなるようであればデータも増えるでしょう。安全率も考慮してキリの良い数字で200GByte。ディスクに余裕があればの話ですが」

 桜子の説明に鶴丸課長は納得したかのように頷いた。

「ありがとう。ディスクについては来期の予算に乗せられるよう上と調整して見る」
「では、そろそろ......」

 桜子は席を立った。

「あっ、まだ桜子ちゃんの質問を聴いて無かったが」
「いえ、もういいんです」


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 一方その頃、同じ店の二階、その奥の席で雄一と由紀乃が向かい合っていた。

「これ、約束の」
「ありがと」

 由紀乃は雄一が差し出した封筒を手に取った。
 その中には給料の前借18万円+母親から借りた12万円の計30万円が入っていた。

「返すのはいつでもいいよ」
「えっ? いいの?」
「うん。ある時払いの催促なしで構わない。これはあくまで俺の好意でやっていることだから。でもいつかは返してよね」

 雄一はにっこり笑いそう言った。
 頭の中ではバンド活動の資金や来月の給料のことなど懸念事項は沢山渦巻いていたが、彼女のためには仕方が無いと考えていた。

「じゃ、もう行くから」

 金を受け取った由紀乃はスックと立ち上がった。

「え?」

 無表情の由紀乃は人が変わったかのような雰囲気を醸し出していた。
 
「まだ、店まで時間が......」
「ごめん、用事があるから」

 雄一は喚き、人目もはばからず由紀乃の袖を掴んだまま、その場に留めようとしていた。
 見返りが得られない悔しさ、ある意味男の身勝手さを恥も外聞もなくさらけ出していた。

「もう、雄ちゃんはっ!」

 と、由紀乃は眉を下げかつての可愛らしい表情に戻った。
 そして、まるで駄々っ子を諭すかのように雄一の頭を撫で、その頬にキスをした。

「またね!」

 ボーっとしている雄一を置いて由紀乃は去って行った。


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 桜子は職場に戻りながら考えていた。
 鶴丸課長と話すことで、インフラチームの実力のほどは分かった。
 単体テスト環境を見た時、ある程度その実力を分かってはいたが。
 普通は各社ごとにスキーマを分けるものだが、全社同じスキーマでテストさせている。
 このことが意味する危険さを意識出来ていない。
 そして、表領域サイズの見積もりも覚束ないようだ。
 この程度の実力なら調査能力もたかが知れている。
 多少のことを単体テスト環境に仕掛けても、インフラチームは何も言ってこないだろう。


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 ドリンクコーナーで根岸と桜子は密談していた。

「遂にデータを削除されました」
「石野課長、最終手段に出ましたね。有馬さんも同じ妨害を受けていました」

 インフラチームのパフォーマンスチューニングとしてデータ削除は行われた、と石野課長は苦しい言い訳をしていたそうだが、雄一はそれを見抜けなかったようだ。

「石野課長を追い落とす作戦を考えついたので、協力してください」

 根岸は桜子のアイディアに手を打った。

「そりゃすごい。だが......それをやるということは安田さん。あなたもリスクがありますよ」
「十分承知しています」

 桜子はコクリと頷いた。

「安田さん」

 鳴尾が小銭をじゃらじゃら言わせながら現れた。
 三人でぞろぞろドリンクコーナーに行くと怪しまれるので、こうして時間差で来てもらっている。

「それ、私にも協力させてください」
「鳴尾さん、いいんですか?」
「自分も有馬君を助けることが出来なかった。是非、やらせてください」


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 17:00。

 プロジェクトルームにある電話がけたたましく鳴り響いた。
 石野課長は根岸に顎で電話を取るように合図した。

「はい、サルノ・クリエイティブです。ああ、石野ですね。代わります。......石野課長、川上電子情報サービスさんからお電話です」

 結局電話に出ることになった石野課長は、作業を中断させられたのが嫌なのか舌打ちしながら電話を取った。

「お世話になります、石野です」

 川上電子情報サービスも同じプロジェクトに参画している下請けの一つである。
 ただサルノ・クリエイティブがAチームに属しているのに対し、該社はBチームつまりB派閥のチームに属している。
 チームは違えど単体テスト中である。
 対象とする機能は異なるが、こうして情報共有の電話がたまに掛かって来ることがある。

「え!?」

 石野課長の声がプロジェクトルームに響いた。
 作業の手を止め、様子を見ている者もいる。

「はあ...、分かりました。確認したら連絡します」

 電話を置いた石野課長は全員を見渡しこう言った。

「皆、今すぐ自分が担当しているテストのデータが消えていないか確認してくれ!」
「何でですか?」

 鳴尾が自分の席から問い掛けた。

「インフラか業務チームが手違いでデータを消してしまったらしい。川上電子さんのところも一部消えたそうだ」

 各自、データを確認した。

「問題ありません」
「消えてません」

 桜子以外のメンバーから答えが返ってくるまで、そう時間は掛からなかった。

「そ......そうか」

 石野課長は安堵するどころか、口をへの字にしたまま困惑の表情を浮かべている。
 その様子を見て桜子はメールを飛ばした。

<私のデータは消えています。>

 続けざまにこう送った。

<データを消したのはあなたです。石野課長>

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

「借り」を返してないのに、また「借り」を作る気でしょうか?


えっ? いいの「?」


この程度「の」実力なら調査能力もたかが知れている。


恒例の雄一追い詰められシーン、vs桜子さんで発動とは思わなかったです。

湯二

VBA使いさん。


コメントと校正ありがとうございます。


実は母親からも金を借りている。。。
貸し借りが多すぎです。


>恒例の雄一追い詰められシーン、vs桜子さんで発動とは思わなかったです。


そういえば総務らしいことしてなかったので、させてみました。
どっちかっていうと経理っぽいけど、小さい会社なので経理もしているということにしてみました。

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