常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 スーパー総務・桜子】第十一話 彼氏とデートなんで

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 二日前、12月22日(水) 13時。

 雄一と由紀乃はプロジェクトを去った。
 各メンバーは一見何事も無かったかのように振る舞ってはいるが、心の動揺を隠せずにいた。
 雄一が訴えていたことがもし本当なら、石野課長はリーダーとして許されるはずが無かった。
 鶴丸課長の一喝で雄一が悪者のようになりお役御免となったが、誰もがそれは無理があるのではと思っていた。
 石野課長を訴える雄一の表情や目を見ればそれは容易に分かった。
 そして、そんなリーダーと元請けの下で働いている自分たちの立場は今後大丈夫なのか、という不安がプロジェクトルームを満たし始めていた。

 桜子の目の前には石野課長、根岸。
 そして、彼女の隣には福島課長。
 ここはサルノ・クリエイティブのプロジェクトルーム、その一画にある簡素な会議室だ。
 
「SQLの経験はありますか?」

 石野課長は桜子の業務経歴書に目を落とし問い掛けた。

「あっ......えっと......SELECT文とかは分かります」
「結合とかグループ化とか分かる?」
「うんっと......結合って二つのテーブルをくっつけるやつでしたっけ? グループ化はMAX値を求める時に使うんだったかな?」

 桜子は知ったかぶりを交えながら答えた。

「なるほど。では、画面の単体テストをしたことはありますか?」
「社内で使うExcelマクロで作った画面なら動かしたことがあります」
「すいません。内々で使うツールとかじゃなくて、お客様に納品するシステムの画面をテストしたことがあるか、を訊いてます」

 目を泳がせ、しばらく意味が分からない風を装った。

「どうですか?」
「やったことはないですけど......趣味でゲームとかはやります......。だから、ユーザ視点でテスト出来るかと思います」

 小首をかしげながら可愛らしい笑顔を作り、精一杯の愛嬌を振りまいた。

「じゃ、福島課長」
「はい」
「明後日12月24日から、安田さんに来てもらいます。よろしくお願いします」


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 夕方19時。
 とある居酒屋の個室にて。
 
「桜子ちゃん! やっぱり私が思った通り君は正真正銘のエンジニアだ!」

 上機嫌の鶴丸課長は、脂ぎった顔をテカテカさせている。
 ビールを一気に飲み干した。
 桜子は不快な気分でその様子を見ていた。
 遂にお酌の手を動かすことは無かった。

「酒が美味いわい」

 鶴丸課長は仕方なくという感じで手酌した。

「私の事より有馬のことです」
「ふむ」
「彼の味方になるどころか、切り捨てた。それだけはいただけません......」
「すまん、すまん。それは謝るよ。だが、あそこで有馬君が私に突っかかって来たのは逆にチャンスだったんだよ。彼を悪者にして石野のやつに代替要員を受け入れさせることが出来た。彼には悪いことをしたが、あんな変なプロジェクトから抜けることが出来たのは幸運だと思いますよ」
「だからって、酷過ぎます」
「だから謝ってるじゃん......」

 助けを求めるように鶴丸課長は福島課長の方を向いた。
 福島課長は鼻からため息をつくと、こう言った。

「さて......鶴丸課長。この貸しは高くつきますよ」
「はいはい。分かってますよ。今度割のいい仕事持ってくるからさ」
「それだけじゃないですよ。なっ、安田」

 福島課長にそう水を向けられた桜子はこう答えた。

「私の分、そして......」
「そして?」

 桜子の目が暗く光るのを見た鶴丸課長はゴクリと唾をのんだ。

「有馬の分の貸しも返してください」

 鶴丸課長は桜子から目を逸らし、焼酎に口を付けた。

「あなたは本来の商流を通り越して弊社の社員を叱責したんですよ。そのせいで有馬は契約を解除され業務経歴書にもケチが付いた。これがどういうことになるか分かりますか?」

 桜子の真っ直ぐな視線に射すくめられた鶴丸課長は、恐怖を紛らわすつもりか杯を重ねた。

「私たちみたいな弱小は一度ミソが付くと、毎回、面談でそこを突っ込まれるんです。あなたは思慮浅く自分の出世欲のためだけに有馬を切り捨てた。そして、彼のプライドを傷つけた」
「おい、安田。その辺にしとけ」

 桜子は差し向けておきながら、度が過ぎたらそれをたしなめようとする福島課長にも若干腹が立った。
 頷くことも無く、冷酒を一口舐めた。

「......分かった」

 鶴丸課長は頭を下げた。


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「すまんな、エンジニアを辞めたお前にこんなことを頼んでしまって」
「大丈夫です。この仕事は総務として行くという心づもりです。つまり、有馬という社員の貶められた名誉を回復させるために行って来ます」

 鶴丸課長と別れた福島課長と桜子は、自社近くのバーで飲み直していた。

「それにしても昼間のは......なかなかの演技だったぞ」
「からかわないでください」

 桜子は福島課長の労いともつかない言葉をピシャリと封じた。
 サルノ・クリエイティブとの面談では、極力、出来そうで出来ない微妙な人間の振りをした。
 そうしないと石野課長が握る採用という名のザル、その網の目から落ちると思ったからだ。
 単体テストの失敗を目論む石野課長の立場で考えた。
 どの程度の人間を採用するのか。
 演じる上でのさじ加減も微妙に調整した。
 そして職務経歴書は桜子の経歴から8割引程度のものを作って用意した。
 経歴詐称と言われればそれまでだが、向こうは向こうで表向き優秀な人材を欲しがりつつも、本音は若干不能なものを欲しがっている。
 まるで狐と狸の化かし合いのようで、桜子はフッと笑いがこぼれた。

「あの石野課長が代替要員の受け入れに応じた。それが意外でした」

 率直な疑問を桜子は福島課長にぶつけた。
 雄一は実績として40画面中、20画面のテストを終えた。
 自分など受け入れずそのままにしておけば、単体テストフェーズの失敗は目に見えている。
 B派閥の目的だって達成出来るはずだ。

「20画面がまるまる手つかずでは、ちょっと心許なかったんじゃないか。石野課長の頭の中では有馬をもう少し泳がせて、せめてあと4、5画面は完了させたかったんじゃないかな」
「なるほど」
「それなのに有馬は鶴丸課長に直接訴え出るという予想外の行動に出た。それを鶴丸課長は逆手に取った。周りの目がある中で有馬は悪者にされた。石野課長は代替要員を受けざる負えなくなったんだろ」

 雄一を切り捨てたのに代替要員を入れないのも、周囲から見れば不自然だし、その目を避けるために桜子を入れたとも考えられる。

「この店で一番強いお酒を下さい」
「おいおい、大丈夫か」

 もう既に何杯も酒を飲み干した桜子だが、まだ飲み足りなかった。

「それにしても......あの石野課長の嫌がらせは、お前でも面倒かもしれんな。何かあったらすぐにアラームを上げろよ」

 桜子は雄一から石野課長特製の妨害セットについて聴かされていた。
 どれもこれも幼稚なものだと思った。

「大丈夫です。石野課長は私を採用しました。その時点で既に勝負は決まっています」

 入ってしまえばこっちのものだ。
 桜子の目の前にテキーラが運ばれて来た。


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 12月24日(金)

 世間はクリスマス・イヴだ。
 雪の積もった街を浮足立った人たちが行き交う。
 だが、プロジェクトルームはそんな世間などお構い無しといった張り詰めた雰囲気に包まれていた。
 各メンバーには、月末までに割り当てられた単体テストを完了させるというノルマがある。
 それに向けてラストスパートの時期に入っていた。
 進捗にバラつきはあるものの、各メンバー、20画面中だいたい17、18画面を終えていた。

 桜子、ただ一人を除いては。

 雄一がかつて触れていた端末。
 今は桜子がその前に座っている。
 windowsのロゴマークが表示された後、ログイン画面が表示された。
 ディスプレイの端に貼られた付箋にIDとパスワードが書いてある。
 雄一が設定したもので、その通り入力したらログイン出来た。
 デスクトップ画面やメールボックスのメールなどは初期化された様子が無かった。
 敵である石野課長はその辺りが甘いのか、面倒だったのか、それとも桜子を見くびっているのかは分からない。
 どちらにしても、いくつかの証拠を残してくれていたことは桜子にとってありがたかった。
 特に残されたメールは重要な物もあり、後でゆっくり読むことにした。
 eclipseやデスクトップの設定など自分が使いやすいようにカスタマイズした桜子は、全メンバーが参照出来るNASにアクセスした。
 そこには「進捗管理表.xls」と名付けられたファイルがあった。

「有馬、川崎、40画面中、20画面完了......残20画面」

 表に書いてあることを要約し、呟いてみた。
 月末まで今日を入れて8日ある。
 面談で聞いた話によると1画面を完了させるのに慣れるまで2日掛かるらしい。
 ということは普通にやっていれば月末までに4画面しか完了出来ない。


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「安田さん、お久しぶりです」
「こちらこそ、根岸さん」

 ドリンクコーナーで桜子と根岸は卓を挟んで向かい合っていた。

「まさか安田さんとここで再会するなんて思いませんでしたよ。その節はお世話になりました」
「そんな......あの時はエンジニアとして普通に働いていただけですから」
「いやいや、謙遜しないでください。あの時のデータ移行は、あなたが色々と動いてくれなかったら期限までに終われなかった」

 二人は5年前、バンブー証券のサーバリプレース案件で一緒に仕事をした間柄だった。
 ステイヤーシステムとして派遣された桜子は、当時、サルノ・クリエイティブに転職する前の根岸とそこで出会っていた。
 IT業界は広いようで狭い業界だ。
 ある現場で一緒に仕事をした人間と数年後、別の現場で同じ仕事をしているなんてことがよくある。
 特に桜子が住んでいる地方都市などは、大都会に比べその傾向が強い。
 地方都市は仕事の種類が限られている。
 大きく分別すれば、エネルギー関連、地場の銀行・金融関連、県の行政関連の仕事などが主なものになる。
 加えて、特定のスキルや業務知識を持った者は、配属されるプロジェクトが限定的になっていく。
 必然的に、同じ人間同士がバッタリ再会ということもよくあるのだった。

「有馬さんのことは、すいませんでした」
「あなたが謝る必要ありませんよ」

 頭を下げる根岸にこう言った。

「悪いのは下の人間を物のように扱う上の人間たちなんですから。言ってしまえば、石野課長もただの傀儡......」

 全て知っていると言わんばかりの桜子を前にして、根岸は再び頭を下げた。

「それでも......上の言いなりで何も出来なかった自分が嫌になります。今考えるとそのことが悔しい......」
「そんなに自分を責めなさんな」

 桜子は慰めのつもりで缶コーヒーを差し出した。
 彼はそれを受け取ると、礼を言い一口飲んだ。

「私には最近子供が産まれました。寝顔を見ていると、有馬さんが受けた様な目に我が息子を遭わせたく無いと思うようになりました。今のままじゃ、自分の子供がIT業界に入りたいって言った時、素直に私は奨められない。こんなことが横行する世界は夢が無いし、この先滅びるに決まっている」

 根岸の端正な顔が歪んでいた。
 桜子は彼の肩にポンと手を乗せた。

「そう思うのなら......私に力を貸してください」


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 桜子は端末の前に戻ると、単体テスト未着手の20画面、その詳細設計書を隅から隅まで読んだ。
 一つ一つは簡単なものだった。
 1画面につき基本1テーブルといった単純なマスタメンテナンス画面ばかりだ。
 いくつか2つのテーブルを結合したものも見受けられるが、桜子にとっては大した存在では無かった。
 それよりも物量の方が気になった。
 雄一が1画面完了させるのに掛かった時間は手帳に記録していた。

  1.テスト仕様書作成:2h
  2.テストデータ作成:5h
  3.単体テスト   :5h
  4.テスト成果物作成:1h
   ※hとは時間の事。2hなら2時間。

 改めてそれを見ると、テストデータの作成に時間が掛かることが分かる。
 その他の作業は工夫次第で半分以下の時間で済むと思っている。
 桜子はExcelマクロの画面を開いた。


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「どうですか? 進み具合は?」

 石野課長が桜子に問い掛けた。

「いえ......今日は何も進んでいません」

 時計の針は夕方6時30分を指していた。
 定時を過ぎ、帰り支度を始めている者もいる。
 そんな中、桜子も端末の電源を落とし帰ろうとしていた。

「何も進んでないのに帰ろうとしたの? ホントに? 1画面も手を付けてないなんてマジ? 何やってたの?」

 からかうように石野課長は言った。

「詳細設計書を眺めていました」
「それだけ? 1画面目はいつ終わるの?」
「土日に出て終わらせます」
「今日1日で何も進まなかったのに、土日で終わらせられるの?」

 確かにその通りだ。
 何らかの進捗があれば、その積み重ねで月曜までに1画面終わらせることが出来るかもしれない。
 だが、進捗「0」なら積み重ねるもの自体が無いので土日で終わらせるという言葉に何の根拠も無いことになる。

「すいません。彼氏とデートなんで帰ります」

 舌をペロッと出し、カバンを肩に掛け出口に向かって歩き出した。
 石野課長は予想していたより桜子の働きが悪いと思ったのだろうか。
 苛立った様子で机を叩いた。

「前任の人といい、君といい、一体どんな教育をしているんだ! あんたらの会社は!」

 その言葉を無視して桜子はプロジェクトルームを後にした。


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 土日明けの12月27日(月)。

 出社し自席に着こうとする石野課長を目にした桜子は、大量の紙束を手に席を立った。

「石野課長」
「何?」
「10画面分のテストが終わりましたので、エビデンスの確認お願いします」

 「ドン!」と机に200枚ほどの塊が置かれた。

つづく

Comment(8)

コメント

桜子さんが一番

12月27日の桜子さん。シビれるわ~。

Miggy

いつも楽しく拝見しています。

>下をペロッと出し、

舌ですかね?
一瞬良からぬ妄想をしかかりました(笑)。

VBA使い

雄一と由紀乃はプロジェク「ト」を去った。


我が息子を「遭」わせたく無い


逆転劇の展開も楽しみですが、今回発揮されたエンジニアスキルを、どう雄一から隠し通すのかも興味深いです。

湯二

桜子さんが一番さん。

コメントありがとうございます。
水戸黄門で言うところの20:45前後くらいですかね。
しかし、紙がもったいないですな。

湯二

Miggyさん。

コメントありがとうございます。

舌っすね。
ヒロインに何てことさせるんだって感じですね。
まさかの読者サービス。。。
来週から連載打ち切りになってたらごめん涙

湯二

VBA使いさん。

コメントと校正ありがとうざいます。


いつもワンパターンですが、ここから逆転です。
そうなんですよね。
いくらあがいても、この話は、この後の話に書いた設定に合わせないといけないわけで、その辺りのつじつまを考えると、雄一にはバレないようにしないといけないわけで、とか色々うっすらとは考えてはいたわけです。

ゴキブリ

無茶苦茶すぎwww
ファンタジー小説みたいで面白い

湯二

ゴキブリさん。

コメントありがとうございます。


多少のリアリティの中に、創作を入れて行ったらこんなものが出来ました。
ファンタジーは書いたこと無いですけど、そんな風に取ってもらっても構いません。

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