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【小説 スーパー総務・桜子】第八話 行け! 限界まで!

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 12月12日(日)、13時。

 雄一が自社に出社すると、桜子はすでに自席に座っており、端末の前で何事か作業をしていた。
 平日とは違い制服ではなく青色のワンピースだった。
 髪もポニーテールにしていて、普段と異なる姿に一瞬ドキッとなった。

「お疲れ様です」
「うん、お疲れ様」
「今日はオシャレですね」
「今日も、でしょ?」

 確かに。
 桜子はリターンキーを叩いた。
 プリンタから打ち出した用紙を手に、ホワイトボードの前にある卓まで移動した。
 こちらに来るよう手招きする。

「これ見て」
「これは一体......?」

 差し出された紙を見て雄一は首を傾げた。

「君のチームが明日から1画面ずつテストを完了させた場合の進捗を作ってみたの」

進捗1.png

 先週の金曜日12月10日(金)までに10画面完了している。
 現在、11画面目のテスト仕様書とテストデータの作成中だ。
 明日12/13(月)から残り30画面を対応する。

「今までの実績だと1日1画面がやっとだから、この流れだと、残念ながら全画面のテストは月末までに完了しない」
「ですね......」
「理由は分かっていると思うけど」

 桜子が指摘するように原因は由紀乃だった。
 彼女が成果物の整理だけしか出来ないから、雄一がその他の作業を全て行っていた。

「二人でちゃんと協力出来ていれば、君が言うように1日2画面も可能だった。だけど蓋を開けてみればこの状況。じゃ、どうすればいいか......」

 桜子はそれぞれの作業にどれくらい時間が掛かっているのか、ホワイトボードに実績時間を書くように指示した。

  1.テスト仕様書作成:2h
  2.テストデータ作成:5h
  3.単体テスト   :5h
  4.テスト成果物作成:1h
   ※hとは時間の事。2hなら2時間。

「だいたい平均するとこのくらいの時間です」
「つまり1画面完了に13時間。君が残業してやっと1画面のテストが終わる時間ね」

 石野課長の邪魔が無く由紀乃と組まされることも無ければ、雄一は二カ月(11月と12月)という期間を使い余裕をもって自分のノルマである20画面を完了出来た。
 ところが、色々とあり現状は40画面をほぼ一人で対応することとなった。
 何とかなるとは思っていたが、こうやって数字として示されると何とかなるとも言えない状況だということは分かった。
 雄一はどうすればいいか頭を抱え込んだ。

「いい? リーダーさん。こういう時はどういう作業をメンバーに振るか、それがキーなの」
「はい」
「その川崎さんって人は、どんなことが得意なの?」
「そうっすね......エビデンスの整理をやってもらってるんですが、俺が取得したスクリーンショットを綺麗に並べたり、取り損なってる部分を見つけたりするのが得意みたいです」
「ルーチンワークが得意ってことね。逆に苦手なことは?」
「例えば、詳細設計書からテスト仕様書を起こしたり、SQLを解析してそれを元にテストデータを作成するのは出来ないみたいです」
「考えるのが苦手ってことね」

 桜子はホワイトボードの前に立ち腕を組んだ。

「単体テストっていうのはどういうことをやってるの?」
「スタブから呼び出されたテスト対象の画面をテスト仕様書に従ってテストするだけです。例えば項目が想定したタブ順通りに遷移するかとか、検索条件どおりのデータが出力されるかとか、50行までしか表示出来ない画面の場合、次ページボタンを押すと51行目から表示されるかとか......」

 桜子は雄一の発言を聴き終わると、ボードにペンを走らせた。

  1.テスト仕様書作成:2h→有馬
  2.テストデータ作成:5h→有馬
  3.単体テスト   :5h→川崎
  4.テスト成果物作成:1h→川崎

「これでどう?」
「どうって......」
「君が考える部分を担当して、川崎さんが兎に角、手を動かす部分をやる。これで彼女の遊びも無くなるし作業量も二人で均一になる」
「しかし......彼女に単体テストが出来るかな」
「君の話を聴く限り、きちんとしたデータと仕様書があれば、単純作業だから彼女でも出来ると思うよ」
「......なるほど」
「1日2画面完了を目指すならこの分担しかないよ。遊び時間が多い彼女を有効に活用するの。その人って今まで暇してたから早退やら欠勤やら、居眠りしてたんでしょ。例えるならCPUが二つあるサーバで片方だけがフル回転してもう片方がアイドル状態ってことなのよ。これって設計がオーバースペックだったか、流す処理の作りが悪いかのどちらかなの。今回の場合は君の仕事の振り方、つまり処理のさせ方が悪かったってこと」
「は......はい」

(総務なのに単体テストとかCPUとか俺より詳しいじゃねぇか......)

 感心しつつも桜子のスキルを不思議に思い問い掛けると、こう返された。

「こんなの常識よ。私が今やってるのは、どの仕事にどれくらい時間が掛かってて、どこにボトルネックがあって、誰がどれを得意なのか洗い出して整理して、スケジュールを引き直そうとしているだけよ。どんな仕事でも常識的なこと」

 桜子はホワイトボードに図を描きながら具体的に説明をした。

「例えば、まず有馬君が○○画面のテスト仕様書とテストデータを用意する。
 ここからをスタート地点とする。
 有馬君が××画面のテスト仕様書とテストデータを作っている間に、川崎さんは○○画面の単体テストと成果物を作成する。
 これがほぼ同時に終わるはず。
 次に、有馬君が△△画面のテスト仕様書とテストデータを作っている間に、川崎さんは××画面の単体テストと成果物を作成する。
 これで常に二人の作業が並行して行われる。
 それを1日に2回転させれば、1日2画面完了達成となるわ。
 名付けて......」

 桜子は言葉をため、こう言い放った。

「人間パイプライン処理!」

 桜子は端末に戻るとキーボードを打ち、プリンタから用紙を印刷した。
 それを持って卓に戻る。

進捗2.png

「毎日13時間労働で土曜日は出勤することになるけど結構余裕を持って終われるでしょ?」
「それって毎日、22時半まで仕事ってことか......」
「そうよ。まぁ、何があるか分からないから予定通りいかないこともあると思う。だから毎日終電近くまで残業と思いなさい」

 落ち込む雄一に桜子はこう言った。

「昨今、ワークライフバランスとか働き方改革とか叫ばれてるけど、私からしたら新人の時に一度は自分の限界を知る意味で超過勤務もありだと思うの。過酷な現場には理不尽な対応もつきものだけどそういうものにも慣れて行ってほしいの。そういう経験が無いと、今後出会う様々なお客の理不尽な要求にも耐えられないし、何より自分が上に立った時、より良い現場を作ってあげられないでしょ」

 桜子としては励ましのつもりで言ったのだろうが、どうにも雄一の表情は浮かない。
 心配してか桜子はこう続けた。

「残業代のこと心配してるの? 大丈夫、出してあげるから。君への投資と思って社長も了解してるんだから」
「い、いえ......そうじゃないんです」
「何?」
「川崎さんは定時までしか仕事出来ないんです」

 「何故?」と、問い掛ける桜子にこう答えた。

「副業をしていて、それで定時までしか出来なくて」

 雄一は職業に貴賤は無いと思っているが、由紀乃がキャバクラ嬢であることを桜子には知られたくなかった。
 直感的にそう思ったのだ。
 仕事の後、彼女を追いかけて店にまで押しかけているのを知られるのが男としてみっともないと思われたくなかったのだ。
 桜子は無言で端末に戻り、しばらくキーを打つ。
 プリンタから用紙が出て来てそれを手に戻って来た。

「分かったわ。じゃ、こうね」

進捗3.png

「まったく余裕がない......」
「そう。でも仕方ないじゃない」

 土日祝日は全て潰れていた。
 日曜日は由紀乃のキャバクラ勤務が無いから二人でフル回転で働くスケジュールになっていた。

「やりなさい! 限界まで」

 そう言われた雄一はもう従うしかなかった。
 それは他に良い案が思い付かないというのもあったが。

「安田さん、ちょっとテレビ観て来ていいですか?」

 時計の針が15時30分を指す頃、雄一が申し訳なさそうに言った。
 了解の返事を得られると会議室に備え付けてあるテレビの前まで急いで行った。
 スイッチを入れ8チャンネルに合わせる。

<<さぁ、年末のグランプリ『大都会記念』に向けての前哨戦。GⅡ『ナニワカップ』まもなくスタートです>>

 「ガシャコン!」という音とともにゲートが開き、18頭の競走馬が一斉に飛び出した。

「行け! デープ!」

 雄一は6番人気(オッズ5.0倍)のデープコンバットの単勝を握りしめ、モニターを食い入るように見ていた。

「有馬君、競馬するの?」
「は、はい!」

 後から会議室に入って来た桜子には見向きもせず、レースを血眼で追っていた。
 虎の子の1万円をデープに突っ込んだ雄一は必死だった。

<<第3コーナーを回って最後の直線! ここで1番人気のミスターカメハメハが先頭に出た! それをミホモブンボが追いすがる。......おっと、ここで大外からデープコンバットが突っ込んで来た! 三頭並んだ! 残り200!>>

「行け! 行け!」

 もはや桜子の存在など忘れ切り、声をからして叫んでいた。

<<三頭並んでゴールイン! わずかに内のミスターカメハメハが態勢有利か!?>>

 掲示板に「写」のマークが点き、雄一にとっては長い写真判定の時間が始まった。
 テレビの前で合掌し祈る雄一を、桜子は呆れた表情で見ていた。

<<写真判定の結果、1着はデープコンバット、2着はミスターカメハメハ......>>

「いやった! 二回分とプレゼント代!」

 雄一は思わずガッツポーズを取った。

「二回分?」
「い、いや、その飲み代です......」

 そう弁解しながらも、1万円がわずか数分で5万円に化けたことは雄一にとって快感だった。
 当面の軍資金はこれで賄える。


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 翌日、12月13日(月)。
 プロジェクトルーム。
 パーティションで区切られた一画で、雄一と由紀乃は卓を挟み向かい合っていた。

「え~無理だよぉ」

 昨日、桜子と一緒に考えた今後の作業分担と進め方、そして進捗表を見せた時の由紀乃の第一声がそれだった。

「そんなことないよ。単純作業だから出来るはず。一緒に頑張ろう」
「もうぅ......分かんなかったら代わりにやってね」

 何だか当初よりも由紀乃の態度が我儘になったような気がする。
 思いを告白しアフターした時からを境にしているかのようだ。
 アフターではバーで一緒に飲んだ。
 由紀乃を酔わせて、そういう類のホテルにでもお持ち帰りしようと画策した。
 だが、いくら酒を飲ませても彼女は酔うことは無かった。
 仕事であれだけ飲んだ後なのに平然と様々な種類の酒をしこたま飲む。
 ブルーハワイをチェイサーにウオッカをロックで飲んでいた。
 まるで鉄の肝臓なのではないかと思えるほどの酒豪を目の当たりにした気分だった。
 バンドサークルの飲み会では先輩との飲み比べに負けたことがない。
 ライブの後の打ち上げで対バンと店の酒樽を空にしたこともある。
 その自分が逆に酔いつぶれた。
 腰が痛くて我に返ると、自分がアスファルトの地面で仰向けになって倒れているのが分かった。
 空は既に白々と明けかけていた。

「兎に角、これでやってみよう!」

 雄一はスケジュール表をバンと叩いた。


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 それから三日間はほぼ予定どおり順調に進んで行った。
 石野課長も雄一が提出したエビデンスを割とすぐ確認してくれるようになった。
 連日の深夜残業で疲れはたまったが、何もかもが驚くほど上手く行くようになり雄一の気分は悪くなかった。
 まさに桜子様様だった。
 アドバイスとアイディアをくれた彼女には足を向けて寝れないし、仕事が終われば何か豪華な食事でもご馳走しようかと考えてもいた。
 だが、四日目にして異変が起きた。

「どうしたの?」

 由紀乃の手が止まっているのを見て、雄一は不審に思い声を掛けた。

「待ってるの」
「待ってる?」
「プログラムのバグ改修が済むのを」

 雄一は首を傾げた。
 テスターである自分たちにとって、それが何か関係があるのか。
 ふと、脳裏に石野課長が意地悪そうに笑う表情がよぎった。

つづく

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