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生き様009. デマ情報に流されない方法~サイエンス思考でいこう!~※追記有

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流行ネタに乗りましょう

この記事は

でテーマになっている中で「デマ情報」にフォーカスを当てて短く僕の考えをお話しようと言う記事です。


認知バイアスと真実とデマ

身も蓋もない結論ですが、
「どんな方法を持ってしても、確実にデマ情報を見分ける手段はない」
と考えています。

人間には、認知バイアスというものがあります。
認知バイアスの説明は、上のリンク先Wikipedia先生にお任せします。
大雑把、そして乱暴に説明すると「人間は信じたいものしか信じない」です。

つまり、その情報が真実とかデマとか、関係ありません。
「自分が信じたい情報が真実」であり
「自分が信じたくない情報がデマ」なのです。


真実はいつも1つではない

別の角度から、真実とデマについて考えてみましょう。

僕は「物事というのは多面体である」と捉えています。

例えば、円錐を見てみましょう。

sankakusui

円錐を真横から見ると、三角形に見えます。
円錐を真下から見ると、円に見えます。

さて、この2つはどちらが真実でしょう?どちらがデマでしょう?
答えは「どちらも真実ではないが、デマでもない」だと思います。

それぞれ、一方から見た姿は正しく表現できています。これはデマではない、となります。
しかし、本当の姿は円錐です。どちらもそれを捉えられていません。つまり真実ではありません。

これを「情報の切り取り」と言います。


妄想に騙されない

世の中に、明確に「デマ情報」と呼べるものは幾つかあります。 その中でも代表的なのは「妄想」です。 「希望的観測」と言い換えても良いでしょう。

例えばこんなケース

「白栁はフリーランスだ(事実)」→「フリーランスは金持ちだ(バイアス)」⇒「白栁は金持ちだ(デマ)」

全く事実とは異なります。
だって、まだフリーランスとしての初回分の支払いを頂いたばかりですし…

話を戻しましょう。
妄想が起きる仕組みは簡単です。

「認知バイアス」+「情報の切り取り」=「妄想」

特に、認知バイアスとして影響が出やすいのが感情です。
「好みの相手と目が合った、あの人私のことが好きかも!」みたいな。
「台風が来ても、避難するのはめんどくさい。きっと大したことない」とか。
「地球は泣いている!だから今の資源はもうすぐ枯渇する」などなど。
「母さん助けて!会社の金を盗まれて首になるかも…」も近いです。


妄想に流されない、サイエンス思考

妄想を発端にしたガセネタに流されない方法は簡単です。

サイエンス思考で行こう!

サイエンス思考については、和田昭允さんの著書『サイエンス思考―「知識」を「理解」に変える実践的方法論』が詳しいです。
ここでは、その根本を掻い摘んで引用します。

  1. よく観察し
  2. 正確で十分な情報(データ)を取り出し
  3. 自分の頭で考え、起こっていることの原因と結果をつなぐ理由を見つけて
  4. これだという答を出す
    https://wedge.ismedia.jp/articles/-/5211 より


感情を煽る情報は信じない

サイエンス思考とは別に、僕がデマ情報に流されない為にしていることがあります。

  1. 感情を煽る情報は、直ぐに信じない
  2. 事実と事実の繋がりを確認する

例えば過去の地震では

「地震で家が崩れ外に出られない、救助を呼んでくれ」(2012年12月)
「おいふざけんな、地震のせいでうちの近くの動物園からライオン放たれたんだ。熊本」(2016年4月)

というツイートが実際にありました。
どちらもデマであったと、その後に判明しています。所謂「釣り」です。
これらは地震の不安に被せて、別の不安を煽る情報です。
流石に前者は、真実であった場合の被害が大きいので、デマであっても対応しますが…

この情報化社会。事実であれば必ず2つ以上の観測があります。
例えば前例のライオンの話であれば、複数の人から情報が出てくるでしょう。
また、逃げたという動物園や(個人所有はない、と思いたい!)保健所等から情報も出るはずです。

その様に、複数の情報ソースを組み合わせて重ならないものは、情報の確度が低い、としています。
サイエンス思考に近いのですが、僕の中では錨の様に感じています。


今回のまとめ

  • デマ情報を見分けるのは不可能
  • ただし、デマ情報の内「妄想」には対応可能
  • サイエンス思考で行こう!


追記

そもそも、情報を「真実」と「デマ」に分けるのがナンセンスなのではないか?
とこのコラムを書き上げてから考えています。

あくまで僕の中での話です。
入ってきた情報は全て「不確実な情報」として処理してます。
その上で、その情報を信頼する為の事実や情報を集めます。

例えば、公式な発表があるならそれを見る。
誰かの言葉なら、原文を探す。

そうやって情報の「確実度」を上げていっています。
そうして「確実」となった情報には対応を。
「不確実」な情報でも、確実度に応じたリスク対応をしています。

世の中、白と黒だけではありません。
グレーもあります。グレーの濃さもあります。

情報多可な現代社会だからこそ、情報との関わり方を
「情報リテラシー」として、個々にしっかりと持つべきでしょう。

Comment(14)

コメント

Anubis

どうも。Anubisです。
いろいろぶちまけたので、アフターフォローでコメントを付けさせて頂きます。


私がコラムで書いた視点ですが、「デマ情報を見分けるのは不可能」を中心に書いてみた次第です。趣旨は理屈に凝り固まる人へ投げかけです。


この手の話題というのは、理屈がこんがらかり易いです。この点、白栁さんの書かれたコラムでは最後にうまいことまとまっていて、上手いなぁと思いました。

user-key.

残念ながら、現代ではご飯論法や公文書の書き換え等の不誠実な「公式な発表」が増えているからなぁ。。。

匿名

このコラムは正しい情報の判断の仕方として秀逸だと思います。

認知バイアスについては私も感じていて
人は信じたいものしか信じないという理解しがたい偏りがあると常々思っていました。
悪い情報を遮断したり、好きな情報しか受け付けなかったりです。

以下を心掛けています。
・偏りがある情報からは一歩距離を置く
・感情をあおる情報は頭から信じない
・型にはまりすぎないようにする。

匿名

公式でも嘘がある。発信元に都合のいい真実になっていないか疑う必要も。批判的思考が有効です。

無名

全体的に限りなく同意です
これだけ記事としてまとめる力が自分にもあればと嫉妬します・・・

追記にある”入ってきた情報は全て「不確実な情報」として処理してます。”は
とても大事だと思います、情報はただの情報であってあとは確度や精度の程度の話ですし
「○○はデマ・嘘」と断ずる時点で論理的な分析を放棄しているように思います

あと、個人的には、特に「真実はいつも1つではない」の項は、
内容を理解して消化出来る人が限られるんじゃないかなと感じました
何となくですが、この項の内容を人に説明するのって中々に難しい気がします

匿名

デマなのか信仰なのか?

user-key.

円錐の話は、なんかの時に書いてた気がしますが、私の場合、10円玉等で説明しています。
正確には円柱だけど「10円玉は一般的には丸って言うけど私は四角だ」と主張して話をします。
これだと、相手は何らかの硬貨を持っているはずなので、「ちゃんと見てみ!」とし「ものをきちんと認識しないと自販機や貯金箱を作れへんで」と。

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