ordinary -何てことない- 普通のエンジニアが書くコラム。

「なんか疲れた」と感じた時の持ち直し方

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みなさま、おはようございます。Kyonです。

例の人脈祭り(詳細はこちら)ではお世話になりました。
注目され慣れておらず、乗っかり記事?が公開されるたびに、嬉しいようなドキドキするような気持ちで見守らせていただいておりました。
今回はその一件で「なんか疲れた」と感じたわけではないことを明記しておきます。

さて、みなさまは日々大なり小なりのストレスを抱えておられると思います。
「あーもう無理!」とストレスのしきい値を超えた時、もしくは超えそうだと感じた時、どうしていますか。

今回は、先日私の身に起きたことから、どうやって持ち直すかを考えてみて、実践してみたのでレポートします。

何かが爆発した

先日、私の元にあるニュースが飛び込んできました。うっすらそんなニュースが来るんじゃないかと予感していたら、まさかの予感的中です。あーあ。

そのニュースが直接の原因ではないのですが、私の中で何かのトリガーだったようです。自分の中で何かが静かに爆発するのがスローモーションで見えました。

私は自分のことを第三者目線で観察する傾向があるので、その時も「あ、なんか爆発したな」といった感覚です。


現実には"静かに爆発する"なんてあり得ないのですが、何せ第三者目線でカメラのレンズ越しに、音声はミュートされているような感じなので、"静かに爆発する"という表現が最適な気がします。

このニュースと似たようなニュースは以前も経験しており、前回は脱出するのに苦労しました。

おそらくこれは本震ではなく余震で、強めの余震を免震構造の建物にいて体感したという方が近いです。本震を爆発させることも可能でしたが、そこは私も大人なので少しずつ発散する選択ができたようです。

ネガティブな自分を否定しつつも、ネガティブな自分とその否定した自分を認めようとする日々

自分の中で何かが爆発した後に待っているのは、ネガティブ思考の波です。

今回も想定通り、ネガティブ思考の波は押し寄せてきました。それはもうまるで、自然災害でいうところの二次災害のようです。

「これは自分が○○できていなかったせいではないか」「前も同じようなことがあったのにその経験を活かせていない自分はダメだ」と思いつつも、「そう思う自分もいてOK」「そんなことよりもどうリカバリするか考えなくては」と思ってみたり...とネガティブ思考の波の中でもがく日々。

少しでもネガティブの津波の被害を抑えるために、ポジティブ思考な人と会ったり、そのニュースとは関係ない本を読んでみたり、食欲・睡眠欲を満たしてみたり・・・。

一番効果があったのは、ポジティブ思考な人と会って、ポジティブな言葉をもらうことでした。「Kyonさんは合っている」「そのままのあなたがいい」「無理に○○しなくていい」等、私自身を認める言葉をもらい、美味しいものを一緒に食べて、お散歩したりして、穏やかな時間をその人とともに過ごしたことで少し復活しました。
この人は昨年末に知り合った人なので、いろんなところに顔だしておいてよかったです。

ポジティブ思考な人が近くにいなかったら、そういう系の人が出演しているTV番組や映画等のコンテンツを観るか、本を読んでみるか、ポジティブな言葉が並ぶ曲を聴く等しても効果がありそうです。

とはいえ、モヤモヤは残る

ネガティブ思考の波は去っていきつつありましたが、それでもモヤモヤは残りました。

それは津波に持ったいかれずに残されたもの、重い石や瓦礫と同じです。

いつまでも置いておくと、またふとした時に思い出してしまい、トリガーの一つになりかねません。

分別や撤去作業が必要です。

静かな場所で気持ちをリセットする

そのモヤモヤの分別・撤去作業をするために、私は静かな場所に行こうと思い、お休みを取りました。

静かな場所として選んだ場所は、生まれ育った地元。同じ大阪府下でも、今住んでいるところからは電車を乗り継いで約2時間かかります。車窓から見えるのは高層ビルではなく、疎らにある戸建の家や田畑、山、河川です。電車は通っていますが、本数はそんなに多くなく、真っ昼間や夜はワンマン運行の時もあります。

そんなのどかな場所で、季節を感じながらお散歩してきました。近くの寺社仏閣の境内をぶらぶらして梅の花等の植物を見たり、遠くの山をぼんやり見たり、風の音や鳥のさえずりを聞いたりして過ごしました。

考えることが多すぎる

エンジニアに限らず、生きていると日々何かしらのことを考えています。

考えること自体は良いも悪いもないと思いますが、同時並行的に多くのことを考えたり、途中まで考えてそのまま放置していることが増えると、処理しきれなくなります。考えるために常にスタンバイさせている領域がたくさんあって、CPUの使用率がいつも90%以上どころかほぼ100%になっている、みたいな感じです。

今回の一件はそれ自体はさほど大きなことではなかったのですが、それまでにいろいろなことが溜まってきていてキャパオーバーしたのだと思います。

お休み中は、それらのことは一切考えず、スマホやパソコンにも触れず、本も読まず、なるべく"考える"という行動につながることをしないようにしました。

それよりも"感じる"ことを大切にしました。

その結果、自分が感じていること=気持ちにフォーカスを当てることができて、日々の中に自分の軸を取り戻すことができて、モヤモヤが引いていった気がします。

疲れた時は"考える"より"感じる"を

もう十分考えてきたんですよね、きっと。
人と比べてどうかよりも、自分としては十分に考えたんだと。
そうです、十分すぎるほど考えてきて、もういっぱいいっぱいなのだと。

だから、今度は感じる方を大事に、今自分はどう感じているのかを気にかけてみます。

今、自分はどう感じているのでしょうか。
眠い?暑い?寒い?疲れてる?お腹空いてる?

「昨日は良く寝たはずなのに眠いなんておかしい、何が原因なのだろうか」ではなく「今は眠いと感じているな」と自分が感じていることをそのまま受け取る感覚です。

おそらく疲れている時は自分のことを気にかけられなくなっているような気がします。
「なんか疲れた」と感じた時は、自分が感じていることに気を向けて、自分で自分のことを気にかけてみませんか。

Comment(2)

コメント

itエンジニア

こんばんは。
いつも拝読させて頂いております。
ストレスですか。。生活する上では切っても切れない関係ですね!

私の場合は、仕事上のことが主な理由ですかね。
成果物が納期に間に合うかどうか。あるいは、品質に問題がないかどうか etc...

挙げれば、キリがないのですが、私は理想(目標) - 現実(現在) = ストレス(ギャップ)だと捉えています。
つまり、ストレスが全く無い状態というのは、そうそう無いと思ったりします。

あとストレス解消には、運動が良いと言われるので、定期的に運動することを心掛けています。

ですから、

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