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実力があるエンジニアの給料が高いよりコンビニのバイトで食っていける世の中の方が幸せになれると思う

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実力主義を掲げるエンジニアはよく考えて欲しいです。自分の実力が平均以上の給与をもらうに値する実力がある想定で考えてはいないでしょうか。実際のところ、実力があっても需要がなければ誰も高い給料をだしません。スキルの高さではなくマッチングの問題です。また、給与の高い分野は競争が熾烈化して、要求されるスキルが大幅に上昇します。そうそう簡単に競争で優位に立つことはできません。

ハイスペックな人が増えても、それに見合うポストは有限です。起業しようと、画期的な技術を思いつこうと、支払われる対価は有限です。実力があるエンジニアの給料が高い世の中が実現したとしても、世の中のあり方は変わるかもしれませんが、より良い世の中にはならないと思います。競争に勝ったとしても得られる利益は一時的です。利益を得続けたいなら、勝ち続ける必要があります。結局、ストレスの根本になる競争による疲弊を回避できないです。

競争社会の是非はネット上でもよく議論になっています。ただ、何をどうしようと競争は存在し続けるでしょう。問題なのは、競争の良し悪しというより、競争が無制限にエスカレートすることです。日本の現状について意見をするのであれば、実質、競争をできる力量の無い人、例えば企業内の派閥争いや権力闘争に終始しているような人を多く抱え過ぎていることでしょう。こういう人を排除したとしても、根本的な過剰な競争によるデメリットは解消されません。

世の中の仕組みを維持する上で一番大切な人は、実のところ末端で作業をしている人です。コンビニのバイトにしても、いなければ店舗は運営できません。コンビニの利便性に対して、コンビニのバイトの代金は決して釣り合っているとは思えません。お金の儲かる人というのは、優秀なエンジニアでもなく、末端で地道に働いている人でもなく、利権を巡って殴り合っている人というのが現実ではないでしょうか。

利権を巡っての殴り合いを止めるのが、本来であれば政治や福祉の役割なのかもしれません。ただ、突き詰めると、私達がやりたいのが利権争いだから、それが一番儲かる仕事になってしまったのかもしれません。ただ、それがエンジニアの技術力競争になったとしても、大差が無いように思えます。技術の高い低いではなく、それぞれのパートの人が誇りをもって責任を担えるようになることの方が重要です。そう考えると、コンビニのバイトでも社会的な役割は十分に果たしています。社会的な役割を果たしている人が食いっぱぐれない世の中の方が、競争に終始するより幸福感を実感できるのではないでしょうか。

Comment(1)

コメント

えどわーど

考えさせられました。
確かにコンビニのバイトの収入は世の中に役に立っている対価としては異常に低いと思います。正規雇用、非正規雇用の問題にも連なる話でもありますが・・・


ITで役に立って高い所得を得ること、(あくまで技術の)競争に勝ってお金を儲けることは決して悪い事ではないと思います。競争の末疲弊するかどうかは本人の選択の問題ですし。


一方で末端で支えている人達をもっと評価すべきというご意見には賛成です。全体のパイの配分が適正になればよいですね。上位数%のスーパーな人がパイの大部分を持っていくというのは確かに幸せな世界ではないです。

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