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第306回 外弁慶を考える

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 こんにちは、キャリアコンサルタント高橋です。

 仕事でありプライベートであり、自分の意見や考えを主張することは大切なことです。しかし、仕事では自分の意見や考えを主張することができるのに、プライベートになると途端に自分の意見や考えが言えなくなる人もいます。こういった人を「外弁慶」と揶揄したりします。私もどちらかといえば「外弁慶」な感じがするのですが、なぜこういったことが起こり得るのかを考える機会があったので、今回はそのことについて書きます。

■外弁慶な人の特徴

 外弁慶の「外」は知人、友人、仕事関係といった人たちを指します。そのため、外弁慶な人というのは、知人、友人、仕事といった「外」の人に対して自分の考えや意見を主張することができる人といえます。そして、この外弁慶な状況を成立させているのは、「自分の考えや意見を主張し、それが受け入れられる関係性」が築かれているからに他なりません。

 一般的に他人に対して自分の意見や考えを受け入れてもらうためには、

  • 論理的であること
  • 経験にもとづくことであること
  • 人を惹きつける魅力があること

こういった関係性が築かれている前提があるのではないでしょうか。相手を論理的に説得できる意見、自分の経験をもとにした発言、この人のいうことなら聴いてみようと思わせるいい回し...、こういったことが相手に受け入れられるような関係性が築かれているからこそ外弁慶が成り立っているのではないでしょうか。

 一方、外弁慶な人は往々にして「内地蔵」だったりもします。内地蔵とは「内」つまり家族や身内にといった人たちに自分の考えや意見が主張できない人のことを指しますが、なぜ外弁慶な人が内地蔵になるのでしょうか?

 思うに、先ほどあげた「論理的であること」「経験にもとづくことであること」「人を惹きつける魅力があること」が家族や身内の人たちには通用しないからではないでしょうか。例えば、

  • 論理的に話そうとしても感情論で切り返される...
  • 経験にもとづくことを話しても、その経験自体ピンとこない...
  • 人を惹きつける魅力を感じてもらえない...

何だか書いていて辛くなってきますが、「外」に対して有効だった振る舞いが、「内」に対しては何の効果も働かないから、外弁慶な人が内地蔵になるのではないかと思います。。。

■外弁慶な人が内弁慶になるためは?

 内弁慶の「内」は家族とか身内を指します。そのため、内弁慶な人というのは、家族は夫婦内などでは自分の意見や考えを主張することができる人を表します。

 それでは、内弁慶の人はなぜ「内」、つまり家族や身内に対して自分の考えや主張をすることができるのか? それは家族や身内に対して自分の考えや意見が聞き入れられる関係性が築かれているからに他なりません。しかし、家族や身内との関係性は昨日今日に始まる話ではありません。長い期間の中で少しずつ自分の考えや意見が聞き入れられるような人間関係が作られていったからこそ、内弁慶のような状況がつくられているのは容易に想像できます。

 だとするならば、外弁慶の人が内弁慶になれるようにするためには、家族や身内といった「内」の人たちに対して自分の意見や考えを受け入れてもらえるような関係性を築くしかありません。しかも、それは「外」の人たちとは違う関係性であることを理解しなければなりません。

 つまり、「外」の人たちに対して行っていた振る舞いが「内」の人たちに通用するとは限らないということです。「外」でうまく行っているからといって、それがそのまま「内」でうまく行くとは限らないのです。このことを理解しないと、いつまで経っても「内」の人たちとの関係性は変わることはありません。

 そのため、まずは相手の立場に立つことが求められます。相手が普段から何を考え、どのような振る舞いをしているのか。自分に対してどのような目を向け、接し方をしているのかを理解する必要があるように思います。自分の意見が受け入れられないのには理由があります。それを理解せずに「外」での振る舞いをそのまま「内」にもってきてもうまく行くはずはありません。

 ひょっとしたら、自分に近い人だからこそ見落としている部分や見えていない部分があるかもしれません。それを見直し、改善することができれば、きっと外弁慶な人も内弁慶になれるのではないでしょうか...と自分に言い聞かせてみました(汗

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