いろいろな仕事を渡り歩き、今はインフラ系エンジニアをやっている。いろんな業種からの視点も交えてコラムを綴らせていただきます。

君の存在は無意味

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こんにちは。炎上火消しエンジニアにはまり込んでいるAnubisです。炎上火消しエンジニアで苦悩から開き直りまでの経緯で感じたこと等を書いてます。今回はプロジェクトでの君の存在意義について考え、その辺りについて書きました。

題名だけ見ると君の存在意義を否定しているかと思われるかもしれませんが、決してそういう意図で書いています。この題名の意図としては仕事をするのはあなたである必要ないということです。

マジで君の存在意義なんてないから

いい感じのコラムニストの方が現れたのでパクらさせて頂きました。

森下さんのコラムを読んだ感想は、話し方を知っている人だと思いました。営業をやっていたとのようですが、具体例から実践方法まで網羅していて、非常に話の流れが綺麗です。タイトルでの掴みも確信犯だ。コラム一本目でこれをできる人はなかなかいない。今後、どういうコラムを書いていくのか楽しみです。

誤解の無いように書いておくと、タイトルの「君」はパクリ元の森下さんの事ではありません。今、このコラムを読んでいるあなたのことです。あなたが何者であろうとそれを否定する気は無い。たとえあなたがジャニーズ事務所の社長であろうとも言葉を曲げる気は無い。編集者さんだったらちょっと曲げるかもしれない。

どんな人でもそうだが、仕事において自分の存在意義を考えることがあるだろう。そもそも、面接のときに「この組織で・・・・なようにがんばります!」みたいなアピールをすると思う。これは、相手に自分がその組織にいると良いよ!という存在意義のアピールだ。ぶっちゃけ言えば、組織としてはどんなに熱心にアピールしようと、能力があれば君じゃなくてもいいわけだ。

君しかできない仕事なんて無い

スティーブ・ジョブズがいなくなってもAppleはこの世界で存在し続けている。いや、Appleが潰れたら影響がでかいと思うかもしれない。しかし、それでも潰れれば別の会社が似たようなことをしてくれるだろう。数百年前、日本でイノベーションの最先端をいっていた織田信長は本能寺で生涯を終えた。それでも別の誰かが天下を統一して今の日本がある。

これだけ大きい流れでも代わりの人が現れるのだ。今、あなたがいる組織でも、あなたがいなくなっても別の人が後を引き継ぐ。あなたがいなくなった影響で組織が潰れても、後の役割を引き継ぐ組織は現れる。もし現れなければ、もう存在する意義が無かった組織だということだ。そうやって、人間が入れ替わっていくことで人類は歴史を紡ぐ。

時代に名前が残るレベルの人でも代わりが利くのだ。それでもあなたが「絶対唯一」な存在だと言い張れる何かがあるのだろうか。きっぱり「無い」と言い切れる。仕事でちょっと結果を出すと万能感を感じることがある。ちょっと評価されると、組織にいなくてはならない人だと思えてしまう。

それが全部錯覚だということだ。相手が「いや、君じゃなきゃだめだ!」と言ったとしても、条件を満たす人が現れれば同じことを言うし、あなたが条件を満たせなくなったらあなた以外を探しだす。人間関係で好き嫌いがはいると、こういう条件がぼんやりして見えなくなって判断ミスをしやすくなる。

君の存在意義を否定する理由

別に人格や人としての価値を否定するのが目的ではない。プロなら存在意義とかゴチャゴチャ言ってないで実績を残せば十分と言うことだ。存在意義云々と語ってる余力があるなら報酬をぶんどれ。承認欲求を満たしたいなら、愛に溢れた行動を取って人を魅せればいい。立場を守りたいなら、日々精進しつづければいい。

これだけ言って、存在意義を主張する理由があるか?存在意義を云々言う理由は、やったことに対して見返りが欲しいからだろう。だったら、回りくどいことをせずに見返りを最速で得る努力をすればいい。あとは勝手に解決する。やるべきことは、報酬に見合う結果を出すことと報酬の回収だ。それに尽きる。

存在意義云々とやり出すと組織が腐る。「オレは社長だから偉い!」と存在意義を認めさせたところで、絶対それだけでは済まないのが実際だ。存在意義がある → オレは偉い → 意見する事は許されない → オレの言うことを聞け と、こういう思考を辿るのが定石だ。

「自分は役に立つ」「価値がある」「必要性がある」などといった実感が実際の利益と結びつくとは限らない。実感がどうであれ、プロならまず結果を出せ。ポエムのようなヒューマニズムではなく、自分の行動とエビデンスで語れ。ウダウダやってないで、最速で自分の精神的な飢えを克服して、人として成長を成し遂げて欲しい。

存在意義を巡る矛盾

どういう組織に所属していようと、永遠にその組織に所属し続けることは無い。そこでどんなに「価値がある」と思われても、組織を離れればどうでも良くなる。私にとしては、存在の価値はあればうれしいが固執するほどのものでは無いと考えている。固執すると思わぬ落とし穴になって、大きな判断ミスに繋がることになる。

具体的な判断ミスの例を挙げよう。「オレがいなければこのプロジェクトは回らない!」考えている人がいた。その人は、いつも疲れた笑顔で仕事を頑張って残業しまくっていたが、結局病院送りになって数ヶ月休んだ。「オレがいなければ」と固執する人ほど、ブラックな環境に当たったときに自滅しやすい。また、状況の変化に弱いのもこのタイプの人だ。

あなたがどう思おうと組織を去らなければならないタイミングは来る。組織にとって価値があるのは、あなたの残し続ける結果だ。条件が合えばあなたでなくても事は足りる。これが現実だ。存在意義を求めるという状況自体が避けるべきものだ。存在意義に飢えた状態だからだ。実際に存在意義を感じていると、そんなことはいちいち考えなくなる。

私が言いたいのは、そういう存在意義への飢餓状態が良い状態ではないということだ。組織に必要以上に固執してしまい、精神的な自由を損なってしまう。イノベーションに必要なのは精神的な自由だ。自分の存在が云々と考えるより、今やるべきことに集中しよう。それで充分だ。結果は後からついてくる。

Comment(1)

コメント

某SESプログラマー

いつもためになるコラムをありがとうございます。

ただ、今回のコラムはSES特有の病を、社会全般に広げて論じることに無理があるような気がします。

SESはプロジェクトで不要になった人間を簡単に切るので、多くの人はそれを恐れ、自分の存在意義をアピールしがちです。
ただ、それはSES特有のものであり、社会全体に言えるかと言うと、そんなことは無いと思います。

そもそも「切られるかもしれない」という立場は圧倒的に弱いため、どう転んでもメンタルはある程度病むと思います。根本的な解決は転職するしかないのではないかと思っています。

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