常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 スーパー総務・桜子】第五話 うちはブラックじゃないぞ!

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 次の日、職場。
 雄一と由紀乃はパーティションで仕切られたブースで、スケジュール表を間に置いて向かい合っていた。

「終わってる画面ってどれ?」
「えっとね、この完了って付いてるやつ」
「どれどれ」

 と確認してみると、その画面はメニュー画面やサブメニュー画面といった物ばかりだった。
 テスト仕様書を見ると画面の遷移だけを確認すればOKという内容だ。
 これならデータベースやSQLが絡まない。

「ちなみに、石野課長のチェックは受けたの?」
「うん。一応OKもらったよ」

 このレベルだからIT初心者の由紀乃でも出来たのだろう。
 だが、5画面目から由紀乃にとって急に難易度が上がったようだ。
 進捗会でSQLが分からないと言っていたが、それを裏付けるようにデータベースへアクセスする画面の割り当てが増えている。

「川崎さんと俺とで残りの36画面やるんだけど、分担どうしようかと思ってるんだよね」
「分担......?」
「今の状態で1日1画面だと12月末の期限に間に合わないんだ。だから、二人で並行して行えるところは行いたいって考えてて。それなら川崎さんにもSQLを覚えてもらった方がいいかなって思ったんだ」

 雄一は少し時間が掛かるかと思ったが、急がば回れという言葉もあると思い由紀乃にSQLを教えることにした。
 由紀乃にレベルアップしてもらわないと、自分が考えている1日2画面計画は達成出来ない。
 ホワイトボードを使って自分が持っているSQLの知識を彼女にレクチャーした。

「ええ? 難しいよぉ」

 と、由紀乃は眉をへの字にして困ったような声を上げた。
 その仕草と声音に雄一は思わず心を奪われそうになったが、ここは心を鬼にしてどこが分からないか問い掛けた。

「もう、そんな急には無理」

 と、そっぽを向かれ、それに対して嫌われたと思った雄一はご機嫌を取るため優しく教えたりなんかしていた。

「ブルルル」

 何だよと思って、電話に出ると総務の安田桜子だった。

<健康診断は?>
「は? 今日だったんですか?」
<メールしたじゃん>

 そう言えばそうだった。
 言い訳を考えていると、桜子はそれを感じ取ったのか強めにこう言ってきた。

<クリニックから「有馬さんいつ来るんですか?」って電話来たのよ。もう今日は無理って言っといたから>
「す、すいません」

 雄一はたかが健康診断ごときで、何故怒られなければいけないのかとだんだん腹が立って来た。

(現場のことも知らない間接部門の連中が、メインの俺たちにいちいち口出しするんじゃねぇ)

 そう悪態を吐きたくなったが、寸でのところで抑え込んだ。

<今日中に職場と調整して。いつ行けるか明日連絡ちょうだいね>
「はい、はい、分かりましたよー」
<......何、その言い方>

 雄一は背筋が寒くなり何も言い返せなかった。
 それはあまりに桜子の声が冷たく、それに伴う雰囲気がスマホから伝わって来たからだ。
 電話の向こう側にいる彼女が鬼の形相であることも容易に想像がついた。

(殺される......)

 動物の本能で瞬時にそう思った。

「すいません」
<分かればいいのよ。言い方には気を付けてね。社会人なんだから>

 桜子はそう言うと、こう続けた。

<いい? 仕事が忙しいからって健診は疎かにしちゃだめよ。自覚症状が無くても、ある日突然発症するなんて病気もあるんだからね。定期的に検診を受けていれば、致命的なことも早期発見出来る。これはシステムでも同じことよ。定期的な保守メンテナンスを行うことによって、ある日突然ダウンするなんてことを防げるんだから。特にエンジニアは納期が厳しくて残業が多かったりプレッシャーが掛かることが多いからストレス過多になる。だからこそ仕事以上に健康には気を付けないといけないのよ>

 総務のくせにやたらとエンジニアのことについて詳しいなと思いながらも、納得いく説明だったので聴き入ってしまった。
 溜息と共に電話を切る。

「彼女さん?」
「違うよ!」

 毎回そう訊いて来る由紀乃に、雄一は自分に対する予防線みたいなものを微かに感じた。


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 それからの一週間は、あっという間だった。
 ただただ仕事が忙しかった。
 それは由紀乃が雄一にとって戦力にならなかったというのが一番の理由だった。
 いくらSQLやITというものを雄一なりにレクチャーしても、彼女はなかなか理解してくれなかった。
 雄一は個人的には、このITというものには多少の向き不向きはあると思っている。
 事実、大学の同級生にいた。
 その者は向いていないという理由でプログラミングの授業への受講を途中から自主的に辞めた。
 だが、由紀乃にはその者のように辞めるというか諦めるという選択肢はないようだ。
 分からないなりにもそれなりに着いて行こうとする。
 自分だってこの仕事に向いているかと言われればそこまででは無いと思っている雄一は、更に向いていないと思われる彼女がどうしてここまで諦めないでいるのかが不思議だった。
 それに加え、彼女は風邪や体調不良と称して休むことがよくあった。
 体の事なので詳しい詮索は控えたが、そう言ったことが原因で負荷が雄一に集中したことは確かだった。
 そんなことだから由紀乃には雄一がテストした画面のエビデンス整理とかいった雑務に徹してもらっていた。

 12月10日。

「進捗報告会、始めます」

 石野課長にそう促され、メンバー各々プロジェクトルームの隅にある円卓に向かった。
 鳴尾から時計回りに今週の進み具合を発表する。

「20画面中、13画面完了、14画面目仕掛中です。オンスケです」 

 人それぞれ多少の遅れや前倒しはあるが大きく差はない。
 そして、ついに雄一の番だ。

「えっと、有馬チームは?」

 と、石野課長はいやらしい感じで言って来た。
 雄一と由紀乃がチームになっていたことを今知ったメンバーは、驚いたのか雄一の方を向いた。

「40画面中、9画面完了、10画面目仕掛中です」

 周りがざわついた。
 割り当てられている画面の数に対して完了している画面が少な過ぎることに驚いているようだ。
 雄一、由紀乃の共同体制になってから1日1画面しかテストが完了していない。
 このペースでは残り31画面を12月末までに終わらせることが出来ない。

「私は君と川崎さんが組むことで化学反応が起きて大逆転できると思ったんだがなぁ......。これじゃ二人でやってる意味ないよね。君はこの前私に向かって偉そうに終わらせると言ったが、どう巻き返すつもりなの?」
「大丈夫です。残業すれば何とかなるしコツだって分かってきました。それに川崎さんだって今はまだ理解出来ていない部分があるけど、ここから成長して自分以上にこなしてくれると思います」

 雄一は石野課長に向かって真っすぐそう言った後、由紀乃の方を向いた。
 兎に角、彼女の諦めずにこの仕事に着いて行くという姿勢に今は期待するしかない。
 ところが当の由紀乃はうつらうつらと眠りかかっていた。

(働きすぎなんだよ......)

 いくらなんでも昼にエンジニア、夜にキャバクラ嬢という仕事は若いとはいえ無茶だ。
 そうまでして弟と妹を気遣う由紀乃にいじらしいものを感じて胸がチクチクした。
 雄一としては由紀乃にキャバクラの仕事を辞めて欲しい。
 自分が店に行っていない間に彼女が他の客と楽しそうに話をしたり同伴やアフターをしていることを想像すると胸が締め付けられるようで辛いのだ。
 ここは是非とも自分の彼女になってもらって、金銭面も含め自分に頼ってほしい気分だった。
 色々と想像して熱くなる雄一に、石野課長は冷ややかにこう言った。

「あのね、さっき残業するとか何とか言ってたけど、そのことでちょっと話したいことがあるんだ。後で会議室に来てくれるかな」


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 会議卓には雄一の週次報告書が置かれていた。

「有馬さん。あなたに契約のことを話すのも変なんですけど、一カ月の稼働時間は160時間が原則なんですよ」
「160時間......」
「毎週このペースで残業するつもり?」
「はい。遅れを取り戻すためです」
「そうすると今月の稼働時間はゆうに200時間を超えるね。それは......悪いけど素直に受け入れることは出来ないよ」

 雄一は石野課長の言っている意味が分からず、報告書を手に取り見てみた。

週報.png

 週次報告書には、今週働いた12月6日(月)から12月10日(金)までの時間と作業内容が記載されている。
 (本日12月10日は見込みの時間)

 確かに残業量は多い。
 それは由紀乃が戦力にならないため、彼女が対応するはずだった分を自分が対応しているからだ。
 その為、時間外労働が大量に増えた。

「やった分はちゃんと精算して下さいよ」
「進捗会でも言っただろ? 遅延をリカバリーするための残業は認めないって。やってもいいけど残業代は払わないよって」
「遅延の原因は俺のせいばかりでもないですよ。石野課長が単体テストの確認を怠ったのも原因です。最初の一つ目で指摘してくれれば、その後のテストでは同じ過ちをしなかったし手戻りも少なくて済んだ。それに川崎さんへのフォローもある。あなた方が彼女の実力を知っていながら放置していたせいで、そのしわ寄せがこっちに来ている。俺は今、あなた方がすべき彼女への管理や教育をしながら作業しているんだ。この残業時間はその分を計上していると言っても過言じゃない」

 一気に言いたいことをまくし立てた雄一は、全力疾走した時のように息が切れた。
 水を一口飲みたいところだが、ペットボトルは自席に置いたままだ。

「こちらが指示していない残業は、残業として認めない契約だ」
「くっ......」
「まぁ、160時間としてはいるけど、予期せぬ作業は多少あるという前提で180時間までは同じ160時間の単価で契約させてもらってる」
「え?」
「そういうバッファ込みの単価だから、180時間まではどうぞやってください」

 石野課長の詭弁に、雄一は思った。
 一カ月の稼働日を20日として、1日8時間仕事したら160時間になる。
 つまり毎月、土日休みかつ平日は定時上がりという理想的な計算だ。
 だが、こんなことはまずない。
 この職場でも現に毎日定時で帰る者はいない。
 皆、毎日1、2時間の残業はしている。

(そんな......皆、20時間はタダ働きしてたってことか......)

「だから毎日定時か1、2時間残業すれば作業が終了するようにスケジュールを組んでいる。君と川崎さんがチームでやることになったとしても我々の見積もりにブレは無いと思っている。元々遅れを取り戻すために二人でチームになってもらったんだから、それでも遅れてるのは君のやり方が悪い」
「なっ......」
「まぁ、この週報をこのまま受け取ることは出来るけど、こちらで時間の見直しはさせてもらう。残業もしてもらって構わないけど、その分を会社を通して請求されても払えないので悪しからず」

 雄一は呆然として何も言えなくなり、へたり込んだ。
 一人会議室に残され、何もする気が起きない。
 胸ポケットに入れたスマホの振動で我に返った。

「福島課長......」

 ディスプレイに表示された名前は丁度相談したかった相手のものだ。
 すがるように電話をとる。

<もしもし>
「課長、久しぶりです」
<おう、有馬か。仕事はどうだ?>
「はぁ......まあ......」
<ちょっと話すか?>

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 職場近くのコメダワラ珈琲店で、雄一と福島課長は向かい合っていた。
 昼休み前という時間帯なので、お客の数は少ない。

「残業が多いようだな」
「どうして知ってるんですか?」

 福島課長はカバンから雄一の週次報告書を取り出した。
 それは雄一が、総務の安田桜子宛てにメールしたものだった。

「石野さんからは元々残業は少ない仕事だって聞いてたのにこの仕事量はどういうことだ? 確か先月もらった報告書だと毎日ほぼ定時上がりだったじゃないか? 今月に入って何かあったのか?」

 黙り込み下を向く雄一を、福島課長は心配そうにのぞき込んだ。
 雄一は絞り出すような声で話し出した。
 由紀乃とチームを組んで仕事していること、石野課長から不当な扱いを受けて残業時間を認められていないことを話した。

「なるほど」

 課長は珈琲を一口飲むと腕を組んで目をつぶり考え込んだ。

「まず、お前が色々と突っかかっていくのも原因の一つかもしれんな」
「それは、向こうが悪いからですよ」
「お前は怒りっぽいのが玉に傷だよな」

 福島課長は鳴尾と同じ指摘をして来た。
 確かに怒りっぽいのは雄一も自覚しているが、我慢出来るほど大人でも無かった。
 それに、たったあれだけのイザコザで色々と嫌がらせしてくるあちらの方が大人気ないと思っている。

「まぁ、残業代の件は安心しろ。お前が働いた時間分キッチリ給料として払ってやる。うちはそこまでブラックじゃないぞ」
「え!」

 その言葉に雄一は思わず歓喜の雄叫びを上げてしまった。
 周囲の客が何事かと振り返る。
 注目に照れながら、雄一は礼を言った。

(やった。これで由紀乃に会うための金とバンド活動の資金を捻出できる)

 事実、これだけ酷い仕打ちや長時間労働に耐えることが出来ていたのも、そういった目先の希望があったからだ。

「でも、これだけは知っておいてくれ。会社としてはお前の残業代分だけ赤字になるということを、な。つまり、サルノ・クリエイティブ側が160時間分の単金しか出さない以上、残業代はステイヤーシステムからの持ち出しだ。お前一人に関しては、売上的には上がっても利益的には真っ赤っかだからな」
「は......はい......」

 福島課長は別に怒ることも無く淡々と説明してくれたが、その態度が却って社会の厳しさというか金を稼ぐということの大変さを、雄一の脳裏に刻み込むこととなった。

「とはいっても、うちも黙って泣き寝入りだとつまらんな......」

 珈琲と一緒に提供される豆菓子をポリポリ食いながら、課長は何事か考えているようだ。

「お前、今、メンバーは一人とはいえリーダーみたいな立場になっているわけだろ?」
「はい」

 確かに雄一は由紀乃というメンバーを統括するリーダーを拝命した。

「その線で行ってみるか」

 そう言って伝票を掴み、立ち上がると「行くぞ」とばかりに雄一を促した。

つづく

Comment(8)

コメント

VBA使い

雄一は絞り出すような声で話し「だ」出した。


サルノ・クリエイティブ側が160時間分の単金しか出さない以上
→180時間まで出してくれるのを福島課長は知らないのかな?

桜子さんが一番

>電話の向こう側にいる彼女が鬼の形相であることも容易に想像がついた。
>(殺される......)
ここ、ワロタw

ほげ

180までは「160時間分しか出さん」と言っているからお前さんの読解に誤解がある

湯二

VBA使いさん。

校正ありがとうございます。

契約的には160時間から180時間まで仕事しても同じ代金しか払われない世界です。
そんな世界だす。
20時間はタダ働きなのです。
逆に、160時間未満だと単金削られます。
世知辛い。

湯二

桜子さんが一番さん。

コメントありがとうございます。


一応、真面目なエンジニア小説だぜぃ!

湯二

ほげさん。

コメントありがとうございます。

>180までは「160時間分しか出さん」


その通りです。
数字ごちゃごちゃしてて、すいませんm(__)m

VBA使い

1時間当たりの単価、という意味と勘違いしてました。
ありがとうございました。m(_ _)m

湯二

VBA使いさん。

>1時間当たりの単価

時給ということになってしまうので、それはそれで働いた分きちんと支払われるのでいいかも!?

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