常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第二十五話 黒幕の彼女

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 To ステイヤーシステム殿

 先日は弊社の売上管理システムリプレースについて提案ありがとうございました。
 社内で慎重に検討した結果、本件について御社に発注することに決まりました。
 つきましては、一度そのことに関して打ち合わせをしたいと考えています。
 都合の良い日時をお知らせください。

「やった!」

 雄一は自分の端末の前で思わず声を上げた。
 立ち上がり、桜子の方に駆け寄る。

「安田さん合格メール着ました!」
「うむ」

 桜子は当然とばかりにコックリと頷いた。

「安田さんのお陰です。ありがとうございます!」
「頑張ったのは君だよ。私は最後にちょっと加わっただけだから」
「いえいえ、謙遜しないでください。安田さんがいなければこの仕事を勝ち取ることは出来ませんでした」

 そうなのだ。
 今回は桜子の隠し玉が無ければ勝てなかった。
 雄一がそのことを言うと

「あれだけじゃ勝てなかったよ。君が一生懸命提案してその姿勢が相手に伝わったっていうのが大きな勝因だと思うよ。今回の功労者は間違いなく有馬君。私はそのサポートをしただけよ」
「安田さん......」
「まぁ、今日までは喜びに浸っていてもいいけど、ここはゴールじゃなくてスタート地点なんだよ。これからどう頑張って行くかが大事なんだから。いつまでも有頂天でいないの」
「はい」

 そうだ。
 ここからが大事なのだ。

「それはそうと、安田さんギター上手いですね」

 ディスプレイに向かう彼女の表情が一瞬ピクっと変化したのが分かった。

(むむむ......この反応はもしかして、まだ触れちゃいけない過去でもあるのか? 続編に向けての布石のつもりか?)

 雄一はあのライブの後、感動したというリュウジとツヨシに泣きながら頭を下げられた。
 結局、「次は無いからな」という条件付きで彼らをキングジョージに入れることにした。
 ポリシーを曲げてまで彼らと再結成したのには理由がある。
 いつの日にか、恐らく桜子であろう『動画の女』をバンドに加入させたい。
 そのためにはキングジョージという土台が必要なのだ。
 そしてもう一つ理由がある。
 中山の脱退だ。
 彼はあのライブの後、桜子に告白し玉砕した。
 仕事が忙しくなり活動が出来なくなったというのは建前で、やはり失恋の痛手が大きな理由だろう。
 彼は今日も休んでいる。

「ねぇ、このメールの送り主見た?」
「え?」

 桜子にそう言われFromの部分を確認する。
 美穂のメールアドレスになっている。

「こういうのって普通、部長とかもっと偉い人がメールするんじゃないの?」
「そうですかね......」

 別に疑問にも思わなかったが、桜子に言われてそんなものかも知れないと思った。
 そんなことよりも、雄一は美穂に今すぐ会いたかった。
 ここのところLINEもほとんどしていない。
 お互い目指す目標が一旦終わったのもある。
 元々は仕事キッカケで話すようになり、仲良くなった間柄だ。
 だからそれ以外のことでメッセージを送ることは、雄一の中で遠慮していた。
 何より先日のライブにも来てくれなかったし、個人的な労いの言葉も送られていない。
 急速に冷え込んだ様に感じられる美穂の接し方は、雄一を不安にさせた。
 実際、デートに誘えるほどの間柄でも無いしヤキモキする毎日であった。
 だが晴れてこうして仕事が取れたとなると、もう大手を振って彼女と話も出来るし、今まで通り一緒に仕事が出来る。
 そうした時間の中でゆっくり仲を育んでいけばいいのではないか。

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「有馬さんとずっと働きたいですから」
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 かつて美穂は雄一にそう言ってくれた。
 その言葉を今も信じている。

「何うっとりしてんの?」

 桜子が怪しいものでも見るような目つきで、雄一をじっと見つめている。


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 翌日--

 四月になった。

「有馬さん、お久しぶりです」
「そうですね。コンペの日以来ですね」

 府中屋の会議室で美穂と雄一は向かい合っていた。
 桜子は今日ここにいない。
 総務の仕事を栗田富士子に引き継ぐために社内にいる。
 富士子は派遣として府中屋のプロジェクトを手伝っていたが、この度、桜子がエンジニアに復帰したことにより総務に携わる正社員として採用された。

「売上管理システムのサーバリプレースについて、発注が少し遅れることになりそうです」

 神妙な顔で美穂がそう言った。
 雄一は初めて聴く出来事に唖然とした。

「ど、どうしてですか?」
「すいません、こちらのゴタゴタで手続きが遅れてまして......。ただ現行の保守契約に関しては今後も継続させて頂きますので、よろしくお願いいたします」

 ゴタゴタって何だと思いながらも、発注は貰えるようなので安心はした。

「今後ともよろしくお願いします」

 美穂はお辞儀した。
 顔を上げた時、いつもの笑顔では無かった。
 雄一はいつも自分に対して笑顔を絶やさなかった美穂が、急によそよそしくなったことに違和感を感じたし寂しさも感じた。

「あの、今日は目白部長は?」
「すいません、今日はお休みを頂いています」
「へぇ。あの人、コンペで負けてショックで寝込んでるんですかね!」

 雄一は冗談で言ったつもりだが、美穂は笑うことは無かった。
 そのことが余計に自分を惨めにした。
 伝えることは伝えたと思っているのか美穂は、書類を片付け始めた。

「新山さん......」
「はい?」

 それを止めるかのように雄一は声を掛けた。
 彼女は作業の手を止め、雄一の方をチラと見た。

「あの、キックオフミーティングというか......その......」

 彼女と食事に行くという約束を雄一は今こそ履行すべきだと思った。

「今日の夜、お祝いに一緒にご飯でも行きませんか?」

 雄一は顔を真っ赤にして彼女の答えを待った。

「いいですよ」

 その笑顔はまるで作り物のようだった。


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 外階段をギシギシ言わせながら、府中屋の事務所を後にした。
 美穂のあの変り様。
 それは雄一を酷く混乱させた。
 今まで親しく接してくれたのは一体何だったのか。

「おい」

 声を掛けられ振り返ると、そこには作業着にスラックスという出で立ちの赤ら顔の笠松が立っていた。

「あ、ああ......」

 意外な人物に声を掛けられ、雄一はどう対応していいのか分からず戸惑った。

「突然呼び止めてすまんな。君に一言謝りたくてな」


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 雄一と笠松はコメダワラ珈琲店の窓際の席で向かい合っていた。
 窓の外からは桜の木が見える。
 風が吹く度に花びらが散っていく。
 そんな光景を、おっさんと共に気まずい雰囲気で観ているのは何とも悲しかった。

「すまんかった!」

 いきなり額を卓にこすりつけ謝罪してきた。
 だが、雄一としては何と声を掛けていいものやら分からなかった。
 何と言っても笠松は雄一の率いた提案チーム内にいたスパイだったからだ。
 素直に謝罪を受け入れるべきかどうか迷った。

「どうして、あんなことしたんですか?」

 雄一としては内通行為の動機が知りたかった。

「わしには今年大学生になる娘がおるんじゃ......」

(なんだ? 身の上話か?)

 情に訴えかける作戦か分からないが、笠松は自分の娘が私大に入るから金が掛かるという話を始めた。
 加えて奥さんが病気がちで医療費が掛かるということも話し出した。

「父ちゃん、これから頑張るぞって時に目白のやつがやって来て、意見の合わないわしを工場に飛ばしやがったんだ」

 その話は美穂からも聴いている。
 オペラキャピタルから出向して来た目白部長は、まずシステム業者をステイヤーシステムから竹芝システムに変えようとした。
 それに反対したのは他でも無い、目の前にいる笠松だった。
 それが原因で彼は部長から平の工員に降格となった。
 元はといえば、雄一の立場を守るために取った行動だ。
 
「目白は失意のわしにチャンスを与えて来た」

 目白部長は笠松に対して、雄一たちのチームに潜入しスパイ行為をしろと持ち掛けた。
 コンペで竹芝システムが勝ち残れば笠松を再び以前のポスト、いやそれ以上の役職に就けるというエサをぶら下げたのだ。
 金と地位に目がくらんだ笠松は、目白部長の手下として雄一たちのチームに仲間として入り込んだ。
 そこで仕入れた情報をせっせと目白部長と竹芝に横流ししていたのだ。

「事情は分かりました」

 雄一は珈琲を一口飲むとこう言った。

「俺は笠松さんのこと別に恨んでないです。むしろ感謝しています」
「え?」
「だって、俺のこと必要だって言ってくれたんでしょ」

 元はといえば、自分のことを大切にしてくれたことが原因で笠松がこういう運命を辿ったのなら、それは恨むべきことでは無いと思った。
 だから、雄一としては笠松を許してやりたかった。
 それに笠松はスパイでありながら桜子の手によって敵にとっての撒き餌として利用された。
 むしろ笠松という情報の運び屋がいなければ、今回の勝利は無かったのかもしれない。

「許してくれるんかい?」
「もちろん」

 鼻の頭を真っ赤にし、目を潤ませだした。

「おい! ビール持って来てくれ!」
「ここは居酒屋じゃありません」

 店員にそう言われ、すごすごと向き直った。

「今日は謝るのも目的の一つだったんだが......まぁ罪滅ぼしってわけでもないが、君に一つ情報をやろうと思ってな」
「情報?」
「目白と組んであれこれ話すうちに、会社の内部事情も少しは分かって来た。特に敵対する副社長派の動きなんかはな」

 雄一は爽やかな副社長の笑顔を思い出した。

「まぁ会社の内部事情も絡んでくるので多くは語れないが、あいつには気を付けろ」
「あいつ?」
「新山美穂だ」


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 夜八時。
 雄一は待ち合わせ時間になっても一向に現れない美穂をここ『マイフレンチ』で待っていた。
 予約は夜八時から。
 せっかくの祝いの席なのに。
 百歩譲って遅れるのは良いとしても、その連絡もないとは。
 貧乏ゆすりしながら自分を落ち着かせようと十分ほど待っていると、店の扉が勢い良く開かれた。
 ベージュのスプリングコートを羽織り、肩からバッグを下げた彼女が息を切らしながら店に入って来た。

「すいません!」

 そう言う彼女の顔は申し訳なさを装う様な、まさに作り笑顔だった。

「いえいえ、全然待ってませんよ!」

 雄一は反射的に彼女に好かれようと思った。
 自分の器のデカさをアピールするかのように、余裕の笑顔で彼女を迎えた。
 二人は卓を挟んで向かい合った。

「今日はコース料理にしました。ここのフレンチ美味しいんですよ」
「ありがとうございます。だけど、ちょっと今日は時間が無いので途中で席を外すかもしれません」

 最初に予防線のようなものを張られた雄一はちょっと彼女に対してムッと来たが、すぐに気を取り直し筋肉だけで頑張って笑顔を作った。

(今日は確認したいことがあるんだ)

 そう思うと、ちょっとしたことでいつものように怒り出すのは得策では無いと思った。
 美穂は車で来たからと飲酒を拒んだ。
 そのことも雄一を落胆させた。
 今日は祝いの食事に行くことは分かってたんだから、車で来るなと言いたかった。
 だがいつものように、そう例えば目白部長に対して怒りを感じた時のようにすぐ怒鳴りつけてはいけない。
 そうなってしまえば、確認する前に嫌われてしまう。
 料理が続々と運ばれてくる。
 美穂はそのほとんどに手を付けることなく、物思いにふけったり、スマホが鳴ると電話に出るため場を外したりする。
 雄一はそんな彼女がいちいち憎らしくいじらしいのであった。
 それでもめげずに雄一は何とか彼女に好かれようと話題を振っていた。

「そういえば、前一緒にお茶した時、話してなかったことがありましたね」
「え? 何ですか?」

 美穂はもう覚えていないようだ。

「何で今の会社に入ったか話してなかったですね」
「そ、そうでしたね」

 彼女は今思い出したかのような反応を示した。

「俺は元々バンドで食って行きたかったんですけど、やっぱ才能が足りなくて結局、大学卒業までにデビュー出来なかったんです。で、就職しなきゃってなった時に他に何が出来るかなって思ったんです。でも大学ではまともに勉強なんかしてなかったしどうしようかなって思ったら、手元にスマホがあったんですよ。そう言えば自分はゲームとかよくするし作曲する時もコンピュータ使うから、まぁそう言う動機で今の会社選んだんです。コンピュータなら多少触れるからやっていけるかなって。まぁ今考えると甘い考えっすけどね......」

 雄一の話を美穂は相槌を打ちながら聴いている。

「じゃ、有馬さんは元々この仕事がしたくて今の会社に入った訳じゃないんですね」
「まぁ、言ってしまえばそうなりますね。新山さんのようにその会社で仕事がしたかった訳じゃない。そう考えると雇う側に対して失礼だったかなと思ったりしてます。その証拠に最初の頃は派遣先で揉め事起こしたり、仕事中に曲のこと考えてエアドラムしてたり。初めてデータベース障害を経験した時は『こんなの出来るか!』って弱音吐いて逃げようとしました」
「へぇ......」

 今の雄一しか知らない美穂にとっては意外な話だったらしく、驚いたような顔をしている。

「だけど安田さんに出会ってから変わったんです。一生この仕事をやって行こうって。あの人は俺にこの仕事の楽しさとか難しさとか喜びを教えてくれたからです。そんな彼女に恩返しするために俺は今回の仕事を勝ち取ることに決めたんです。彼女が再び活躍出来る場を作るために」

 熱く語る雄一を美穂はじっと見ている。
 最近のよそよそしさが消え、雄一と一緒に提案チームで語り合った頃の目に戻っていた。
 話を聴き終わった美穂は悲しそうに目を伏せた。
 食後の珈琲が運ばれて来た。
 結局彼女は最後まで一緒にいてくれた。

「新山さん」
「はい」
「俺と付き合ってください」
「ご......」


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 五時間前。
 コメダワラ珈琲店にて。

「新山さんが何だって言うんですか?」

 雄一は笠松を睨みつけた。
 自分の好きな人が何でそんなことを言われなければいけないのか。

「あの女はスパイだ。副社長が君らの提案チームに送り込んだスパイだ」
「スパイ?」
「君らに良い提案を作らせて、竹芝とオペラを追い出すために送り込まれたスパイだ」

 美穂が日高情報サービスや船橋電算とのコンペの議事録を持ってきたのも、社内の内部事情も教えてくれたのも、そして雄一に好意を示してくれたのも、全部打算だったのか。

「そ、そんなことないっ!」

 雄一は認めたくなかった。
 美穂と自分はこの提案活動を通して深い絆で結ばれたのだ。

「傍目から見てあの女は君らを利用していた。わしは目白から送り込まれたスパイだから、あの女の行動には何も口出し出来なかったがな」

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「有馬さん。方法何て選んでられないですよ。私は会社を乗っ取り我がものにしようとしているやつらを排除するのが目的。有馬さんはリプレース案件を勝ち取るのが目的。私たちは利害が一致しているんです。そのためには何でもやりましょう!」
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 美穂は以前そう言っていた。
 「排除」という言葉がどこか引っ掛かっていたが何となく笠松の話を聴くと腑に落ちた。

「かと言って、彼女と俺たちがこうして頑張ったから結果的に仕事が勝ち取れた。そのことは別に悪いことじゃない」

 雄一は美穂が自分をただ利用しただけという事実を受け入れたくなかった。

「でもあの女は副社長とデキてるからなあ」

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 現在。
 マイフレンチにて。

「ごめんなさい」

 そう言いながら、美穂は頭を下げた。


つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

相手に伝わった「っ」ていうのが


弱音吐い「て」逃げようとしました


続編予告、ありがとうございます(笑)

湯二

VBA使いさん。

いつも校正ありがとうございます。
ほんと、良く気付いてくれるなあという感じです。

もうそろそろ終わるので続編とか、次のやつぼんやり考えてます。
その間にコラムをぽつぽつやろうかなあと。

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