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【小説 失格のエンジニア】第十九話 彼女の賭け

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 二日後--

 深夜2時、ソフトパークセンタービルの入り口で雄一は一人佇んでいた。
 桜子を待っている。
 待ち合わせ時間の深夜二時まであと五分。
 三月とはいえ、夜ともなれば寒い。
 ポケットにカイロを入れ寒さをしのいでいた。

「おっ」

 数メートル先に黒い人影が見えた。
 それはこちらに近づいて来る。
 目を凝らしてその人物が桜子なのか確認しようとする。
 一歩、二歩、雄一の方に近づいて来る。
 数歩手前まで来た時、顔が判別出来た。

(浦河さん!)

 そう思うと同時に、咄嗟に茂みに隠れていた。
 コンビニ袋を手にした美雪は、ガサガサとする音に気付いたのか茂みの方をチラッと見た。
 動物か何かと思ったのだろうか、そのまま裏口からビル内へ入っていった。

(ふぅ......今日だけはあの女に会うと面倒だからな)

 雄一は茂みの中で一息ついた。

「ちょっと 何やってんの?」
「わっ!」

 美雪が引き返した来たと思い、びっくりして振り返る。

「何でそんなところにいるのよ、音がしたから分かったけど」
「安田さん......」

 ドラゴンファンタジーで障害なんて起きていない。
 雄一は嘘の障害で桜子をA国から呼び寄せた。
 そうとも知らず、黒いスーツに身を包んだ桜子がそこにいた。

「あなたのこんな姿を見たのは、これが二回目ですよ。それにしても、本当に来てくれるなんて......。府中屋の障害の時は何度お願いしても来てくれなかったから」
「自分が作ったものに落とし前を付けに来た......それだけよ。さ、現場まで連れてって」

 雄一は月の光に照らされた彼女の姿を見て、何てカッコいいんだろうと思った。
 DFプロジェクトといえば、桜子にとって二度と関わりたくないプロジェクトだろうし、当然そこにはもう二度と会いたくないであろう美雪がいる。
 だが、そこは仕事と割り切って駆け付けてくれたのだ。
 福島課長が以前、仕事で好きも嫌いも無いと言っていたが、正にその通りのことを彼女はやっていた。

「ところであんたしかいないの? 馬場テクノロジーさんは? 福島課長は?」

 桜子は周囲を見渡し、雄一以外に関係者がいないか確認している。

「あの......今日は俺だけです。それじゃ、障害が起きている場所まで案内します」
「まったく、どいつもこいつも呼び寄せるだけ呼び寄せて後はお願いします何て都合がいいわね。それにしても馬場テクノロジーさんってまだここと関わりがあったのね」

 桜子は呆れた顔でそう言った。
 福島課長から桜子に障害が起きたと伝え、呼び寄せてもらった。
 その際、タイキソフトウエアと商流がある馬場テクノロジーの名前を使わせてもらった。


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「どこよ? ここ?」

 ソフトパークセンタービルから五十メートルほど離れた公園。
 遊具が取り囲む広場の真ん中に二人はいた。
 冷たい風が吹く。
 桜子の髪がふわりと後ろにはためいた。
 小さな額が露わになった。
 瞳が青く光り輝いているのが分かった。

「障害なんて起きていません」
「え?」
「今日、エンジニアに戻ってもらいます。そのために来てもらいました」

 彼女は何か言おうと口を開いたが、それを制するように雄一は言った。

「俺なりにこの数日、あなたの過去のことを調べさせてもらいました。何でエンジニアを辞めて総務になったのか」

 桜子は黙ったまま話を聴いている。

「その理由にやっと辿り着いた。エンジニアとしてプライドのあるあなたにとって、あの事故のことは秘密にしておきたいでしょうね。ましてや、それが原因でエンジニアを辞めることになった何て言いたくも無いはずだ」

 依然として彼女は黙ったまま。
 雄一が語り終わると、彼女は一息ついて話し出した。

「あなたに何が分かるの? 人のことを勝手に調べて勝手に想像して。しかも嘘で人を呼び寄せて......最低ね」
「最低ですよ。黙って人の業務経歴書を見てあれこれ過去を探ったり、あなたと対立してたDFプロジェクトの浦河さんを訪ねたら蹴られて前歯を折られるし」

 雄一は歯の欠けた部分を指さした。

「あの女にも会ったのね」
「そうそう、大井さんにも会って話を聴きましたよ」

 桜子は顔をしかめた。

「DFプロジェクトはあなたにとって関わりたくないところだと思います。だけど、障害が起きたと連絡したらこうして来てくれた。もう自分に嘘を付くのはやめましょうよ。安田さんはやっぱりエンジニアリングが好きなんだ」
「うん。好きよ。エンジニアリングも、エンジニアという仕事も」
「だったら......」
「でも、私は何も出来なかった」

 雄一は、そんな弱音を吐く桜子を見たくは無かった。
 彼女には常に強気でいて欲しかった。

「あれはあなただけの責任じゃないし、それに、一度や二度の失敗で、エンジニア辞めるなんてカッコ悪いと思わないんですか? それなら俺なんてもう何度も辞めてますよ。ここまで言われて戻らないなら......」

 桜子は雄一にとって希望だった。
 自分を引っ張ってくれる機関車の様な存在が、力なく止まりかけているのを見ていられなくなった。

「あんたはエンジニア失格だ」

 思わずそんな言葉が出たのは、彼女に火を着けたかったからだ。

「そう思うなら思ってくれて結構」

 冷たい風が二人の間を通り過ぎて行った。
 砂煙が舞い、足元を枯葉が転がっていく。
 どれくらい時間が経ったか分からないが、雄一にはとても短く感じられた。
 時間を最初に巻き戻して、説得をやり直したい気持ちだった。

「私はエンジニアという仕事が好きだけど、今のこの業界は嫌いなの。私はあの世界のやり方に失望したし、自分がいくら頑張っても無駄だということに気付いた。だから、変えようと思った」
「変える?」

 エンジニアを続けずにどうやって業界を変えようというのか、雄一は疑問に思った。

「私は裏方に回って、ステイヤーシステムを大きくしようと思うの。今みたいな30人とかじゃなくて、それこそ100人、いずれは1000人単位。そして、全て請負の仕事を行う。大企業に成長させて、全てのエンジニアがその力を伸び伸びと発揮出来る様な世界を作ること、それが今の私の夢なの」
「そんな大それたことが出来るんですか?」
「出来るかどうか分かんないけど......もうやるって決めたのよ。で、あんたはそんな私の邪魔をしているわけよ。分かる?」

 分かるも何も、桜子の壮大な思惑を聴かされた雄一は面食らった。

「それって、裏を返せば今も安田さんはエンジニアという仕事にこだわりがあるということですよね。突き詰めれば、まだ未練があるってことだ」

 理想の世界を作ること。
 そこで働く自分、それが桜子の夢なのではないか。
 月光に照らされ頭の先から青白く輝く彼女には、人事や経営に参画する姿よりも、プログラミング言語が映し出されたディスプレイに向かう姿の方がよく似合う。

「俺が府中屋の案件を勝ち取ります。そしたら安田さんにデータベースエンジニアとして活躍してもらいます。そのために俺はどんなことでもする。DFプロジェクトの時みたいに無念な思いはさせない。だから、俺に力を貸してください!」
「私は私のやり方でやっていくって決めたの。一エンジニアとして仕事していてもこの世界は変えられないわ」
「そんなの俺や福島課長に任せればいいんだ! あんたは自分のやりたいことをやるべきだ。それが俺の夢なんだ。エンジニアとしてのあんたを見たあの日から俺のエンジニアライフは始まったんだ!」

 雄一はいつの間にか泣いていた。

「人を傷つけたり、失敗したり、そんなもの全部背負い込んで良いものを作るのが真のエンジニアってもんだろーが! カッコつけんじゃねぇよ。俺があんたの活躍出来る場所を作る。もうあんな思いはさせない。だから、戻って来てくれ!」

 涙ながらに訴えて来る雄一に心を動かされたのか、桜子はこう言った。

「君と出会えて、良かったよ」

 やった!
 雄一は目の前が明るくなったような気がした。

「だけど、もう決めたから」

 そういう桜子の顔には寂し気に見えた。
 踵を返しこの場を立ち去ろうとする。
 ザザザっとその先に回り込み、雄一は土下座した。
 その場から動こうともしない雄一を桜子は見下ろし、こう言った。

「じゃ、こうしましょう」


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 桜子は500円玉を手の平に乗せ、こう言った。

「私はこのコインを右手か左手に握り込む。有馬君はそれがどちらにあるか当てる。もし、当てることが出来れば私はエンジニアに戻るわ。だけど、当てることが出来なかった場合、諦めてね」
「最後は......運ですか......」
「だって仕方ないじゃない。お互いが主張を譲らないんだから。ましてや決めてくれる第三者なんていないし、有馬君だって他の人が勝手に決めたら満足出来ないでしょ? ここは0か1かで決めましょう。もし、当てることが出来れば私はエンジニアとして生きる運命なのよ」

 確かにそうかもしれない。
 このまま話していても、何も進まない。
 それに雄一はもう言葉を尽くした。
 ならば、もう運命に任せるしかない。

「分かりました......」

 雄一はゆっくり首を縦に振った。
 それを見た桜子はコインを親指ではじき、天高く跳ね上げた。
 頂点で月の光に照らされたコインはピカッと光り、そこから地面に向かって落ちて行く。
 ちょうど桜子の目の高さまで来た時、彼女は物凄い速さで両手を突き出し、コインを掴んだ。
 雄一はその様を目を凝らしてみていたが、どちらの手にコインが握られたか判別することは出来なかった。
 桜子の手の動きが余りに速かったのと、暗かったせいもあった。

「どっち?」

 桜子は左右の拳を雄一に突き出し問い掛けた。
 拳の隙間からでもコインが拝めないかと、顔を近づけ様々な角度から眺めるが、分からない。
 もう本当に運でしかないし、これで桜子と自分の運命が決まるのかと思うと、潔さと同時に虚しさを感じた。

「こっち」

 雄一は震える指先で、右の拳を指した。

「いいのね?」
「う......」

 念を押された雄一は迷った。
 彼女は内心ではエンジニアに戻りたいはずだ。
 そのトリガーを雄一にひかせたいのだろう。
 わざわざ訊いて来るということは、単純に考えて右の拳にはコインが無いという事か。
 ならば、コインは左の拳にある。

(......分からない......)

 まるで鏡に映っている自分に「どうするのか?」と問い掛けているような気分だ。
 目の前にいる桜子の思惑を無視して、自分だったらどうするか?
 そればかりを考えてしまう。

「ひ......左......」

 そう言い掛けて、

「やっぱ右!」

 桜子は右手の拳を開いた。
 そこには何も無かった。
 雄一はその場にへたり込んだ。

「ごめんね」

 うなだれたままの雄一を桜子は見下ろしていた。

「有馬君......」
「は、はひぃ......」

 失望の余りまともに返事をすることも出来ない。

「これからエンジニアとして生きていく君に、一つだけアドバイスするわ」

全ての選択肢を全て試してみること

 桜子は去って行った。
 一人残された雄一は、月を見ていた。
 賭けに負けた自分はもう彼女を追うことは出来ないと思っていた。
 涙で視界が霞む。
 地面に視線を落とした時、桜子がいた場所に光り輝くものがある。
 それは月の明かりに照らされた500円玉だった。
 彼女の足跡の上に置いてある。

「もしかして......」

 それを手に取った雄一はやっと分かった。

(彼女はコイン何て握ってなかったんだ)

 桜子はイカサマをしていたのだった。
 投げ上げたコインを掴むふりをしていただけだった。
 コインは地面に落ち、彼女はそれを足で踏みつけていたのだ。
 彼女の手元に夢中だった雄一はそれに気づくことが出来なかった。
 もしも雄一が右を確認した後、左を確認するという機転が利いていたなら、彼女のイカサマが見抜けた。

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全ての選択肢を全て試してみること
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 桜子のアドバイスを実践出来ていたならば、彼女をイカサマによる反則負けにして勝つことが出来た。
 百歩譲ってあのアドバイスの後、そのことにすぐ気付けば、追いかけて行ってそのことを確認出来た。

(本当に負けた......)

 単体テストであれ程、全てのパターンをテストするじゃないか。
 本番作業であれ程、失敗しないように全ての状態を想定し手順をレビューするじゃないか。
 それが全く生きていない。
 早々に諦めて、全ての可能性を疑わなかった自分はエンジニアとして失格だ。
 桜子はこれからチームを組むかもしれない相手の力を試していたのだ。
 つまり、彼女は雄一に賭けていた。
 だが、自分の力不足がそれをダメにした。


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 その日の午後6時、いつものようにコメダワラ珈琲店にて提案チームの会議が行われた。

「今日は福島課長は来ないんですか?」
「はい」

 美穂にそう訊かれた雄一は「課長は別のプロジェクトも掛け持ちしてるんで」と答えた。
 福島課長だって府中屋のプロジェクトばかり構っていられなかった。
 複数のプロジェクトでPMとして動かなければならない。
 桜子をエンジニアに戻すことが出来なかったことも痛いが、福島課長もそこまで関われないということは更に痛手だった。
 つまりは、自分一人で何とかしなければならないのだ。

「おい、今日は元気ないじゃないか」

 普段よりも言葉が少ない雄一を、励ますように笠松は声を掛けた。

「で、では......始めましょうか」

 雄一は持って来た書類を読み上げた。

「有馬さん、そこもう何度も読んでますよ」
「え?」
「おいおい、本当に大丈夫かよ」

 同じ箇所を何度も何度も読み上げていた。
 それを聴いていた二人が、そのことを指摘したのだ。

「すいません......」

 いつまでも桜子のことを引きずってはいられない。
 そう思っていても希望を失った今、気分は中々晴れなかった。

「バカ!」
「はぁ?」

 突然罵倒され、声のする方を向いた。

「え!?」

 そこには黒いスーツに身を包んだ桜子がいた。

「そんなことじゃ、相手チームに勝てないわよ」
「安田さん! 来てくれたんですね! ......でも何で?」

 あの後、A国に戻って研修を受けに行ったんじゃないのか?
 雄一は幻を見ているような気持になった。
 目の前のエンジニアはこう答えた。

「ダメな後輩を育てるのも、この業界を変えるためになると思ったから」


つづく

Comment(2)

コメント

popo

いつも楽しく拝見しております。

ところで、
×研修を受けてに行ったんじゃないのか?
〇研修を受けに行ったんじゃないのか?
ではないでしょうか。

湯二

popoさん、コメントありがとうございます。
指摘ありがとうございます。

すいません、変な日本語になってました。
修正しております。
何度か読み直すんですが、筋書きが頭に入っていると細かい躓きに気付かないものです。。。

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