常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第十八話 彼女の出現条件

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「有馬さんがお茶に誘ってくれるなんて、私、すっごい嬉しいです」

 美穂は目をキラキラさせながらそう言った。

「い、いやぁ......こちらこそ、何か突然で、すいません」

 雄一は頭を掻きながらそう言った。

「お待たせしました。珈琲です」

 店員が二人の前に珈琲を置く。
 今日二杯目だ。
 しかもさっき飲んだばかりだ。
 府中屋の障害対応(誤報)の後、ここ、コメダワラ珈琲店で提案チームの会議をしていた。
 お馴染みのメンバーで話し合ったが、大した結論は得られなかった。
 その会議終わりに、雄一は一人店に残り美穂にLINEをした。
 一旦店を出た彼女はUターンしてすぐに来てくれた。

「私、珈琲なら何杯でもいけます」

 美穂が唇を尖らせフーフー言わせながら珈琲を啜っている。
 その様子が、子犬や小猫といった小動物を思わせてたまらなく可愛いいと思った。

「お、俺もです」

 いつからだろう、彼女といるとこんなにドキドキするようになったのは。

「いよいよ来週ですね」

 コンペのことだ。
 会議中も雄一は桜子をどうすればメンバーに引き入れられるか、そのことばかり考えていた。
 だが、桜子が国内にいないとあっては、説得することが出来ない。
 こういうことは直接会って話さなければ意味が無いのだ。
 では、会うにはどうすればいいか。
 A国に出向くにしても、往復で二、三日も掛ける時間は無い。

(彼女を何としても国内に呼び寄せるしかない)

 だが、自分が出した結論に対して方法が見つからないのだった。
 焦りを感じながら時を過ごしている。
 そんな中で癒しが欲しかった。
 だから、美穂と一緒に話をしたい、そう思って彼女を呼び寄せた。

「それにしても、目白部長には参りましたよ。毎日、障害が起きたって言って三回は呼び出すんですよ。その内一回は嘘なんです。これってどう思います?」
「それは明らかに有馬さんの仕事の邪魔をしてるんだと思いますよ。きっと提案を作る時間を削ることで、私たちを潰そうとしているんです!」
「ですよね! 俺もそうだろうなって思ってて」
「まったく、卑怯な人ですよね」
「そうそう」

 美穂が自分と同じ思いで非常に嬉しかった。
 だが、雄一は美穂を前にして仕事の話しか出来ない自分が、情けなく悔しかった。
 惚れた女に嫌われないように質問の内容をアレコレ考えるのは久しぶりで、自分でも久々の感情に戸惑っている。
 プライベートのことを話題にしたいが、緊張していて何から訊いていいか分からない。
 そう言えば仕事以外での彼女のことを、良く知らない。

「新山さんは、なんで今の会社に入ったんですか?」

 思い切って出した質問がこれだった。

(うーん、当たり障りのない質問だが、ここからプライベートに切り込んでいけるか......)

「私、本当は和菓子職人になりたかったんです」
「へぇ」

 雄一は新しい美穂の魅力を発見したようで、更に彼女のことを知りたいと思った。

「府中屋の『椿』というモナカを子供の時食べて、余りに美味しかったので、将来の夢はこういうお菓子を作りたいって思ったからなんです。でも......」
「でも?」
「私、手先が凄く不器用なんです。それに気づいたのが大学に入って和菓子の教室に通い出してからでした。まあ元々、図画工作はずっと1でしたし。薄々気づいてたんですが......。それで諦めたんです」

 美穂は雄一に両手を広げて見せた。
 テと大きく印されている。
 綺麗な掌だと思った。

「それでも和菓子に関わりたいと思って、府中屋に経理として入りました」
「そうだったんだ......」

 店内は夕食時になり、徐々に混雑して来た。
 雑音が雑音をかき消すある意味心地よい環境で、雄一は美穂の話に耳を傾けていた。

「有馬さんは、和菓子をどういう時に買いますか?」
「どういう時にって、まあ、挨拶に行く時とか、謝りに行く時とか......ですかね」

 突然、予期せぬ質問をされて雄一は戸惑った。

「ですよね。和菓子業界って余り不況に影響されないんですよ。不況でも人との付き合いはそんなに変わらない。お世話になれば挨拶に行くし、何かあれば謝りに行く。お中元、お歳暮なんてのも。逆に好景気でも売れ行きはそんなに変わりません。安定していると言えばしていますが、人の好みも多様化した現代では、流石に最近は徐々に右肩下がりです」

 美穂が何を言いたいのか分からないが、こういう異業種の話は聴いてて嫌いじゃなかった。

「うちって最近インバウンドで国内にやって来る外人向けのお菓子を作るようになったんです。まぁ、オペラキャピタルの方針なんですけどね。府中屋の素朴なお菓子が売れないからっていう理由でどんどん無くなって、派手な......それこそインスタ映えするような派手なお菓子や奇をてらったものばかりになっていく。それが私は嫌で仕方が無くて」

 美穂は前話した時、「昔の府中屋が大好き」だと言っていた。
 だが、府中屋が変わるのは仕方が無いことだと雄一は思う。
 企業として売上を伸ばすことは、資本主義経済の世の中にあってみれば当然やらなければならないことだし、それが出来なければ彼女自身も仕事を失うだろう。
 そのためには出来る限りのことはやる。
 それは当然のことだ。
 だが、そこで働く人間の感情としては、大きな経済の話など煩わしいだけの事なのかもしれない。
 それは雄一にも当てはまることだった。
 皮肉にも新しい資本が入ることで、府中屋のシステムはリプレースされることになったが、そのことで自分たちに新たな競争相手が生まれた。
 生き残るためには、今まで通りのことをやっていてはダメで嫌でも変化を受け入れていく必要がある。

「私も訊いていいですか?」
「はい」
「有馬さんは、今の会社にどうして入ったんですか?」

ブルルル

 不意にスマホが鳴りだした。
 何だよ、と心の中で悪態を吐きつつもディスプレイを見やる。
 相手の名前が自社の先輩だったので、雄一は電話に出ることにした。

「はい」
<もしもし、有馬君。佐賀だけど。今、大丈夫>
「はい」

 佐賀は雄一の五年ほど上の社員だ。
 今は常駐先の荒尾証券でインフラ担当として仕事しているはずだ。
 一緒に仕事をしたことは無いが、月一の自社会議でよく無駄話をするから仲は良い。

<君、前に安田さんのこと色々調べてただろ>
「はい。今も調べてます」
<あの人、数日前うちに来てトラブルを解決してくれたよ>
「え!? あ、あのすいません。詳細にお願いします」
<昨日の夜八時だ。プロジェクトでデータベースが原因不明の障害が起きた。起動と停止を繰り返し、解決しようにも誰も出来なかった。そんな時、福島課長が連絡してくれて、彼女がプロジェクトにやって来た>

 同じだ......雄一が最初にエンジニア桜子と出会った時と同じシチュエーションがそこにあったのだ。
 昨日の夜八時、雄一はソフトパークセンタービルの前で雨の中、美雪を待ち伏せしていた。
 その裏で、桜子が活躍していたとは。
 佐賀の話を聴くと、桜子はあの時と同じように颯爽と現れ、障害を解決し、そして去って行った。
 その後、すぐに彼女はA国に旅立ったのだろうか。

<いやー、びっくりしたよ。総務だけかと思ったらあんなことが出来るなんて。それにしても、鬼気迫る感じで声を掛けるのも恐れ多かったよ>
「ああ......」

 その様子を想像して、雄一はうっとりした顔を浮かべた。
 うらやましい......
 やはり彼女は今もエンジニアであった。
 障害を見逃せない呼べば飛んで来るスーパーエンジニアなのだ。
 結論、彼女の居場所はエンジニアという仕事そのものなのだ。

「あの、どうかしたんですか?」

 黙り込んだ雄一を、美穂が覗き込む。
 息が吹きかかる程の近さに彼女の顔があり、ドキッとなる。
 耳まで赤くなった。
 彼女を意識しすぎて、挙動不審になることが多い。

「い、いや、その、あの人のことを考え込んでたんです」
「あの人?」

 雄一は美穂に、桜子のことを話した。

「なんだ、そんなの簡単ですよ」
「簡単って......」

 美穂は事も無げにこう言った。

「言葉は悪いですけど、嘘の障害をでっちあげて、呼び出せばいいじゃないですか? 目白部長みたいに」
「そうか!」

 雄一は思わず声を上げた。

「けどなぁ......」

 大嫌いな敵の真似をするのは気が引けた。

「有馬さん。方法何て選んでられないですよ。私は会社を乗っ取り我がものにしようとしているやつらを排除するのが目的。有馬さんはリプレース案件を勝ち取るのが目的。私たちは利害が一致しているんです。そのためには何でもやりましょう!」

 確かに美穂の言う通りだった。
 だが、「排除」という物騒な言葉が彼女の口から出るとは少し驚きだった。

「でも、気になるんですよね」

 美穂は顎に手を当て考え込む仕草をとった。

「何ですか?」
「府中屋の障害の時は、その安田さんって人は何で来ないんですか?」

 そう言われればそうだ。
 荒尾証券、セントライト化粧品、この二つには福島課長が呼べば来てくれた。

(プロジェクトを選り好みしているのか......)

 そうは思いたくなかったが、府中屋の障害の時あれほど声を掛けたのに来てくれなかったのは事実だった。

(とりあえず、試してみるか......)

「有馬さん......」
「新山さん、今日はありがとう。これから自社に戻ってやることがあるんで、今日はここで」
「はい。今度はゆっくり食事でも」


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「福島課長、中山、頼みがあります」

 自社に戻った雄一は、二人を会議室に呼び寄せ頭を下げた。

「セントライト化粧品でデータベース障害が起きたと言って安田を呼び寄せるか......中山、どう思う? 自分のところのプロジェクトで嘘の障害を起こされるのは?」

 福島課長に水を向けられた中山はこう答えた。

「面白いじゃないですか。実際の障害は嫌だけど、嘘なら全然構わんですよ。それにエンジニアになった安田さんをもう一度見てみたいですからね」

 と、上気した顔で言った。
 三人でセントライト化粧品で起こりそうな障害の内容を話し合った。

「じゃ、私の方から彼女に電話してみるとしよう」

 福島課長は社給携帯を取り出し、桜子に電話を掛けた。

「もしもし、福島だが今大丈夫か」

 適当な障害をでっち上げ、その内容を伝えている。
 数分のやり取りの後、小さく頷いた福島課長は電話を切り、雄一に向き直るとこう言った。

「ダメ」
「えぇ!?」

 雄一は驚きの余りのけ反ってしまった。
 桜子は自分たちの嘘を見抜いているのだろうか。

「我々で考えた障害は起きるはずが無いと怒っていたし、もうセントライト化粧品ではデータベース障害は起きないはずだと断言されて切られてしまったよ」

 彼女の頭の中には今でも各プロジェクトのデータベースの構成が入っていて、電話のやり取りだけで、その構成で全ての障害パターンについて起きるか起きないかが分かるのだろう。
 手強い。
 絶対「敵」に回したくない。
 雄一はそう思った。
 やはり捨て身で本物の障害を起こすしかないのか。
 その時の障害ログでも送付すれば、来てくれるやもしれぬ。

(だが、そんなこと出来るわけがない)

「福島課長、知ってるんでしょ!? 安田さんが来てくれる条件を! それを教えてください!」

 雄一は掴みかからんばかりに福島課長に詰め寄った。

「あいつと一つ約束したことがある」
「それって......」
「もしも、関わったプロジェクトのデータベースに障害が発生した場合、一度きりに限り対応しろ、と」

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 四年前、ドラゴンファンタジーでの事故後、桜子はエンジニアを辞めることを上司である福島課長に告げた。

「辞めるのか?」
「はい」
「これだけ説得してもダメなら......、もう止めない。だが、その表情を見ているとまだやり残したことがあるんだろ?」

 桜子は俯いたまま、小さく頷いた。
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「その後今日に至るまで、安田は障害が起きた場所に出向き対応していった。あいつはその一度きりの対応で障害復旧し、恒久対応の道筋を残して行った。それがあいつのエンジニアとしてのプライドであり、責任の取り方だったんだ」

 昔を思い出したのか、福島課長は悔しそうに唇を噛んだ。

「ちょっと待ってください、課長。それ先に言ってくださいよ。三人で一緒にセントライトの嘘障害を考えたのが無駄になってるじゃないですか」

 雄一は福島課長のちぐはぐな行動を注意した。

「もしかしたら一度ならず、二度目もあるかもしれないと思ってやってみたんだよ」

 そう言う課長を見ていると、この人も何だかんだ言って桜子をエンジニアとして復活させたいんだなと思った。
 雄一は桜子の業務経歴書を見た。
 やはりそこには府中屋の名前は無かった。
 福島課長が言うように、桜子は自分の関わったプロジェクトにしか現れないのだ。
 それを裏付けるかのように、桜子は佐賀が常駐している荒尾証券に関わっていた。
 セントライト化粧品にも関わっていた。
 かつて桜子はセントライト化粧品での対応を「気まぐれ」と言っていたが、そうじゃかったのだ。
 あの共有プールが溢れて雄一を苦しめたデータベースの初期設定は彼女がしたものだった。
 もしかしたら、彼女はそういった障害が起きることを想定していたが自分が担当している間は改善する機会が無かったのだろう。
 自分が離れてからもその機会を窺っていたのだ。
 彼女はエンジニアとしての自分を貫くために、雄一の元に現れたのだ。
 そして、それを果たした後は、もう同じ場所に現れることは無い。
 現に、セントライト化粧品のデータベースは安定稼働しているのだから。

「福島課長」
「うん?」
「安田さんの業務経歴書に載っているプロジェクトで、まだ彼女がエンジニアを辞めてから一度も障害対応していないものを教えてください」

 福島課長は桜子の職務経歴書を、雄一に見せるように人差し指で上から下へとなぞっていく。
 そして、最後の一行で指がピタリと止まった。

「DFプロジェクト、ドラゴンファンタジーだ」
 
つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

プロジェクトを選り好み「し」ているのか


絶対「敵」に回したくない。


総務だけかと思「っ」たら
(まぁこれはくだけた話し言葉ってことでいいかも)


安田さんに、社内のデータベース教育者になってもらう、というのも叶わなかったんかな・・・

湯二

VBA使いさん。
いつもコメントとチェックありがとうございます。

結構、重要なところで間違っちゃってて、指摘してもらわないと気付かずにそのままでカッコ悪かったです。


>安田さんに、社内のデータベース教育者になってもらう、というのも叶わなかったんかな・・・
一応、総務になったのも理由があって次の話でそれもちょっと出て来ます。
でも、データベースの先生ってアイディアは思い付かなかったです。

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