常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第十七話 彼女を救えるのは俺

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 時計の針は21時を指していた。
 喫茶店の窓から外を見ると、あれだけ降っていた雨はやんでいた。

「倒れた安田さんはどうなったんですか?」
「そのまま立ち上がることは無く、救急車で病院に運ばれました」

 セントライト化粧品の障害対応の時も桜子は倒れたが、あれは雄一を動かすための演技だった。
 だが、ドラゴンファンタジーの時は演技では無くガチだったとは。

「......対応はその後誰が?」
「残ったメンバーと、アイアンキング経由でデータベースエンジニアを呼び寄せて何とか対応しました。だけど、結局、一部のデータは戻せなかったのです」
「そうですか......」

 その後の話はネットで調べたことと大体同じだった。
 データの一部を諦め、二週間後ドラゴンファンタジーはそれを隠蔽するかのようにリニューアルオープンした。

「安田さんは復帰することはありませんでした。それからは私がメインでデータベースを担当することになりました」

 美雪は桜子がプロジェクトをほったらかしにして去って行ったと言っていたが、その通りだったとは。

「あの事故の後、アイアンキングや第三者委員会を交えてプロジェクトの体制や管理のやり方、何でこういった事故が起きたのか検証しました。第三者委員会は、開発とインフラの権限が分離されていない点、属人化、コミュニケーション不足、そういったことがプロジェクトの問題だと指摘しました。それは、安田さんがずっと警告し続けていたことでした。リニューアルするまでの間、今後のプロジェクトの進め方を検討し報告書をアイアンキングと第三者委員会に提出し合意を取りました。今ではプロジェクトは、事故前の様な不健全な状態では無くなりました」

 何かが起きないと組織は改善されない。
 桜子はそれに気づき、日ごろから声を上げていたが取り上げてもらえなかったのだ。

「今のプロジェクトがあるのも安田さんのお陰です」

 雄一は思った。

(まさに人柱だな......)

 ブルっと身震いがした。
 雨の中、土下座してスーツがびしょ濡れだ。
 だが、寒いだけで震えているわけでは無い。
 桜子が体験したことを思い返すと、ゾッとする。
 とりあえず、暖かい珈琲を注文した。

「事故が起きて一カ月後くらいに、私のケータイに安田さんから電話が来たんです」

 雄一は珈琲を啜るのを止め、カレンの次の言葉を待った。

「でも、私、わざとその電話に出なかったんです。それからは二度と彼女から連絡は来ませんでした。私の方から電話しても出てもらえなくなって......」
「どうして出なかったんですか?」
「はっきり言うと、途中で抜けて行った彼女を少し恨んでたんです。まぁ、浦河さんからも彼女の愚痴を吹き込まれて私もそれに染まっていたのかもしれませんが......。何よりも、慣れないデータベースの管理を突然任されて、自分でも彼女みたいに仕事が回せなくて苛立ってたんです。データベースのイロハを教わっていたけど、教えられながらやるのと一人でやるのとは大違いで......そんな私を置いて、なんで全てを捨てて逃げたんだ! ってずっと思ってました」

 彼女は、それを表現するかのように目を三角にして怒ったような表情になった。
 が、すぐに笑顔に戻った。

「有馬さん」
「はい」
「でも、今はもうそんな気持ちありません。今の私があるのはあの人のお陰です」
「そうですか......」

 雄一は温かい珈琲を一口飲んだ。
 気持ちがほぐれていく。
 珈琲が温かいせいもあったが、何よりカレンが今も桜子を尊敬していることが分かったからだ。

「私の知っていることはここまでです。あの忌まわしい事故と私の冷たい対応がきっかけで、安田さんがエンジニアを辞めたのかと思うと、自己満足かもしれませんが私は謝りたいと思ってます」

 そう言うと、カレンは顔を伏せた。
 ハンカチを取り出し涙を拭いている。
 雄一は思った。
 そして学んだ。
 桜子の様な優れたエンジニアでも、周りの環境が最悪だと優れた技術は発揮出来ないのだということを。
 プロジェクトはチームで行うものだ。
 彼女の力はチームの優れた連携と、しっかりとした管理の中でこそ発揮出来るものなのだ。
 雄一は、ある一つのことを誓った。
 それは彼女をエンジニアに引き戻すための説得材料でもあった。

「大井さん、今日は長い時間ありがとうございました。これで、何とか彼女をエンジニアに戻せそうです」

 雄一が礼を言うと、カレンはこう応えた。

「役に立ててうれしいです。あっ、こちらも一つお願いしていいですか?」
「どうぞ」
「エンジニアになった安田さんと飲み会のセッティングをしてください。あの人、飲みに行くっていう約束をまだ守ってませんから」

 カレンと別れた後、近くの歯医者に寄った。
 緊張が解け、痛みがぶり返してきたからだ。
 欠けた歯の治療を済ませ、福島課長に電話を入れた。


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 次の日、始業前--

「そうか、そこまで辿り着いたか」

 福島課長は感心したように頷いた。
 雄一はカレンから聴いたことを話した。
 桜子の過去を辿ることで、様々なことを学んだ。

「確かに、お前の言う通り安田は潰された。だが、それはあのプロジェクトのせいだけじゃない」

 福島課長は腕を組んで、眉間にしわを寄せた。

「病院に見舞いに行った時、あいつは『エンジニアを辞めたい』そう言った。そして理由をこう言った......」

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「こうなることが分かっていながら、私は何も出来なかった。すいません。私はエンジニア失格です」
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 雄一は桜子が障害対応をしていた時の姿を思い出した。
 あの生き生きした姿と、彼女がエンジニアを辞めたいと言ったことが結び付かない。
 だが、現に彼女はエンジニアでなく総務として働いている。

「ハクション!」
「大丈夫か?」

 すいませんと一言伝え、雄一は鼻をかんだ。
 昨日、雨の中ずぶぬれで土下座を繰り返したせいで少し風邪気味になっていた。
 真剣な話の途中で素っ頓狂なくしゃみを繰り返す自分は、どうにも二枚目キャラには程遠いと思った。

「安田は自分を責めたが、あいつは悪くない。むしろ、あいつを派遣し、あいつの上げ続けた警告を受け止められなかった我々にも責任がある。だから、会社を辞めるというあいつを引き留めて総務の仕事を与えた」
「課長、大井さんの話を聴いているとそれは仕方ないこと......だったと思いますよ。タイキとうちの間に別の会社が入っていたんですよね。であれば、うちは蚊帳の外で安田さんをコントロール出来る権限が無いのは当然のことです。むしろ、こういう仕事のさせ方がまかり通っている業界全体の問題でもあるんじゃないですか?」

 準委任契約で一人派遣されていた桜子は、DFプロジェクトで彼女の労務管理をする者は居なかった。
 タイキソフトウエアは間に入った馬場テクノロジーを飛び越えて直接、桜子に指示を出す。
 これは違法行為なのだが、業界の慣習というか必要悪として認められていた。
 キャパシティオーバーでもその職場で彼女を守ってくれる者はいない。
 責任感のある彼女は、それを受け入れ続けた。
 あの事故が無くてもいつか彼女は、壊れていただろう。
 もうそんなことはあってはならない。
 エンジニアとしての桜子を生かす場は、自分が作る。

「彼女をチームに入れるための材料は揃いました。あとは説得するだけです」

 福島課長は頷いた。

「だけど、安田は今日から一週間ほど研修で居ないぞ」
「研修っ!?」
「本人の希望で海外に語学と経理、総務の研修を受けに行っている」
「何で行かせたんですか!?」

 雄一は福島課長が敵なのか味方なのか分からなくなった。

「だって、あいつが行かせてくれって言うんだもん」
「言うんだもんって、そうじゃないでしょ! そこは止めてくださいよ。安田さんをエンジニアに戻すのは課長の希望でもあるんですよね?」

 慌てふためく雄一に福島課長は制するようにこう言った。

「今すぐにエンジニアとしての安田の能力が欲しいのは、お前が府中屋の提案で勝利したいからだろ? 私もあいつがエンジニアに戻ってほしいが、それは今じゃなくてもいいと思っている。今はあいつの希望通りのことをさせて、戻りたくなったら自然に戻ればいいと考えている。それに、あいつは総務の仕事にも向いているしね」

 福島課長はニヤリと意地悪そうな顔をした。

「辿り着くのがちょっと遅かったね。有馬君」
「くっ......」

(この人は、俺に何かと試練を与えて、そこから何かを学び成長することをいつも期待している。今回も何かを学ばせようとしているのか?)

「彼女はどこで研修を受けてるんですか!?」
「A国だ」

 我が国ニッホンと同盟関係にあるIT先進国の代表であるA国。
 ニッホンから飛行機で一日半は掛かる。
 雄一は彼女に会いに行こうにも、そんな時間はどこにも無かった。
 まず、一週間後に迫った府中屋のコンペまで時間が無い。
 その準備に追われていた。
 何より、障害対応も毎日のように降って湧いて来る。
 その対応を早急に行わなくてはならない。

(安田さんに、ここに来てもらうしかない......)

「有馬、府中屋さんから電話だ」

 中山が内線片手に、二人の間に割って入って来た。
 打ち合わせ中に取り次ぐということは、急を要する対応なのだろう。
 憂鬱な気分で電話に出た。


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 いつものブロック破損による障害が発生しているらしい。
 ディスクの老朽化から来る障害だった。
 以前から発生している問題で、最近は一日に三回はこれで緊急出動していた。
 その度に雄一は府中屋に出向いている。
 移動中、ぼんやりこう思った。

(テレポート能力でもあればなあ......)


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 府中屋のサーバ室に到着し、データベースサーバに向き合う。
 alertログを確認したが、画面が参照出来なくなったと言われた時間帯には特にエラーや警告などは出力されていない。
 念のためシスログも確認したが、異常は無い。

「報告書をお願いしますよ」

 会議室に戻った雄一に開口一番、目白部長はそう言った。
 目白部長の向かいには竹芝の新堀が座っている。
 仲間内で打ち合わせでもしていたのか。
 毎度のように報告書の作成を依頼されたが、今回は作成の必要は無い。
 なぜなら、

「障害なんか発生して無いですよ」

 冷めた声でそう言った。
 立ったままの雄一は、目白部長を見下ろす形になっている。

「そんなことは無いだろう。もう一度よく見て来てくれ」
「何度も見ました。何も起きてません!」

 そう言い切った雄一を、目白部長は眉根を寄せ睨みつけた。
 向かいにいる新堀は黙ったまま手元の書類に目を落としている。

「いい加減にしてくれませんか。私にだって作業があるんです。一日三回の内、こうして一回は間違いで呼ばれてたら時間がいくらあっても足りません」
「画面が参照出来ないっていう問い合わせがユーザから来たんだ。我々は君たちにそれをエスカレーションして確認してもらい、問題無いことをユーザに伝える必要がある」

 自社から府中屋まで地下鉄で三十分ほど掛かる。
 往復で一時間。
 対応には三十分掛かる。
 一回で一時間半。
 三回で四時間半だ。
 その内一回が誤報で、雄一にしてみれば一時間半のロスだ。

「これからは目白部長がデータベースサーバのログを確認してもらえませんか。それでエラーが発生していたら私を呼んでください。手順書はこちらで用意させていただきます」
「おいおい、障害の原因がデータベースとは限らないだろ? 色んな障害パターンが考えられるから君を呼んで調査してもらってるんじゃないか? それとも無数にある障害パターンごとに手順書を作ってくれるのかい? そっちの時間の方が掛かるだろ?」

 雄一に視線を向けることも無く反論してきた。
 こんな小賢しいことを仕掛けて来る理由はだいたい分かっていた。
 だが、それを口にしてしまっては元も子も無くなる。

「そうまでして、俺たちの提案活動を邪魔したいんですか?」

 だが、つい口に出してしまい、自分でも多少狼狽したがこのまま突っ走ろうと思ったのも事実だった。

「そんなにしてまで目の前にいる竹芝を勝たせたいのかよ!? 競い合っていいものを作るのが本来のビジネスのあり方だろ! 俺たちだって御社のためにより良い提案をするために努力してんだ! そのための時間を奪うんじゃねぇ!」

 いつものように目白課長が怒り出すかと思ったら、口の端に笑みを浮かべてこう言った。

「そうそう、そうやって怒りのパワーを提案書に還元してくれよ。期待してるよ」

 この対応には拍子抜けしたし、何より不気味なものを感じた。


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 外階段を降り工場の横を通り通用口を出ようとした時、何者かに声を掛けられた。

「有馬さん、私もこれから自社に戻るんです。途中までどうですか?」

 新堀だった。
 笑顔で親し気にそう言われては、断る気にもなれなかった。

「一緒に頑張りましょう」
「お......おう」
「我々が有利なのは変りませんが、それは持って生れた運というか環境の問題ですよ。私は有馬さんが努力だけでどこまでやれるか楽しみなんです」

 こいつは、こんな嫌味を言いたいためにわざわざ追いかけてきたのか。
 なら、言い返してやる。

「負けねえよ」
「え?」
「背負ってるもんが違うんだよ」

 彼女を救えるのは俺だけだからだ。

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

仕方ないこと「っ」だったと思いますよ。


「俺たちだって御社のために」
ぶっちゃけつつも「御社」と呼んでるのが仕事人間ですね。

湯二

VBA使いさん。

いつも指摘とコメントありがとうございます。
アレンジして修正しました。


ちぐはぐな話し方の方が面白いかなと思ってそうしてます。
気付いてくれて嬉しいですね。

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