常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第十五話 聖域の中の彼女<前編>

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 安田桜子は開発環境にテーブルを作成した。
 元々は開発チームが主体でこういった作業は行われていたのだが、今では桜子の担当になっていた。
 彼女の仕事はデータベースの設計、構築、運用といったインフラ作業がメインのはずだった。
 こういった開発チームよりの作業は、面談で確認した時は「無い」との回答を貰っていた。
 だが、最初に決められた作業範囲というのは守られないのが常だった。
 開発チームではドラゴンファンタジーのバージョンアップ作業が佳境に入ったことで、テーブル作成などといった補助的な作業を行っている暇が無くなってきた。
 いつしか、桜子にはこの際データベースの1から10まで全てをやってもらおうということになった。

(また一つやることが増えた)

 桜子はそう思ったが、嫌な気分はしなかった。
 色々と任せられ頼りにされるというのは、自分が必要とされていることを実感出来た。
 それでも月日が経つにつれ、この状況がだんだんと重荷になって来ていた。
 自分にしか出来ないこと、自分しか知らないことが増えて行くことに不安を感じる。
 データベース周りの作業だけでもかなりの負担だった。
 それに加えて障害が突発的に発生した場合、復旧、原因調査、対策検討、報告書作成など、やるべきことが倍以上になり、多忙を極めた。
 そのせいで、本来の仕事がスケジュール通り進まない。
 深夜残業をすることでそれらを一つ一つこなしながら帳尻を合わせていた。
 そんな中でデータベース以外の作業も行っていた。
 テストデータ作成補助、サーバ運用に関わるシェル作成、ジョブの運用ルールやスケジュール作成、プログラムの配布、時には画面PGにまで作業は及んだ。
 そして、その中には大井カレンという新人プロパーへのDBA教育も含まれていた。
 データベースエンジニアとして派遣された桜子が、何故これだけの仕事を任せられているのか。
 それもこれも、桜子が準委任契約で派遣されたからである。
 そのため、データベース以外の作業まで依頼されていた。
 彼女はステイヤーシステムの社員として、ここで作業していない。
 自分が所属する会社とタイキソフトウエアの間に、馬場テクノロジーという名前だけの会社を通して派遣されているからだ。
 従って、作業指示については馬場テクノロジーが行うはずだが、そこを飛び越して直接タイキの人間が行っていた。
 これは違法行為だった。
 だが桜子は、それをこの業界の必要悪だと思うことにしていた。
 そのことにいちいち目くじらを立てている余裕が無かった。
 次々に降り注ぐ作業を桜子は淡々とさばいて行った。
 残業時間は月に100時間近くになって来ていた。
 まだ彼女の許容範囲だが、多少体の疲れは出て来ている。
 福島課長や社長にはその都度、警告を上げているが......

「すまない。残業代は弾むから」

 会社としては前年度に失敗した請負案件の赤字を少しでも解消するために、社員総出で外貨を稼ぎに行っていた。
 桜子もそれは十分承知している。
 だが、これ以上はやばいと思っている。
 何より、一定の品質を保つための時間が足りない。


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「安田さん、今日の20時から最新プログラムの配布作業をお願い出来無いでしょうか?」

 朝会でプロジェクトマネージャーの浦河美雪がそう依頼すると、桜子はこう返した。

「今日は、同じ時間に本番データベースのパッチあても予定しています。配布作業をする余裕はありません。他の人にお願い出来無いでしょうか」
「えっと......じゃ、大井さん、あなた出来る?」
「大井さんは私の作業のチェッカーです」

 DFプロジェクトでは原則、作業者とチェッカーの二名体制で本番作業を行う。
 作業者一人だと思い込みや、手順以外のことを行ってしまう。
 それは本番障害という事故に繋がる恐れがある。
 そこで、作業者に対してチェッカーという監視役を付けることで、そういったことを抑止しようとしているのだ。

「今日の最新バージョンのリリースはユーザに告知済みで、今更作業スケジュールは変えられないわ。特例ということで、データベース作業は安田さん。プログラム配布は大井さんでお願いします」
「ちょっと待ってください。本番作業は二名体制のはずですよね? そう簡単に方針を変えて問題無いんでしょうか?」

 簡単にプロジェクトの方針を変える美雪に対して桜子は情けなさを感じた。
 何かにつけていつも反論してくる桜子を、美雪は嫌っていた。
 だが、技術的なことを桜子に頼りきりの今の状況では、腹立たしくても切るに切れないのだった。

「今回は急なことなので仕方ありません」

 眉間にしわを寄せ、美雪はそう返した。
 二人を中心に会議室には硬い空気が漂った。

「......すいません。私、プログラムの配布作業したことありません」

 沈黙の隙間から、おずおずとカレンが手を上げ発言した。

「なんですって?」
「いつもチェッカーとして安田さんに付いていたので実作業は行ったことがありません。なので、この作業をしたことがある人と作業したいのですが......」
「ちゃんと手順書があるでしょう? その通りやれば一人でも出来るでしょ?」
「そうは言っても一度もやったことが無いので、不安です......」

 その言葉を受け、美雪は苛立ったような顔をした。

「情けないわね。じゃ、大井さんの代わりに、他のメンバーで配布作業出来る人、手を上げてください」

 と、周囲に促したが、他のメンバーは手を上げないどころか美雪に視線を合わせることも無かった。
 メンバーの一人が控えめに発言する。

「プログラムの配布については安田さんに任せきりで、私たちは仕組みすら分かりません......」
「え?」
「いつも安田さんにコンパイル済みのクラスファイルを渡して後はお任せしています。手順書を見ながら作業しても何かあった時対応出来ないです」

 コツコツ......
 ペンの先端を机に叩き付ける音が響く。
 音の正体は美雪だった。
 自分の言うことを聴かないメンバー達に苛立っているようだ。
 会議室は険悪な雰囲気に包まれていった。

「安田さん! ちゃんと皆に引継ぎというか、周知しておいて下さい」
「私は引継ぎのための打ち合わせを調整するように浦河さんにお願いしました。いつになってら設定してくれるんでしょうか。ずっと、私フォローしてましたよね?」

 桜子は美雪に対してそうやり返した。
 痛いところを突かれた彼女は、唇を噛み締めこめかみに青筋を立て黙り込んでいる。
 朝会が進まない。
 桜子は何も生まない長いだけの会議は無駄だと思っている。

「基本的には配布したいプログラムを手順書に書かれているNASのディレクトリに置くだけです。そのとき注意するのは権限と所有者をきちんと設定すること。配布プログラムはNASに置いたものを一台ずつアプリケーションサーバに配ります。プログラムの動作を具体的に説明すると、一旦ウエブサービスを停止して、コピーコマンドで指定の場所にコピーしてウエブサービスを再起動するだけ。手順としてはrootユーザで配布プログラムをキックするだけです。手順書通りやれば誰でも出来るはずです。心配なら一度開発環境で試してみて下さい。以上」

 早く無駄な会議は終わらせて自分の作業に集中したい桜子は、一気に配布の仕組みを説明した。
 20台のアプリケーションサーバには同じプログラムが配置されている。
 それを変更のたびに一台ずつログインして配置するのは時間と手間が掛かり過ぎる。
 そこで、美雪が桜子に配布の自動化について設計・作成するように指示した。
 今では特定の場所にプログラムを配置することで、全台一気に自動配布するような仕組みになっている。

「浦河さん、一緒に仕様を考えましたよね? あなたが作業者になったらどうですか?」
「くっ......」

 美雪は悔しそうに呻いた。
 桜子の説明も虚しく、他のメンバーは自分の仕事が忙しいだとか、その時間は打ち合わせがあるだとかで、作業者として名乗りを上げなかった。
 無理もない。
 それぞれが自分のリソースギリギリで働いている環境なのだ。
 それは桜子とて理解出来た。

(仕方ない......)

 ため息が出た。

「浦河さん。最新バージョンのリリースは何時ですか?」
「21時からです」
「じゃ、20時からの私の作業を30分で終わらせます。その後すぐに配布作業に取り掛かります。二つの作業のチェッカーは大井さん、お願いします。」

 カレンは桜子に向き直られ、了解とばかりに頷いた。

(バッファなんか最初から無いと思って、超特急でパッチあて作業を終わらせればいいだけのこと)

 桜子はそう思ったら、ドッと疲れが出て来た。
 そして、美雪に対してつい嫌味が口をついて出てしまった。

「そもそも、ちゃんと各メンバーのタスクを把握して置いてもらっていいですか? こういう作業のバッティングとか起きて、人のアサインもままならないですよ」

 朝会が終わり各自めいめいに自席に戻って行く。

「派遣の分際で」

 美雪の横を通った時、そんな言葉が微かに聴こえて来たような気がしたが、無視した。


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 20時--
 ソフトパークセンタービル12階。
 そこにはドラゴンファンタジーで使用する開発サーバが整然と並んでいる。
 ちなみに本番サーバは遠隔地にあるデータセンターに置いてある。
 桜子は本番データベースサーバに接続可能な端末の前に座り、パッチあての作業を行っていた。

「安田さん、あんまり浦河さんに文句言わない方がいいですよ」

 データベース再起動中の待ち時間に、チェッカーのカレンが話し掛けて来た。

「何で?」
「あの人怒るとおっかないですから」

 朝会でのやり取りが思い出される。

「分かってるよ。けど、エンジニアとしてコードの一つも書いたことが無い人に管理されたくないし、それにあの人、その管理の仕事もちゃんと出来てないしね」
「浦河さんだってPMになったばかりでまだ慣れてないんですよ」

 DFプロジェクトはドラゴンファンタジーのリリースとともに急拡大したプロジェクトだった。
 メンバーも若く、チーム全体に経験が不足していた。
 特にPMになったばかりの美雪は、プロジェクト管理というものに慣れていなかった。

「あんまり楯突いてると、契約切られちゃいますよ」

 冗談ぽくカレンがそう言った。

「ふふふ、切れるものなら切ってみなさい。私が握ってるものがどれくらいあるかも知らないくせに」

 桜子は意地の悪そうな笑顔を作って見せた。

「実際、安田さんにほとんどインフラ系の技術的な作業が行っちゃってますよね。ほんと、プロパーとして申し訳ないです」
「そう思うなら、あなたもさっさとデータベースを覚えて私を楽にさせてね」
「はい」

 ペコペコお辞儀するから、その度に長い黒髪がフワフワ揺れた。
 桜子にとって、このホンワカとしたカレンと話している時だけが、唯一心が休まる時間だった。
 
「データベース正常稼働確認OK。次は、急きょ入ったプログラム配布よ」
「はい」

 開発チームから受け取ったクラスファイルや設定ファイル一式が入ったUSBを端末に突き刺した。
 中の資材をFTPで本番のNASにアップロードした。
 手順通り配布プログラムを実行し、完了まで待つ。

「浦河さんに話しても聴く耳を持ってもらえないけど、今の状況って凄くプロジェクトとして危ない状態よ。私が色んなものを受け持ってて、実際に何をやってるか知らないってことは、私がある日突然事故でいなくなった時に、誰も出来る人がいないってことなのよ。組織として会社として、一人抜けたからってサービスの質を落とすわけにはいかない。でもこのプロジェクトでは、その当たり前が出来てないのよ」
「はぁ......」
「いわゆる属人化ってやつよ。覚えときなさい」
「安田さん、事故なんて滅多に遭わないですよぉ! それに上手く作業が進んでるじゃないですか? 各人が得意なものを受け持ってて何が悪いんですか? 職人みたいでカッコいいじゃないですか」 
「あなた楽観的ね。まだ何も起きてないからそんなことが言えるのよ。配布のプログラム一人で改修できる? 今の開発環境の状態分かる? 本番環境でこの先追加予定のジョブがどれくらいあるか知ってる?」

 全ての作業が桜子に集中し、その中身はブラックボックスで誰も理解出来ていなかった。
 理解しようにも皆、そう言った時間は無く、自分の作業に追われていた。
 とりあえず桜子がいれば何とかなる。
 みんなそう思い、彼女に任せきりだった。

「安田さん......」

 カレンに呼び掛けられた桜子は、ディスプレイを見つめたまま頷いた。
 「配布完了」のメッセージを確認し、カレンの方を向いた。

「私、安田さんが私の教育担当ですごく良かったと思ってます。他の人だったらこれだけ多くのことを学べなかった。だから事故に遭うだなんて縁起でもないこと言わないでください。ずっと......ここにいてくださいね」

 カレンは泣きそうな顔で桜子に向かってそう言ったかと思うと、すぐに笑顔に戻りこう続けた。

「落ち着いたら、飲みに行きましょーね!」


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 オンラインゲームは矢継ぎ早に最新バージョンをリリースしなければ、ユーザから飽きられ他のゲームに乗り換えられてしまう。
 それはドラゴンファンタジーも同じことで、バージョンアップに次ぐパージョンアップでユーザの期待に応えていた。
 その裏で現場の疲弊甚だしいものがった。
 
 派遣されて三カ月経ったころ、桜子の仕事量は更に増えて行った。
 増える仕事に対して彼女も淡々にこなしていたが、こなせる量にも限界がある。
 桜子が有能でも、流石に作業の抜け漏れが出て来ていた。
 例えば、開発環境から本番環境に接続出来る環境を野放しにしてしまったり、手順書についても開発手順書でありながら本番のIPアドレスが書かれたものを作成して気付かないままだったりした。
 そして、これらの手順書のレビュー、環境の確認など、他のメンバーは行う時間も無く、PMの美雪もそう言った場を設定する余裕が無かった。
 体制や管理を見直す時間が無く、兎に角、目の前の問題を早急に対応することだけが求められた。
 個々の作業について何かあっても振り返る時間も無く、まるで止まることが出来ない暴走寸前の機関車のようになっていた。
 インフラ作業に関してはそのほとんどが桜子に属し、彼女しか立ち入ることの無い聖域がそこかしこに出来ていた。
 それは他のメンバーにも言えた。
 各自がそれぞれの聖域を持ち、皆、自分のことで手いっぱいになっていた。

つづく

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