常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第十四話 彼女に傷付けられた彼女

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 翌日18:00--

 夕方から降り出した雨は、定時を回る頃にはさらに激しくなっていた。
 降り注ぐ無数の雨粒が雄一の頬や肩を濡らした。
 彼の持つ小さな折り畳み傘じゃ雨はしのげない。
 靴の中に入り込んで来た水滴で足の裏はグショグショだ。
 空を見上げた。
 空は黒く重たそうな雲に覆われ、そこに突き刺さる様にソフトパークセンタービルがそびえ立っている。
 今日も桜子の秘密を握る女、美雪を出待ちしている。
 タイキソフトウエアの勤務時間は10:00から19:00、これは該社のホームページから調べた。
 昨日までに三日連続出待ちしているが戦績は以下の通りだ。

 初日 :19:30に出て来た。声を掛けたが無視される。
 二日目:裏口から帰ったのか、コンタクト出来ず。
 三日目:つまり昨日。20:00に出て来た。


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 昨日20:00--

「あなたいい加減にしてくれませんか? 警察呼びますよ」

 突然現れ駆け寄って来る雄一を、制するようにその男は言った。
 男の数歩後ろには美雪が不安そうな面持ちで腕を組んで立っている。

「すいません......突然訪問して。ちょっと浦河さんと話がしたいんです」
「彼女はあなたと話したくないそうです」

 美雪の代わりに雄一と会話するこの男は一体何なのか。
 見たところ三十代後半くらい、短髪で精悍な顔立ち、浅黒くガッチリとした体つきだ。
 ガードマンか何かでも連れて来たのか。

「美雪ちゃん、こいつ痛めつけてもいい?」

 雄一が引き下がらないので、業を煮やしたのか男は拳を振り上げ殴りかかる素振りを見せた。
 彼女のことを名前で、しかも「ちゃん」付で呼ぶくらいだから彼氏か何かか。
 どちらにしても職場恋愛とは羨ましい。

「やめて。暴力沙汰なんて私にも迷惑が掛かるから」

 美雪は男にそう言って聞かせると、雄一の方に向き直った。

「今日までは許します。今後二度と現れないでくださいね。次は本当に警察を呼びますから」


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 これはストーカーの一種なのか......自嘲気味にそう思いながらも、懲りない雄一は突き動かされるように今日も美雪を待っている。

(今日はあの男を伴って来ることは無いだろう)

 と、楽観的に考えている。
 昨日、脅され釘を刺された雄一は怯え切った様子を装い二度と姿を見せないことを誓った。
 これで美雪は安心して今日は正面玄関から出てくるだろう。
 しかも今日は大雨だ。
 こんな日にまさか出待ちしてるなんて思いもしないだろう。
 ビルの自動ドアが開き、長身のスラリとした女が現れた。
 傘を取り出しそれをポンと広げた。

「浦河さん......」

 雄一は彼女の視界にゆっくり入り込むように、おもむろに現れた。
 黒ぶちメガネのレンズの下にある大きな黒い瞳が、ひと際大きくなったような気がする。
 意表を突かれた彼女は何も言えないでいる。

「お願いします!」

 折り畳み傘を投げ出し、滝のような雨の中、雄一は土下座していた。
 浅瀬のように水を湛えたアスファルトの上にひざを折り、額をこすりつけ大声で嘆願を続けた。

「彼女が、DFプロジェクトでやって来たこと、どうして事故が起き、エンジニアを辞めて行ったのかを教えてください! 彼女をもう一度エンジニアに戻すためには過去を見つめ直し、前に進ませるしかないんです! お願いします! 今の俺には安田桜子の力が必要なんです!」

 激しくアスファルトを叩きつける雨の音に負けじと、思いの丈をぶつけるように叫んだ。
 だが、美雪は不快な表情を浮かべたまま雄一を見下ろしている。
 前に進むには雄一を跨いで行く必要がある。
 人として躊躇しそうなその行為を美雪はそそくさと行い雨の中一人、バス停を目指して歩いて行く。
 その無情の後姿を追いかけ、追い越し、行く手を遮るように土下座をした。
 水溜りに膝をついたことで、泥水が激しく飛び散り美雪の黒いスーツにシミを付けた。

「全く。あなたもあの女にそっくりね。押しつけがましくて、自分の主張ばかり。周りの言うことは一切聴かなかった。だからああいうことになったんだけれど......。ああ、もう話したくも無い」

 今の発言から美雪と桜子の間で何か確執があったのは明らかだ。
 バスがやって来た。
 行かせまいと足元に縋りつこうとする雄一を、美雪は追い払おうと足をトゥーキックのような形で振り出した。

ガキィッ!

 何かが欠ける音共に白い塊が一つ地面に落ちた。
 雄一の口から血が流れている。
 美雪はその様子を見て一瞬躊躇したかのように見えたが、逃げるようにバスに乗り込んだ。
 ハイヒールの踵が前歯にクリーンヒットしたのだ。
 欠け落ちた前歯を拾い上げ立ち上がろうと空を見上げた時、視界に薄ピンク色の雨傘が入って来た。

「大丈夫ですか?」
「は......はい」

 女は雄一を傘に入れてあげると、ハンカチを差し出した。

「す......すいません......」

 雄一はそのハンカチを手にしたがそれを口に当てていいものかどうか迷っていると、その様子を見た彼女はOKとばかりに頷いた。
 ハンカチは柑橘系の良い香りがした。

「まったく、何の理由かは分からないですけど。浦河さんを追い回すのはやめた方がいいですよ。あの人彼氏いるし。あと、仕事でもプライベートでも怒らせると本当におっかない人ですから」

 この女は美雪の同僚か何かか。
 遠くから雄一と美雪のやり取りを見ていたのだろうか。
 彼女の胸元に目が釘付けになった。
 首からぶら下げたパスカードに書かれた名前に見覚えがあったからだ。

「タイキソフトウエア株式会社 ゲームアプリケーション開発部第一課 大井カレン」

 カレンは職場に戻るのか、踵を返してビルの方に戻ろうとした。

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「私の部下を傷つけた」
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 これは美雪の言葉だ。

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「タイキでキーになる人間は浦河さんだけじゃない」
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 福島課長のヒントだ。
 彼女の背中を見た時、雄一の頭の中に何かが閃いた。

「何ですか?」

 雄一に袖を掴まれたカレンは怪訝そうな顔をした。

「大井カレンさんですよね?」
「は......はい」
「安田桜子のことを知ってますね」

 彼女が息をのむのが分かった。


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 昨日の夜、捜査に行き詰った雄一は、何かヒントは無いかとゲーム内から見ることが出来るスタッフロールを眺めていた。
 その中にカレンの名前はあった。
 上から下にゆっくりと流れていく名前の羅列の中にデータベースエンジニアとしてカレンの名前は存在した。
 担当が担当だけに彼女のことが引っ掛かってはいた。

「ごゆっくりどうぞ」

 雄一の前にはアイスコーヒー、カレンの前にはメロンソーダが置かれた。
 ソフトパークセンタービルの地下に入居する珈琲店シャポールで二人は向かい合っていた。

「安田さんの会社の方なんですね......」
「はい。ステイヤーシステムの有馬です」

 そう言いながら雄一は名刺を差し出した。
 カレンもそれに応えて名刺を出す。
 長い黒髪には多少の青みが入っていて軽くパーマの掛かった毛先がブルーに透けて見える。
 丸くて茶色い瞳と小さな口は小動物のようだ。
 彼女は唇をすぼめて紙ストローからメロンソーダを啜っている。
 初対面の雄一に緊張して喉が渇いていたのだろうか一気に飲み干し、ズズッと音がする。

「あの人は......今どうしているのでしょうか?」

 ふぅと、息をついた彼女は雄一の顔を真っすぐに見た。
 雄一のかけたカマは見事に当たった。
 データベースエンジニアというからには同じ職場で桜子と関わり合いがあったかもしれない。
 そして、見たところカレンは美雪より若かったし、彼女の言葉から美雪は上司であろうことが推察出来た。
 福島課長のヒントも後押しした。
 今の雄一は恥も外聞も構っていられないし、方法何て選んでいられない。
 可能性があれば何でもやってみる、そういうつもりで彼女に声を掛けた。

「職場で総務の仕事をしています」
「......そうですか」

 彼女の表情が少し暗くなったような気がした。
 雄一は今の彼女の状況と、自分の立場を伝え、そしてカレンの知っていることを教えて欲しいと訴えた。

「浦河さんがそんなことを言ってたんですか」

 上司である美雪にとってカレンは可愛い部下であり、それを傷つけた桜子は憎むべき相手だった。

「安田さんにはお世話になりました。彼女からは色々なことを教わりました」

 そう言うと彼女は雄一に向かってお辞儀した。
 意外な答えが返って来た。
 美雪は桜子を恨んでいたが、傷つけられたとされるカレン本人はそうではないらしい。

「四年前、私が入社二年目だった頃に安田さんはDFプロジェクトに派遣されて来ました。その時ドラゴンファンタジーはリリースしてから一年目で利用ユーザも増えて来ていてようやく軌道に乗って来たという感じでした。凄腕のデータベースエンジニアとして派遣された安田さんは、逃亡した前任者が作り掛けたまま残して行った課金データを管理するデータベースとゲーム内で重要な役割を果たすキャラクター属性を管理するデータベース二つを任されました」
「来ていきなり即戦力ですか......」

 システムには利用者数という観点から見ると大きく二つに分けることが出来る。
 利用者数が予測出来るタイプと、予測出来ないタイプだ。
 その中でもデータベースは利用者数によって、設計や性能に大きな影響を受ける。
 例えば社内システムのようなインターネットにつながっていない閉域網で使われるシステムは利用者数を把握し易い。
 多く見積もっても全社の人数が利用者数の上限と考えれば、それを元に設計をし性能を担保することが可能だ。
 反対に、インターネットから利用されるショッピングサイトや桜子が関わったオンラインゲームのようなシステムは利用者数を把握し辛い。
 昨日100人だったのが今日は1000人というように、不特定多数がその日のニュースや天候、イベントの状況、そして気分でアクセスしてくるので当初の予測が当たらないのである。
 利用者数が増えれば当然それをさばくサーバにも負荷が掛かり、当初の目標値を出せないことだってある。
 それを防ぐために複数のノードを用意して置いて過負荷に対応出来るようにする。
 またはクラウドで自動的にスケールアウト出来るような仕組みを用意する。
 アプリからアクセスして最後に辿り着くデータベースは最も性能を要求される。
 つまり、それを維持するために高難度の技術と、複雑な運用が必要になるのは必然だった。
 そんなデータベースを来てすぐ任されたら雄一なら、プレッシャーで押し潰されたことだろう。
 それを四年前の桜子、若干二十三歳はやってのけていたのだ。

「安田さんを雇ったのはもう一つ目的があります」
「それは一体?」
「私をデータベースエンジニア、つまり社内のDBAとして育成、教育するためです」

 アプリゲーム開発でヒット作を飛ばして行こうと考えているタイキソフトウエアにとって、DBAは必須の存在だった。
 カレンが言うには、準委任契約で派遣された桜子はデータベース担当というのは表向きで実は他にも色々なことを任されていたそうだ。
 その中にはカレンへの教育も含まれていたというわけだ。

「PMだった浦河さんの考えでは派遣を無くし、いずれは何でも内製でやって行こうと考えていたんです。要は技術やノウハウを蓄積して行きたかったんだと思います」
「でも、それって難しいでしょう。足りない部分はどうしても出て来るし、すぐに特定の技術が欲しい場合だってある。そんな時は外から人を一時的にでも呼ぶしかないでしょう」
「確かにそうです。だけど、あの人にはそれを推進する大きな理由があります。元自分がいた会社、つまり親会社であるアイアンキングにその点だけは負けたくなかったんだと思います」

 美雪は親会社から子会社へ出向されたのだ。
 それが彼女の望むことで無かったのは、カレンの発言でよく分かった。
 美雪の野望の真の目的は、親会社を見返すことなのだ。

「私は安田さんから時に厳しく、時に優しくデータベースのイロハを教わりました。恐らくこの頃が私にとって一番充実していて一番成長した時期だと思っています。彼女は浦河さんの考えを知らなかったわけでは無いと思います。それでも、忙しい業務の中私に沢山のことを教えてくれました」

 雄一はセントライト化粧品での障害の時、桜子から実地で激しい薫陶を受けたことを思い出していた。
 あれをもう一度。
 そう願う雄一にとって、四年前のカレンの環境は桃源郷のようだ。

(ん? 全然順調だぞ。事件なんか起きそうもないが......)

 カレンの話は続いたがあの大事件と結びつく気配が無い。

「ちょっと待ってください。別に話を急がせるわけでは無いですが、安田さんが辞めるきっかけって何だったんですか?」

 そう訊くついでに、ネットからプリントアウトしたニュースサイトの記事を卓の上に並べた。
 自分でも調査した四年前の事件のことを話した。

「......分かりました。話しますね」

 意を決したようにカレンは語り出した。

つづく

Comment(4)

コメント

通りすがり

浦河?浦川?

VBA使い

「靴の中入り込んで」
>「に」が抜けてます。


「可能性があれば何でもやってみるそういうつもりで彼女に声を掛けた。」
>間に「、」がいるかな?


「どちらにしても職場恋愛とは羨ましい。」
このシチュエーションでこういう思考ができるって、肝が座ってて羨ましいです。

湯二

通りすがりさん
指摘ありがとうございます
浦河ですね
後で修正しますm(._.)m

湯二

VBA使いさん
指摘ありがとうございます
職場でスマホからコメント確認しました
修正は家のパソコンでまとめてやります
読みにくくてすいませんm(._.)m


修正しました。


>このシチュエーションでこういう思考ができるって、肝が座ってて羨ましいです。

意外に度胸あるというか、バカという設定です。

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