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【小説 失格のエンジニア】第十三話 脅威となる彼女

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 二日後--

 定時後、いつものコメダワラ珈琲店で三度目の提案チーム会議が行われた。

「有馬さん、昨日のライブお疲れ様でした!」
「......はい。ありがとうございます」

 会の始まりは決まって雑談から入る。
 福島課長がそうするようにと雄一に教えたからだ。

「何事もコミュニケーションが大事だ。仕事の話ばっかりしてても相手の本当のことは分からない。普段の雑談から、相手が何を考え何を必要としているのか、アンテナを立てて聴く耳を持てばそこから仕事のヒントを見つけることが出来る」

 今日は美穂が話したがっている昨日のライブの話題からスタートした。
 だが、雄一としてはこの話題には触れたくなかった。
 何せ、昨日のライブは人生で二番目に最低な内容だったからだ。
 ちなみにワーストNo1は、十九歳の時に行った人生初のライブである。
 あの時は、緊張の余りガチガチでメンバーからは「冷凍食品のようだった」と評された。
 手が汗でグチョグチョになり、スティックが滑って客席に飛んで行った。
 その後はパニックになりどう演奏したのかよく覚えていない。

「ドラムとベースだけのバンド何て私には斬新で新鮮に見えました。それに有馬さんの歌も聴けましたし」

 無邪気な笑顔の美穂を見て多少は嬉しくなったが、それをもって自信を取り戻すということは無かった。
 身内が欲目を持って昨日の雄一のプレイと歌を聴いたとしても、せいぜい100点満点中10点がいいところだろう。
 兎に角初めてのライブでガチガチの中山と、歌とドラムがどっちつかずの雄一の演奏は、ファンだとしても聴けたものでは無かったはずだ。
 だから、若干美穂の褒め言葉が作り物のように感じられ、そんな風に気遣われている自分がちょっと情けなくなる。
 気落ちしている理由はライブの出来が悪いだけじゃなかった。
 何と当日の対バンが、スズカ達のバンドだったということも尾を引いている。
 彼女たちのバンド「セクレタリアト」は、独特のグルーヴで観客の耳目を惹きつけていた。
 新ドラムの「フトシ」は他のメンバーが例えばTシャツにGパンとかラフな格好をしているのに、グラサンにモッズスーツというビシッとした格好で汗一つかかずにプレイしていた。
 正確無比なリズムキープは他のメンバーのリズムの細かいズレまでも許さない厳しさがあった。

「私は前の四人のプレイの方が、のびのびしてて好きだけどなあ」

 と、美穂はフォローしてくれたが、雄一にしてみれば自分よりレベルの高いプレイを見せつけられ久々の挫折感を味わった。

「ところで、今日のコンペってどうだったんですか?」

 今日は竹芝システムと日高情報サービスの提案コンペの日だった。

「あ、えっとですね。議事録、こっそり持ってきちゃいました」

 美穂はそう言うと、クリップでとめられた紙束を卓の上に置いた。
 それはコンペについての議事録だった。
 この提案チームの情報源として役に立つならと、議事録担当の美穂はそれをこっそりと会社から持ってきたのだ。

「何やってんだよ。会社の資料を勝手に持ち出しちゃダメだろ!」

 血相変えて笠松が怒り出した。

「笠松さん、なんでそんなに怒るんですか? 我々の提案の役に立つんならいいじゃないですか」

 雄一はなだめるように言ったが、彼の怒りは収まらなかった。

「会社の資料は外に持ち出しちゃだめだと決まりがあるだろ。それを破ったのがバレたらどうするんだ! 首になるかもしれないぞ!」

 ざっくばらんで、こういう決まり事を割となあなあで済ませそうな笠松からこんな言葉が飛び出すとは、雄一にとって意外だった。
 美穂も意外だったようで、目を丸くしている。
 前回の打ち合わせで雄一が美穂を連れてきた時も笠松は機嫌を悪くした。
 雄一は理解不能だった。
 何かやる時はいちいち彼の機嫌を窺う必要があるのだろうか。

「まあまあ、笠松さん。確かに会社の機密資料を我々が見るのは良くありません。ですが、あなただって自分を降格させたオペラキャピタルや目白部長に仕返ししたいんでしょ。元のポストにだって戻れるかもしれないじゃないですか。それに、あなただって既にここにいながら我々に情報を提供している時点で会社に対する機密を漏らしているんですよ。だったらこの議事録だって私たちにとっては必要悪ですよ」

 福島課長に説得され反論する言葉が見つからないのか、黙り込んだ。
 だが、まだ不機嫌そうだ。

「で、竹芝が勝ったんですか? それとも日高情報サービスが勝ったんですか?」

 そう問い掛ける雄一に、

「竹芝です」

 と、美穂は答えた。
 日高情報サービスは竹芝反対派の役員が選定した会社だ。
 社員二百名程で金融、会計系のシステムを得意とする県下では割と名の知れたシステムインテグレータだ。
 それが社員数三十名程度の竹芝に敗れた。
 どちらかが勝ったとしても、それが次の雄一の対戦相手になる。
 やはりというか大方の予想通り竹芝が勝った。
 多数の役員に贔屓されている会社は強い。

「兎に角、どうして日高が負けたのか、それを分析しよう。それが分かれば私たちにも勝つ方法が導き出せるかもしれない」

 福島課長の前向きな発言に勇気づけられた雄一は、受け取った議事録に目を通した。

「あ」

 思わず声を上げてしまった。
 竹芝に対して、反対派の役員が反論した部分がある。
 そこにはこう書かれていた。

役員A
「全てのオンライン処理の応答を三秒以内にというのは無理なのでは? 当初はパフォーマンスを維持出来たとしても、データは日々増えて行くものだし、ユーザの使い方だって変わる。そういったことを踏まえ、三秒以内ということをどう考えていますか? ただコストを掛けハードを増強することだけですか?」
竹芝
「私たちもシステムは日々変わるものだという認識です。良いハードを入れてパフォーマンスを担保したとしても、時間が経てばそれを維持出来なくなるのは良く分かっています。ですから、当初の目標を維持するために使用状況を見ながらハードの面だけでなく、実運用やアプリの面でも対応を入れていくつもりです。例えば、商品ごとの売上を検索する場合、数年に渡る長い期間でデータを検索するのは時間が掛かります。膨大なデータが検索対象になるからです。ですが、そんなに長い期間の検索をユーザは頻繁にするのか? エンドユーザにどんなデータをよく検索するのヒアリングしました。直近一年のデータが参照出来れば良いという意見を貰いました。よって、期間の指定が無い場合は、自動的に直近一年間を指定したことにして検索されるようにするなどの対策を入れていくつもりです。つまり、常にエンドユーザの実際の使い方と意見を取り入れながらシステムを改修して行くことでパフォーマンスを維持していく所存です」

 雄一は自分の考えていたことと、竹芝の提案が一致していることに驚いた。
 やつらは、自分の考えていることなど織り込み済みらしい。
 そう思った雄一は、酷く落胆した。
 竹芝はコストの面で突っ込まれることを考慮して、それに対する回答を用意していた。
 竹芝と初めてコンペをした時にも感じたが、やつらには技術的に優れた相談役と、協力しているエンドユーザでもいるのだろうか。

「これじゃ、負ける......」

 雄一は議事録の紙を握りしめ、呻いた。
 笠松と美穂を仲間に入れた。
 それによって、エンドユーザの意見を取り入れた提案が出来るようになった。
 それは雄一にとっての武器だったが、相手もそういったことが可能とあっては不利な状況は変わらない。
 別の部分で有利に戦うことは出来ないか。
 可用性、信頼性、機密性、保守性、保全性、システムには様々な指標があるが、そのどれかで竹芝を凌駕出来ないか。
 だが、今の雄一の知識ではそれが難しい。
 基本的に竹芝と同じことをやろうとするとコストが掛かる。
 例えば、竹芝と同じように可用性を実現するためにRACを導入しますと、宣言するのは容易い。
 ただし、それでは負けるのは火を見るよりも明らかだった。
 同じレベルの提案を同じやり方でやれば同じコストが掛かる。
 それだと贔屓されている竹芝には勝てないのだった。
 だからといって、雄一の経験と知識では今のシングルインスタンス構成のままで可用性を上げる方法など思い付くはずもない。

「有馬さん......」

 渋面の雄一に、美穂が心配そうに声を掛ける。

「そう言えば、凄い奴が味方になるかもしれないっていう話はどうなったんだ?」

 シロノワールを食べ終り、口元にソフトクリームを付けたままの笠松が問い掛ける。

「弊社の安田というデータベースエンジニアなんですが、なかなか本人と調整がつかなくて......彼女がいれば鬼に金棒なんですが」

 雄一はそう言いながら、福島課長の方を見た。
 だが、課長は特に何も答えなかった。

(ちくしょう......あくまで自分で何とかしろってか!)

「しかし、味方になったら我々の脅威だな」
「脅威?」
「あ、いや相手にとってか」

 笠松は右手を顔の前で振りながら、慌てた様子で発言を訂正した。
 何てことは無いただの言い間違いだとは思うが、雄一は胸の中で何かが引っ掛かった。
 会は特に新しいアイディアを生むことは無く、今日は虚しく解散となった。
 雄一は美穂と帰路を同じくしたい気持ちを抑え、福島課長と二人、コメダワラ珈琲店に残った。
 相談したいことが山ほどある。
 まず、桜子に関する調査状況を話した。

「だいぶ進んだじゃないか」
「はい......ですが、ここ数日行き詰っています」

 タイキソフトウエアに乗り込み、ドラゴンファンタジー開発プロジェクトのマネージャーである美雪に相手にされないこと。
 初対面で彼女から退けられた雄一は、その後もめげることなくタイキに通い詰めた。
 職場を定時で一旦抜け、タイキが入居するソフトパークセンタービルの前で美雪を出待ちし続けた。
 さながら、コンサート終わりのアイドルを待ち焦がれる熱心なファンのように。
 だが、彼女はそんな雄一を無視して通り過ぎていく。
 足早にやって来たバスに乗り込んでしまったり、果ては入り口からでは無く裏の通用口からでも出て行ったのか、お目に掛かれない日もあった。
 そんな彼女に対して連日メールも送っているが、なしのつぶてで応答すら無い。

「浦河さんが言っていたんですが、安田さんは全てを無茶苦茶にしてそのまま去ってしまったそうです。その無茶苦茶が何なのか分かりませんが、中山と一緒に考えました。恐らく安田さんが有能で全てを抱え込んでしまったからだと。ある日それが何かのきっかけで壊れてしまったのかもしれないと。そして、これはネットからの情報ですがドラゴンファンタジーで四年前事故が起きています。そのことと彼女がエンジニアを辞めたことに関係があるとも思っています」

 雄一は自分の憶測と事実を交え福島課長に話した。

「竹芝に勝つには安田さんの力が必要です! 俺はここまで調べた。課長、もう教えてくれてもいいでしょう。彼女の秘密を。それを持って彼女を説得しチームに引き入れてみせます! エンジニア桜子を復活させます!」

 デカい声でまくし立てるように頼み込むので、周囲の客が驚いて何事かと振り返る。
 話を聴き終わった福島課長は腕を組み天を仰いだ。

「お前は安田の過去を辿ることで何か学んだか?」

 改めて問い掛けられ、雄一は返答に窮した。
 あくまで辿っただけで何かを学んだ訳では無い。
 強いて言うなら、「全てを抱え込むな」ということぐらいだが、これは彼女自身が当時本当にそうだったのかというと、まだ憶測に過ぎない。

「あいつは有能だった。だから仕事の出来ない人間の分まで抱え込んだ。ここまでは合っている。その状態から、どうして大事故に繋がったか。その過程をあいつになったつもりで追体験しろ。これはお前への教育の意味もある」

 追体験しようにも情報提供者がいない。
 途方に暮れる雄一を見かねたのか、福島課長はこう言った。

「行き詰っているお前にヒントをやろう」
「え!」

 雄一は喜びの声を上げた。
 
「タイキでキーになる人間は浦河さんだけじゃない」
「え?」

 それだけ言うと、福島課長はコーヒーを一口飲み伝票を手に持って立ち上がった。

つづく

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