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【小説 エンジニアライフ10周年記念】10年間のAI 前編

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 2XXX年--
 我が国の人口は5000万人を切った。
 人口減少に歯止めがかからない。


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「アイ子、珈琲もう一杯くれないか」
「はい。文男さん」

 メイド服のスカートを揺らめかせながら、アイ子と呼ばれた女は岡倉文男(35)のための珈琲を淹れるためにキッチンへ向かった。
 彼女の頭の中には、彼の珈琲への嗜好が刻み込まれていた。
 例えば、どこの豆が好きか、ドリップは何回か、温度はどれくらいが好まれるか、といったように。
 加えてその時々の彼の表情から、それらの項目を微調整して最適な一杯を提供するという応用技まで備えていた。

「うむ、今日もいい味だ」

 酸味が効いていて爽やかだ。
 鼻腔を珈琲の苦味が効いた香ばしさが通り抜けていく。
 気分を落ち着けたところで、文男はPCのディスプレイに向かった。
 ディスプレイにはいくつものウインドウが立ち上がっていて、そこには折れ線グラフや為替レート、そして経済ニュースなどが表示されている。
 文男はその中の一つ、夢コンピュータ社の株価チャートをじっと見ている。
 縦軸に株価、横軸に時間を取った二次元のグラフだ。
 そこにプロットされた折れ線グラフは、今日9時から現在の時刻である11時までの株価の推移を表していた。
 ほぼリアルタイムで更新されていくそれは、時系列に左から右に上下しながらも、天を目指すように伸びている。
 それはまるで一匹の竜を思わせた。

「アイ子よ、お前の生みの親の株価は今日もいい感じだぞ」

 チャートを指しながら嬉しそうに文男は言った。
 アイ子もにこりと笑った。
 今日の寄り付きで35,100円を付けた夢コンピュータ社の株価は、その後も上昇を続け35,400円にまでなった。
 前日比+510円で、昼休みに向けてその値は上昇を続けている。

「文男さんの先見の明が素晴らしいからですわ」

 アイ子は文男の相場感を褒めた。
 良い気分になった文男はこう続けた。

「大学から株式投資を始めて15年。君と出会ってから10年。全く振り返ってみるとあっという間だった。特に君と出会ってからは」
「文男さんからは色々教わりました」
「うむ」

 子供の頃から文男はお金持ちになりたかった。
 それは家が貧乏だったから--それだけではない。
 醜男として生を受けた文男は母親以外の女性には全く相手にされなかった。
 その反動からか、異性への憧れと憎しみが相反したような複雑な欲望が膨れ上がりその反動で人一倍、女への欲求が強い質になっていった。
 だが、自分のような男が女にもてるとしたら財力しかない。
 かといって、自分の能力と度胸では起業して成功し財を成すなどということは難しいと考えていた。
 そこで大学時代から投資を始めた。
 自分の夢を他の能力のあるものに託すことで、自分もその利益にあずかろうと考えたのだ。
 投資資金はアルバイトで稼ぎ、少額ながらも複数の銘柄に投資して行った。
 だが社会経験も少なく、経済にも疎い文男は赤字続きだった。
 心機一転、大学を卒業し社会人になってからは株式というものを一から勉強し直した。
 闇雲に買い漁るのでは無く、これはと思う銘柄に的を絞ることを覚えた。
 運良く文男はIT企業に入ることが出来た。
 お陰でその業界には多少詳しくなった。
 それらの知識を生かし、自分がよく知っている銘柄、つまりハイテクやIT関連の株に投資をし始めた。
 購入する銘柄は多くても10までに絞った。
 自分のポリシーを固めたことが幸いしてか、徐々に赤字は解消していった。
 しばらくして、『夢コンピュータ』社に目を付けた。
 この会社はIT企業で特にAIに力を入れていた。
 まだ当時は名の知れていない会社だったが文男は早くから目を付けて、安値で買い集めていた。
 将来AIは未来を変えると思っていたからだ。
 他にもAIに力を入れている会社はいるにはいたが、この会社はそれを人型ロボに応用しようとしているところに心を惹かれた。

「お肩を、お揉みしましょうか」

 アイ子のシリコンとは思えない、柔らかな手が文男の硬くなった肩をほぐしていく。

「おお、良い気持ちだ」

 夢コンピュータ社が老舗人形メーカーの『玉一』を買収した時は、遂に来たかと思った。
 玉一はリアルな女性型のシリコンドールを作る会社で、主に独身男性に支持されている。
 文男はこの買収で、夢コンピュータ社がAI搭載女性型アンドロイドを作ろうとしているのだと思った。
 長時間労働や貧富の格差が問題のこの国で、結婚する人間は減少の一途をたどり少子化に拍車が掛かり始めた時期でもあった。
 寂しい心の片隅に寄り添ってくれるパートナーを欲しがる男は、これから増えていくはずだと文男は予測した。
 それは自身に対してもそう言えたからだ。
 だが、生身の女には相手にされない。
 そこで文男は夢コンピュータ社の未来を買うことで、自分の未来を手に入れようとしていた。
 同じことを何人かの投資家が考えたと見え、同社の株価はこのニュースで少し上昇した。

「だいぶこってますね」

 アイ子のしなやかな長い黒髪が、文男の後頭部に微かに当たっている。

「おお、良い気持ちだ」

 それから数年後、アイ子が誕生し、それを文男は大枚をはたいて購入した。
 文男の読み通り、仕事で忙しい寂しい独り身の人間に対して売れに売れていった。
 貧乏人にも手に入れられるようにローンで買える廉価版も用意されている。
 AI搭載の全自動家電がパートナーの代わりとなって家事を行い、さらに夢コンピュータ社の人型アンドロイドが側にいてくれる。
 文男は付き合ったことも無いのに、文句を言い、自分勝手な主張をする生身の恋人に対して煩わしいと思うようになり、必要としなくなっていった。
 アイ子というパートナーを得たことで、リアルへの欲求が薄まったからかもしれない。
 同じ考えの人もいるのだろうか。
 少子化にますます拍車が掛かって行った。
 夢コンピュータ社の株価を売り買いすることで多少の財力を持った文男だが、依然として生身の恋人は出来たためしが無い。


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 アイ子のような人間にほぼ近いAIが存在する世界でも、依然としてシステム開発は人手で行う部分が多かった。
 要件定義、基本設計などは未だに人間の頭脳が行っていた。
 予期せぬお客の要望やスケジュール変更に柔軟に対応するには、やはり長くコミュニケーションをとって来た人間の方が最適だと考えられていた。
 何より発注するお客の方がAIを相手にやり取りをしたくないと言う。

「だって、あんた、コンピュータの画面に向かって一方的にこっちの要求を言っても、素っ気ない回答しか返って来なくて、こっちは伝わったかどうか分らんのですよ」

 文男の担当しているお客はそう言う。
 職場にあるAIはアイ子のような人型では無く、ノートパソコンそのもので、その中にAIが搭載されている。
 愛玩用では無いのだから、費用が掛かる人型や動物型である必要は無いのだった。
 いっそ、親しみやすい形にすれば客も相手にするかもしれない。
 否、客はきっとそんなことを言っているのではないのだと文男は思った。
 この世界のAIは要望をしっかり聴き取り最適に近い答えは出すが、意見らしきものは一切出すことは無い。
 客はエンジニアと議論をし良いものを作りたいのだから、人型だったとしても相手にされないと思った。
 アイ子と接していて思うのだが、従順すぎるくらい従順なのだ。
 文男の趣味嗜好を完璧に把握していて、それを満足させる行動をとるが、それ以上のことは無かった。
 アイ子の出した答えに対して何か意見を出したとしても、彼女はそれを大人しく引っ込めて別の答えを機械的に出してくるだけだった。
 自分を満たしてくれるが、別の意味で物足りなさを感じてはいた。


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 文男は月曜から金曜まで仕事する。
 自らが勤めるシステム会社で9:00から17:30まで、リーダーとしてシステム設計、お客との打ち合わせ、スケジュール管理を行う。
 プログラム開発室に入ると、ずらりとノートパソコンが10台横一列に並べられ画面には進捗率を表すバーが左から右に緑色に染まっていく。
 愚直に働く文男の部下だ。
 10台の部下は文男の作った設計書を読み込むことでプログラミングを開始する。
 コンパイルまで終わるのに難易度にもよるが平均すると3時間くらい掛かる。

「10番が作った計画管理画面がバグだらけですね」

 後から入って来た小島李沙(33)が、右端にあるノートパソコンを指差してそう言った。
 テスト工程を担当している彼女もまた文男の部下である。
 プログラミングに関してはある程度AIによる自動化が進んではいたが、だからといって過度な期待は禁物だった。
 恐らく接している人間から多くのものを学ぶことで知能を成長させていくのだろうが、AIへのインプットがその接する人間の発する言葉なり行動なりなので、知能のレベルもその人間に似通ったものになるのだった。
 文男が仕事で使うAIも文男が培ってきた知識をインすることで育ててきたもので、謂わば彼自身でもあった。
 だから彼と同じ間違いをする。
 それは彼自身が自分を正し、再教育を行わないと同じ間違いを繰り返すことを意味していた。

「二重起動防止対策が入っていません。あれほど入れるようにと言ったじゃないですか」
「すまん」
「すまんじゃ、ないですよ。昔の方が直接プログラマとやり取りしてその場で修正してもらえたけど、今は岡倉さんを通して依頼する必要があるからちゃんとAIに伝わってるのか心配です」

 10年前はそれほどAIが浸透しておらず、入社して半年間は文男もプログラムを組んでいた。

「あれはあれで結構大変だったんだよ。プログラミングは過酷な仕事でね。納期前になると、遅れの隠ぺい、体調不良、逃走......予期せぬことが次々起こる。それは人間だからだよ。その点、AI達コンピュータは従順で信頼できる。何より疲れを知らないから24時間仕事が出来る。多少のバグは許してやろうよ」

 アイ子もたまに意に沿わない行動をとる。
 それは文男の教育が足りないからで、その都度教えて学習させている。
 部下たちも同じことだ。
 教え直せばいい。
 そこには文男自身の勉強の時間も必要だった。
 AIを統括する者の負荷は増えるいっぽうだった。

「ところで、岡倉さん」
「なんだい」

 李沙は顔を赤らめうつむいてしまった。

「今日、夜、お時間ありますか?」

 数秒後、意を決したかのように彼女は顔を上げ、そう言った。
 先程までの強気はどこへいったのか、真っ赤な彼女はもじもじと手遊びをしている。
 丸顔で小豆のように小さい瞳に団子鼻、ボブカットのつもりなのかおかっぱみたいなヘアスタイル。
 小太りで背が低く手足が短い李沙は、まるで雑種の子犬を思わせた。
 スッと高い鼻に大きなガラス玉のような瞳で、ツインテールがとても似合うスラリと長身で手足が長くまるでサラブレッドのようなアイ子とは対照的だった。
 だが、文男は目の前の女に心を奪われ掛かっていた。
 アイ子の時とは異なる興奮を覚えていた。
 この女は誰もいないところを見計らって、意を決して誘って来たのだろう。
 生まれてこの方、生身の女性からデートの誘いを受けたことが無い文男は表情には出さなかったが心の中では狂喜していた。
 だが、今日のノルマ分のプログラムが定時までに完了するだろうか。

「ピー!」

 驚き振り返ると、10台の画面にはプログラミング完了のメッセージが表示されていた。

「分かった。会社の入り口で待つ」


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 駅前の居酒屋で二人は杯を酌み交わした。

「僕のお爺さんもこの業界で仕事してたんだけど、その頃はフロッピーやCDでデータの受け渡しをしていたらしい。それだけでも凄いことだが、ひいお爺さんの頃は、穴の空いた紙テープで仕事していたらしいよ」
「えー! 本当ですかぁ!」

 大袈裟に驚いて見せる彼女を文男は可愛らしいと思うようになっていた。
 李沙は突然肩を冗談交じりに叩いてきたり、文男が恐らく頼まないであろう料理を注文したり、時には文男の仕事に対する愚痴について意見や彼女独自の見解を言ってみたりと、アイ子と違って行動が予測出来なかった。
 そこが良かった。
 アイ子よりも遥かに容姿が劣る李沙ではあったが、人間という点でアイ子に勝っていた。
 生身の人間と付き合うのは煩わしいと思っていた文男はその考えが間違いだと気付いていった。

「岡倉さんは付き合っている人いるんですか?」

 この問いを投げ掛けるまでに李沙は沢山の酒を飲んだ。
 意を決するためにアルコールの力が必要だったのだろう。

「い......いないよ」

 一瞬、アイ子の顔がちらついたが、振り払うようにそう答えた。


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 居酒屋を出た二人は、手をつないで歩いていた。
 彼女の血の通った手のひらは暖かくやわらかだった。


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「まぁ、フラフラでお酒臭い。どこかで遊んでらしたのね!」

 玄関先で靴箱にしがみつきながら靴を脱ごうとする文男を支えようと、アイ子が近寄る。
 それを無下に振り払った。
 アイ子は不思議そうな顔をしたが、それが主人の望みならとそっとしておいた。
 文男はただ一人、李沙の余韻に浸りたかっただけだった。
 
 
 
 次の日から、夢コンピュータ社の株価は下がり始めた。

後編に続く(9/14掲載)

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