常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアライフ10周年記念】10年間のAI 後編

»

 午前中は休むことにした。
 久々の飲酒からか、若干二日酔いで頭が痛いからだ。
 それでも日々の株価が気になるのでいつもどおり起き上がり、朝9時からPCに向かう。

「これは一体......」

 文男は我が目を疑った。
 『夢コンピュータ』社の株価が寄り付きで大量に売られたのか、前日比-1000円、36,000円から35,000円まで減っている。
 それからもチャートは徐々に右肩下がりを続け、秒間で1円ずつ減少して行くような塩梅だった。
 株価というものは予測出来そうで出来るものではない。
 A国のダヴ平均に倣って我が国の株価が上下するとか、円高になれば輸出関連株の値が下がるとか、暑い時期は飲料系の株が買いだとか、色々有るが詰まるところは人間の気分や思惑で株価は変わる。
 あるAという株を買おうとした人間が直前で気持ちが変わり、Bという株を買ってしまうことだってある。
 そういうことは分かっていながらも、文男は今の状況が信じられ無かったし、信じたくなかった。

(何か悪いニュースでも発表されたわけでも無いし、今期の業績は好調だと聞いている。どこかの仕手が大量に売り抜けているのか......)

 夢コンピュータ社の大株主は以下の通り(同社のホームページより)

大株主.png

 仕手のような業者はここからは見つけることは出来無かった。
 ここに載っていない複数の個人や機関がこぞって投げ売りでもしているのか。
 ところで、文男はいつも気になっていることがあった。
 いつしか、IT総務大臣が筆頭株主になっていることである。
 その所有率は40%で、政府つまり国の意見を取り入れなければ夢コンピュータ社は事業を起こすことが出来ない状態になっていた。
 IT総務省は確かに国策としてAI化を推進しているが、AI搭載女性型アンドロイドの製造にまで口を出していることに違和感を覚えていた。
 晩婚化や少子化対策を推進している政府が、何故、問題の原因の一つとなっている恋人アンドロイドの生産に加担しているのか。
 加えて、知らない間に自分の趣味嗜好がアイ子を通して国へと引き抜かれていたとしたら、と思うと、気持ちが悪くなることもあったが、今更この生活を止めることは出来ない。

「文男さん、珈琲ですよ」

 アイ子がカチャカチャいわせながら横から淹れたての珈琲を置いてくれた。
 自分の好きな豆の情報まで今まさに転送されているのかと思うと、いつもなら大好きな珈琲の香りも酷く鼻についた。

「アイ子、どう思う」

 それでもアイ子無しでは生きていけない文男は、株価チャートを彼女に見せどう思うか問い掛けた。

「一時的なことだと思います。2年前にもこういったことがありました。あの時は、大量の買いが入った後の調整で一時的に下がっていましたが、すぐに元に戻りました。今回も同じです。心配することはありません」

 アイ子にはパートナーとしての属性とともに、文男の株の知識をインプットしていて助言が出来るレベルにまで育てていた。
 株のトレードをAIが担っていた時代もあったが、それが難しいということが分かると元の通り人間が主で売買を行うようになった。
 そのため、アイ子に関して文男が期待しているのはあくまで助言レベルである。
 ただ、側にいてそう言ってくれるだけでも気休めにはなった。


---------------------------------------------------------------

 午後から社に行き、プログラム開発室の扉を開いた。

「おはようございます」

 文男と目が合った李沙は、照れ臭そうに目を逸らし会釈した。
 アイ子への罪悪感から「昨日のことは無かったことに」そう言って彼女の好意を断ろうと思ったが、彼女を見てアッサリとその考えは吹き飛んだ。
 株価のことは仕事中も気にはなったが彼女とこうして一緒に仕事し、時には冗談交じりに雑談し合っていると、そのことは気にならなくなっていった。
 そして、今日もまた飲みに行く約束をすると、AI達はいつもより早くプログラムを仕上げてくれた。


---------------------------------------------------------------

 明け方、フラフラになって帰って来た文男をアイ子は抱きかかえた。

「大丈夫ですか?」

 遂に李沙と一夜を明かしてしまった。
 それにしても、こういうことは進む時はトントン拍子だなと、こういうことが初めてな文男は思った。
 李沙の寝顔は、むくんだ子豚のようになっていた。
 それに比べて、アイ子は一睡もしていないのに目やに一つ無く、肌もつやつやだ。
 左右対称でずれの無い美しい顔は、李沙の様々な顔を知った後では却って人工的な印象を文男に与えるようになった。
 瑕疵がある方が魅力的に見えるのは、やはり文男が人間だからだろう。
 今日も株価が気になる文男は、会社を午前休にして寝ぼけた頭でPCにかじりついた。

「一時的なことですよ」

 下がり続ける株価を前にして落胆する文男に、アイ子は昨日と同じ慰めの言葉を掛けた。


---------------------------------------------------------------

 李沙との付き合いは順調に進んで行った。
 相変わらずアイ子のことを隠し通してはいたが。
 例えAI搭載アンドロイド型の恋人とは言え、女の形をしたものと同居していることがバレれば李沙は怒って別れを告げて来るに違いない。
 それだけは避けねばと思うほど、李沙を愛するようになっていた。

 <経済株価ニュース>
  夢コンピュータが20日間続落している。
  同社は5日取引終了後に、2XXX年7月期通期の連結決算を発表。
  営業損益は100億7,200万円の赤字となり、大幅の下振れ着地となった。

 このニュースが悪材料となり、同社の株は大量に売られた。
 文男が所有する同社の10,000株は、その大量の含み益を一気に削り取られた。
 大出血が止まらない。
 夢コンピュータ社の株の価値が下がるということは自分の価値も下がるようで、その身を切られるよりも辛かった。
 数日前から徐々に値が下がっていたのはこうした情報が事前に出回っていたからだろう。
 株価にまつわる情報は上流から下流へと流れていく。
 上流ほど甘い汁が吸える。
 下流に属する一介の個人投資家である文男には、どんな情報も賞味期限切れ直前で届くようになっている。

「どうする......」

 文男のマウスを握る右手が震える。
 ここで一旦、全株手放し利益確定したい衝動に駆られている。
 今ならまだ痛手は最小限に抑えられる。
 底値でもう一度拾い直せば、反発した時にもう一度利益を得ることだって出来る。
 だが、それを行うのは容易では無かった。
 今が底値だと思うと、売るに売れない。
 悪材料出尽くしで、ここから急反発する可能性だってある。
 そう思えば思うほど、利益を多少でも多くしたい文男は売りを躊躇してしまう。
 何より、夢コンピュータ社の未来は自分の未来だった。
 それを売却するということは、自分に見切りをつけることでもあり、何度も売り注文を出しては取り消すことを繰り返していた。

「一時的なものです」
「うるさい! 同じことばかり言ってるんじゃない! ここが底なのか、まだ途中なのか、それを知りたいんだ!」

 苛立ちからつい声を荒げ、アイ子を怒鳴りつけてしまった。
 アイ子は不思議そうな顔をして去ろうとした。
 その態度が、更に文男を苛立たせた。

「なんで意見しない? 反論しない?」
「文男さんの言う通りだからです」

 李沙のように何か言い返してほしかった。
 徹底的に今の状況を話し合い、お互いが納得するような答えを探る--そんな一体感が欲しかった。

「売りなのか? 買いなのか?」
「IT総務大臣が大量に保有している限りは問題ありません」

 文男は「はっ」となった。
 国が手放さない限り、夢コンピュータ社は安泰だ。
 自分の情報をアイ子経由で抜き取られているかもしれないのは気味が悪いが、ここは大きなものに縋ることでしか心の平穏を保てない。

 その日の13時、夢コンピュータ社は年初来安値26,500円を記録した。
 その後、ストップ安となる。
 文男はPCの前で昏倒した。


---------------------------------------------------------------

 チャイムの音に気付いたアイ子は玄関の方に向かった。
 ドアに付いたレンズを覗き込むことで、誰が来たかを確認している。
 レンズの向こうにいる女の顔をデータとして取り込むと、自分のメモリに記憶されている数々の顔と照合して行く。
 あらかじめ文男がアイ子に対して、この家に入れて良い人間の顔をインプットしていてメモリに登録されていない顔の者は追い返すように指示している。
 来訪して来た団子鼻の女の顔は、どの顔とも照合せずアイ子は追い払うことに決めた。

「すいませんが、訪問販売などは受け付けません」
「私、デソ情報システムズの小島李沙といいます。岡倉さんの同僚です。ずっと病気で休まれているので心配になって来ました」

 アイ子のメモリには文男の会社の同僚であることを名乗る者の場合、顔認証が通らなくても取りあえず応待しろとインプットされていた。

「あっ」

 扉を開けた瞬間、丸顔の寸詰まり体系の女が素っ頓狂な声を上げた。

「何か文男さんに用でしょうか」
「えっと、これ......渡してください」

 アイ子はその女から果物の盛り合わせを受け取った。

「あなたは一体?」

 おずおずと女は訊ねて来た。

「文男さんのパートナーです」

 アイ子は淡々と答えた。
 そう言うように文男にインプットされている。
 女は踵を返して足早に去って行った。


「......アイ子、今のは?」
「女です。文男さんと同じ会社の。コジマリサという名前でした。これを渡すようにと言われました」

 そう言うと文男の病床の横に果物の盛り合わせを置いた。

「追い返したのか?」
「いえ、私が文男さんのパートナーだと分かると帰って行きました」
「何!?」

 文男のスマホにメールが届いた。

<嘘ついてたんですね。別れましょう>

 李沙からのそれを見つめたまま動けなくなった。

「どうしました?」
「どけ!」

 柔らかだが血が通っていない冷たいアイ子を押しのけると、スエットのまま裸足で外に飛び出した。
 マンションの入り口まで駆け下り、左右を確認する。
 左方向にいた。
 信号待ちをしているのか、俯いたまま立ち尽くす小柄な彼女を認めた。

「李沙!」
「やめて! 触らないで!」

 短い手足をばたつかせて抵抗する。
 文男はアイ子がAI搭載型のアンドロイドで生身の人間では無いということを何度も説明した。
 だが、李沙は訊く耳を持たない。
 逃げようと泣き叫ぶ李沙と、それを押さえつけ説得しようとする文男を、道ゆく人々は好奇の目で見た。

「なんだ、あの不細工カップルは」
「痴話げんかなら家でやれ」

 嘲笑うかのような言葉が、チラホラ聴こえてくる。
 スマホにダウンロードしたアイ子の取扱説明書を見せると、何とか李沙はアイ子が人間では無いということを理解したが、それでも納得していないようだ。

「例えロボットだったとしても、あなたはあの人を愛していたんでしょう?」

 グシャグシャになった顔で李沙は痛いところを突いて来た。
 彼女の顔を、子供が指差して笑っている。
 アイ子なら決して泣いたり喚いたりしない。
 美しい顔で笑顔でいるだけだ。
 だが、文男は目の前にいるこの愛憎織り交ぜた醜い顔で泣きじゃくる女の方に心を惹かれている。
 自分の思い通りにならない、意見は言う、嫉妬深い、病気はするし眠らないと不機嫌になる、挙句の果ては介護の必要だって出て来る。
 生身の女のそういうところが嫌でアイ子と付き合っていたのでは無かったか。
 だが、文男は思った。
 この最悪な局面を二人で乗り越えることが出来れば、二人の絆はより深まるはずだと確信した。
 そういったものを乗り越えることが、アイ子との間には決して存在しない愛の醍醐味なんじゃないかと。

 自分はそれをずっと欲していた。

「分かった! あいつを廃棄する!」


---------------------------------------------------------------

「アイ子、僕には人間の恋人が出来た。だから君とは別れることにする」

 自分でも驚くほど迷いなく言えた。

「はい」

 AI搭載型アンドロイドは、素直に頷いた。

「最後に一つ」
「......何だ?」
「今すぐ、夢コンピュータ社の株を全て売却して下さい」

 今の同社の株価は15,000円までに下がっていた。
 最盛期は42,500円を叩き出していたが、それも今思うと夢のようだった。
 人型アンドロイドの恋人は夢の中の出来事だったのだろうか。
 それを裏付けるのかように、政府から先日発表された婚姻数の統計は前年度比から30%上昇したことを報告していた。
 それは文男のようにアンドロイドから生身の人間へと移行していった人間が、多数いたことを意味しているのだろうか。
 夢コンピュータ社の株価暴落と関係が無いとは言えないだろう。
 下降トレンドなのは文男だって十分理解していたし、自分でも無意識に売り時がいつなのかも考えていた。
 そして、李沙との未来を選んだ今となっては、同社と袂を分かつのは必然だった。
 それでもPCの前で売り注文を出すことを迷う文男に、アイ子はこう言った。

「あなたはもう次のステージに進んだのです」

 その言葉に押され、保有する10,000株全てを成り行き注文で売りに出した。
 即座に約定され、文男の元には1億円という巨額の売却益(※)が転がり込んで来た。

「私からの恩返しです」

 一瞬、アイ子の目元が光り何かが頬を伝ったのを見た気がしたが、それはただの照明の当たり具合だと分かった。
 彼女は立ち上がると、自分が送られてきた時に入っていた段ボールに自ら身を折り畳み収まった。

「10年間ありがとうございました」

 アイ子は最後にそう笑顔で言うと、首元にあるスイッチを指差した。
 アイ子との数々の思い出が去来する。
 初めて彼女が来た日、一緒に買い物に行った日、カラオケでデュエットした日。
 初めて彼女の前で泣いた日、彼女の手料理が上達したのを感じた日、寝ている自分にそっと掛けてくれた毛布の暖かさ。
 初めて彼女と旅行した日。そこで見た花火。温泉。
 感傷に浸りながらも、李沙とのこれからの生活を夢見ていた。
 人間とは何と勝手な生き物かと思った。
 スイッチが押された瞬間、アイ子の目から黒い瞳が消えた。
 文男は押し入れからガムテープを取り出し、丁寧にアイ子が入った段ボールを梱包した。
 宅配会社に電話し、明日取りに来るよう依頼する。
 ドローンで運ばれたアイ子は夢コンピュータ社に里帰りし、解体された後、別のアンドロイドの部品として再生される。


---------------------------------------------------------------

 翌日--

 <経済株価ニュース>
  夢コンピュータ社の筆頭株主であるIT総務大臣は、同社の株を全て売却すると発表した。
  かねてより、同社のAI搭載型アンドロイド事業を支援して来たが、ここに来て双方で事業に対する意見の対立があり折り合いがつかなくなっていた。

 このニュースを受けて、夢コンピュータ社の株は暴落した。
 テレビでは記者会見が流れている。

 <IT総務大臣の発言>
 「我が国は婚姻数を上げ少子化に歯止めをかけるという当初の目的を達成した。その目標のために産まれたAI搭載型アンドロイドはその目的を果たしたと考えている」

 夢コンピュータ社にはアイ子の様な里帰り者が連日押し寄せ、同社の社員はそのリサイクル作業に昼夜没頭することとなった。
 アイ子やその他のAI搭載女性型アンドロイドは、自らの運命を悟っていたのかもしれない。
 少なくとも、その使命は果たしたのだから。
 だが、晴れて夫婦となった文男と李沙は、そんなこと知る由も無かった。
 その後二人は、10人の子供を産み、その子供たちは10人ずつ子供を産んだ。


おわり


(※)
 ①売却額
  15,000円×10,000株=150,000,000円
 ②文男の平均取得価額
  1株あたり5000円
  10,000株で、50,000,000円
 ③売却益
  ①-②=100,000,000円=1億円

Comment(2)

コメント

VBA使い

いつもの追い詰められ感、ありがとうございます。


どうでもいいですが、男性型アンドロイドは普及してなかったんかな?

湯二

VBA使いさん。

いつもコメントありがとうございます。
男のファンタジー小説なので、男性型は普及していない設定で書いてます。

あと、近未来SFを書くのって難しいともいました。
アイ子レベルのアンドロイドがいる世界で、IT業界の仕事はどうなってるのかとか、想像して書くのが大変で。。。
あと、AIが発達した未来で、駅前の居酒屋で飲んでるとか、未だにスマホがあるとか。。。
メインとなる技術(アイ子)があって、その周りの技術や生活、世界観っていうのかな、それを同レベルにするのが出来なかったのが心残りですね。
あべこべの世界観を楽しんでいただければ幸いです。

コメントを投稿する