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【小説 失格のエンジニア】第九話 彼女とドラゴンファンタジー

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「どういうことですか?」

 眉根を寄せ不審そうに問い掛ける目白部長を一瞥することなく、福島課長はカバンに手を突っ込みスッと中からクリアファイルを取り出した。
 そこから一枚の紙を取り出し、机の上にそっと置いた。

「契約書をもう一度よく読んでみて下さい」

 目白部長はそれを手に取り、目を落とした。

「別に。取り立てて変わったところはありませんが」
「そうですか? 府中屋さんにとって結構重要なことが書かれてるんだけどなぁ」

 フン、と目白部長は鼻を鳴らし契約書を机の上に叩き付けた。
 美穂がその契約書を手に取って目を通し始めた。

「あ」

 彼女は素っ頓狂な声を上げた。

「新山さんは気付いたみたいですね」

 福島課長はニヤリと笑った。

「目白部長......これ......」

 美穂は驚きながらも何だか嬉しそうに、目白部長に声を掛けた。
 そんな彼女に対して鬱陶しそうにこう応えた。

「分かってるよ。よくもまあこんな小さい字で......」

 契約書には、契約期間についてこう書かれている。

<本契約は、契約締結日から一年間有効とする。
本契約は同一条件にて、さらに半期ごとに自動更新され、以後も同様とする>

 つまり、ユーザもしくはベンダーが契約更新について何も意見が無ければそのまま延長ということが記されている。
 お互い契約更新の手間を減らすためにこういったことを契約書に明記している。
 これは府中屋とステイヤーシステムの関係が今後もずっと続くことを前提にしていたからだ。
 だが今回、府中屋から一方的な理由で自動更新解除を告げられた。
 こう言った場合、どうなるか?
 契約書の最下段に米粒くらいの小さい字でこう書かれている。

<本契約において契約の更新を希望しない場合、契約期間の満了一カ月前までにいずれかの当事者から相手方に対して反対の意思を書面で通知しなければならない。そうでない場合、当事者は相手方に対して一定額の違約金が発生する>

「笠松の奴め......こんな契約結びやがって。契約書くらい最後まで読めよな......」
「そういうことなんですよ。急な人事異動で満足に引継ぎが出来なかったのはお気の毒ですが」

 福島課長はそう皮肉を言った。
 それがカチンと来たのか目白部長は声を荒げてこう言った。

「こんなびっしり文字が書かれた契約書に隠すように小さい字で罠みたく仕込んどいて恥ずかしくないのか!? お前らヤクザか?」
「そんなこと......滅相もございません。公平な契約書だと思いますけどね。それに私たちも、御社のために来期の工数を積み、人の手配をして、作業準備してたりするんですよ。今回のような急な契約解除はうちのような弱小にとっては大きな痛手でして......」
「分かった。もういい。いくら払えばいいんだ?」
「お金は払わなくてもいいですよ」
「はぁ?」
「その代わり、チャンスをもう一度下さい」
「何だと!?」

 バン!
 振動で湯呑のお茶がタプンと揺れた。
 机に両手を叩きつけて頭を下げる雄一の姿がそこにはあった。

「目白部長。もう一度私たちの提案を聴いてください! 今度は良い提案を持ってきます!」

 会議室に響くほどの大声で叫ぶようにそう言った。

「おいおい、外にも聴こえるぞ。全く青春ドラマでもやってるつもりか? この熱血バカが」

 そう言われて雄一はイラっと来たが何とか耐え忍んで、再度お願いする。

「もう一度コンペをしろというのか?」
「はい......」

 目白部長は腕を組んだ。
 しばし沈黙したまま、契約書に目を落とし何事か考え込んでいるようだ。
 契約を破棄した場合に支払う違約金と、コンペをもう一度した時に発生するリスクを両天秤に掛けているのだろうか。
 目の前の無表情でいる男の心の振幅を雄一は推し量ることは出来ないが、もう一度チャンスを与えられること、ただそれだけを祈り続けていた。

「分かりました」
「え!?」

 そう言われて驚いて顔を上げた。

「もう一度、話を聴きましょう。二週間後に提案書を持って来てください」
「マジすか!?」
「何驚いているんですか。あなたがお願いしてるんでしょ? もうちょっと喜んだらどうですか?」

 呆れたような顔して目白部長がそう言うと、やっと雄一も我に返り喜びとともにモリモリとやる気が湧いて来た。

「あ......ありがとうございまっす!」
「あとさ、ちゃんと昨日お願いした再発防止策、早急に出してね」

 雄一はブンブンと頭を振りお辞儀をした。

「目白部長......あの......」
「何ですか?」

 福島課長が質問しようとする。
 その様子を目白部長は鬱陶しそうに見た。

「今回はRFPを出して欲しいんですよ。前回みたいに何も要望が分からないままうちも提案書を作りたくないし、府中屋さんとしても見当はずれな提案されても、聴くだけ時間の無駄ですよね」

 RFPとは提案依頼書のことである。
 顧客がシステムを発注するベンダーに対して、こういったシステムが欲しいといった要望を伝えるための文書のことだ。
 その内容は、開発の目的、目標、予算、スケジュール、提案範囲、役割分担、機能、運用・保守、成果物など多岐にわたる。
 この文書を元にベンダーは、顧客に対してどういった提案をするかを考える。
 前回、府中屋からRFPが出されることは無かった。
 従って、雄一は自分が持っている情報と思いだけで提案書を作った。
 その結果、「府中屋はケチだから現行踏襲でなるべく安く作る」という思い込みの元に提案書を作ったことが災いし、無残にも散ったのだった。
 そのRFPを今回の再チャレンジにあたり提出しろと福島課長は言っているのだ。
 今、福島課長が目白部長にしているお願いは当然と言えば当然の要求で、むしろ、権利ですらある。
 だが、目白部長はこう言った。

「うちは今組織改正の真っ最中で、そんなもん作ってる時間無いですよ。おたくらうちに出入りしてるんだから、その時にうちらの仕事ぶりや様子見たり、まあ業務に支障が出ない程度に担当者に質問するなりして訊いてくださいよ。もう一度チャンス作るってだけでもお互い貸し借りなしなんだ。プロなんだったら自分たちの頭で顧客の要望を考えてください」

 と、取り付く島も無かった。
 目白部長の論理は滅茶苦茶であり、一方的な考え方だった。
 雄一は思った。

(やっぱりそうだよな......新山さんが言うように、前回のコンペが竹芝システムありきの出来レースだとすれば、今回もRFP何て出してくるわけが無い。あちらからすれば、いわゆる消化試合ってわけだ......)

 そう思うと喜んでもいられなくなった。


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 府中屋から出ると、もう日が暮れ掛けていた。

「何も頭をあれだけ下げる必要なんて無かったんだよ」

 前を歩く福島課長が、ふとそう言った。

「え?」

 目白部長に再コンペを頼む時に大袈裟にお願いしたことを、福島課長は可笑しそうに指摘した。

「有馬、ちょっとお茶する時間あるか?」

 腕時計を見ながら福島課長が問い掛けた。
 雄一は自社に戻り早速コンペの準備をしたかったが、お茶に誘われたことで、福島課長とこれからの進め方について話しておいた方がいいと思った。

「はい」

 二人の進む先には、コメダワラ珈琲店があった。

「作戦会議といこうや。面白い人も呼んでるしな」


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「よう! 久しぶりだな!」

 案内された席には既に先客がいた。
 どこかで見た顔だ。
 禿げ上がった頭に赤ら顔。
 ワイシャツに作業服を羽織ったラフな格好をしている。 

「笠松部長!」
「よしてくれよ。今は平の工員だ」

 自嘲気味に笠松は言った。
 顔に似合わず、たっぷりミルクコーヒーとシロノワールを飲食している。

「笠松さん。今日は来ていただきありがとうございます」

 笠松の正面に福島課長と雄一は座った。

「笠松さんの言った通り、目白部長はコンペに応じてくれました」
「だろ? まだうちの会社にも反対派の役員がいるんだ。そいつらがもう一度システム業者の選定を主張しているからな」

 笠松曰く、府中屋の中には役員が十二人いる。
 その中で社長派と副社長派という派閥に分かれている。
 社長派はオペラキャピタルのやり方に賛同し、副社長派はそれに反対している。
 反対派としては、今回のステイヤーシステムから竹芝システムへの乗り換えにも難色を示している。

「役員の三分の一が反対しているとあっては、そのまま竹芝にすんなりという訳にもいかなくなってな......。反対派を納得させるために再コンペをする予定なんだってさ」

 それぞれの派閥が選定した三つのベンダーを相手に竹芝システムは再コンペをする。
 一つ目のベンダーのコンペが三日後。
 二つ目のベンダーのコンペが一週間後。
 三つ目のベンダーは、まだどこにするか決まっていない。

「有馬。お前は目白部長に再コンペを依頼するために丁寧に頭を下げたが、今の笠松さんの話を聴いているとそんなことをする必要が無かったことが分かるだろ」
「は......はい」
「違約金を払うよりかは、再コンペをさせて叩き潰すのが良しと考えたのだろう。俺たちは相手にとって手の内が知られた相手だ。簡単に倒せると思われているんだろう。敵はもう一度チャンスを与えて来た。そこが奴らの甘いところだ」
「はい」

 それで、三つ目のベンダーとして雄一たちを選んだ。
 雄一は事情が分かると、頭を下げたことに対して少し損をした気分になった。
 違約金との交換条件として、福島課長は再コンペを目白部長に迫った。
 強引にねじ込んだように見えるが、実は九割がたOKの返事を貰えると踏んでいたのだろう。
 笠松が語った事情と福島課長の予想が本当なら、目白部長は首を縦に振る方が得だと考えるのが当然だ。

「福島課長。流石ですね。そういった情報を事前に笠松さんから聞き出していたんですね」
「いや、笠松さんの方から連絡があって教えてくれたんだよ」

 笠松の方を見た。
 彼は、うんうんと得意げにうなずいている。
 だが、雄一は違和感を覚えた。
 雄一は笠松と仕事したのは二カ月ぐらいだが、彼が裏で情報を渡すとかそういった細やかな根回し的なことをする人物だという心当たりが無い。
 どちらかというと、ざっくばらんで適当という印象が強い。

「ステイヤーシステムは一度負けてるけど現行業者と言うことで、特に反対派の一部から推されているんだよ。君らがもう一度頑張ってくれれば、わしももう一度返り咲くことが出来るかもしれん......」

 笠松は鼻息を荒くしてそう言った。

「RFPがあろうがなかろうが、単純に竹芝システムが提案してきた内容を上回ればいいだけだ」

 頑張れよとばかりに、福島課長が雄一の肩を叩く。
 だが、府中屋の本当の要求が分かってない以上、不利な状況は変わらない。
 浮かない顔で考え込む雄一を、笠松が励ますようにこう言った。

「なあに、安心しろ。業務や現行システムで分からないことがあったらわしに訊いてくれ。これでも元経理兼情シス部長なんだからな」

 胸を張るその姿を見ると、多少勇気づけられた。
 そして、先ほどの違和感も少しは晴れた。
 府中屋の意見がまとまっていない以上、出来レースを覆せるかもしれない。
 勝利へのチャンスが絶たれたわけでは無いのだ。

「よし! 今日は決起会と行こう! おい! ビール!」
「アルコールは置いてません」

 ノリノリで注文したが、あっさり無いと断られた笠松は仕方なくコーヒーを注文した。
 多少の高揚感を覚えた雄一はこう思った。

(新山さんもこの会に入れたいな......)

 そして、改めてこう思った。

(安田さんの力が必要だ......)
 
 潤沢に時間があれば雄一にも勝利出来る提案が作れるかもしれない。
 だが、今はその時間が無い。
 今からORACLEを勉強しても、圧倒的に有利な竹芝を上回る提案を創り上げる時間が無い。

「課長」
「何だ?」
「安田さんをチームに入れたいです! 課長からも彼女にお願いして下さい!」

 福島課長は黙っている。

「彼女がいれば、この提案戦に勝つことが出来ます!」

 まだ黙っている。

「彼女は今、迷っています。もう一度エンジニアに戻りたがっている」

 まだ黙っている。

「ここ最近の彼女と俺のやり取りを見たでしょ? 絶対に説得すれば意識の反転はあるはずです! あともう少しなんです」

 雄一は福島課長に掴みかかる様に熱弁した。
 そうだ、彼女はエンジニアに戻りたがっている。

「安田さんに何があったんですか!? 彼女はやりたいことを我慢して生きている。彼女は何か......その、生きたいように生きれない......理由、罪でも背負っているんですか」
「罪か......」
「な......なんだ? そんな凄い奴がいるのか?」

 深刻なやり取りに笠松が横から入って来る。
 それを無視するように福島課長はこう言った。

「ドラゴンファンタジーだ」
「は?」

 それは雄一がはまっているスマホゲームのタイトルだった。

「そこに安田がエンジニアを辞めた秘密がある」

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

勝てることが出来ます
→可能表現が被ってるから「勝つことが出来ます」かな?


たとえ再コンペで勝っても、目白部長がそのまま残った場合、イヤなお客さん相手に仕事するのは辛いなぁ(あ、美穂ちゃんがいるから大丈夫か)

湯二

VBA使いさん。

指摘、コメントありがとうございます。
修正いたしました。


そうなんですよね。
勝っても目の上のたん瘤が残ったまんまかも、なんですよね。
この辺をどうしようか考えてるんです。。。

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