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【小説 失格のエンジニア】第六話 気分屋な彼女

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 府中屋を後にした雄一は怒りの熱が冷めたのか、目白部長を怒鳴りつけたことを後悔し始めていた。
 何といっても、相手は客である。
 幾ら腹が立ったとはいえ、顧客を怒鳴りつけたとあっては今後の関係にもひびが入ることは必然。
 このまま契約打ち切りならあと三週間ほどで縁は切れるが、それまで気まずい思いをするのも憂鬱だった。

(畜生!)

 雄一は今までのことを一旦忘れようと頭を振った。
 今は、一刻も早くライブ会場に到着しなければならない。
 スマホを取り出すとメンバーからの着信が山のように来ていた。
 とりあえず、大通りに出てタクシーを呼び止めようと手を上げていると、一台の軽自動車が目の前に停車した。
 ウインドウが開き、運転手がこちらを向くとこう言った。

「有馬さん! 乗ってください」

 美穂だった。
 雄一は突然の彼女の登場に驚いた。

「新山さん、仕事は大丈夫なんですか?」
「作業は派遣の人に任せて来ました。今日は有馬さんのライブに行くって決めてたから元々定時で帰る予定だったんです。だけど......」
「だけど?」
「あんな障害が起きてしまって......」
「すいません」
「有馬さんは悪くありません。ずーっと予算をケチってボロボロのシステムを使い続けるように指示する上の人間がいけないんですから!」

 そう美穂に力強く言われると、少しは憂鬱な気分も晴れて来た。

「取りあえず、乗ってください!」
 彼女の強引な誘いに、雄一は戸惑いながらも甘えることにした。
 道具を後部座席に乗せ、自分は美穂の隣に座った。

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 19時10分。
 コインパーキングで停車中の美穂をおいて、ライブハウス「サマーダッシュ」に10分遅れで到着した。
 扉を開けると、エレキギターの轟音が耳をつんざいた。

「あれ?」

 雄一はステージで演奏している男四人組を見て思った。

(誰だ?)

「おい、ユーイチ! 遅いよ! やっと来たか!」

 そう声を掛けられて振り向くとギターのリュウジがいた。
 隣にはベースのツヨシもいる。
 ボーカルのスズカが隅っこの椅子に座って、ステージで演奏している四人組バンドを所在なげに見ている。

「すまん。だけど、これは一体どういうことだ?」
「ああ、今演奏してるのは『プロキオン』ってバンドだ。今日の対バンだよ。お前が来ないから順番を変わってもらったんだ」

 対バンというのは、同じライブハウスの同じライブイベントで共演するバンドのことだ。
 共演と言っても別々に演奏する。
 それぞれのバンド単独だと興行として収益が得られないと考えたライブハウス側が『プロキオン』と雄一のバンド『キングジョージ』の二バンドをブッキングした形だ。

「俺たちはいいけどよ、スズカにはしっかり謝っとけよ」

 リュウジはそう言うと、ハイライトを口にくわえ火を着けた。
 紫煙と轟音が交じり合う中、人を掻き分けてスズカのいる場所に向かった。

「ごめん」
「......最初に歌うと思ってたから調子狂っちゃったじゃんかぁ」

 こちらに目を合わせることもなく鬱陶し気にそう言った。
 長い黒髪で顔が隠れて表情は分からないが、相当不機嫌そうだ。
 その様子を見て、雄一はただただ申し訳ないと思うと同時にこれはヤバいと思った。
 スズカはメンタルが弱い上に気分屋だった。
 ちょっとした曲順の変更や、アドリブについていけないことがある。
 演奏が気に食わないと歌わないこともある。
 また、今回のように事前に歌う順番が決まっていたのにそれが予定通りに行かなくなると途端に調子が悪くなるのだ。
 雄一は彼女の機嫌を取るためにカウンターでドリンクを買い、それを手渡そうとした。
 だが、スズカはいらなさそうに手を振った。

(困ったなぁ......)

 こちらに目を合わせようともしないスズカを見て、今日のライブが憂鬱になった。
 ライブハウスの中を見渡すと、『プロキオン』の演奏に応えている三人位の女子の一団がいる。
 その横で退屈そうにしている十人位の集団がいる。
 『キングジョージ』のファンだ。
 恐らく、『キングジョージ』の出番が最初だと聞いて時間を合わせて来てくれたのだ。
 だが、来てみれば別のバンドが演奏していて拍子抜けしているのだろう。

「あれ? まだ出番じゃないんですか?」

 ライブハウスに足を踏み入れた美穂は不思議そうに尋ねた。
 轟音でお互い会話が聞き取り辛い。
 何度も声を大きくして説明した。

「じゃ、今のバンドが終わったら有馬さんのバンドなんですね! 良かった。最初から聴けるから」

 と、彼女だけは上機嫌だ。
 対バンの演奏を聴きながら、スネアのスナッピーを張り替えたりしながら出番を待った。
 せめて出来る範囲内の準備だけはしておこうと思った。
 

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 ドラムセットに囲まれるように置かれたスツールの上に座った。
 リハーサルが出来なかったのが心残りだ。
 バスドラムの音の返りや他の楽器とのバランスを確認したかったが、もうぶっつけ本番で行くしかない。
 それよりも心配なのはスズカだ。
 マイクを手に持ち、ぼんやりと虚空を見つめてしまっている。
 ふと客席の方を見るとラフな服装の観客達から、一歩離れたところにモッズスーツの男が立っている。
 
(誰だ?)

 雄一は不思議に思った。
 キングジョージのライブには珍しいタイプの客だ。
 対バンの客か?
 それとも、知り合いか何かか。
 客電フッと落ち、ライブハウスが静寂と緊張に包まれた。
 もう、そのことを気にする場合でも無くなった。
 暗闇の中、雄一はスティックでカウントを取った。
 ギターの激しいリフとともにステージが白い照明で照らされた。
 毎回ライブの最初に持ってくる『凱旋』はつかみの曲だ。
 キャッチーでテンポが速く乗りやすいエイトビート。
 スズカの歌声が演奏の海を泳ぐように客に伝わっていく。

(良かった)

 彼女が機嫌を取り戻し、ちゃんと歌ってくれていることに安堵した。
 ファンも拳を突き上げ曲に応えてくれている。
 だが、崩壊はこの後訪れた。
 ギターソロ後のBメロでスズカは歌わなかった。
 ピタリと固まってしまった彼女を、音の壁が囲む。
 黄色と緑の照明が交互に彼女を照らす。
 やがて思い出したかのように彼女は歌い出した。
 だがその歌声は、か細く弱弱しい。

(歌詞が飛んだか......)

 雄一は歯噛みした。
 出演順が変ったことでスズカの中の段取りやイメージが崩れてしまっていたのだ。
 メンタルが弱い彼女は状況の変化に耐えきれず、武器である歌声を発揮出来なくなった。
 何とか演奏でカバーしようとするが、やはり彼女の歌声あってのバンドだ。
 フォローしきれない。
 自分が遅れてしまったのがいけないんだと、雄一は自分を責めた。
 汗が目に入った。
 我慢して目を見開いた時、曲にノリにくそうな客の姿が見えた。
 ベースのツヨシがこっちを振り向いて何事か言っている。
 そうだ。
 知らない間にドラムが走りすぎてギターとベースが着いて行けずにブレまくっている。
 それが客にも波及してしまっている。
 上の空になったせいでいつもの悪い癖が出た。

「しんどぃ......」

 彼女の言葉が聴こえた。
 マイクを通して客にも聴こえたかもしれない。

(なんてことだ......不機嫌になると周りの人間のことを考えなくなるこの気分屋め!)


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 人が四人も集まれば息をするのも苦しいほど狭いライブハウスの楽屋。
 そこでメンバー全員、うなだれていた。
 重苦しい沈黙の中、スズカが口を開いた。

「あたし......バンド辞める」

 驚いた雄一は顔を上げた。

「い......今、何て?」
「やめるって言ったの」

 無表情でそう答える彼女の姿が、契約解除を告げて来た目白部長の姿と重なった。
 
「今日のライブの出来が悪かったからか? それなら謝る。全部俺のせいだ。俺が遅れたせいだ!」
「そうだね」
「え?」

 雄一は謝れば彼女が考え直してくれると思った。
 だが、彼女の意思は固いようだ。

「私はこのバンドに入る時、プロになりたいって言ったよね? アマでやるにしても、ある程度実績を残したいって。ユーイチもそれに応えてくれたじゃん。だから私入ったんだよ」

 そう言えば彼女と最初はそんなやり取りがあったということを思いだした。

「だけど、最近はどうなの? 練習はグダグダだし作る曲もダサいし。仕事優先っていっつも言ってばかり。......こんなんじゃないって思うようになってきたの。だから辞める」

 彼女との約束を忘れていた。
 だから雄一は趣味としてバンド活動に没頭し、知らないうちに彼女との思いにズレが出来て行ったのだ。
 このままずーっとスズカとバンド活動が出来ると勘違いし、甘く考えていた自分がいけなかったのだ。
 
「じゃあね!」

 スズカは立ち上がり、こちらを振り返ることも無く去って行った。
 他のメンバーは彼女の意思を尊重してか、追おうともしなかった。

「お前らいいのかよ!?」

 雄一はそんなメンバー達に八つ当たりするかのように、声を荒げ問い掛けた。
 しばしの沈黙の後、リュウジが重そうに口を開いた。

「なぁ、ユーイチ。バンド、一旦解散にしねえか?」
「え?」

 意外な発言に二の句が継げずにいると、続いてツヨシがこう言った。

「スズカが不満を感じてたのは俺たちも分かっていた。お前が仕事で練習休んでた時に三人で話す機会が多かったからな。確かにあいつが言っていることは当たっているし、俺たちも最近バンドが違う方向に向かっているように感じていた」

 雄一はバンド崩壊の危機に黙って居られなかった。

「それはすまないと思っている。今後はやり方だって考えるよ。だから、後ろ向きなことは無しで、今からスズカを説得に行こうぜ」
「分かんねえのかよ。ユーイチ。俺たちはもう向いてる先が違ってて噛み合ってないんだよ」

 それが今日のライブのこの有様だ。
 そう言わんばかりだった。


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 楽屋に一人残された雄一は、今後について途方に暮れていた。
 仕事もうまく行かない、バンドもうまく行かない。
 気が滅入ることばかりが続く。

「お疲れ様でしたー! ライブすっごく良かったです」

 花束を持った美穂が元気よく楽屋に入って来た。
 そのことにも気づかない雄一は、イスに深く腰掛けうなだれたままだ。


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 美穂の誘いでお茶をすることになった。
 そう言えば、彼女は契約解除の本当の事情を話すと言っていた。
 だが、バンド解散のショックで雄一はそれどころじゃなかった。
 取りあえず二人は星屑珈琲店に入った。
 奥の四人掛けの席から笑い声が聴こえる。
 先程ライブハウスで見たモッズスーツの男と、かつてのバンドメンバー達、つまりスズカらが仲良さそうに話している。
 雄一は嫌な予感がした。
 気付かれないように耳をそばだてて彼らの会話を聴く。

「次の練習、いつにしようか?」
「そうだね。来週火曜日かな」
「それにしても、前のバンドのリーダーには気付かれなかっただろうな?」
「大丈夫だよ。上手いこと言っといたから」

 バンドが解散したんじゃない。
 バンドから雄一が排除されただけだった。

つづく

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おまけ

『凱旋』

作詞:ユーイチ
作曲・編曲:キングジョージ
BPM:180


あの男が還ってくる。
デスマーチに派遣されていたあの男が。
炎上したプロジェクトでの思い出と、多少の睡眠不足でも乗り切れる精神力を手土産に。
還って来るなりこう言った。

「あれは地獄だった」

そして、こう続けた。

「だけど最後は、奇妙な高揚感と連帯感があった」

彼の顔は何故か満足そうだった。
こうやって人間は慣らされて行くのかもしれない。
彼が言うにはプロジェクトルームの下にあるコンビニ。
そのコンビニが一番の勝者なのではないかということだ。
つまりこうだ。

<セリフ ↓>
「何せ、俺たちは朝から晩まで働くわけだ。
 だから食料や飲み物がどうしても必要になる。
 だけど調達する時間すら惜しい。
 そんな時、手近な場所にあるコンビニでいろいろ買い込んだものさ。
 メンバーも遅れを取り戻そうと次々増員され、そのコンビニを利用する奴も右肩上がりだ。
 遂には棚の商品が無くなった。
 店長はウハウハだった。
 俺たちが24時間買い占めてやったからな」
<セリフ ↑>

コンビニやるなら、ITプロジェクトが入居するビルの下が最適だぜ。
あとタクシー。
深夜の客待ちは、ITプロジェクトが入居するビルの下が最適だぜ。

凱旋した勇者の右手には
そのコンビニでしこたま買い込んだブラックサンダーが握られていた。

Comment(6)

コメント

VBA使い

仕事以外でも追い詰められ感出てて、かわいそう。。。

匿名

今回は彼女の対象が違うんですね

ライブ間に合って(?)良かったと思う半分、出番の順番入替えられたらファン側としても困るなって、プロキオンファンの目線半分で思いました

得意先も失いバンドも解散
どん底の主人公の逆転劇を楽しみにしています

湯二

VBA使いさん。
毎度コメントありがとうございます。

プライベートでも虐めてやりました。
良くある音楽性の違いでしょうか。。。
ここから巻き返せるように頑張ります。

湯二

匿名さん。
タイトルのネーミングルールで「彼女」は毎回入れるつもりですが、話の展開上対象が変わることがあるので、ご了承ください。
描写にはないけど、対バンのプロキオンにはちゃんとお礼を言っていることにしています。
まあファンは大迷惑ですね。
ありがちな展開だけど、ここから巻き返せるように頑張ります。

2

「彼女」の指す相手が違って面白いな、と思ったのです
いろんな女性に振り回されながら発展していく主人公の姿が想像できて楽しみです

湯二

2さん。
コメントありがとうございます。
楽しみにしていただきありがとうございます。
>いろんな女性に振り回されながら
なるほど。
そう考えるとこの主人公がちょっとうらやましいですね。

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