常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 失格のエンジニア】第一話 彼女の秘密

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※(注)この小説は「【小説 データベース道は一日にしてならずだよ!】 痛い目見ろ!編」の続編です。お時間に余裕のある方は、是非、前回の話に目を通してから読むと、ちょっと分かり易いかもしれません。

「福島課長、府中屋さんの定例打合せに行ってきます」
「はい。行ってらっしゃい」

 有馬雄一は福島課長から府中屋の案件を任せられていた。
 売上管理システムの保守メンテナンスプロジェクトのリーダーとして。
 といっても、メンバーは彼とPMの福島そして、派遣のPGの三人だ。
 社員三十人のソフトハウスであるステイヤーシステムは、派遣で客先に常駐している社員が全体の七割いる。
 残りの三割は雄一のように顧客から発注された請負いの仕事をしている。
 社長としては派遣での仕事を極力減らし、一括請けの仕事を増やして行きたいと考えている。
 その中でも、雄一は数少ない一括請け案件のリーダーとして期待されていた。

「サーバリプレースの提案も一緒にしてこようと思ってます」
「そうだな。保守契約も来月で一旦切れるからね。次につなげるためにも提案しておいてくれ」

 府中屋は県下でも有数の菓子メーカーだ。
 主力商品である『銘菓 黒蜜玄米餅』は玄米の入った餅に、別添えの黒蜜と黄な粉をかけて食べるというひと手間が受けて定番のお土産になっている。
 雄一は二カ月前、前任者の退職に伴い後任としてこの府中屋の案件を引き継いだ。
 仕事としては定期的な保守と、ちょっとした改修が主なものだ。
 カバンに筆記用具とノートパソコンを入れ、出発しようとドアノブに手を掛けた時、後ろから呼び掛けられた。

「有馬君。ちょっと帰りに電源タップとLANケーブル買って来てくれない?」

 振り返ると、総務課の安田桜子が立っていた。
 白いブラウスにチャコールグレーのベストとタイトスカートという制服姿の彼女は、笑顔でこう言った。

「領収書、ちゃんともらって来てね」
「は、はい」

 雄一は半年前、セントライト化粧品のプロジェクトで起きた障害を彼女の助けを借りて乗越えることが出来た。
 神業に近い判断力と知識で復旧を指導した彼女の姿を目の当たりにした時、雄一はこう思った。
 
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(俺もこんな人になりたい!)
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 それは、雄一にとって自分が変わるきっかけにもなった。
 この業界で目指すべき人が出来た瞬間だった。
 彼女に近づきたいと思い、一度はデータベースエンジニアの道を歩みかけた。
 だが、前述の社内的な諸事情により、この府中屋のプロジェクトに参画することになった。
 ここに来て彼は業務SEとしての道を歩んでいた。

「安田さん」
「なに?」
「これから府中屋さんに行くんですけど、データベースで分かんないことあったら電話で質問していいですか?」
「えー? 何? 私がデータベース何て分かるわけないじゃん!」

 しらばっくれられた。
 首を傾げた時、ふわりと長い黒髪が揺れた。
 切れ長の目が更に細くなる。
 可愛らしい笑顔だ。
 あの障害対応の時の鬼の形相はどこに行ったんだろう。

「なんで、あなたは......」

 それだけの技術力を持っているのに、それを隠すのですか?

「有馬! 早く行け! お客さんが待ってるぞ」

 問い掛けようとしたとき、福島から怒鳴られて雄一はすごすごと外に出た。
 桜子も福島も何かを隠している。
 彼女にはきっと、そのスキルを発揮出来ない秘密があるのだ。


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 木製の外階段をギシギシいわせながら、雄一は二階にある府中屋の経理課がある事務所に向かった。
 ちなみに一階は工場と物流倉庫になっていて、府中屋の商品を積むべくトラックが出たり入ったりしている。
 二階の事務所に一歩足を踏み入れると木の床がミシミシと言った。
 年季の入った高さの違う事務机が凸凹に並べられている。
 蛍光灯は一個飛ばしに間引かれていて、暗いところと明るいところがまだらに点在する。
 黒い閉じ紐で止められた書類の束がバインダに閉じられることなく雑然と置いてある。
 未だに木造の建物の中は、空調の調子が悪く三月なのに何だか暑い。
 錆びついた鉄の羽を持つ扇風機が風を送っている。

(相変わらず昭和ぽいな。ここは)

 来るたびに雄一はそう思う。

「あ、有馬さん。お疲れ様です」

 雄一の来訪に気付いた女性が席を立った。
 お辞儀した時、若干茶色く染めたショートボブの髪がなびいた。

「新山さん。お疲れ様です。笠松部長は?」
「今、ちょっと工場の方に行ってます。すぐ戻って来ると思うんで、会議室で待っててください」

 経理課主任の新山美穂は申し訳なさそうに言った。
 彼女の年齢は知らないが、話は合うから同い年あたりだと雄一は推測している。
 促され会議室に通された。

「お茶、淹れて来ますね」

 美穂はそう言うと、部屋を出て行った。
 一人残された雄一は部屋の中を見渡した。
 三人ずつ向かい合って座れるくらいの応接セットがある。
 その椅子は所々破けてスポンジが飛び出していた。
 机にはガラス製の大きな灰皿が置いてある。
 その周りにはところどころ焦げた跡がある。
 ホワイトボードは無く、代わりにチョークの痕でくすんだ黒板が壁に掛けてあった。
 
(ものを大事にする会社だなぁ......)

 と、雄一は皮肉交じりにそう思った。
 これまで府中屋の情シス兼経理課の笠松理部長とは何度かサーバリプレースについて話したが、動いている物をわざわざお金を掛けて取り替えるという考えが無いらしい。
 それは府中屋の社内を見渡せば良く分かる。
 恐らく、システムに関しては故障するまで使い続けるのだろう。
 そうなってからの対応では遅いのに。
 しばらくして、ドアをノックする音が聴こえた。

「お待たせ」

 赤ら顔で少々頭が禿げ上がった小太りの男性が入って来た。
 府中屋の作業着を羽織り、下はスラックスで足元は草履といったラフな格好だ。

「笠松部長。お疲れ様です」

 雄一はソファから立ち上がり一礼した。
 美穂が湯呑を三つ乗せたお盆を持って入って来た。


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 定例の打ち合わせは滞りなく進んだ。
 雑談中、雄一は頃合いを見計らってこう切り出した。

「笠松部長。そろそろリプレースを検討しませんか?」

 十数年間使い続けて来た府中屋の売上管理システムは、VB6(VisualBasic6)とORACLE9iで作られていた。

「何度も言ってるじゃないか。動いてるんだから変える必要無いって」

 とっくにサーバもソフトウエアも保守期限が切れている。
 従ってサポートセンターに問い合わせることは出来ない。
 つまり何か起きても自力で解決しないといけない状況だった。
 府中屋では予算が無いということで、ずっとリプレースすること無くこの時代に取り残されたかのようなシステムを使い続けていた。

「いやいや、今はいいかもしれませんが、何か起きてからでは遅いんですよ。そのたびに業務が滞っていては問題でしょう」
「その時は、手作業で何とかするよ」

 手作業というのは紙の台帳とかノートとかに手書きで何とかするということなのだろうか。
 それじゃシステムを入れた意味が無いじゃないか。

「部長。それって大変なんですよ。あとで手入力したものをシステムに間違えないように打ち込まないと行けないんです。二度手間なんですよ」

 経理主任としての立場から美穂が助け舟を出してくれた。

「だから、忙しいときは派遣の人を一人つけてるじゃないか。その人を上手く使ってやってくれよ」
「派遣の人がいるのは年度末の締め作業の時だけじゃないですか。いつもいるとは限らないでしょ」

 二人が言い合いをしているのを見ながら雄一は考えていた。
 契約書には、ユーザから契約更新について何も意見が無ければそのまま延長ということが記されてはいる。
 お互い暗黙の了解で、いちいち契約のことを言わなければ自動更新で来年度も一年間保守契約を結ぶことになる。
 だが、そんな受動的なことでは今後のためにならない。
 大きな仕事をここで確約しておいた方が会社とそして自分の将来のためになる。
 リプレースの案件が受注出来れば、現行保守契約の売上とリプレース案件の売上が同時に取れる。
 それを実績に府中屋の大きな案件に食い込んで行けると思っていた。

「とにかく、動いてるものをわざわざ変える必要も無いじゃないか」

 だが、目の前の部長が、なかなかリプレースの必要性を理解しようとしていなかった。
 埒が明かないと思ったその時、ノックの音が聴こえると同時に人が入って来た。

「部長、商品データを参照したら画面が落ちます」

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

同い年だあたりだと→同い年あたりだと
入れて来ますね→淹れて来ますね(まぁ、入れて、でも間違いではないかな)

おお、続編ですか。楽しみですね!
安田さんの秘密が明らかに!?

ところで、続編なら【小説 データベース道は一日にしてならずだよ!】 ○○編 やと思ったんですが、違うタイトルなんですね。

湯二

VBA使いさん。

コメントいつもありがとうございます。
校正ありがとうございます。
自分でも読み返してるんだけど見落としてしまいますね……

「【小説 データベース道は一日にしてならずだよ!】 失格のエンジニア編 その1」
ってしてプレビューで見たら長すぎるんですよね。
あと、その1とか、その2だとタイトルが簡素過ぎるなあと思って、こうなりました。

週一ペースで更新する予定なのでお楽しみに。

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