常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】最終話 十年後に

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 あれから一週間経った。
 特に何も問題無く平穏な日々が続いている。
 体制が特に変わるということも無かった。
 小山は戻って来ることは無く、本社で海外プロジェクトに向けての研修を受けている。
 石川は四苦八苦しながらもサブリーダーとして仕事をしている。
 幸一郎はといえば、慣れないDBAの仕事も多少は板について来た。
 今は、フェーズ2に向けてデータベースの再設計を行っている。
 渚沙は少しずつプログラマから設計にシフトして行っているようだ。

「キーンコーンカーンコーン」

 定時になると同時に幸一郎はカバンを手にし、職場を後にした。
 一階のロビーで太田社長が待っていた。

「おう」
「お疲れ様です」

 二人は連れ立って、職場近くにある居酒屋「梅の桜」へ向かった。


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 個室に通された。

「この前の対応、お疲れさん」
「ありがとうございます」

 すでに席に着いて待っていた楠木部長に労われた。
 太田社長は楠木部長の隣に座り、幸一郎は二人に向かい合うようにして座った。

「なんだ? なんか色々有ったか?」

 事情を知らない太田社長が興味深げに訊いて来た。

「先日、大竹君の神対応で大障害から復旧出来たんだよ。まったく、よくやってくれました」

 瓶ビールが三本運ばれて来た。
 幸一郎のコップに楠木部長はなみなみとビールを注いだ。

「おっとっと」

 こぼれそうになる泡を指で拭った。

「カンパーイ」

 暑さと緊張でのどがカラカラの幸一郎は一気にビールを飲み干した。

「じゃ、大竹に特別手当を与えてくれよ」
「それは契約に入っていないから」

 ガハハと二人は笑った。
 目の前のぬらりひょんとタンコロリンが、いつものやり取りを始めた。


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 コース料理の最後、デザートのゆずシャーベットが運ばれて来た。

「で、大竹君、今日は何の目的で?」

 楠木部長が訊ねた。

「小山君が送られようとしている海外のプロジェクトについてです」
「それがどうした?」
「彼の代わりに、私をそのプロジェクトに送っていただけないでしょうか」

 しばしの沈黙が流れた。
 幸一郎はやはり唐突過ぎたかな、と思った。

「なんで?」
「そこでデータベースの仕事をしたいんです」

 幸一郎は毅然としてそう言った。

「なるほど。だが、今の君の立場はDBAじゃないか。今のままだって十分にデータベースの仕事が出来るだろ。わざわざ海外に行く必要無いよな」
「確かに......」

 確かにそうだ。
 だが、幸一郎にとっては、それはどうしても行わなければならないことだった。

「小山のために行こうとしてるんなら、それは行かせられないな」
「は、はい......」

 楠木部長の口調は、全てを見抜いているかのようだった。
 そして、付け足すようにこう言った。

「自分のために行こうとしてるなら別だけどな」
「え?」
「小山は知ってんのかな?」
「知らないです」
「大竹君......」

 幸一郎の手際の悪さに、楠木部長が苦笑いしている。
 こうすることで小山が喜ぶと勝手に思っていた自分が恥ずかしくなった。
 よく考えれば、当の本人が賛成しなければ意味が無い。

「あいつも呼ぶか」


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「大竹、お前、本当に行きたいのか?」

 話を聴いた小山は戸惑っているようだ。

「大竹、本当にいいのか?」

 幸一郎は黙ってうなずいた。

「本当か?」
「......ああ」

 小山はしつこく聴いて来た。
 幸一郎はいい加減に鬱陶しくなって来た。
 そして、酔いも回って来たのも手伝って、叫ぶようにこう言ってしまった。

「しつこいな! 何度も行きたいって言ってるじゃないか! これが僕のやりたいことなんだよ!」

 幸一郎以外の者はあっけに取られて、何も言えないでいる。
 本当は、

「お前と水谷さんが付き合うのが一番良いんだよ! だから僕が海外に行く!」

 と言おうとしたのに、直前で別の言葉が出た。
 してみると、幸一郎の深いところでは、心の変化が起きているのだろう。
 話を聴いた小山は何だか嬉しそうだ。

「しかし、外注はなぁ......そういう海外とかに出せるかなぁ」

 楠木部長が腕を組んで考え込んでいる。
 太田社長が会話に割り込んで来た。

「なあ、楠木。大竹がこんなに真剣な表情で、やりたいって言ってるんだ。こいつが自分からこんなこと言うの初めてなんだ。俺からも頼む」

 卓に額をこすりつけ、太田社長がお願いしている。

「部長、昔こう言ってたじゃないですか」

 小山が楠木部長のかつて語った言葉をそのまま復唱した。

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「うちは外注だからと言って、特別扱いもしないし不利な対応もしない。実力があればそれなりの権限も地位も与える」
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 その言葉は幸一郎も、確か酒の席で聴いたことがある。

「ははは。こりゃあ一本取られたな」

 楠木部長はひとしきり笑うと、こう言った。

「分かった。大竹君。行って来いよ。行って来て成長して戻ってこい」

 それを聴いた太田社長はギョロ目を細めてこう言った。

「特別手当を出せよ。ちゃんと」

 またお金の話だ。
 仲良く話している二人を見ていて、幸一郎は思った。

(なんか僕と小山を見てるみたいだな)


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 楠木部長と太田社長が路地裏の横町に消えていくのを確認すると、小山と幸一郎は夜の街をどこへ行くともなく歩いていた。

「でも、いいのか? 水谷とは会えなくなるんだぞ」
「ああ」
「もしかして、俺に気を使ってんじゃないだろうな?」
「もう、違うよ。けど......」
「けど?」
「水谷さんの事、よろしくな」


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 こうして、幸一郎は海外に行くことになった。
 そんな彼は海の向こうにわたる前に、一つやるべきことがあった。
 それは、自分の原点である場所へ行くことだった。
 平日のある日に有休を取り、母校である大都会西高校へ向かった。
 夕方5時、真夏の太陽は少しずつ西に傾きつつある。
 事前に須田に連絡し、空手道部の道場を訪問する許可を得た。
 道場に上がると、一人茶帯を締めた部員がいた。

「押忍!」

 元気よく挨拶して来た。

「押忍!」

 幸一郎も道場に上がると一礼をした。
 久しぶりに上がった道場は、昔と変わらなかった。
 雑巾で磨かれた板の間。
 天井の柱から鎖が伸びている。
 ギシッと、サンドバッグが吊り下げられている。
 右の壁にはキック用のマットが貼り付けてあり、左の壁には部員のロッカーがある。
 正面には道場訓が納められた額と神棚。
 そして

「あ」

 自分と大山先生のツーショット写真が額に飾られている。
 高校二年の県大会個人形優勝の時の写真だ。
 この後、幸一郎はインターハイに出場し準決勝まで進んだ。
 道着を着た二人は笑顔で写っている。
 幸一郎の手にはトロフィーが握られている。
 隣では大山先生が腕を組んで満足げな表情だ。

「大山先生......」

 幸一郎は胸が熱くなった。
 大山先生はずっと幸一郎を忘れることなくこうして覚えていたのだった。
 スマホを取り出し、待ち受け画面にしている大山先生と、額に飾られた大山先生に礼をした。

「大竹さんですよね」

 おずおずと、部員が声を掛けて来た。

「おう」
「須田先生から今日来るって聞きました。初めまして。部長の金沢です」

 スポーツ刈りで面長の金沢は、もう一度礼をした。
 
 彼が言うには、現在、部員は彼一人なのだそうだ。
 他に三年生の部員が二人いたが、大学受験を理由に引退している。
 金沢自身は親の家業を継ぐとのことで、受験勉強の必要が無い。
 こうして引退すること無く、一人自主練しているのだそうだ。

「まあ、自分たちの代で廃部になるんですけどね。最後の三年生です」

 それを聴くと幸一郎は寂しくなった。

「金沢君は、卒業しても続けるのかい?」
「しばらくは家の仕事が忙しいし、地方に行ったりもするんでちょっと落ち着くまで休止します」
「そっか......」

 大山先生の今の消息を訊いてみた。
 だが、彼は知らないと言った。
 大きく顔の前で右手を振るその仕草が、ちょっとわざとらしいと思った。 
 そう言えば須田にも電話でやり取りした時に訊いたが、分からないと言っていた。
 その時の口調はどこか、ぎこちなかった。
 本部道場のホームページも確認したが、大山先生のプロフィールが工事中になっている。
 電話で問い合わせてみた。
 しばらく待たされた後、個人的なことなので応えられないとの回答が返って来た。

「大竹さん、大山先生がずっとあなたのことを言ってましたよ」
「え?」
「あいつみたいに熱心に練習したら、報われるって」

 大山先生はずっと、幸一郎のことを思っていたのだった。


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「ベタ足になってる」 
「押忍!」
「残心を残さんか」
「押忍!」

 頼まれて、金沢に形の指導をした。
 幸一郎は靴下を脱ぎ裸足になって指導をした。
 途中からネクタイも上着が鬱陶しくなったので、脱ぎ去った。
 金沢は大山先生の指導を受けていただけあって形は上手い。
 ただ、部員が少なく切磋琢磨する機会が少ないため、どうも慣れていない部分はあった。
 一しきり、形の指導が済むと、

「組手、お願いします」

 幸一郎は組手に関しては大の苦手だったが、後輩にお願いされては断る訳にも行かなかった。
 拳にサポーターを付けて向かい合った。
 気合とともに、二人同時に構える。
 金沢は、幸一郎にとって特にやりにくいサウスポータイプだった。
 あっけなく、幸一郎は右のフェイントを交わすことが出来ず、それを鼻の頭にまともに喰らった。
 そのまま後退してしまい、腹に一発左を喰らうと「だだだ」と更に後ろに後退した。
 背後の壁に激突し、ガタンと、大山先生とのツーショット写真が頭に落ちて来た。

「大丈夫ですか!?」

 金沢が心配そうに声を掛けた。
 埃が舞う中、幸一郎は写真を頭からどけた。
 その拍子に、額の裏からヒラリと一枚の紙が落ちて来た。

「あ」

 その紙にはこう書かれていた。

<
 大竹へ

 やはり、ここに来たか。
 勝洞館の跡地で、空を観ろ。
 そうすれば、わしの居場所が分かる。

               大山益義
>

 それは紛れも無く大山先生の筆跡だった。
 先生は幸一郎がここに来ることを予測していたのだ。
 そして、メッセージを残した。
 この通りに実行すれば、大山先生に会うことが出来る。

「空を観ろ......」

 そのキーワードで幸一郎は何をすべきか理解した。

「大竹さん」

 金沢がニコリと笑った。

「何かヒントが見つかりましたか」


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 太陽は落ち、月と星が真っ暗な夜空にきらめいている。
 幸一郎は、勝洞館(しょうどうかん)の跡地に立っていた。
 かつて大山先生から薫陶を受けていた場所だ。
 道着を着て、大地に裸足で立っていた。
 道行く人が不思議そうな顔をして見ている。

 深呼吸をした。
 自然体八字立ちになった幸一郎は、両肘を伸ばし、四指を揃えて右手を上に重ね親指を底辺とした三角形を作った。
 金的の前に手甲外向きに構える。
 両手の構えそのまま、静かに額の斜め上に止め、三角形の指の間から空を観た。
 

(あれだ!)

 正面の山の中腹に緑をくりぬいたように、茶色い大地が見える。
 そこには、勝洞館そっくりの建物があった。
 ただ、それは、かつてのそれより一回り大きい。

(大山先生......)

 幸一郎はそのまま自身の得意形である『観空大』を演武した。
 そして、その場所へと向かった。


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 道着を着て走る幸一郎を、身軽にこれまた道着姿の小学生の少年、少女たちが追い抜いて行った。
 幸一郎は子供たちに導かれるように道場に向かって走った。
 
「ちょ......ちょっと、君......」
「なんだよ!?」
「教えてくれないか? なんで大山先生は道場を移転したんだ?」

 運動不足で息も絶え絶えの幸一郎は、何とか一人の少年の袖を掴んで訊いた。

「なんだ、おじさん。知らないのかよ」

 その少年たちが言うには、大山先生は空手業界で出世して道場を立て替えたらしい。

(何だよ。人騒がせな)


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「着いた」

 荒い息を整える。
 幸一郎はこの期に及んで、まだ道場に入ることが出来ない。
 大山先生は自分を許してくれるのか、もし許してくれなかったらと思うと、怖くてたまらない。
 しばらく立ち尽くしていると、少年、少女たちが復唱する道場訓が聴こえて来た。
 
 「一つ、人格完成に努めること。
  一つ、誠の道を守ること。
  一つ、努力の精神を養うこと。
  一つ、礼儀を重んじること。
  一つ、血気の勇を戒めること」
 
 意を決して中に入った。
 前に進まなかったら一生後悔する。

「押忍!」

 幸一郎が礼をして道場に入ってくると、少年の一人がこういった。

「せんせー、道場やぶりが来たー」

 恐らく道場の剽軽ものであろうキャラ設定のやつがそう言うと笑いが起こった。

「おお」

 大山先生の足音がどたどたと聴こえて来た。

「大竹!」
「押忍!」
「このやろぉ、十年後にやっと返事を持ってきたか!」

おわり

   読者の皆さん、貴重な時間を使って読んで頂き、ありがとうございました。

Comment(10)

コメント

名無しのゴンゴン

毎回楽しく拝見させていただきました。

最終回楽しく読ませていただきました。

長きに渡る連載お疲れ様でした、まだまだ読みたかったです(笑)

次期待しています。

つき

長期間、お疲れ様でした。
いつも楽しく、ハラハラで、しかもOracleの勉強にもなりました。
これからも期待しております。
ありがとうございました。

VBA使い

お疲れ様でした。
第三十一話のコメント、拾っていただいてありがとうございます(笑)

湯二

名無しのゴンゴンさん。
コメントありがとうございます。
振り返ると、去年の八月からずっとやってましたね。
長かった。。。
本当はもっと短いはずだったんですが。
もっと読みたかったとのことで、これはこれで丁度良かったのかな。
次作も形に出来たらいいなと思ってます。

湯二

つきさん。
コメントありがとうございます。
楽しく読んでいただいてありがとうございます。
なるべく、技術のネタを入れたけど、技術と関係ない話の回もあったりして、いいのかなこれでって思うこともありました。
次の作品でもよろしくお願いいたします。

湯二

VBA使いさん。
コメントありがとうございます。
しっかり使わせていただきました。
提案して頂ければ、活用します。
キン肉マンの超人募集みたいな感じです。

はる

最終話ということで初めてコメントさせていただきます。
毎回楽しみにしていました。とても面白かったです。
私もIT業界で働いており、なんだかソワソワしながら読んでいました。
次回作も楽しみにしております。

湯二

はるさん。
コメントありがとうございます。

お仕事お疲れ様です。
IT業界のあるあるとか、もしこんな障害が起きたらとか、色々考えながら書いてました。
面白いと感じてもらえてうれしいです。

次も何となく考えているので近いうちに、また載せます。

atlan

久しぶりにインカコーラ飲んだもんなぁ

湯二

atlanさん。
コメントありがとうございます。

インカコーラの件、ありがとうございました。
取材と称して、夜のドンキホーテまで行ったのが懐かしいです。
次回作でも登場させます。

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