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【小説 エンジニアの事故記録】第四十四話 初恋にサヨウナラ

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 第167回 全国高等学校野球選手権大会(甲子園)
  ・決勝戦
   大都会西高校 対 博田中洲高校
   試合開始 13:00~

   大都会西高校 1900年創立の公立校。野球部も同年創部で、今回が初出場。決勝進出は公立高校としては五十年振りの快挙。普通科と被服科があり、かつてインターハイ常連だった空手道部が有名。現在は女子ボクシング部が盛ん。
   博田中洲高校 1960年創立の私立校。野球部は1980年創部。甲子園の常連校で、春四回、夏五回の優勝を誇る強豪。今大会で春夏連覇を目指す。OBに内倉健之助(博田ハードバンクイーグルス)や池戸正治(宮島フィッシュズ)ら。

 ヤフーニュースで試合の開始時間を確認した幸一郎はため息を吐いた。
 野球は特別好きなわけでもないが、母校の野球部となれば話は別だ。
 特に友達でもあり恩人でもある小山が属していた野球部が甲子園優勝を賭けて戦うのである。
 今すぐにでも、サーバ室を飛び出して行った彼を追いかけて、一緒に観戦したいという思いが募りに募っている。
 時計を見ると朝9時半。
 大都会から甲子園球場があるナニワまで、新幹線で3時間掛かる。

(今から行けば試合開始までに間に合う)

 ディスプレイを前にじっとしていた身体がウズウズして来た。
 データベースの負荷は少しずつ上がって来ている。
 徐々に顧客が使い始めた証拠だろう。
 ただ各種リソースについては、異常なディスク待ちや、CPUの高騰なども無く平穏だ。

「分かった。今開ける」

 吉田課長が電話で誰かとやり取りしているのが聴こえた。
 課長が開けた扉からの隙間から、黒い影がふらつきながら入って来た。

「石川さん!」

 渚沙は驚きの声を上げ、膝をついて息を荒くしている彼女に駆け寄って行った。

「ん......大丈夫」

 渚沙から貰ったペットボトルの水を一口飲むと、落ち着いたのか立ち上がり、幸一郎の方に歩いて行った。

「石川さん......」

 彼女は素足にボロボロのクロックスを履いていた。
 服装は上下あずき色のジャージで、ところどころ破けていたり木の葉や小枝が付いたりしている。
 長く綺麗だった黒髪は、今や見る影もなく痛んでいて光が当たっているところは薄茶色っぽくなっていた。
 だが、彼女のすっぴんの顔は疲れた様子など微塵も無かった。
 むしろ、何かに突き動かされたかの様な、精悍な表情だった。

「よく頑張ったわね」
「は、はい......」

 幸一郎は満身創痍の彼女に気圧された。
 あの九州の山奥にある研修所、つまり鬼教官の元から脱走してきたのだろう。
 九州から大都会まで一晩掛けて、どういう移動手段で来たのだろうか。
 この姿を見れば命掛けの逃避行だったということが分かる。
 彼女は自分が作り育てて来たデータベースを守るためだけに、ここに来たのだ。
 チラ、と石川はデータベースの負荷状況が表示されているディスプレイを見た。
 しばらくして、彼女の表情は穏やかなものになった。

「どうやら、うまく行ったみたいね」
「はい」

 幸一郎は自然に席を石川に譲っていた。
 彼女はディスプレイに向かうと、データベースの状態を確認するためにアラートlogを確認し始めた。

「大竹君、ありがとう」
「はい」
「あとは私に任せて」

 吉田課長が二人のやり取りをじっと見ている。
 DBAは幸一郎になったのだから、石川の今の発言は注意すべきなはずだ。
 だが、課長は何も言わなかった。

「あ、石川さん。一つ訊いてもいいですか?」
「なに?」

 幸一郎は復旧後、原因は分からないが各機能の速度が向上したことを話した。

「なるほどね」
「なんででしょうか?」
「大竹君。AWRレポートって見たことある?」

 幸一郎は首を横に振った。

「ORACLEデータベースの性能とか負荷とかをhtml形式で出力したレポートよ。特定の日時と日時の間、どんなSQLが実行されてディスクIOやCPUがどれくらいだったか、どれくらい実行に時間が掛かったか、とかが分かるの」

 石川はディスプレイに向き直りAWRレポートを出力するコマンドを実行した。
 彼女は二種類のレポートを出力した。
 一つは、今日の8時から9時の間をスナップショットしたレポート。
 もう一つは、昨日の8時から9時の間をスナップショットしたレポート。
 昨日と今日の同じ時間帯のレポートを二つ並べ、説明した。

「例えばこの『select * from kokyaku;』っていうSQLの『Elapsed Time(s)』を比べて見てよ。今日の方が少ないでしょ」

 昨日のレポートは600秒だったが、今日のレポートだと60秒になっている。

「で、ですね」
「これが速さの理由よ」

 他のSQLも比較してみたが、一様に『Elapsed Time(s)』は今日の方が少ない。
 つまり、どのSQLも実行時間が短くなったということだ。
 それでシステム全体の性能が上がったとお客が感じているのだろう。

「さあ、なんでSQLは速くなったのでしょうか?」

 幸一郎が疑問に思っていることを、石川が問い掛けて来た。
 すぐに答えられず四苦八苦考え込んでいる幸一郎を見て、彼女はいたずらっ子のような顔をして笑っている。

「full scanの動きは知ってるよね?」
「えっと、テーブルを先頭からハイウオーターマークのところまで検索する動きですよね」
「ビンゴ。その動きと今回の事象が関係あるんだけどなあ」

 またも幸一郎は考え込んだ。
 数秒間して、石川は答えられそうも無いと判断したようだ。

「インポートする前にテーブルをtruncateしたからよ。truncateしたからハイウオーターマークが下がったの。検索範囲が狭まったことでfullscanするSQLが速くなったのよ」
「なるほど!」

 そう言われて幸一郎は納得した。
 要はパソコンで言うところのハードディスクのデフラグみたいなことだ。
 truncateしてデータの入れ直しを行ったことにより、データ格納効率が上がった。
 そのせいで検索性能が上がったと考えられる。

「DBAとしての常識よ。まだまだね」

 そう、自分はDBAとしてはまだまだだ。
 だが、この短期間でデータベースの楽しさや厳しさと言うものは理解できた......つもりだ。
 それにしても、小山はこのことまで見越して事故を起こさせたのだろうか。
 まあ、彼なりの顧客への罪滅ぼしと取ればいいか。

「大竹君、行くんだろ?」
「は、はい?」
「甲子園だよ」

 吉田課長からその言葉が出るとは思わなかった。
 データベースは石川に任せるということなのだろう。
 なんだかんだで、色んな事が収まるところに収まって行ったような気がした。
 小山も、もしかしたらプロジェクトに戻るんじゃないか。

(ん? まてよ)

 そうなると自分はどうなるんだろう?
 と幸一郎は思った。
 ふと、渚沙の方を見た。
 もしかしたらプロジェクトからいなくなるのは小山では無く、自分なのでは無いかという不安が持ち上がって来た。

(せっかく渚沙と恋人同士になれたのに離れ離れなんて嫌だ!)

「吉田課長」
「何だ?」
「水谷さんも今日は疲れています。一緒に息抜きに連れて行っていいですか?」

 幸一郎は我ながら彼氏らしいことが言えたなと思った。
 突然の提案に渚沙は目を丸くして驚いている。
 少々迷ったような素振りを見せた。

「すまんが水谷、午前中は業務チームとして立ち会ってくれ」

 吉田課長にそう言われた渚沙は黙って頷いた。
 幸一郎は彼女との初デートのチャンスを逃し、落胆しながらサーバ室を後にした。


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 幸一郎はナニワ行き新幹線を、人もまばらな駅のホームで待っていた。
 脂汗でじっとりした身体をシャワーで清めたかったが、如何せん試合開始に間に合わないため、諦めた。
 好物の柿の葉寿司とグラビア週刊誌を手に、ちょっとした旅行気分に浸っていた。
 真っ青な空にソフトクリームみたいに盛り上がった入道雲を見た時、まさに真夏の中にいるんだと思った。
 ここに渚沙がいたらと思うと、多少切ない気持ちにはなったが。
 それにしても、数時間前まで死闘の渦中にいたのが嘘のようだ。
 やって来た新幹線に乗り込む。
 平日の午前中のせいか、それほど混んでもおらず自由席に容易に座れた。
 席に深く座り、フーっと深いため息を吐くとどっと疲れが訪れた。
 柿の葉寿司の封を解き、一口試す。
 酢飯の酸っぱさと飯の固さの絶妙さに舌鼓を打った。
 一口、二口と食べ進めるとそれが呼び水となり、ずっと緊張で封じられていた食欲が蘇って来た。
 急いで食べたせいで喉が詰まった。
 慌ててペットボトルのお茶を一口ごくりと飲んだ。
 一しきり食べ終わると、週刊誌を開いた。
 メンバーが色分けされたアイドルグループの一員である紫担当の娘が、白地に赤と茶色のチェック柄のビキニを着て砂浜で寝そべっている。
 薄目を開けて、こちらに向かって微笑んでいる。

(おお......)

 幸一郎は、これまた緊張で封じられていたオスとしての本能が蘇って来たことに気付いた。
 渚沙のビキニ姿が見たいと思った。
 そして、彼女とも是非、泊りがけで海水浴にでも行きたいと思った。

 ぼんやり車窓を眺めながら、幸一郎は昨晩小山と話したことを思い出していた。

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「そう言えば、海外に行くとどんな仕事するんだ?」
「俺も驚いたんだけどよ。何かデータベースの仕事らしいんだよ」
「データベース......」
「その国は数年前、独裁体制が崩壊したんだ。いろんな国からの支援で今、経済が急速に発展しているんだ。元々は資源の宝庫だったし統治の仕方さえ改善されれば将来的に先進国に及ぶくらいの大国になるんだそうだ。まぁ、まだ多少の内乱はあるようだが......俺たちニッホン人とは友好な関係を築いている国だから大丈夫だと聞いている。で、その国は経済の発展にまだ情報システムが追い付いていないんだ。そこに目を付けたうちの会社がグローバル展開と称して、その国での情報基盤というかインフラの仕事を請負ったんだ」
「へぇ......」
「で、まあネットワーク、サーバ、データベースもあるんだけど、既に他のメンバーは現地入りして開発が進んでるんだ。そこでデータベースエンジニアの空きが出来たらしい。そこでまあ、将来のリーダー候補としても行くんだけどまずはデータベースエンジニアとして頑張ってくれって話なんだ」
「そうなんだ......」
「なんの縁だか知らんが、お前と同じように俺もデータベースに四苦八苦してるってわけだ」
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 新幹線は12時45分、ナニワ駅に着いた。
 ここからバスに乗って甲子園球場まで3分で着く。
 バスに乗れさえすれば、試合開始までに間に合いそうだ。
 行列は駅の改札から蛇行しながらも50メートルくらい先のバス停まで続いていた。
 正直にこの行列に並んでいたら、試合開始に間に合いそうもない。

(走るか!)

 幸一郎はそう決心すると、勢いをつけてダッシュした。
 時速40kmのバスで3分ということは、駅から甲子園まで約2km。
 高校の頃、空手部の練習の一環としてよく部員とマラソンをしていた。
 当時、幸一郎は1kmを6分で走っていた。
 世間的には足が速い人間の記録ではない。
 幸一郎は自分の走力の限界に挑戦することにした。
 靴擦れの痛みに耐えながらも革靴で1kmを4分で走り、靴試合開始約5分前に甲子園に到着した。


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 球場内の通路を抜け、スタンドに踏み出した。
 一気に視界が開け、目に青い空と茶色と緑で彩られたグラウンドが飛び込んで来た。
 両耳に大歓声が響いた。

「あ! 大竹君、久しぶりじゃん!」

 小太りで七三分けの男が手をあげて近づいて来た。

「お! 須田委員長」
「委員長はやめろよ。生徒の前で恥ずかしいだろ」

 三年の時、同じクラスで学級委員長だった須田だ。

「せんせー、学級委員だったんですか?」
「えー、意外」
「職員室で没収したエロ本読んでるくせに」

 須田は母校である大都会西高校の教師になっていた。
 現在の須田の素行を生徒たちがからかった。

「こら! 教師をからかうんじゃな~い!」

 今日は応援に行く生徒の引率で来たらしい。
 スタンドを見上げると、黄色いポンポンを持ったチアの衣装を着たガールたちがいた。
 幸一郎はそのミニスカートから伸びたスラリとした足を見て、胸がどきどきした。

「大竹、来たのか」

 振り向くと、小山がジュースの缶を片手に立っている。

「おう」

 何か二言三言話すかなと思ったら、小山はスッと幸一郎の前を通り過ぎ自分の席に戻って行った。
 彼は他の野球部OBと仲良く話している。
 幸一郎は少し寂しい気がした。
 やっぱり、彼女である渚沙が、ここにいて欲しいと思った。


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 試合は一回の表で、先攻の博田中洲高校が三点を取得。
 母校は追いかける形で戦うことになった。
 手に汗握る試合の合間合間に、須田から色々なことを聴いた。

「空手部、今年度で廃部になるんだよ」
「え!?」
「去年、大山先生が定年退職しただろ。で、今は空手の経験なんて何もない俺が顧問をやってるんだけどな。ここ数年部員も少なくなって来て、成績も悪くなってな......今の三年生が卒業したら廃部になることが決まったんだよ」

 幸一郎は大山先生が退職したことも、部がそこまで衰退していたことも知らなかった。
 過去に蓋をして逃げ続けた自分を情けなく思った。
 あの夜に、大山先生に謝るチャンスもあったのに。

「まあ、俺が教師として赴任してきた時から、あの恐ろしい大山先生は元気無かったし、空手部の成績も右肩下がりだったからな」
「そうか......」
「ところで、お前、何で空手やめたんだ? あれだけ打ち込んでたのに」

 右の拳が痛んだ。
 昨晩、毛利を脅すためにタイル壁を殴りつけた。
 そのせいで痛いわけじゃないらしい。


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 午後4時30分。
 3-0で迎えた九回裏。
 母校は3点リードされていた。
 後攻、母校の攻撃で二死満塁の状態だった。
 ここでホームランが出れば逆転サヨナラになる。

<<4番、ファースト田中君。背番号3>>

「頑張れ~! 田中~!」

 数メートル離れた席に居る小山の声援が聴こえて来た。
 田中が打席に着いた。
 一球目、空振り。
 二球目、ファウル。
 三球目もファウル。

「ブルルル」

 突然、幸一郎のスマホが鳴りだした。
 ディスプレイには吉田課長と表示されている。
 目を離せない試合展開だが、仕事の話ならば仕方無い。
 止むを得ずスタンドから離れ、通路まで行き電話に出た。

<すまん、間違えた>

 何だよ!
 と、幸一郎は思ったが、障害発生と思い緊張して電話に出た分、安堵した。
 兎に角、試合が気になる。
 急いで引き返しスタンドに戻る。
 太陽と重なるように白いボールが見えた。
 田中が打ち上げたホームランは、幸一郎たちがいるスタンドまで届こうとしていた。

「やった!」

 歓喜に頬がほころんだ幸一郎の横を誰かが通り過ぎて行った。
 幸一郎はその後姿に見覚えがあった。

(渚沙!?)

 渚沙はフラフラと彷徨うように歩いている。
 昨晩から一睡もしていないボロボロの身体で。

(まさか、僕に会うために!?)

 幸一郎は感動した。
 彼女は午前中まで立ち会った後、彼氏である自分を追いかけてここまで来たのか。

「あ!」

 幸一郎はヤバいと思った。
 渚沙は気付いていないようだ。
 彼女の頭上、数メートル上空に高速スピンが掛かったホームランボールがあることを。
 そして、今まさに、それが彼女の頭に激突しようとしていることに。

「渚沙!」

 幸一郎がそう叫ぶと彼女は振り向いた。
 助けるために走り出した。
 だが、その進行方向には渚沙を挟んで、小山がいた。
 彼もまた渚沙を助けるために走り出していた。

(小山......)

 小山の目を見た時、幸一郎は足がすくんでしまった。
 それほど真っ直ぐな瞳をしていた。
 その瞳には、微笑んでいる渚沙の顔が映り込んでいた。

 怯んだ分の差が出たのか、間一髪でホームランボールから渚沙を守ったのは小山だった。

「大丈夫か?」
「う、うん」

 渚沙は小山の右手に握られたホームランボールをじっと見たまま黙っている。
 事態がようやく飲み込めたようだ。
 顔を上げ、小山の顔をじっと見ている。

「仕事は大丈夫なのか?」
「うん」
「何でここに?」
「だって......小山君。海外に行っちゃうじゃない。だから、その前に君と一緒に野球が観たかったんだ」

 大歓声でとぎれとぎれにしか聴こえなかったが、つまりはそういった会話が耳に入った。
 幸一郎は踵を返すと、球場を後にした。

 そして、ある決心をした。

つづく


※次回、最終話です。(5/11金曜日掲載予定)

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