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【小説 エンジニアの事故記録】第四十三話 甲子園へ行こう!

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 火曜日、1時30分。

 業務動作確認も終わり、システムをお客に引き渡した。
 客先では欠落したデータの手入力が行われているのだろう。
 サーバ室にいるメンバーは、ぐったりと疲れて椅子に深々と座り込んでいる。
 これから報告書を作らないといけないが、そんな気力も無いようだ。
 そんな中、小山が電話で誰かと話している。

「大竹、ちょっと外の空気でも吸いに行くか」

 電話を切った小山が幸一郎の方を向いてそう言った。

「おう」

 今は待ち時間みたいなものだ。
 少しくらい体を休めてもバチは当たらないだろう。


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 星屑珈琲店に入ると、二人は奥のテーブルに案内された。
 そこには、赤江課長と毛利が向かい合ってコーヒーを飲んでいた。
 二人が来たことを確認すると、毛利は赤江課長の隣に移動した。

「お疲れ様です」

 小山は一礼すると、向かいの席に座った。
 幸一郎はどうしようかと思い、立ち尽くしていると、

「座って」

 赤江課長に促された。
 幸一郎は席に着いた。
 しばしの沈黙の後、

「この裏切り者どもが」

 幸一郎と小山はそう言われた。

「ひどいなあ」

 小山は幸一郎の方を向いて、呆れたような顔をした。
 幸一郎はどう反応していいか分からなかった。

「お前たちは約束を破った。だから秘密はバラすからな」

 そう凄まれた幸一郎はビビッてしまい、つい、

「す、すいませんでした!」

 と謝ってしまった。
 対照的に小山は落ち着いていて、大きく欠伸をしたかと思えば、おしぼりで顔を拭っている。

「大竹、何でお前が謝ってんだよ。悪いのは事故を起こすように仕組んだこの人たちだろ」

 小山の態度に腹が立ったのか、赤江課長が憎々し気にこう言った。

「小山、お前の目的は一体なんだ? そこにいる大竹のことを密告してまで我々に事故を起こさせようとしたのは何故なんだ?」
「単純に、私が教えた情報を元にあなた達が暴走しただけでしょ。私は事故を起こすことで吉田課長のプロジェクトを奪うように促した覚えは無いですよ。私は情報と事実を伝えただけです」

 幸一郎の『バッチ殺し』をバラしたのは小山だった。

「なるほど。じゃ、大竹の秘密を楠木部長に伝えることにするか。彼をかばった君も同じように伝えておくからな」

 赤江課長はそう宣言すると、スマホを取り出した。

「待ってください」

 小山はそれを制するように、右手を突き出した。

「何だ?」
「何故、あなたが事故を起こしてまで吉田課長のプロジェクトを奪おうとしているのか。かつて私に話したように、大竹にも話してくれませんか?」
「どうして?」
「大竹がここを首になったとしても、今後の役に立つと思うので」

 少々間があった後、赤江課長はおもむろに語りだした。

「情報システムは人間が作ったのもので、その人間が管理するものだ。管理しているのが人間である以上、ヒューマンエラーは無くすことは出来ないが、0に近づけることは出来る。だが、その努力を怠ったがために事故がいまだに多すぎる。世の中を見渡してみろ。メディアで年にどれくらいのシステム事故が報道されている。過去に遡れば株の誤発注、銀行ATM停止、座席予約不能、レンタルサーバのデータ消失。これらが社会に与えたインパクトは一体どれくらいのものか考えたことがあるか。それだけ大きな事故の裏には、ちょっとした『うっかりでした』、『確認していませんでした』、そんな些細なことが原因なんだ。プロジェクトとして気を付ければ済むことだ」
「人間だから仕方ない部分もありますよ」

 小山が反論した。

「そんなことだから、いつまでも事故が無くならんのだよ。これらが原因で我が社はいくらの損失を出してると思う? 数十億だぞ。数十億。プロジェクトがいくつ潰れると思ってるんだ。私はこのままではダメだと思った。その昔、南国のとある県知事が自分の県を憂いてマンゴー片手にこう言った。『どげんかせんといかん』と。私もそう思った。私はこの業界を『どげんかせんといかん』と思った。そのためにまず自分の会社を変えたいと思った。いずれはこの業界全体を事故の無い世界に変える。変えて見せる。まずその第一歩として吉田のような怠慢な管理で事故を多発させているようなプロジェクトは私が奪い取り、私の力で変えようと思ったのだ」

 鬼気迫る赤江課長の演説に、幸一郎は絶句した。
 この人はこの人で目的があり、それを達成しようとしていただけなのだ。

「あなたの言うことは正しいけど、あなたのやり方は間違っています」

 小山にそう言われた赤江課長は反論した。

「あいつには、これくらいのことしてやらないと身に沁みないからな」

 店員がお冷を注ぎに来た。
 全員のグラスに水を注ぐと、厨房の方に戻って行った。
 小山は水を一口飲むと、こう言った。

「あなたの今の演説をここに録音しました」

 自分のスマホを指さしてこう言った。

「お互いの秘密は、それぞれで抱え込んでおきましょうや」


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 幸一郎と小山は、星屑珈琲店を後にした。

「赤江課長、凄かったな」
「あの人はいつもあんな感じだよ」

 小山は星空を見上げて、こう言った。

「ある意味、俺が事故と本番作業に慎重なのは、あの人の影響でもあるんだよ」

 黒い夜空に白い星々が点々と瞬いていた。
 職場に戻る道すがら、二人は今日までに起きたことを話した。
 幸一郎には訊きたいことがあったし、小山には話しておくべきことがあった。

「お前の推理通りだよ」

 小山は幸一郎の推理を聴いてそう答えた。

「どのあたりで、そう思った?」
「そうだな、お前がいなくなって事故が増えてきたあたりから、そんな気がしてた。まあ、確信したのはダンプファイルの存在を毛利が知ってたのが分かった時かな」

 『魔の端末』や隠し玉である『ダンプファイル』の存在を小山から聴いた赤江課長は今回の事故を計画し、ベルルーノプロジェクトを乗っ取ろうとした。

「なるほど。でも、あの人はその情報だけじゃ動かなかった」

 慎重な赤江課長は事故を起こしても、DBAである幸一郎や石川がいればプロジェクト内で復旧されてしまう。
 そうなると自分のところのデータベースエンジニアを送り込んで、プロジェクトを巻き取ることが出来ないと考えた。

「そこで、お前の秘密を使わせてもらった」

 『バッチ殺し』のことを聴いた赤江課長は、それをネタに幸一郎をゆすることにした。
 ビビった幸一郎は事故当日休むことを約束した。
 その日に、石川が研修で不在になることも確認した。

「赤江課長としては準備万端だと思ったろうな。だけど、人間そう思い通りには動かないよ」
「そうだな」
「お前が俺に泣きついて来るのは予想出来なかったようだな」

 幸一郎は小山に相談した。
 小山は幸一郎に職場を休まず、事故を防ぐように命令した。
 そして、幸一郎は事故発生当日、吉田課長から呼ばれて職場に向かった。
 途中参戦してきた小山の協力を得て事故を復旧させた。
 ここ数日、起きたことを要約するとこんな感じだった。

「全てはお前の絵図通りになった訳だ」

 小山は頷いた。
 吉田課長に自分の存在とやり方を認めさせることが出来た。
 それで目的を達成したことになる。

「そうだな......お前のことも含めて」
「え?」
「水谷のことをよろしく頼んだぞ」

 もう一つ重要な目的。
 それは幸一郎に借りを返すことだった。
 幸一郎は事故からの復旧を成功させることで英雄になった。
 そのお陰で渚沙と付き合うことになった。

「いいのか?」
「いいも何も、お前はそれだけのことをしたんだから。それに俺はどちらにしてもこのプロジェクトにはいられないわけだし」
「吉田課長もお前の言うことを聴くようになったじゃないか。プロジェクトに必要な人間として海外行きは中止になるだろ?」
「今回の事故は、俺が裏で糸を引いて起こしたようなものだ。そんなやつがプロジェクトにいたらダメだろ」

 幸一郎は何も言えなかった。

「大竹、吉田課長も考え方が変わったから今までのぬるい管理じゃなくなるぞ。DBAとして覚悟しとけよ」

 そう言うと小山はケタケタ笑った。
 シンとした夜の街にその笑い声は響いていった。


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 火曜日、5時30分。

「じゃ、報告書は今日中にお願いしますね。あと、再発防止策の方も」

 富永はそう言うとサーバ室から出て行った。
 窓にはブラインドが掛けられている。
 その隙間から、朝日の光が差し込んでいる。
 停止させていたバッチの手動実行の完了をもって、事故の復旧は終わった。
 現在、ベルルーノの「婦人服通販・売上管理システム」は稼働中だ。
 復旧したとはいえ、異常な状態だったのは確かだ。
 お客からは今日一日、システム稼働に立ち会うように命じられた。
 吉田課長は連絡がついたメンバーに対して、朝9時までに来るようにと伝えていた。
 サーバ室にいる一睡もしていないメンバーには、少し眠るように命じた。
 そうは言ってもすぐに眠れるものでは無かった。
 事故の引き金を引いた福井などは、今でも申し訳なさそうにみんなに謝っている。

「本当にすまん」

 幸一郎は、一番の被害者はこの男なのでは無いかと思った。

「いいんですよ。福井さん。これでみんな作業に慎重になってくれれば事故も障害も減るし、みんな早く帰れるし。あとで振り返って良かったって思える日が来ますよ」

 渚沙からそう言われると、またも目から涙を浮かべた。
 向こうの大机では吉田課長と小山が報告書の作成、そして再発防止策について話し合っている。
 その話し合いを毛利が横で真面目そうに聴いている。
 赤江課長から、そうするように言われたのだろう。

「あの開発にも本番にもつながる端末は、もう本番へ繋がらないようにポートを塞いだ方がいいですよ」
「分かった。そうしよう」

 小山の言うことを吉田課長が素直に聴いている。
 彼がプロジェクトに残ることが出来たら、さっき渚沙が言ったような事故も障害も無い世界が訪れるのかもしれない。
 幸一郎は一人ディスプレイに向かいデータベースサーバの負荷を観察していた。

(CPU、メモリ、ディスクともに異常な動きは無い)

 だが、安心してはいられない。
 早朝なので顧客からの注文は少ない。
 最も注意しないといけないのは、朝9時から夕方にかけての最も利用者が増える時間帯だ。

「はい、もしもし」

 振り返ると吉田課長が電話に出ている。
 会話の内容から、お客からのようだ。

「え、ええ......はい......」

 吉田課長の硬い表情を見たメンバーに緊張が走った。

(もしや、障害?)

 幸一郎は身を固くした。
 思わず毛利の方を見た。
 彼は首を小さく横に振った。

(やつらが仕掛けた障害じゃない? とすると......?)

「あ、そうなんですか。それなら良かったです。わざわざありがとうございます」

 そう言うと明るい表情で吉田課長は電話を切り、みんなの方を向いてこう言った。

「何か、全部の機能が速くなった気がするってお客さんが言ってる。今回の復旧が影響したのかなあ」

 触れたところといえばデータベースのテーブルにあるデータだけだ。
 データをtruncateし、インポートしたことでシステムが速くなるのか?
 幸一郎は疑問に思った。

「そう言えば、停めてたバッチを手動実行した時も、いつもより早く終わったなって思いました」

 室井がそう言うと、そんなことがあるのかとみんな笑い合った。

「まあ、でもいいじゃないですか! 性能が悪くなるよりは」

 小山がそう言うと、またもみんな笑った。
 幸一郎だけはDBAとして、一人考え込んでいた。


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 火曜日、9時00分。
 
 昨晩、連絡がつかなかったメンバーが続々とサーバ室に現れた。
 不在組のメンバーが小山を確認すると、一様に驚きの様子を見せた。

「プロ野球でいうところの助っ人外国人みたいなもんですよ」

 と小山はおどけ、昔、西部チーターズにいたデストラーデのバッティングの真似をした。
 彼に投票した若手メンバーは喜んだ。
 反対に吉田課長に投票した古参メンバーはちょっと気まずそうだ。

「みんな、集合」

 吉田課長の号令でメンバー全員が大机の前に集められた。

「昨晩の事故について説明する」

 吉田課長は事故の概要と復旧の過程、そして今のシステムの状態について話した。
 福井が事故を起こしたということは伏せて説明していた。
 それは、誰しもが事故の当事者になる可能性があることを理解しての配慮なのだろう。
 吉田課長の説明を、小山が横で「うん、うん」頷きながら聴いている。

「まず、今回はDBAである大竹君のお陰で助かった。ありがとう」

 小山が小さく拍手するとそれが伝播して、やがてメンバー全体からなる大きな拍手となった。
 幸一郎は渚沙の方を向いた。
 目が合うと彼女はニコリと笑った。
 幸一郎は自分の彼女となった渚沙を、改めて可愛いと思った。
 ただ、顔が青白く辛そうに立っているのが気になる。
 無理もない、昨日からほとんど食事もとらず一睡もしていないのだ。

「あと......」

 吉田課長は小山の方を向いた。

「小山君はプロジェクトを離れたのに、力を貸してくれました。ありがとうございます」

 渚沙が小さく拍手をすると、若手メンバーから拍手が起きた。
 年配者にもそれが伝播し、やがて大きな拍手となった。

「他の皆さんもご協力ありがとうございました。今回のことで、私も色々と変えて行かないといけないことが分かりました。それに気づかせていただきありがとうございました。」

 吉田課長は頭を下げた。

「では、今後の対応と立会の体制について話します」

 気持ちを新たにしたであろう課長は、みんなに向かってそう言った。

「あ!」

 突然、叫んだ小山をメンバーが一斉に注目する。

「甲子園に行かなきゃ!」

 みんな何のことか分からないようだ。
 中には首をかしげている者もいる。
 幸一郎だけは分かった。
 ずっと極限状態にいて、そのことをすっかり忘れていた。
 今日は母校である大都会西高校野球部の甲子園決勝戦の日だ。

「応援に行かなきゃ!」

 野球部OBである小山はそう言うとサーバ室を出ようとした。

「お、おい!」
「なんかあったら電話ください!」

 呼び止めようとする吉田課長を置いて、小山は出て行った。
 幸一郎もそれに続いて、出て行こうとする。

「君は行っちゃダメ!」

 吉田課長が幸一郎の行く手に回り込んだ。
 薄くなった頭皮が振り乱れた。

「何でですか!?」
「だってDBAじゃん!」

つづく

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