常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第三十七話 冒険に出発!

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 月曜日は吉田課長からの一報が入ってから動くことになった。
 小山が言うには、朝から幸一郎がいると敵が攻撃を仕掛けて来ない可能性があるというのだ。

<例えば、お前が万引きしにスーパーに行くとするだろ>
「人聞きの悪いことを言うな」
<例え話だよ。いいか、そのお前の横にピッタリずーっと万引きGメンが見張ってたらお前は万引きするか? しないだろ? それと同じだ。やつらは事故を起こす現場を見られたくないんだ。万引きだって見られたら捕まるだろ。現行犯逮捕されたらやつらの計画はおじゃんになる。だからお前がいたらやつらは計画を中止するだろう>

 敵である毛利、赤江課長をあえて泳がせておくことで、尻尾を出すのを待つ。
 肉を切らせて骨を断つ。
 それが小山のやり方だった。
 そうは言っても、幸一郎は敵の手口が全く分からなかった。

「グループウエアで月曜日の皆の予定を見たんだ。そしたら本番作業何て誰も予定して無いんだよ。やつらが事故に見せかけて攻撃しようとしてる本番環境データベースは誰も触らないんだ。これでどうやって事故を起こそうとしてるんだろう?」
<......それが分からないところが、赤江課長の狡猾なところだな>

 小山の返答に一瞬間があったのが気にはなったが、幸一郎は構わず話を進めた。

「ところでお前、なんで吉田課長に投票したんだ?」
<......ん?>
「僕はお前に投票した。お前は吉田課長に投票した。そしてプロジェクトから抜けた。お前はあえてそうしたんだろ?」

 電話の向こうで小山が黙り込でいる。
 返答を考えているのか。

「お前が戻って来れるように、プロジェクトは僕が守る」
<......大竹>

 小山の声が震えているような気がした。
 カッコよく宣言してみたが、そうでもして自分を鼓舞しないと逃げ出してしまいそうだ。

<すべてが終わったら、話すよ>

 そう言い残して電話は切れた。


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 月曜日、朝。

 幸一郎は職場を休むという連絡を入れた後、本屋に向かった。
 開店と同時に店内に走り込み、IT関連の書籍コーナーへと向かった。
 目につく限りのORACLE関連書籍を、籠に入れまくった。
 総重量が五キロほどになった籠をレジまで運び、カウンターの上にドンと乗せた。

「カ、カバーはお付けしますか?」

 胸の名札に初心者マークを付けた店員が、十五冊程ある分厚い書籍を目の前にして目を白黒させている。
 恐らく彼女にとって初めての大商いなのだろう。
 しどろもどろにだが、辛うじてマニュアル通りの受け答えをしてくれた。

「五万八千円になります」
「ええ!?」

 値段を良く見ず、勢いだけでどんどん籠に投入していったため、合計金額を初めて知らされて卒倒しそうになった。
 基本的に技術書というのは専門的な内容なので、買う人数が少ない。
 だが、少数の絶対買ってくれる人間はいるので必然的に値段が高く設定されるのだった。
 そんな専門書をいっぺんに十冊以上も買えばそのくらいの値段にはなる。
 幸一郎は不安を振り払うかのように、本を手にとっては籠の中に放り込んでいった。
 ストレスを発散させるために次々洋服やブランド品を買っていく行為に似ていた。
 全額を現金とカードで支払うと、重たい本がぎっしり入った紙袋を両手にぶら下げて家に戻った。
 最後の悪あがきだと思いながらも、やれるだけのことはやっておきたい。
 そう思った幸一郎は、その十五冊を机に積み上げ、上から順に手に取って読んでいった。

 ORACLEの基本的な構成や機能、この辺りは実機で試しながら教わったので復習という感じだった。
 石川から引き継いだ部分は何とか理解することが出来た。
 やはり不安なのは、トラブルシューティング時にこれらの知識が咄嗟に発揮出来るかということだった。
 先日のあの一時表領域障害の大変さが思い出され、不安になった。
 所詮、机上での勉強は勉強にしか過ぎないのだということを思い知らされた。
 有事の際に発揮されるべきは、知識では無く、それらを土台にした知恵と度胸なのだろう。
 幸一郎は、まだ自分がそこまでの地点に到達出来ていないことは、十分承知していた。
 だが、石川も言っていた。

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「始めから、手際よく出来る人なんていないよ」
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 これは色んなものから逃げて来た自分のために用意された、試練なのかもしれない。
 そう思えば覚悟も少しは出来た。
 それにしても、ORACLEは難しく覚えることが沢山あった。
 特にバックアップとリストア関係は、石川からもまだ引き継いでおらず本を読んだだけでは実感が湧かなかった。
 一朝一夕では把握出来ないくらいの膨大な知識を、急いで頭に詰め込もうとして、それが出来ずに気分が何度も萎えかけた。
 昼に一息つこうとテレビをつけた時、大都会西高校の甲子園準決勝戦が放送されていた。
 相手の青田山盛高校に10-0の大差で圧勝していた。
 そして、初出場にして母校は決勝に進出した。
 公立高校としては五十年ぶりの快挙だった。
 幸一郎は満塁ホームランが夏の入道雲に吸い込まれて行った時は鳥肌が立ったし、決勝戦は是非とも現地で観戦したいと思った。
 恐らく、小山も同じ気持ちなのだろう。
 決勝戦は火曜日。
 月曜日の戦いが無事に終われば行くことが出来るかもしれない。
 そう思った幸一郎は、萎えた闘志に僅かに火が着いたのを感じた。


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「ブルルル......」

「ふぁい」
<吉田だけど>
「はい!」

 吉田課長の声で幸一郎は目を覚ました。
 窓の外は真っ暗になっていた。
 いつの間にか眠っていたことに今気づいた。
 時計を見ると21時。

「今から来れるか?」
「あ、あの何でしょうか?」
「データベース事故が発生した」

 幸一郎は遂に来たかと思った。

「何が起きたんですか?」

 電話の向こうで吉田課長は絞り出すような声で苦しそうに言う。

<兎に角来てくれ。話はそれからだ。データが飛んだ。業務が完全に止まっている。今はそれしか言えない。こんな話をしている時間がもったいない早く来い>
 

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 至急、職場に向かうことになった。
 吉田課長からは緊急事態なのでタクシーで来ることを認められた。
 後で精算するとのことで、領収書をもらっておくようにと言われた。
 幸一郎は本を買いすぎて金欠だったがSuiSuiカードに多少のチャージがあったため、タクシー代をそれで立て替えることにした。
 
 赤江課長、毛利は予告通り今日という日に事故を起こした。
 それは石川が不在でかつ、幸一郎が休んでいるという前提があったからだ。
 どんな手口で事故を起こしたのか、それは現地に到着しなければ分からない。
 ただ一つ言えるのは、かなり高難度の事案だということだ。
 さっきの吉田課長の話は断片的で要領を得ないものだったが、業務が止まっているということだけは伝わった。
 それは、先日の在庫確認画面だけが見れないという障害のレベルとはわけが違う。
 幸一郎は行きのタクシーの中で様々な考えを巡らしていた。
 心の準備が出来ていた分、多少落ち着いてはいたが、それでも足の震えは止まらなかった。

「クーラーが効きすぎですかな?」
「い、いえ、大丈夫です」

 小刻みに震える幸一郎を心配して、白髪のタクシー運転手が声を掛けてくれた。
 職場のビルが見えて来た。
 まだ、このまま引き返せそうと思えば引き返すことが出来る。

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「大竹さんは大都会の喧騒から解き放たれ、田舎でゆっくり温泉でも楽しんで来てくればいいんですよ」
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 毛利の言葉が、甘い囁きのように耳の中でこだました。
 そうすれば、自分は苦労をしなくて済む。
 一瞬そう思った。
 あれだけ逃げないと決心したのに、どうしても一割か二割は楽な道へ進もうとする自分がいる。

「ブルルル......」

 スマホが鳴った。
 手にしてみると渚沙からメールが来ていた。

<大竹君。現状をメールするね。今日の20時30分、福井さんが開発環境にデータを入れる作業をしてたの。まずはデータ入れる前に入れる先のテーブルのデータをtruncateしたら本番データが消えたの。よく見るとその端末は本番環境に繋がってたの。よく確認しなかったのが悪いんだけど、みんな気付かなくて。で、データが消えたから復旧しないといけない。バックアップから戻すことになると思うんだけど、出来そう? とりあえずこんな感じ。現場はまあ、多少混乱してるけど仕方ないよ(笑涙)大竹君、あんまりプレッシャー感じないでね。深呼吸、深呼吸。私も出来る限り力になるよ>

 現地に着くまでに策を練れるようにと、渚沙は幸一郎にメールで現状を伝えてくれた。
 少しでも幸一郎に考える時間を与えるために、こうやってメールをしてくれたのだ。
 何度も何度もメールを読みかえし、胸が熱くなった。
 そして、渚沙の優しさに涙が出そうになった。
 数日前、そんな彼女に対して「うるせえぇ!」と悪態を吐いた挙句、衆目の前で罵詈雑言を浴びせたことを後悔した。
 幸一郎はさっきまで引き返そうと思っていた自分を恥じた。
 彼女のためにも、プロジェクトのためにも前に進まなければならない。


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 月曜日、21時20分。

 五階のサーバ室まで一気に駆け上がった。
 パスカードで鍵を解除し、中に入る。
 まず目に飛び込んだのは死体のように真っ白な顔をした福井だった。
 座り込んだ彼を取り囲むようにして、福井、吉田課長、渚沙、室井、そしてあの毛利がいた。
 輪の真ん中にいる死にかけた福井の口から言葉が漏れ出した。

「俺は......普通に開発環境につながると思ったんだ......確かにTeraTermに表示されているIPを確認しなかった......それは俺が悪い......だが......そんな危険な端末を野放しにしていたのが悪いんだろ」

 何かぶつくさ言ってる。
 自分への憐れみと、事故の原因を作った端末と職場環境への呪詛がない交ぜになったような内容だった。

「大竹君、よく来た」

 来たばかりの幸一郎に、多少の安堵を浮かべた吉田課長が駆け寄って来た。
 毛利は幸一郎を一目見て、目を逸らした。
 そして、スマホ片手にサーバ室から出て行った。

「まったく、石川には電波すら届かん。九州のあんな山奥に研修など送るんじゃなかった。だが、大竹君、君が来てくれたからにはもう大丈夫だ」
「は、はあ......。あの詳しく状況を話してくれませんか」
「おお」

 吉田課長は慌てているのか早口で状況を説明した。
 渚沙のメールで状況はある程度把握していたので、吉田課長のざっくりした説明でも状況はつかめた。
 その日、20時30分からテストのために開発環境にデータを作り込む予定だったらしい。

「どの端末で作業したんですか?」

 福井は無言で自分がさっきまで使用していた端末を指さした。

<やっぱり......>

 幸一郎はその端末を見て、やはりな、と思った。
 それはかつて幸一郎を罠に嵌めようとした「魔の端末」だった。
 渚沙のメールにあった「よく見るとその端末は本番環境に繋がってた」という一文で、その忌まわしい端末のことを思い出した。
 福井は「魔の端末」が開発環境にしか接続出来ないと思って作業していたのだ。
 その先入観から、TeraTermを起動してサーバに接続する際、IPアドレスなどいちいち確認しなかったのだろう。
 幸一郎は「魔の端末」の前に座り、TeraTermを起動した。

teraterm1.png

 ホスト名の部分にデフォルトで本番環境データベースサーバのIPアドレス「XXX.XXX.XXX.XXX」が表示されている。
 それを見た幸一郎は「やっぱり」と呟いた。
 ホスト名のプルダウンメニューを表示させた。

teraterm2.png

 「XXX.XXX.XXX.XXX」の下には「YYY.YYY.YYY.YYY」と表示されている。
 それは開発環境データベースサーバのIPアドレスだった。

(誰かが「YYY.YYY.YYY.YYY」を隠すために「XXX.XXX.XXX.XXX」と打ち込んだんだ。このプロジェクトのメンバーが開発環境に接続する時、いちいちIPアドレスやホスト名なんて確認しないことを良く知っている......誰かが......福井がここで作業をするのを知っていて、事前に罠を打ったんだ)

 その誰かとは、スマホを持って外に出た毛利だろう。
 自分たちの手は汚さず、まんまと事故に見せかけて攻撃を仕掛けて来た。
 ところで誰に電話をしに行ったのか。
 恐らく、赤江課長だろう。
 幸一郎が約束を破って職場に現れたことを報告しに行ったのだ。

(しかし、無茶なことしやがるなあ......)

 幸一郎は額から流れる汗をぬぐった。
 一歩間違えば、先日の幸一郎が福井と同じ目に遭わされていたかもしれない。
 ただ、彼の場合は不器用さからくる慎重さでこの事故の主役になることだけは免れた。
 そう言えばあの時も、サーバ室に毛利がいた。
 いつも使っている開発環境接続用端末を彼が占有していたから、幸一郎は仕方なく「魔の端末」を使うことになった。
 今回の福井の場合も、毛利が開発環境接続用端末を占有していたのだろう。
 そして、「魔の端末」とは知らずにそこで作業をした福井が、本番データを削除してしまったのだ。
 吉田課長が事態を知ったのは、客から連絡が来てからだった。
 普通に帰ろうとしていた吉田課長に、「システムが動かない」という電話が客から来た。
 丁度、職場に残っていた渚沙と室井を連れてサーバ室に向かった吉田課長は、そこで本番データベースのデータがほとんど消去されたことを知る。

「今は、このメンバーしか集まっていない。色々電話したんだがな。誰も応答してくれない」

 吉田課長はスマホを片手に、悔しそうにそう言った。
 時計を見ると21時30分だ。
 みんな家に帰って晩酌してるか、就寝しているか、遊んでいるか、家族団らんの時間だ。
 仕事の電話なんて無視している可能性がある。

「あの、小山君に連絡は?」

 渚沙が問い掛けた。

「あいつはもうメンバーじゃないだろ?」
「今そんなこと言ってる場合じゃないですよ。小山君なら呼んだら来てくれるし、何よりシステムを知ってるから頼りになりますよ」
「くっ......」

 渚沙にそう言われた吉田課長はスマホを固く握りしめたまま、立ち尽くした。
 何か迷い、考え込んでいるようだ。
 小山については、自分から切っておいて、今更呼ぶのは気が引けるのだろう。
 泣きつくのは、男の沽券に関わるとでもいうのだろうか。
 だが、現状を乗り切るためには呼び寄せたい気持ちもあるのだろう。
 振り子のような吉田課長の気持ちが、どちらに振り切れるかで小山復活があるかもしれない。

(小山、お前もしかして、こんな状況まで想定していたのか?)

 幸一郎はそう思った。
 吉田課長は意を決したようにこう言った。

「小山は呼ばない」

 それを聴いた渚沙は、唇を噛み締め俯いてしまった。
 
「大竹君、バックアップからのリストアをお願いしたいんだ」
「は、はい」

 よりによって、石川から引き継いでいないデータベースのリストアを依頼された。

つづく

Comment(4)

コメント

VBA使い

>座り込んだ彼を取り囲むようにして、福井、吉田課長、渚沙、室井、そしてあの毛利がいた。

福井さん、あまりのショックで分身してる

湯二

あっ!
VBA使いさん、凄い発見ありがとうございます。
思わず笑ってしまいました。
確かキン肉マンで、ジェロニモがリング上で悪魔将軍のスピンダブルアームを喰らってるのに、客席にもそのジェロニモがいたシーンを思い出しました。
敢えてしばらくそのままにしておきます。(笑)

コバヤシ

本番データ全消しなんてお腹痛すぎますね。
主人公がんばれ!
昔つくったシステムでIF文の条件が甘すぎて、全データが変に更新されてしまったことを思い出しました・・・。
後輩君が作ったとはいえチェックが甘かったなと・・・またお腹が痛くなってきました。
小説の中はハッピーエンドで終わって欲しいと願うばかりです。

湯二

コバヤシさん、コメントありがとうございます。

お腹が痛くなるエピソードありがとうございます。
まず、どのデータがおかしくなったか調べるのが大変そうですね。
実際は本番システムでバックアップから戻すって事態、めったに起きないです。
想像するとゾッとします。

マラソンで言うと35km地点くらいですかね。
主人公にも頑張らせますが、自分も頑張らないとって感じです。

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