常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第三十六話 旅情

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 幸一郎は五階のサーバ室で端末に向かい、サーバの負荷とORA-01652の監視を続けていた。
 三十分前に20GByteだった一時表領域を70GByteに拡張した。
 急いでいたため厳密な計算をすることなく、一気に50GByte増やした。
 これだけ増やせば恐らくエラーは出ないと思われるが、念のため石川からデータベースを監視するように言われた。
 再度ORA-01652エラーが発生したら空きディスクから10GByte割り当てる手はずになっている。

「キーンコーンカーンコーン」

 昼休みのチャイムが鳴った。
 サーバ室の扉が開き、石川が入って来た。
 彼女は割れた眼鏡をコンタクトレンズに変えていた。
 初めて見る彼女のノー眼鏡の素顔に、ドキリとした。

「お疲れ様。どう? 何か起きた?」
「大丈夫です」

 監視を始めてから一時間近く経過したが、alertログにエラーは出ていないしインシデントの報告も無い。

「そう。良かった。昼休みは私が見ておくから。君は食事にでも行ってきたら」
「え? 石川さん、大丈夫なんですか休まなくても......」
「私はデータベースに触ってるほうが息抜き出来るから」
「そ......そうなんすか!?」

 慣れない管理業務の息抜きにデータベース監視とは根っからの技術好き、というかデータベース好きなのだろう。
 彼女のレーダーチャートは、データベースという項目だけが突出したいびつなものなのかもしれない。


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 幸一郎は昼食を済ませると、石川と監視を交代するべくサーバ室に戻った。

「あっ! 裏切り者!」

 渚沙は開口一番、幸一郎を指さしてそう言った。

「石川さんもやっぱりそう思いますよね?」
「うん、そうだね......」

 端末に向かう石川に渚沙が隣に座って話し掛けている。

「ぼ......僕はちゃんと、小山君に投票しましたよっ!」

 幸一郎のおどおどした反応を見て、二人の女は顔を見合わせて大笑いした。

「もう気にしてないよ。大竹君」

 石川は笑顔でそう言った。

「さっき、みんなで障害対応してたら、そんなことに気を取られてる場合じゃないって思ったしね。まあ、もちろん小山君がいなくなったのは残念だけど......大竹君の考えもあるからね。みんないい大人だし結果は受け入れて更に大人にならないと」

 渚沙は伏し目がちに少し寂しそうな顔でそう言った。
 石川にでも慰められたのだろうか、まだ納得はしていないようだが小山のことは仕事として割り切ろうとしているようだ。
 というか、未だに幸一郎は小山に投票していないと思われていて、そのことが心外ではあったが幾ら弁解しても虚しく空回りするだけだろうと思い黙っていた。

「でもさ、この機能のリリースが分かってたら事前に一時表領域増やしてたよ」

 石川は渚沙に向かってそう言った。
 この機能とは在庫確認画面に追加されたソート機能の事である。
 一覧表示をする前に、ユーザが任意にソート項目を指定出来る。
 こういった機能はユーザにとっては便利だが、データベースを設計する側にとっては事前にソート項目を推測することが出来ないため、PGAや一時表領域の見積もりを行うことが難しい。

「三日前にリリースするかどうかの最終判定の時、有識者であるDBAも呼んで打ち合わせをしようって私は言ったんです。だけど、吉田課長がアプリの改修だけだからその必要は無いって言ったんです。結局担当者だけで打ち合わせしたんです。だから、データベースの観点で漏れを見つけることが出来なかった......」

 渚沙は在庫確認画面の設計書を見つめ、口惜しそうにそう言った。
 例え幸一郎がその打ち合わせに呼ばれたとしても、今回のように大量のソートが原因で一時表領域が枯渇するということは予測出来なかっただろう。
 しかし、幸一郎を通して石川にもこの話は入るはずだ。
 そこで彼女がアプリのリリースと同じタイミングで、一時表領域を増やすという対応を幸一郎に教えることも出来た。

「小山君ならこういう時、有識者を調整してくれて事前に対策も考えてくれたのに」

 渚沙がポツリとそう言った。
 幸一郎は思った。
 賢い小山は自分がいなくなった時の状況を、きっと予測出来ていたはずだ。
 自分の必要性を無言で訴えるために、彼はわざと選挙に負けることでこのプロジェクトから抜けたのではないか。
 そして、いつか呼び戻されることを待っているのかもしれない。
 そう考えると、小山が赤江課長の攻撃を防ぐように依頼して来たのも合点が行く。

「石川さん、来週からいないんですよね」
「うん。リーダー研修だからね」
「ですよね」

 心配そうに問い掛ける幸一郎を慰めるかのように石川はこう言った。

「始めから、手際よく出来る人なんていないよ」

 石川は幸一郎の肩をポンと叩いた。

「大丈夫。今回みたいなことは特別だから。まあ何かあったら電話ちょうだい。研修所が山奥だから電波が届かないこともあるかも......だけど」
「は......はい」
「大丈夫。自信をもって! 君はソート機能が原因ってところまで自分で突き止めることが出来たじゃない。あれがあったから私もすぐに対応が出来たんだよ。君にはデータベースの才能があるよ」

 石川の励ましは嬉しかったが、プレッシャーは拭えなかった。
 全ては幸一郎の肩に掛かっていた。


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 朝から障害対応で疲れ切った幸一郎は休憩を取るべく、ふらつく足取りでドリンクコーナーへ向かった。
 カップのドリンクを飲み一息ついていると、そこに毛利が現れた。

「お疲れ様です」
「......お疲れ......」

 幸一郎はこの男に対して、どう接していいか分からず小さな声で返事をするだけだった。
 毛利は自販機の方に行き、缶コーヒーを買った。
 卓を挟んで二人は向かい合った。

「大変でしたね」
「今の障害って......もしかして?」

 まさかそんなことは無いと思いながらも、念のため訊いてみた。

「違いますよ。私たちが仕組んだことじゃない。チームの怠慢が引き起こした障害です」

 毛利はコーヒーを一口飲んだ。
 職場にもだいぶ慣れたのか、初登場の頃のおどおどした様子は無い。
 というか、今にして思えばスパイだということを悟られないために、無垢な新人を演じていただけなのかもしれない。

「これで分かったでしょう。今のあなたの実力だと障害対応がどんなに大変か」
「くっ......」

 幸一郎は黙り込んでしまった。
 反論の言葉が思い付かない。
 声を荒げて復旧を急かす吉田課長。
 その吉田課長を叱り飛ばすことで、幸一郎に無言のプレッシャーを掛けて来るお客。
 心も体も追い詰められた状態で、何も分からないところから手探りで答えを探すという作業はかつて経験したことの無い苦しみだった。
 自分としてはもう二度とこんな目に遭いたくないという思いが強い。

「赤江課長が連れて来るデータベースエンジニアなら、今日の障害は10分で対応出来ますよ」

 毛利のその言葉に甘えたくなった。
 幸一郎はすべてをそのエンジニアに任せたいと思った。
 だが、そうすることはプロジェクトの解散を意味していた。

「大竹さんは大都会の喧騒から解き放たれ、田舎でゆっくり温泉でも楽しんで来てくればいいんですよ」

 そう言い残すと毛利は去って行った。


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 土曜日。
 幸一郎は修理に出していた車をカーディーラーに取りに行った。
 ちょっとバンパーが凹んだだけだったので修理費は数万円で済んだ。
 保険を使うと等級が上がって保険代がかさむので、実費で精算することにした。
 そのまま家に帰る気にもなれず高速に乗った。
 愛車の軽ワゴンのエンジンを吹かせながら、気の向くままにドライブすることにした。
 腹が減ったので蛯名パーキングエリアに寄り、名物のメロンパンをほおばった。
 箱寝では十二種類も温泉がある宿で、ワイン風呂なるものに浸かり疲れを癒した。

(次は浜抹で鰻かなあ......)

 舌なめずりしながら幸一郎はそう思った。
 無意識に大都会から遠ざかっていた。
 まるで逃げるかのように。
 うな重六千円也を食べた後、残金が後わずかと言うことに気付き、我に返った。
 辺りを見渡すと真夏とはいえ、とっぷりと暮れていた。
 黒いシルエットになった遠くの山寺から鐘を突く音が聴こえる。
 カラスの鳴き声が鐘の音に被さった。

(何やってるんだ! 僕は!)

 このまま電波の届かない田舎に逃避行しようとしていた自分を恥じた。
 これじゃ敵の思うつぼだ。


<武田ノボルの夜のニコニコワイド! リスナー悩み相談のコーナー! 今日も迷える子羊たちを助けるためにノボル兄さんがアドバイスするぞ! さて、今日はラジオネーム・コウイチロウ28歳からの相談だ! コウイチロウとお電話繋がってます。コウイチロウ、元気ですか!>
「は......はい! これって全国に流れてるんですか?」
<もちろん! 全国のリスナーに君のリビドーと悩みを打ち明けちまえよ! それでスッキリするがいいさ!>
「あ、あ、あのですね。し、し、仕事で悩んでましてその......自分の実力では対応出来ない仕事を依頼されまして......どうしたらいいか」
<ほー、コウイチロウの職業はなんだい?>
「ITエンジニアです」
<アイティーか! 最先端じゃないか。自分の力じゃ出来ない仕事って言うのはどんな仕事?>
「あ、あの、データベースに障害が起きて復旧させるのが大変でして......」
<データベースとはなんぞや? とか言う質問は時間の関係で置いといて、そうだなー、自分に実力が無いっていうのはただの逃げだと思うぜ! 人間はじめっから実力なんてあるやつはいないし、痛い目見ながら身に付けていくもんだぜ! 兎に角突っ込んでいくしかないぜ! 前向きに進んでいる姿を見せれば周りは助けてくれるってもんよ!>
「は、はあ......」
<僕もこの仕事に就いたばっかりの頃は、カミカミでプロヂューサーから叱られたものだけど、頑張ったら何とかなったからさ。コウイチロウも頑張れよ>
「は......い」
<じゃ、コウイチロウには番組特製綿棒とノボルステッカーを送るぜ! じゃ、曲のリクエストをお願いします>
「あ、えと......大事MAN兄弟の『みんな大事』で」

 曲のイントロが流れ出したところで、幸一郎はカーラジオのスイッチを切った。
 とても前向きな曲を聴く気分じゃなかった。
 そして、能天気なラジオDJノボルに相談したことは徒労だったと思った。
 幸一郎が今欲しかったのはありきたりな自己啓発の言葉でも励ましの言葉でも無かった。
 自分はどうすべきかは、やはり自分で決めないといけない。そう考えていた。
 このまま来週月曜日を休むことで全てを投げ出せば、どんなに楽かとは思う。
 だが、本当にそれでいいのか?
 大山先生から逃げた。空手からも逃げた。
 今度は自分に与えられた仕事からも逃げようとしている。
 幸一郎は困難から逃げてばかりの人生に終止符を打ちたかった。
 一歩踏み出すには、自分の背中を押してくれるものが必要だった。
 幸一郎は車を発進させ、大都会に引き返した。


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 日曜日、夜七時。
 幸一郎はクローゼットの奥から空手着を取り出した。
 それは防虫剤の匂いがした。
 放置期間が長かったせいかヨレヨレで若干黄ばんでいる。
 いつかまた始めるかもしれないと未練がましく取っておいた道着だ。
 その道着に袖を通し、鏡の前に立ち黒帯を締めた。
 黒帯には「大都会西高校 空手部」という橙色の刺繍が施されている。
 鏡の前で幸一郎は正拳突きをした。
 右の拳を繰り出すと同時に、左の拳を脇腹まで引き絞る。
 左の拳を繰り出すときは、右の拳を脇腹にと、左右対称にその動作をした後、深呼吸をし道着を脱ぎ服に着替えた。
 ボストンバックに道着を詰め込み肩に担いで家を出た。
 車に乗り込み、大山先生の自宅兼道場「勝洞館」を目指した。
 前回は声を掛けて来た大山先生にビビッて逃げてしまったが、今度はまっすぐ先生と向き合いたい。
 そして、過去を謝罪したい。
 逃げようとしている自分に喝を入れてもらいたい。
 その後、先生の前で形を演武することで自分を勇気づけたかったのだ。

「無い......」

 幸一郎は、かつて「勝洞館」があった場所に呆然と立ち尽くしていた。
 青春を過ごした「勝洞館」は跡形もなく消え、残ったのは足元の土と雑草だけだった。

「大山先生......」

 あれから二週間も経っていないのに、どんな事情か分からないが大山先生はどこかに行ってしまった。
 あの時、逃げずに先生と向き合っていれば今頃、自分はまた先生から空手を学ぶことが出来ていたのかもしれない。
 そして、過去の不義理を謝罪することだって出来ただろう。
 だが、もうそれは出来ない。
 大山先生はネット嫌いでケータイもスマホも持たなかった。
 だから連絡先が分からない。
 ふらつく足取りで自車に戻った幸一郎は、倒れ込むようにハンドルにもたれた。
 目をつぶると自然に涙が溢れて来た。
 それは後悔の涙だった。
 元はと言えば自分が悪いのだ。
 
(こんなに後悔するんなら、逃げるんじゃなかった)

 そう思ったとき、幸一郎は自分の中で沸々と何かが湧き上がってくるのを感じた。
 それは熱い何かに変わり、弱り切った心に芯を通し涙を乾かしていった。

「もう逃げないぞ」

 幸一郎はハンドルを握りしめた。

「ブルルル」

 その時、スマホが鳴った。
 小山とディスプレイされている。

<大竹、明日のことだがな......吉田課長から電話が来たら出動しろ>

 幸一郎が電話に出るなり、小山はそう言った。

つづく

※来週はお休みします。

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