常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第三十四話 ノストラダムス

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 次の日、幸一郎は職場に辿り着くなり、行き先ボードの自分の名前の横に「外出」と記述し外に出た。
 駅前のバス停に行き、やって来たバスに飛び乗った。
 バスは高速道路に乗り渋滞に巻き込まれることも無く二十分後、銀色の高層ビルが立ち並ぶ海辺の埋め立て地に辿り着いた。
 そこはニッホン国のシリコンバレーと呼ばれIT関連企業の本社ビルが立ち並ぶ。
 ブロンズ情報システムの本社ビルは、バス停の対面にあった。
 三十階建てのビルのてっぺんは、雲で隠れている。
 幸一郎はそのビルを見上げながらスマホを取り出し、電話を掛けた。


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「大竹、来週月曜日は何があっても出勤しろ」

 「秘密がバレた」と泣きついて来た幸一郎に、小山はそう言い放った。
 赤江課長と真逆のことを言っている。
 本社ビルから五百メートルほど離れた喫茶店で二人は向かい合って密談している。

「そんなことしたら、お前が僕をかばったこともバレちゃうじゃないか!」

 小山は黙って幸一郎の言うことを聴いている。
 目をつぶり、何か考え込んでいるように見える。

「赤江課長は、バッチ殺しの件を知っていると言って来たんだな」
「ああ。一体誰が密告したんだ!?」
「恐らく赤江課長の息が掛かった人間が、この事実にどうにか行き着いたんだろう」
「なあ小山、僕が休めば済むことだろう。僕が休むことと、赤江課長が秘密をバラさないこととの繋がりは分からないけど、僕とお前のお互いの保身を考えたらそうするしかないよな!? なっ?」

 万事自分で物事を決められない幸一郎は、いつの間にか小山に同意を取ることで色んな責任から逃れようとしていた。

「大丈夫。これから言うことを、お前がちゃんとやれば全て帳消しになりお釣りが返ってくる」
「え?」
「上手く行けば、水谷がお前に惚れ直すかもしれん」
「ええ?」

 幸一郎は不安の中に希望を見たような気がした。
 小山の次の言葉を待った。

「俺は預言者でも占い師でもないが、来週月曜日、過失に見せかけたデータベース事故が起こる。それは赤江課長がお前に休めと言ったことから断言出来る。その事故は今のお前の実力だととても苦労する事案になるが、逃げずに男らしく立ち向かってくれ」
「どうして僕が仕事を休むと、事故が起きるんだ!?」
「DBAであるお前に対応をさせたくないからだ」
「え?」
「よく考えて見ろ。お前が不在ということはつまり、データベース障害が起きても誰も対応できないということだ」
「僕がいなければ石川さんが対応する......あっ」

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「あ、それから私、来週月曜から一週間、九州の方にリーダー研修行くから。データベースは君に任せたからね」
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「石川さんもいないのか。あの人はそこまで考えて来週月曜を選んだんだろう。対応できる者が一人もいなければ、外部から人を呼び寄せて対応させるしかないよな?」
「そんな人どこにいるんだ?」
「赤江課長のところからデータベースエンジニアがやって来て対応することになる」
「それは助かるなあ」
「お前、悠長なこと言ってんじゃねえ」

 小山は呆れ顔になった。

「赤江課長の狙いは俺たちのプロジェクトを巻き取り自分の版図を拡げることなんだ。だから、DBA不在の来週月曜日、データベース事故を何らかの形で起こさせる。どうしようもなくなった吉田課長はどうすると思う?」
「さっき、お前が言ったように外部から人を呼ぶんだろ」
「毛利を通して同じ部の赤江課長側のデータベースエンジニアが送り込まれることになるだろう。事故は解決するかもしれん。だが......」
「だが、なんだ?」
「度重なる事故とその対応が出来なかった責任を取る形で吉田課長率いるプロジェクトは解散し、事故を鎮火させた赤江課長率いるその仲間たちがプロジェクトを巻き取ることになる」

 幸一郎が休みを強要されていることの意味がこれで分かった。
 だが何故、赤江課長の側の人間でも無い小山はそこまで考えることが出来るのだろうか。
 考え込む幸一郎を見て、小山はコーヒーを一口すするとこう言った。

「俺はここに来る前、赤江課長の元で働いていた」
「え......」
「あの人は俺の初めての上司で、仕事のイロハを教えてくれた恩人だ。その赤江課長のプロジェクトで仕事して三年が経ったある日、こう言われたんだ」
「何て?」
「スパイになれ、って」

 これと似た話を数日前、小山から聴かされたような覚えがある。

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「俺はここに来る前、A課長と言う人の元で働いていた」
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「あ......」

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「その人は俺の初めての上司で、仕事のイロハを教えてくれた恩人だ。そのA課長のプロジェクトで仕事して三年が経ったある日、こう言われたんだ」
「何て?」
「スパイになれ、って」
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「A課長、つまり赤江課長は俺をスパイとして送り込んだ張本人だ。だから、やつが何をしようとしているか良く分かる」

 目の前に座っている小山は、X派閥に属するA課長から送り込まれたスパイだった。
 対立するY派閥に属する吉田課長からプロジェクトを奪うために。
 Aこと赤江課長は、小山が使い物にならないと分かったら今度は毛利を使って何かしようと企んでいるのだ。

「その......やつらが事故を起こすのを事前に防ぐことは出来ないのか?」

 出来れば事なかれで終わらせたい幸一郎は、小山にそう訊ねた。

「防ぐってどうやって?」
「吉田課長に気を付けるように言うとか、スパイの毛利君を監視するとか......」
「秘密をバラされてもいいなら、そうしろよ。だが、奴らはいつかきっと過失事故に見せ掛けて攻撃してくる。それに俺たちは、奴らが何かを仕掛けようとしている証拠何て持ってないし、手口も分からないだろ。誰も取り合ってくれないよ」
「ぐっ......」

 攻撃を仕掛ける側にとっては、体制が変わった今がチャンスなのだろう。
 小山がいなくなり事故に気を遣う者もいない。
 頼りになる石川もデータベースから離れてしまっている。
 新任DBAの幸一郎は弱みを握られているし、技術力にも疑問がある。

「敵が尻尾を出そうとしている今こそ、返り討ちにするんだ! そしてお前は英雄になり全てを帳消しに出来る!」
「小山......」

 小山の強引な物言いに引き込まれそうになる。
 どんな事故が起きるのか。
 プロジェクトを乗っ取ろうとするからには、相当なことを発生させるに違いない。
 そこからの復旧を幸一郎は出来るのか不安になった。

「僕はまだ、データベースを引き継いで間もない......無理だよ......」
「大竹!」

 小山は拳をドンとテーブルに叩き付けた。

「お前がやらなきゃ誰がやるんだ! プロジェクトをそんなやつらに奪われてたまるか! 俺の......居場所を守り通してくれ!」

(居場所!?)

 その言葉に何か引っ掛かった幸一郎は、ずっと訊きたかったことを思いだした。

「そう言えば、お前何で自分に投票......」

「ブルルル」

 「楠木部長だ」そう言うと、小山は鳴り続けるスマホに出た。
 伝票を手に取り、謝るような素振りを見せ店を出て行った。


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 バスは高速道路に乗り、海を渡る橋の上を走っている。
 幸一郎は窓の外の景色を眺めながら今後のことを考えていた。
 幸一郎としては何かが起きる前に、それを未然に防ぎたかった。
 だが、敵の手口が分からない以上、防ぎようがない。
 だから小山が言うように敵が攻撃して来る時を待つしかないのかもしれない。
 ただ、それだとお客に迷惑が掛かるし何より自分が苦労する。
 
「綺麗だなあ」

 幸一郎は、群青色の絨毯のような波を見て思わずそう呟いた。
 小山が言っていた「居場所」という言葉が引っ掛かる。
 本当は、彼はこのプロジェクトにまだ未練があるのだろうか。
 最後に訊けなかった質問の答えが知りたかった。
 波の向こうに小さくなったニッホン風シリコンバレーのビル群が見える。
 そこには色んな人がいて、色んなシステムを作っている。
 設計する人、プログラム作る人、テストする人、サーバ作る人、ネットワークを組む人、システム使う人......。
 人事管理システム、販売管理システム、車両情報管理システム、債券回収システム......。
 システムは突き詰めれば0と1の電気信号で動いている。
 正常とされる動作もバグも人間が作った通りに動いた結果だった。
 そこには人間のような複雑な感情何て存在しない。
 だが、不思議なことにそのシステムを作っているのは0と1どころか無限の感情のパターンを持つ人間だった。
 人間である以上、それぞれに思惑があり一つになるのは難しいことだと分かっている。
 だから、こんな不毛な派閥争いが起きるのも仕方が無いとは思う。
 しかし、今、世の中にある全てのシステムは、そんな人間達が対立したり協力し合ったりしながら、苦労の果てに作り上げた愛しきものでもある。
 そんなシステムに私利私欲で故意に事故を起こし、破壊することなど間違ったことだと、自分のことは棚に上げ幸一郎は思った。


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 金曜日。
 小山がいなくなってから三日が過ぎた。
 毎日電話を掛けるが、忙しいのか応じてくれない。
 その間、母校の大都会西高校は順調に勝ち進み準々決勝まで駒を進めていた。
 仕事の方では、事故が少しずつ起きていた。
 工数削減のために本番作業でのダブルチェックが廃止された。
 一人でも手順書通り行えば事故は起きないはずだと吉田課長が判断したからだ。
 そのことが直接的な原因かは分からないが、手順書通りに作業を行わなかった者がいて、それが事故の原因になった。
 例として、こんなことがあった。
 それは、データベースのデータ更新作業で起きた。
 手順としては、アプリケーションサーバ(Linux)の/tmp(一時領域)にパッチファイル(Insert文やUpdate文などが記述されている)を置きデータベースのデータを更新する。
 /tmpは1GByteの容量がある。
 そこに500MByteのパッチファイルを削除せず置き去りにして作業を終えたのが間違いだった。
 夜中に動作する「とあるバッチ」が/tmpに500MByte以上のワークファイルを作る仕様になっていた。
 だが、先のパッチファイルが存在したため/tmpの容量不足で、バッチがワークファイルを作成出来ずにコケた。
 事故原因調査の中で、作業者に聴き取りが行われた。
 最初は、手順書を本人は見ていたと言っていた。
 だが良く聴いてみると、慣れた作業だったため手順書を参照すること無く一気に作業を進めてから、手順書のチェックボックスに一斉にチェックを入れて行ったのだそうだ。
 これでは手順書通りに作業したことにならない。
 作業漏れも起きるだろう。
 実際に、最後に/tmpからパッチファイルを削除するという作業が漏れた。
 ダブルチェックをしていれば回避出来たかもしれない。
 ただ、チェック者もきちんとチェックしようとする意欲があればという前提だが。
 ダブルチェックやレビューが削減され、当初は減ると思われた残業時間はそういった事故のリカバリのために逆に増えて行った。

「小山君がいなくなってから事故が増えたよね」

 渚沙は事故を起こし続ける年配者たちに向けて、聞こえよがしにそう言った。
 彼女はこういった事故の尻ぬぐいのために、日々遅くまで残業をしていた。
 小山に投票した若手たちは、廃止されたダブルチェックを自主的に行い続けていた。
 自分たちは事故や障害を起こさないことを誓い結束を固めているようだ。
 だから本来行うべきこともせずに過失を起こす上の人間に、下の人間は嫌気が差しているようだ。
 様々なチェック作業が省かれたが、それでも本番作業の手順書レビューだけは行われている。
 だが、小山がいなくなった今、作業の漏れや抜けを厳しく指摘する者はおらずレビューは形骸化し表向きやっているというポーズだけで中身が無いものばかりになったいた。
 これでは、敵の攻撃を受けるまでも無くスローな感じで内部崩壊するのではないかと思われた。
 そんな中、データベースで障害が起きた。

「大竹君! 在庫確認画面が落ちるっていうインシデントが上がっている! データベースを見て来てくれ!」

 血相を変えて声を荒げて来る吉田課長に、幸一郎はビビった。
 恐る恐るインシデント管理画面を見ると「在庫確認画面で一覧表示ボタンを押すと画面が落ちる」というインシデントが多発していた。

「データベースまで行って返って来ないと推測される。早く調査に行ってくれ!」

(敵からの第一段か!?)

 先日の赤江課長の氷のような表情が脳裏にフラシュバックした。

「石川さん!」

 幸一郎は反射的に立ち上がり、震えた声で助けを求めていた。
 彼女の席は空席だった。
 行き先ボードを見ると、彼女の欄は「私用のため午後出社」となっていた。

つづく

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