常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第三十三話 あなたの秘密を知っています

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 気が付くと定時を回っていた。
 新任DBA幸一郎の初日は、特に何事も無く終わった。
 新体制としても平穏な一日だった。
 唯一問題があるとすれば、石川が慣れないサブリーダーとしての仕事に悪戦苦闘していたことだろうか。
 そんな彼女は慣れない業務の合間に、幸一郎にデータベースの引継ぎを行ってくれた。
 自分の得意分野を教えることは楽しいらしく、幸一郎に丁寧に教えてくれた。
 不慣れな管理業務の間の気晴らしにもなったのかもしれない。
 幸一郎は元々、業務プログラムを作成するためにデータベースに触れていた。
 だから、データベースについての管理側の話もすんなり理解することが出来た。
 理解すればするほどデータベースって面白いと感じた。
 例えば、パフォーマンスを維持するためにいかに工夫をしているかといった話は聴いていて、なるほどと思ったし、エンジニアとしての心が震えた。
 このプロジェクトのデータベース「BELL」は、データベースサーバ三台から構成されている。
 ORACLEのRACという技術を使っていて、普段はこの三台で負荷分散を行うことでパフォーマンスを維持している。
 データベースは接続する際に負荷が掛かると言われている。
 それについては、アプリケーションサーバからデータベースサーバへコネクションプーリングという常時接続行うことで接続する時の負荷の軽減と時間を節約している。
 良く参照されるデータはバッファキャッシュに常駐させて置き、ディスクへのアクセスを極力抑えることでパフォーマンスを向上させている。
 その他にも統計情報の固定化や、テーブルのパーティション化なども行っていた。
 これだけのことを一人で設計して実際に運用している石川を、幸一郎は尊敬のまなざしで見ていた。
 データベースに興味を持ち出した反面、プレッシャーも同時に感じていた。
 今まではSQLを発行したりデータを作ったりといった業務プログラマの立場でデータベースと関わっていた。
 性能が悪かったり、データベースが落ちれば石川に連絡を上げて対応してもらっていた。
 だが、これからは管理者として関わることになる。
 データベースに障害や問題があれば、まず真っ先に幸一郎に連絡行く。
 例えば深夜眠っていても、スマホが鳴り出せば現場に速攻で駆け付けなければならない。
 障害の軽重によるが「データベースが動かない=システムが動かない」と捉えてもらって構わないと、石川から教わった。

(自分に務まるだろうか?)

 気の小さい幸一郎は頭を抱え込んだ。
 石川は引継ぎの途中、不安がる幸一郎を安心させるためにこんな話をしてくれた。

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「大丈夫よ。私だって元はあなたみたいにプログラマやってて、ある日突然データベースやれって言われたんだから」
「そうなんですか!?」
「まあ、苦労したけどね。でもデータベースの奥深さが分かって来てからは面白くってね。一生の仕事にしようと思ったわ。なかなか世の中思う通りには行かないけど......」
「へえ......」
「でも、プログラマの君にこうして引継ぎしてるのも何かの縁かもね」
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 楽しそうにデータベースについて語る彼女はこの人事を受け入れたのだろうか。
 その会話で気持ちが少し落ち着いた幸一郎だったが、次の話でまた不安に戻った。

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「あ、それから私、来週月曜から一週間、九州の方にリーダー研修行くから。データベースは君に任せたからね」
「ええ!?」
「大丈夫よ。そんなに障害なんてめったに起きないから」
「そうですか......」
「しょっちゅう何か起きてたら使い物にならないでしょう。そんな風には作ってないから。ああ! それにしてもサブリーダーになったからってすぐにリーダー研修受けろなんて吉田課長もせっかちね」
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 そう言いながら彼女は、板チョコモナカをバリバリ食べているので、この人事を受け入れていないのかもしれない。
 幸一郎がそれまで受け持っていたプログラムや、やりかけのテストは全て毛利に引き継ぐことになっていた。
 石川からの引継ぎを受けている合間に、自分は自分で毛利に引継ぎを行っていた。
 毛利は幸一郎が苦労して作ったプログラムをほんの数分の説明で理解した。
 一聴いたら十知るタイプのようで、こういうのを地頭がいいっていうんだなと、幸一郎は思った。
 特に質問も無く、幸一郎から引き継いだものを一人で黙々と進めている。
 そんな彼を見ていると、自分の受け持っていたものを手放したこということと、もう後には引けないという事実が重く伸し掛かって来た。
 それが今後の活動への不安に拍車を掛けて来る。

「お疲れ様でした。DBAさん」

 吉田課長の声で我に返った。
 福井と一緒に職場を出て行こうとしている。
 新体制の一日が無事終わったことを祝いに、飲みにでも行くのだろうか。
 皆帰り支度をしていた。
 不安を胸に抱えたまま幸一郎も職場を出ようとした。
 扉に手を掛けようとした時、呼び止められた。

「大竹さん、ちょっと時間良いですか?」

 毛利だった。

「なんでしょう?」
「仕事の話です」

 定時後に、新人である毛利が自分に仕事の話というのも変な気がした。
 引継ぎならもう終わった気もしていたが。


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 職場近くの喫茶店「星屑珈琲店」に連れて行かれた。
 スフレとハンドドリップ珈琲が売りの店で、幸一郎も何度か利用したことがある。
 案内されたボックス席には既に人が座っていた。

「はじめまして」

 その人物は立ち上がると幸一郎に一礼した。
 幸一郎も反射的に一礼する。

「ブロンズ情報システム物流システム事業部、第二システム課の赤江と申します」
「は、はあ」

 突然、会ったことも関係したことも無いプロパーに挨拶されて幸一郎は戸惑った。
 年は四十代前半といったところだろうか。
 ピッチリと七三にした髪型と銀縁眼鏡に細面。
 灰色のスーツをビシッと着ていて、真面目な中間管理職という感じの男性だ。
 幸一郎はとっさに毛利の方を見た。

「私の上司です」

 毛利がそう言うのを聴いた幸一郎は頭が混乱した。

「吉田課長が上司じゃないんですか?」
「いえ、あの人は一時的なOJT先の上司で、本当の上司は赤江課長です。まあ、将来の上司ってとこですね」

 そう言われた幸一郎は二人を交互に見た。
 それを見た赤江課長はクスリと笑ってこう言った。

「うちの会社は特殊なんで」

 そう言うと店員を呼び寄せ、コーヒーを頼んだ。

「毛利と私は大学が一緒でね。その縁で彼の新人研修についても担当しました。なかなか有能なやつで吉田のところに推薦して配属させました。少しの間修業させたらいずれは呼び戻そうと思ってます」
「は、はあ......」

 ブロンズ情報システムではそういう働き方があるのだろうと思いながら、幸一郎は聴いていた。
 と、同時にこんな話を誰かから聴いたことがあるとも思った。
 店員がやって来て、三人分のコーヒーがテーブルに置かれた。

「さてと、大竹さん」

 コーヒーを一口すすると赤江課長はこう言った。

「私はあなたの秘密を知っています」
「は?」

 幸一郎は意味も分からず訊き返した。

「秘密?」
「そう、君の秘密だよ」

 幸一郎は自分にやましいことが無いか、振り返った。

(車をベンツにぶつけたことか!? パスカードを無くしそうになったことか!? 小山に隠れて靖子と付き合ってたことか!? いや、そんなこと関係ないだろう。個人のことだ。おそらく仕事のこと......。となると......)

「あ......」

 幸一郎は口に手を当てた。

「思い当たったようだね」

 赤江課長はニヤリと笑った。

(バッチ殺しの件だ)

 幸一郎は脳の片隅に置き去りのままのその忌まわしい記憶を引き摺りだした。

「君がテーブルを削除して後続バッチを停止させたのは知っている。表向きは君がバグのある後続バッチを動作させないために行った行為と報告されているが、実際は違う。そうだろ? 君は自分の設定ミスを隠したいがためにテーブルを削除し、その結果バッチがこけた。要は君の不祥事だ。後続バッチを停止させて障害を未然に防いだというのは後から付け加えた作り話だ」
「はわわ......」

 幸一郎は自分の口の中が緊張でカラカラになるのが分かった。
 胃の底からモヤついた不安感が立ち上って来る。
 今になってこのことが明るみに出ようとしているなんて、思っても見なかった。
 このことは、小山と自分だけの秘密だったはずだ。
 なんで、目の前のこの男が知っているんだ。

「なんで私がこのことを知ってるかって?」

 赤江課長は、幸一郎の思いを見透かしているかのようだ。

「それはもちろん誰かが教えてくれたからだ。その人物の名前は言えない。本当のことを伝える代わりに君に名前は出すなという約束だからな」

 やはり誰かが密告したのか。

(もしかして、石川さん?)

 彼女も事情をうっすら知っていた。

(そうか、僕がいなくなればDBAに戻れるからか?)

 日中の石川の様子を思い出した。
 幸一郎にデータベースのことを教えている彼女の楽しそうな素振りからは、そんな闇のようなものは感じられなかった。
 だが、人は裏で何を考えているか分からない。
 この善良そうな幸一郎だって、こんな秘密を抱えているのだから。

「このことを上に話せば君の立場はどうなるかな?」

 赤江課長は静かだが確な威圧感をもって迫って来る。
 初対面の幸一郎にここまで非情になれるのは何故なのだろうかと不気味さを感じる。
 その赤江課長の横で能面のように表情を変えない毛利も気味が悪い。

「条件を飲めばこのことを黙っておく」
「え?」
「なあに、簡単なことだよ」

 そう言うと赤江課長は半分まで飲んだコーヒーに、ミルクをたらたらかけながら、こう言った。

「一週間後の月曜日、職場を休むだけで良い。それで黙っておく」
「ええ?」

 幸一郎はこの男の真意が何だか分からなかった。
 会社を休むだけで、全てを黙ると言っている。
 その二つを繋ぐ意味が分からない。

「もしも、誰かから電話が来ても出るなよ。出来れば大都会から離れた電波の通らない田舎にでも旅行に行くと良い。君も慣れないDBAで疲れているだろう?」

 本当に意味が分からなかった。
 プロジェクトのリーダーでもない赤江課長が、幸一郎に骨休めをして来いと言う。
 幸一郎が休むことに何か意味があるからそう勧めているのだろうが、その真意がいまだにつかめない。

「あ、あの赤江課長はなんで僕を休ませようとするんですか?」
「その質問に答える必要はない」
「は......でも」
「休まなかったら全部ばらすぞ」

 赤江課長の顔が氷のようになった。
 顔の怖さは寺島の方が勝っているが、それとは別の何か精神的な怖さを赤江課長からは感じる。
 そう言われてしまっては従うしかない。
 何より、自分だけじゃない。
 幸一郎をかばった小山も一蓮托生だ。
 幸一郎は卑屈な自分が嫌になった。
 そしてその卑屈な自分を作り出したのは、自分が犯したバッチ殺しだということに思い当たると、この世から消えてしまいたくなった。

つづく

Comment(6)

コメント

名無しのゴンゴン

初対面の幸一郎にここまで非常になれるのは何故なのだろうかと不気味さを感じる。

× 非常

○ 非情

でしょうか?

湯二

名無しのゴンゴンさん。

読んでいただきありがとうございます。
○ 非情
です。
修正いたしました。

名無しのゴンゴン

湯二さん

あら捜しみたいですみません。。。

いつも楽しく拝見させていただいています。

これからの展開が楽しみです(^o^)

湯二

名無しのゴンゴンさん。

いえいえ。
誤字は指摘してもらった方がありがたいですね。
本当に読んでもらったと思えて嬉しいもんです。
>これからの展開が楽しみです(^o^)
あと、十から十五話くらいで終わると思うので、それまでお付き合いお願いします。

クズロリ竜王

無茶苦茶すぎて面白いです

湯二

クズロリ竜王さん。

読んでくれてありがとうございます。

どんどん現実離れしたファンタジーな展開になって行ってます。
何とか面白くしようと思いますので、よろしくお願いいたします。

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