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【小説 エンジニアの事故記録】第三十二話 あいつがいない職場

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メンバー各位

 お疲れ様です。楠木です。
 平素より本プロジェクトで仕事をしていただき、誠にありがとうございます。
 先日行ったリーダー選挙の結果をお伝えします。

  ・吉田:六票
  ・小山:五票

 よって、リーダーは吉田とします。
 ご協力ありがとうございました。

 ※注意
  投票メールの送信履歴は、選挙の匿名性を守るため各自で削除してください。

 以上です。
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 月曜、朝9時前に出社した幸一郎は、いつものようにグループウエアを起動してメールを確認した。
 上記のような内容のメールが全メンバーに展開されていた。
 その内容を読んだ幸一郎は、自分の思った通りになっていないということに驚いた。
 そして、周りを見渡した。
 石川が自分のパソコンの前で固まっている。
 恐らくメールの内容が信じられないのだろう。
 渚沙はまだ出社していないようだが、どういう反応をするか予想できる。
 反対に福井などの年配連中は、小さくガッツポーズしたり、笑いをかみ殺している。
 そう言えば、当の吉田課長と小山がいない。
 まだ出社していないのかと思ったが、行き先ボードを見ると二人ともA会議室になっている。
 いつの間にか朝会を行う時間になっている。
 だが、二人とも会議室から出てこない。

(殴り合いの喧嘩でもしているのか......)

 物音一つしないから、まさかそんなことは無いだろうと思いながら、幸一郎は自分の仕事の準備を始めた。

「えっ!?」

 突然、女の甲高い声が聞こえて振り返った。
 渚沙がいつの間にか出社していて自分のパソコンの前で目を見開き硬直している。
 メールの内容に驚いたのだろう。
 マウスを抱え込んだ右手が小刻みに震え出した。
 彼女の見立てでは、小山は少なくとも六票を獲得してリーダーになるはずだったのだ。
 そうなるように活動して来た。
 だが、蓋を開けてみるとそうはならなかった。
 小山派の誰かが吉田課長に寝返ったのだろうか。
 結局、幸一郎は最後の最後で小山に投票した。
 だから、小山に入れる予定だった室井、武田、石川、渚沙の中から裏切り者が出たという事か。
 ただ、この四人の様子を見ていると、そういったことは感じられない。
 「ガチャリ」と扉が開く音がした。
 全員が一斉にA会議室の方を振り向く。

「おはようございます」

 楠木部長を先頭に、小山と吉田課長が続くようにA会議室から出て来た。
 幸一郎は小山の顔を見て不思議に思った。
 何だか妙に清々しいというか、サッパリとした顔をしている。
 もう、このプロジェクトにも渚沙にも未練が無いのだろうか。

「皆さん、こちらの会議卓に集まってください」

 楠木部長にそう促されたメンバーは、卓を囲むように集まった。

「朝メールしたので、投票結果を皆さんもご存知だと思います。このプロジェクトのリーダーは引き続き吉田ということでお願いします。なお、小山が抜けるのでサブリーダーは吉田の人事に従ってください」

 ということは、後任のサブリーダーは石川になるのだろう。
 それはすなわち幸一郎がDBAになるということも意味していた。

「では、小山。これから引継ぎをしてくれ。午後からは、早速本社に来い」
「はい」

 小山は楠木部長の指示に素直にうなずいた。

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 サブリーダーの仕事と資料関係を石川に引き継いだ小山は、午前12時を回ると身支度を始めた。
 吉田課長にパスカードや資料を返却し、挨拶をしている。

「小山......」

 幸一郎は、身辺整理を終えカバンを手に開発室から出ようとする小山を呼び止めた。

「大竹か」
「飯行かないか?」

 小山は時計見た。
 この職場からブロンズ情報システムの本社ビルまでバスで30分程掛かる。
 移動時間を気にしているのだろう。

「飯だと時間かかるから、お茶ならいいけど」
「行こう」


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 いつも暇そうな喫茶店「ルーベンス」も昼時はそれなりに賑わっている。
 マスター特製のカレーとコーヒーの香りが店中に広がっている。
 幸一郎と小山は壁際の席で向かい合い、コーヒーを飲んでいた。

「あまりの引継ぎ量に石川さん着いて行けてなかったよ」

 小山はそう言うとコーヒーを啜った。

「そりゃリーダーの経験が無い石川さんが、いきなりお前の言ってること理解出来るわけないだろ。吉田課長も無茶なことするなあ」
「まあ、そうは言っても仕事だからさ。好き嫌い言ってられないよ。石川さんだってそこは分かってるって」

 午前中、小山に引継ぎを受けていた石川は明らかに苛立っていた。
 余程ストレスを感じたのか、ドリンクコーナーで板チョコをバリバリ食べている姿を見掛けた。

「しかし、お前が外れるとはなあ......」
「仕方ないよ。決まったことだから」
「僕は君に投票したんだけど」
「ふうん」

 小山は窓の外を見た。
 彼に取っては別に幸一郎が自分に投票することなど期待していなかったのだろう。
 元々、恩を売られるのは嫌だと言っていたのだから喜ぶはずも無かったが、幸一郎は自分が投票したことを言わずにはおれなかった。

「赴任先ってどこ?」
「地図でいうとここらしい」

 小山はスマホに表示させた地図の、端っこの大陸を指さした。
 その国はニッホン国から遠く離れた時差十二時間はある場所だった。

「今から本社でその国の母国語や文化を勉強したり、そこでのプロジェクトや業務についての研修を受けるんだ。そして来月から行ってくる」

 なんだか隣の町にでも行ってくるというような気軽さで小山は言った。
 こんなに遠いと日本に帰って来れるのは年に一度あるかないかだ。

「俺は正妻と現地妻を見つけるから。大竹は水谷のことをよろしく頼むぞ」
「無理だよ......」

 恋愛初心者の幸一郎でも渚沙のことは難しいと分かっていた。
 追いかけても振り向いてくれないものは仕方ない。
 どうすれば振り向いて欲しいのか、目の前の男に教えてく欲しいくらいだ。

「でも、お前がいなくなるとまた事故が多発しそうだな」
「それだけは心残りだが仕方ないよ。大竹が頑張って何とかしてくれ。俺はこれから忙しくなるからそっちのプロジェクトには構ってられない。まあ電話くらいは出れるけど」

 まるで他人事のように言う小山を目の当たりにし、彼が急に遠い人になったかのような気がした。
 そして、幸一郎は一抹の寂しさを覚えた。
 小山は壁にかけられた時計を見ると、伝票を手に立ち上がった。

「じゃ、頑張れよ」

 手を振って去って行った。

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 小山のあっさりとした別れの挨拶を受け入れた幸一郎は職場に戻った。
 席に着いて仕事をしていると、渚沙が声を掛けて来た。

「送信履歴見せて」

 皆には聴こえないように小声で依頼して来た。

「え?」
「楠木部長に送信した投票メールの送信履歴よ。それ見せて」
「......消しました」
「はあ!?」

 突然の渚沙の大声に一同が一斉に二人の方を向いた。
 渚沙はペコペコと「すみません」を繰り返している。
 一しきり謝罪が終わると、幸一郎に向き直りこう指示した。

「ドリンクコーナーに来て」

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 誰もいないドリンクコーナーで二人は向かい合っていた。

「だって、楠木部長も言ってたじゃないですか。選挙ってのは匿名性が大事だって。だから返信メールは削除しろって指示されてたから消しましたよ」
「そうは言っても、真面目にそこまでやることないじゃない」

 誰が誰に投票するかは基本的に自由なはずだ。
 ただ、渚沙としては幸一郎が小山に投票したかどうかをこの目で確認したいのだろう。

「小山君に投票しましたよ」
「本当に!?」

 言葉で言っても渚沙は信じていないようだ。
 証拠となる「小山一票メール送信履歴」を愚直に削除してしまった。
 信じさせようにも、その元が無い。
 渚沙はスマホを取り出すと、複数の画像を見せながらこう言った。

「室井さん、武田さん、石川さん、そして私の返信履歴のスクリーンショットよ。この四人は小山君に投票したわ」
「わぁ......」

 ここまでやる渚沙の執念というか、小山への愛の力に驚いたし、正直ちょっと引いた。

「そうか......」

 幸一郎はこの事実を目の当たりにして合点が行った。

「なによ?」

 渚沙は怪訝そうな顔をして幸一郎を見ている。
 明らかに彼を裏切り者とみなしているようだ。

「小山が吉田課長に投票したんだ」
「え?」

 驚きの表情をしている渚沙をしり目に、幸一郎はその考えを深めていった。
 小山のパソコンを開きメールの送信履歴が残されていれば、小山が吉田課長に投票したかどうかが確実に分かる。
 そして、幸一郎への濡れ衣もこれで晴れる。
 だが、彼のパソコンはプロジェクトを外れる際に初期化され返却されてしまった。

「そんなわけないでしょ? 小山君はこのプロジェクトに愛着を持ってたんだよ」

 確かにそうだとは思う。
 当初はスパイとして送り込まれた小山だったが、自分の過ちに気付き、それからはお客のために仕事すると決めたやつのことだ。
 彼はずーっとこのプロジェクトで仕事をしていたかったのだ。
 それは今までの振る舞いを見ていれば良く分かる。
 それが、落選したとなったら妙にあっさりとした態度で去って行った。
 もっと名残惜しそうにするかと思ったらそうでもなく、そのことが幸一郎の心に引っ掛かっていた。

 渚沙は幸一郎を疑っている。
 だから、真実に辿り着けていない。
 幸一郎は小山に投票した。
 真実は、幸一郎、室井、武田、石川、渚沙の五人が小山に投票したということだ。
 そして、吉田課長が六票だったということは......

(小山が自身では無く吉田課長に投票したんだ)

 これが真実だと今知っているのは幸一郎だけだ。
 プロジェクトに残ろうと思えば、自分に投票するはずだ。
 あえて、吉田課長に投票して自分から抜けたのには何か理由があるはずだ。

(これは、やつからの隠れメッセージなんじゃないか?)

 そう思った。

「裏切り者確定ね」

 渚沙にそう言われた幸一郎は、こう切り返した。

「きっと、小山は帰ってきます!」

 確信は無かったが今はそうでも言っとかないと、渚沙のきつい視線に耐えられそうもない。

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

>ニッホン国
誤字かと思いきや、コメダワラコーヒー、エムドナルド、びっくりドンキッキみたく、架空の国だったりして

>午後12時
正午は午前12時では?

小山は「ギリギリで勝ってもチームはまとまらないから、自分が吉田課長に入れても自分が勝つほど支持があれば引き受けよう」と思ったのかも。

湯二

VBA使いさん。

コメントありがとうございます。
>正午は午前12時では?
確かに。
これじゃ真夜中十二時まで働かせるブラックプロジェクトですね。
修正しました。
>架空の国
地球そっくりのどこかの星のお話です。
>小山は「ギリギリで勝ってもチームはまとまらないから、自分が吉田課長に入れても自分が勝つほど支持があれば引き受けよう」と思ったのかも。

色々考えていたらこんな結果になってしまいました。
予想ありがとうございます。

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