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【小説 エンジニアの事故記録】第三十一話 自分探し<下>

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 鬼瓦商会は繁華街の入り口付近にある雑居ビル二階にあった。
 先日、福井に連れて行かれそうになったキャバクラがある繁華街だ。
 土曜日の夕方五時。
 そろそろ飲みに行こうかと店を物色する人、和服姿の女、黒いスーツを着たホスト風の男。
 そんな人々の間をすり抜けながら、名刺に書かれた住所を頼りに何とかたどり着いた。
 数日前、マイフレンチで渚沙と初めて二人きりで夕食を共にした後、不注意の事故で寺島という男のベンツに自車をぶつけてしまった。
 その寺島が代表取締役を務めている鬼瓦商会に幸一郎は菓子折り持参で挨拶に向かったのだ。
 緊張した足取りで階段を一歩一歩上って行った。
 お互い大した怪我も無かったし、間に保険会社が入っているからこういった挨拶をする必要は無いのかもしれない。
 だが、幸一郎はあえて挨拶しようと思った。
 外に出る理由が欲しかったのだ。
 昨日、楠木部長と話したことで、幸一郎はどちらに投票するか迷っていた。
 考えが堂々巡りし、抜け出せない。
 何か考えがまとまるきっかけが欲しい、家で悶々としているよりも外に出たいと思った。
 扉の前まで来た。
 イカツイ寺島の顔を思い出して、ノックをしようかどうしようか迷っている。
 その時、ドアが開いた。

「ごめんなさぁい」

 中から出て来た派手なドレスを着た女と鉢合わせのような形になった。
 その女は、幸一郎の横をサッと通ると外に出て行った。
 とてもいい香りがした。

(キャバクラに行けてたら、ああいう女の子と一緒に飲めたんだよなあ)

 幸一郎はそう思うと少し緊張が解けた。

「おい、そこの、誰だ!?」

 半開きの扉から、幸一郎を睨みつけている目が光っている。
 幸一郎は蛇に睨まれたカエルのようにその場から動くことが出来なくなった。


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 幸一郎はオフィスに通された。
 真ん中に応接セットが置かれてあり、奥にはロッカーや書棚が並んでいる。
 壁の上の方に神棚がある。
 左隣の部屋からは女の会話が聞こえてくる。
 その部屋からドレス姿や和服姿の女が出て来ては、寺島に挨拶をして外に出て行く。

「何の用だ?」

 菓子折りの紙袋を持って立ち尽くす幸一郎に、寺島はドスの効いた声で問い掛けた。

「あ、あの、怪我の方は大丈夫ですか?」

 おずおずとそう言った幸一郎を見て、寺島は首の部分をさすりながらこう言った。

「おお、そのことで来たのか。大丈夫だよ。あの事故のショックでストレートネックがちょっと良くなったぞ」
「そ......それは、良かったのですかね......」

 隣からは弾けるような笑い声が聞えて来た。
 ドライヤーの音や、水で何かを洗っている音が聴こえる。

「これ、お詫びと言いますか......」

 幸一郎は紙袋から菓子折りを取り出した。

「なんだよ、気ぃ使ってくれたのか。悪いな」

 寺島は菓子を受け取ると、こう言った。

「まあ、せっかく来たんだゆっくりして行けよ」
「え......ええ!?」
「ここがどういうところかも知りてえだろ?」

 幸一郎は応接セットのソファに寺島と向き合う形で座った。
 やはり目の前にすると恐ろしい。
 オールバックで襟足が長い髪型。
 眉は細い線のようで目つきは鋭く、射すくめられそうだ。

「おい、靖子、お茶!」

 寺島は隣の部屋の向かってそう呼びかけた。

「ちょっと、この娘を仕上げてから、持ってくる」

 扉越しに、そう答えが返って来た。
 幸一郎はその声を、どこかで聞いたことがあると思った。 

「お前、運転手してみる気無いか?」

 寺島は突然そう問い掛けると、自分の仕事をざっと説明した。
 彼は登録制の人材派遣業をやっているらしい。
 会社に派遣するのではなくキャバクラやスナック、クラブなどに女性を派遣しているそうだ。
 そう説明を受けて、このオフィスの様子にも納得が行った。
 隣の部屋は美容室のようになっていて、出勤前の女性にドレスや髪のセットを行っているとのこと。
 福井が連れて行こうとしたキャバクラにも、ここの女性が派遣されているのだろうかと幸一郎は思った。

「店が毎晩夜中に終わるだろ。終電なんて無いから女の子をそこからタクシーで帰してるんだよ。これが高くついてな。だから、送迎は自前でやろうと思っててな。で、運転手を募集してんだよ」

 送迎用のワゴン車はもう調達したらしい。
 今は寺島自身が送迎をしているそうだが、今後は誰かを雇いたいのだそうだ。

「で、でも、僕、事故起こしましたよね」
「......だったな」

 幸一郎としては定職にも着いているし、ここで運転手をする気も無いので断りの理由としてそう言っただけなのだが、バツの悪そうな顔をして寺島は黙り込んでしまった。
 健康そうな若者がやって来たから、つい勧誘して見たのだろう。
 幸一郎が事故の加害者だということがすっかり頭から抜けていたようだ。
 しばらくすると、隣の部屋の扉が開いた。

「はい、お茶」

 お盆片手に出て来た女を、幸一郎は見上げた。

「あ」

 幸一郎と目があった女は、口を開けたまま固まった。

「え」

 幸一郎も固まってしまった。
 それを見た寺島は、イタズラっぽく笑うとこう言った。

「なんだ、お前ら知り合いか?」


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「まさか幸ちゃんとこんな形で会うとは思わなかったよ」

 靖子はあっけらかんとした様子でそう言った。
 この女には気まずさとかそういったものは無いようだ。
 鬼瓦商会の対面にあるコメダワラ珈琲店のボックス席で二人はコーヒーを飲んでいた。
 寺島の粋な計らいで、二人で思い出を話するための外出を許可された。

「君はあんなところで何やってるんだ」
「あんなところって失礼ね。私の職場だよ」

 靖子はそこで美容師として雇われ、出勤前の女性の髪をセットしたり着物の着付けやドレスを扱っているのだそうだ。
 繁華街近辺の美容室で仕事をしていたのを、客である寺島にスカウトされてこの仕事に就いたそうだ。

「君がキャバクラに派遣されてるのかと思ったよ」

 そう言われた靖子はクククと笑い出した。

「君って、昔っから天然だか何だか知らんけど面白いこと言うよね。こんな格好しててお店出れるわけないじゃん」
 
 上はワイシャツ下はジーンズ。
 仕事が忙しいのか、肩までの黒髪はボサボサだった。
 確かにこれからご出勤といった態ではない。
 それに左手の薬指には指輪が。

「幸ちゃん、今、何やってんの?」
「仕事?」
「そう」
「プログラマー」

 靖子は首を傾げ、よく分からないといった様子だ。

「ゲームする?」
「スマホのなら、するよ」
「ああいうのはプログラムっていうコンピュータが分かる言葉で作られてて、それを作るのが仕事なんだ。僕の場合、ゲームじゃなくて情報システムだけど」
「へえ」

 幸一郎は靖子に訊かれるままに職場の事や仕事のことについて話した。
 こうやって二人で会話していると、十年という月日が無かったかのようだ。
 高校の頃のように楽しく過ごせている。
 幸一郎は昔と変わらない靖子の笑顔を見て、一人そう思った。
 その中で、小山のことを言おうかどうしようか迷った。

「ホームラン!」

 二人は声のする方を見た。
 店の壁に据え付けられた大画面テレビに、甲子園初日第四試合の様子が映し出されていた。
 延長戦で母校の大都会西高校と、副丘実業高校が戦っている。
 しばらく二人は黙ってその様子を見ていた。

「小山君どうしてるかなあ」

 靖子は誰に問い掛けるともなくそう言った。
 幸一郎はギクリとした。

「甲子園行けなかったの、私たちのせいでもあるんだよね」

 昔の靖子なら考えられないような発言だった。
 彼女はあっさり小山から幸一郎に乗り換え、その幸一郎から「好きな人が出来たから」と、嘘泣きを演じることで次に乗り換えたのだ。
 時間の流れの中で彼女も大人になり自分のして来たことを振り返ったのだろうか。

「私も寺島さんに今振られたら、死ぬほど悲しいもんね」

 薬指の指輪が光った。

(やっと本当に好きな人に出会えたんだな)

 幸一郎はそう思った。


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「小山に一票」

 日曜日の昼下がりの職場で、幸一郎は楠木部長のメールにそう返信した。
 色々迷ったが締め切りの月曜八時までに投票を完了出来た。
 仮に小山が選挙に負けてプロジェクトから外され海外赴任になって、一生渚沙と会うことが出来なくなったとする。
 一人残された渚沙が寂しさを紛らわすために、懇願してくる幸一郎と万が一、仕方なく付き合うことになったとしても彼女の心にはずっと小山が残っているんだろうと思った。
 そんな女と付き合って楽しいのだろうかと思った。

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「だって、五年間もほっとかれたまんまだよ」
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 以前、彼女がそう言っていたのを思い出した。
 渚沙は五年間、放置され続けていても小山の生返事と王様ゲームでしたキスを信じ切って、ずっと付き合っていると思い込んでいたのである。
 そして、今や相思相愛の二人の間に割って入る隙間は無いと思った。
 幸一郎は渚沙を諦めた。
 今一番したいことは、小山へ借りを返すことだった。

つづく

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