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【小説 エンジニアの事故記録】第三十一話 自分探し<上>

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 幸一郎の目の前には、ロン毛で職業デザイナーといった感じの楠木部長と、禿げ上がった達磨みたいな太田社長が座っている。
 容貌が対照的な二人が並ぶとそれはそれで迫力があった。
 妖怪ぬらりひょんとタンコロリンがそこにいるかのようだ。
 その日の夜、三人は職場近くにある和風懐石が売りの居酒屋「梅の桜」の個室で飲んでいた。

「大竹君は実際のところ、どうしたいんだね?」

 楠木部長にそう訊かれた幸一郎は黙り込んでしまった。
 幸一郎としては、どうするもこうするも選挙自体を止めにしてくれと頼みに来たのだ。

「リーダー選挙を取りやめることは可能でしょうか」

 幸一郎は小さい声でそう訴えるのがやっとだった。
 昼に決意したほどの勢いが「無い」と自分でも思った。

「今の状態で上手く行ってないから、一からやり直すために力技でリーダーを決めようとしてるんだ。それは君も分かってるだろ」
「ですが、それじゃ外された方が可哀想です」

(あれ?)

 幸一郎は論理的じゃない反論をしてしまったと思った。
 これじゃ、言い負かされる。

「今のままでやったとしても、一度仲が割れた二人が何のきっかけも無く元の関係に戻るのは難しいよ。同じことを繰り返すだけさ」

 楠木部長はそう言うと、ビールを飲んだ。
 確かに、選挙を取りやめて今の体制を維持したとしても人間関係は何も変わらない。
 結局行き着くところまで行き着いたのだから今の状態があるわけで、それを無理に維持しようとすればさらに悪化するかもしれない。

「一度チームを壊し、作り直す。それしかないと私は思うから選挙をすることにしたんだ」

 楠木部長はビールグラスを「タン」と置いてそう言い切った。
 確かにそうかもしれない。
 一度スタートに戻るというかそれほどのことをしなければ前に進まない。
 自分の甘い考えを、幸一郎は振り返って恥ずかしくなった。
 小山も吉田課長も必要だが、その二人が反発しあっているのだ。
 それを改善せずに体制を維持しても、争いは収まらないだろう。

「どちらかが敗れたとしてプロジェクトを外されたとしても、長い目で見たらそれは本人にとっていいことかもしれないしね」

 と、楠木部長は冗談ぽく言った。

「まあまあ、うちの社員をあんまりいじめんでくれよ。楠木」

 太田社長が楠木部長の肩をポンと叩いた。
 飲みながら話している二人の様子は、旧知の仲といった感じだった。
 二人の話を聞いていると、ブロンズ情報システムから一次請けで仕事出来ているのもそういった二人の関係が大きいみたいだ。

「まあ、どちらかが抜けてもそれで上手くチームが回ればヨシ。反対に上手くいかずに、やはり『あいつが必要だ』となればそれはそれで......」

 楠木部長は言葉を濁した。
 何か含みを込めたかのような言葉遣いだった。
 それはわざとらしく、そうしているかのように見えた。
 この選挙のもう一つの狙いが見え隠れしたような気がした。
 だが、幸一郎にはその狙いが何なのか、までは分からなかった。

「そこで、最初の質問に戻るけど、大竹君。君はどうしたいんだ?」

 改めて質問された幸一郎は考えた。
 先程までは体制の維持が最善だと思っていたが、楠木部長と話すことでその考えは揺らいだ。
 いや、正確にはその前に揺らいでいたのだ。
 今自分が何をしたいのか、体制の維持でそれが可能なのか、疑問に思っていた。
 その揺らぎが、楠木部長の言葉でさらに揺らいだ。

「迷ってるなら、君が何をやりたいかで投票先を決めたらどう?」
「え?」
「例えば、吉田に入れてみるとか」

 小山が抜ければ石川がサブリーダーになり、その空いたDBAの地位に幸一郎が収まる。

「DBA......」
「大竹君、チャレンジして見たくはないか?」

 楠木部長が静かだが力強くそう言った。

「小山や石川に悪いなんて思う必要ない。そんなことで義理や情なんて感じてたら仕事が出来ない。君がやりたいことが何なのか、そこは自分の将来を考えて選択してくれ。そういったチャンスもこの選挙にはある」

 改めてそう言われるとDBAという地位が魅力的に見えた。
 こうなってしまったからには、自分の考えもあったほうがいいのではないかと思った。
 小山ははっきりと「自分がやりたいようにやれ」と言ってくれた。
 友情や恩を感じて小山に投票することは容易い。
 だが、その後はどうなるのか。
 そうすることが本当に自分にとって良いことなのか。
 幸一郎にとってはそこのところの整理がまだ出来ていない。

「仮に小山が残ったら、君はサブリーダーになれるかもしれないな」
「え?」

 楠木部長が手酌でビールを注ぎながらそう言った。
 しまった、僕が注がなきゃ、と思ったがもう遅かった。
 「サブリーダー」という言葉に気を取られてしまったからだ。

「うちは外注だからと言って、特別扱いもしないし不利な対応もしない。実力があればそれなりの権限も地位も与える」
「楠木、うちの大竹をリーダークラスにするなら契約金は上げてくれよな」

 社長と楠木部長は目を合わせ「あははは」と笑いあった。
 悪ガキがイタズラを考えついた時みたいなやり取りだ。

(僕がサブリーダー)

 その言葉に幸一郎は魅力を感じた。

「小山は、君が不器用だけど慎重だということを良く褒めてるんだよ」
「そうなんですか」

 幸一郎は友達の思いやりを感じた。
 自分がリーダーというかまとめ役になるなんて、そんなこと無縁だと思っていた。
 それは自分が派遣という点々とした働き方をしているからだと思っている。
 だから、同じ年の小山がサブリーダーとして他の者をまとめている姿は、憧れだったし嫉妬すらしていた。
 そんな自分が卑しく努めてそう思わないようにしていた。

「ただ、小山がリーダーになれば、年配者をまとめられるかどうか。そこが問題だな」

 楠木部長はそう言うと、カンパチの刺身を食べた。

「多分、サブリーダーになった君も苦労するだろうね」

 幸一郎はそう言われて目が覚めた。
 あの手強いオッサンどもを自分がまとめ切れる自信は無かった。
 福井の不貞腐れた顔が浮かんだ。
 恐らく、小山の言うことを聞かないんじゃないか。
 その点、吉田課長がリーダーのままだったらそう言ったことは無い。
 若い者の反発はあるだろうが、現行もフェーズ2も熟知している吉田課長ならメンバーを入れ替えながらも何とかやって行きそうだ。

「うう......」

 幸一郎は呻いた。
 どうやら問題は複雑なようだった。
 幸一郎はどちらに投票しようか再び迷った。
 そんな様子を楠木部長と太田社長はニヤニヤしながら見ている。
 かつて自分たちも、そうやって仕事や人間関係で悩んで来た。
 今、そうして苦しんでいる目の前の若者に、かつての自分を投影して思い出に浸っているかのようだ。

 小山か、吉田課長か。
 幸一郎の頭は堂々巡りした。
 
(
 小山に一票入れたい。
 いや、それはただ情に流されているだけで、自分のことを考えていないのではないか。
 サブリーダーになりたいから小山に入れる。
 サブリーダーになれる?
 確かに魅力的に思えたが、自分に務まる自信が無い。
 人間関係で板挟みになり、何人もの人が第一線から外れて行ったのを見て来た。
 吉田課長に入れれば入れたで、自分はやったことのないDBに苦労するだろう。
 だが、人に苦労するよりはましかもしれない。
 吉田課長にするか?
 そうなると石川さんはどうなる?
 慣れないサブリーダーでやって行けるのか?
 何より小山がいなくなれば事故が多発して、プロジェクト自体の存続が危うい。
)

 幸一郎は全てのチャンスの負の部分にばかり目を向け、すっかり怖気づいてしまった。
 迷いを抱えたままの幸一郎は家に帰ると、そのまま寝床に倒れ込んだ。
 全ての悩み事から解放されたいがために、眠ろうと懸命に努力した。

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 約十年前。

「ごめん、好きな人が出来た」
「え?」

 同じ大学の同じサークルの先輩を好きになったらしい。
 目に涙を溜めた靖子にそう告げられ、頭が真っ白になった。
 幸一郎が通う予備校の隣にある喫茶店「プロンゾ」。
 そこに急に呼び出された幸一郎は、彼女から突然の別れを宣告された。
 いや、突然じゃない。
 その兆候は春先からあった。
 結局、幸一郎が計画した高校卒業旅行は、直前に彼女が体調不良を訴え中止になった。
 四月になり靖子は大学に進学し、幸一郎は浪人生活をスタートさせた。
 その頃から、会う回数は週に三回から、二回、そして一回へと減少して行った。
 末期はキッカリ三十分お茶だけコースといった、お粗末な逢引となっていた。
 大学生活が忙しいのだろうと、彼女を慮った幸一郎ではあったが、如何せん彼女への疑念は晴れなかった。
 何せ彼女は小山をあっさり袖にして幸一郎にアプローチして来た女なのだ。
 その彼女が大学生活で幸一郎より優れた男を見つけて、そこにすり寄っていくのは自然の成り行きだと思われた。
 そして、今日、その予想が真実になった。

「許して......」

 彼女の涙がテーブルにポタポタと落ちた。

「分かったよ」
「え?」

 靖子は意外そうな顔をしたが、すぐに許してくれたと思ったのか明るい顔になった。
 ジワジワと靖子の方から疎遠になって行ったという伏線もあったので、幸一郎としてはそれほどのショックは無かった。
 遂に来たかという印象だった。
 土台、自分のような落伍者は靖子のような女に好かれる資格は無いのだ。
 と、自嘲気味にセンチメンタルな自分に酔ってみた。
 彼女が会計をすると言い、店を出たところで二人は別れた。
 幸一郎とは別の方向に歩いて行く彼女。
 諦めたつもりだったのに彼女の後を付けている自分に気付いた。
 まだ彼女が嘘を付いているのではないかと期待していた。
 幸一郎は後を付けながらこう思った。

(好きな人が出来たならどうすることも出来ないが、自分の性格が至らないという理由であれば改善することでまた好きになってもらえる可能性はある)

 それは未練に突き動かされた行動だった。
 彼女はコンビニの前で立ち止まるとスマホを取り出し、電話を掛けだした。
 それを数メートル後ろの電柱の陰から幸一郎はじっと見ていた。
 数分後、靖子の前にライダージャケットにジーンズ姿のイケメン風の男が現れた。

「嘘泣きして別れて来た」

 靖子は明るく笑いながらそう言うと、その男の腕に自分の腕を蛇のように巻き付かせた。

 幸一郎は泣いていた。

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「また、この夢か......」

つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

太田と楠木は、未来の大竹と小山かも?

湯二

VBA使いさん。

コメントありがとうございます。

それは思い付かなかったです。
使うかも。。。

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