常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第二十八話 暴走

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「君は今のままの体制がいいと、本当にそう思ってるか?」

 改めて吉田課長にそう問い掛けられた幸一郎は、黙り込んでしまった。
 幸一郎は今のままの体制がいいと思っていた。
 だが、その思いは先程ドリンクコーナーで見た光景のせいで崩れかけていた。

(僕に隠れて二人して......仕事中に何やってんだよ)

 その時のことを思い出した幸一郎は、嫉妬の炎で燃え狂いそうになる自分を必至に抑え込んでいた。

「分かってるんだよ。大竹君。君が水谷さんのことをどう思っているか」
「え?」

 酔っ払って首まで真っ赤にした福井が、幸一郎にビール瓶を傾けながら言う。
 ビールをグラスに注がれながら、幸一郎はさほど酔っても無いのに赤面した。

「な......何のことですか!?」
「そりゃ分かるよ。君がいつも水谷さんのことチラチラ見てるの」

 ビールをなみなみと注いだ福井は、ふふふと笑いながら煙草に火を着けた。
 幸一郎は顔を真っ赤にしてうつむいた。
 仕事中に渚沙を盗み見ていたことを他のメンバーに見られていたこと、その挙動だけで自分の内に秘めた思いが悟られていたこと、それに今まで気づくことなく過ごしてきた自分。
 その全てを消し去りたいくらいの恥ずかしさが込み上げて来た。

「おっと、知らないのは本人だけだったか。その思いを彼女には打ち明けたのかい?」
「い、いやぁ......その......」
「その様子だと上手く行かなかったようだね」

 福井は何もかも知っているという様子で、一本目のタバコを灰皿に押し当てて揉み消し、二本目に火を着けた。

「君が吉田課長に投票すれば済むことだ」

 いきなり真顔になった福井はきっぱりとそう言った。

「小山がいなくなれば、君にだってチャンスは回って来る」

 吉田課長が被せるようにそう言った。
 この人たちは、なんで小山と渚沙そして幸一郎の三角関係まで知っているのだろうか。
 普段の三人の様子から推測して、カマをかけて来ているのだろうか?
 全てを監視されているようで、幸一郎は何だか空恐ろしくなった。

「大竹君、年長者を甘く見てはいかんよ。我々は見ていないようでよく見ているもんなんだよ。仕事も人間関係も」

 はははと、吉田課長は他のメンバーと目を合わせて笑った。
 課長はワイングラスに手を付けた。

「君を何でDBAにしようとしているのか、教えてやろう」

 幸一郎は聞き逃すまいと身構えた。

「水谷のバッチのバグに気付き、それを防ぐためにテーブルを咄嗟に削除した、これはなかなか出来ることじゃない」
「......はあ」
「あの場では、ああするのがベストとは言わんが、ベターだと私は思う」

 幸一郎は自分の行った過ちがいつしか独り歩きし、様々な人に評価されているという悪運が怖かった。
 いつかしっぺ返しが来るのではないかと。

「データベースの操作は度胸も必要だ。石川みたいに慎重すぎて時間が掛かり過ぎてもいかん。だから私は君をDBAにしようと思ったんだ」

 褒められて嬉しかったが、すぐに自分の間違った行いに対する評価だと思い当たり、落ち込んだ。

「DBAという立場を生かして、水谷に接近出来る方法はいくらでもある」

 吉田課長が、ここだけの話という感じでヒソヒソと言った。

「え?」
「君はデータベースというシステム開発の要を担うんだぞ、自分のさじ加減でいくらでも、彼女をひいきすることが出来るじゃないか」

 吉田課長が言うには、幸一郎がDBAとして技術を身に付ければ渚沙のテストデータを容易に作ることだって出来るし、開発環境だって彼女の要望通り作ることが出来る。
 今までのPGと言う立場だと対等だが、DBAという特別な立場に立てば彼女に対して見せ場を作ることが出来るというのだ。

「どうかね? いいと思わんか?」

 吉田課長としては、幸一郎がDBAになってくれれば管理職になりたがらない石川をサブリーダーにすることも出来る。
 課長としても人事評価が上がり、一石二鳥だと思っているのだろう。

「なあに、誰が誰に投票したかなんて分からないだろ。水谷に訊かれたら小山に投票したとしらばっくれてればいい。それで嫌われることは無い」

 そう言いくるめられた幸一郎は、まんざらDBAになるのも悪くないなと思った。
 吉田課長の言うように、DBAになればータベースに関しては、渚沙を言う通りにすることが出来る。
 そう思うと、幸一郎は上機嫌で杯を重ねて行った。
 正確には、ドリンクコーナーで見た光景を忘れようと無理やり酒を飲むことで上機嫌を作り出そうとしていた。
 つまりはヤケ酒だ。
 酒をあおりながら、幸一郎は小山を切り捨てて渚沙を独り占めするという算段を朦朧とした意識の中で考えていた。


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「さて、大竹君の要望を受けようか」

 吉田課長は時計を見ながらそう言った。
 時計の針は夜22時を指そうとしていた。

「大竹君、君はキャバクラに行ったことあるか?」

 福井がタバコを吸いながら幸一郎に問い掛けて来た。

「ええ?」

 幸一郎はそういった類の店に行ったことが無かった。
 一緒に行こうと誘ってくれるような悪友もいなかった。
 そして、行ってみたいと思っても一人で行く勇気は無かった。

「まだないのかい!? 一回は社会勉強として行った方がいいと思うよ」
「そ......そうでしゅかあ?」

 酔っ払って前後不覚になっている幸一郎は、その誘いにこのままダイブしたい衝動にかられた。

「よっちゃん、いいでしょ?」

 福井が親し気に、吉田課長に何かを確認している。
 課長は財布を取り出し、そこから何枚かの万札とタクシーチケットを福井に手渡した。

「わしは家族が待っとるから帰る。後は福ちゃん、よろしく」
「はい!」

 じゃ、「いこーか!」と福井は幸一郎の背中を「バン!」と叩いた。
 その様子を見た課長は、駅の方へ向かって行った。
 残されたメンバーは駅と逆方向の繁華街の方角へ進んで行った。
 幸一郎は初めて行くキャバクラへの期待に胸に膨らませた。
 嬉々として一行の後に付いて行った。
 
 繁華街の入り口に入ろうとしたところで、幸一郎は何者かに急に腕を掴まれた。

「わわ」

 抵抗したが酔いが回ってふらつく足元では、あっけなく路地裏に連れて行かれた。

「な......なにするんですか!?」

 幸一郎の腕を握っている相手の顔をしっかりと見た。
 顔にグラサンとマスクを付けている。
 顔は分からないが、女だと思った。
 男の本能でそう分かった。
 左側のこめかみの辺りに大きめの絆創膏が貼られているのが目立つ。
 長い黒髪が風にはためいている。

「だ......だれ!?」
「私よ」

 そう言った女はグラサンとマスクを取った。

「み......水谷しゃん......」


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「昨日、小山君を呼んでくれたの大竹君でしょ?」
「はい」
「ありがと」

 渚沙はそう言うと、幸一郎のグラスに自分のグラスをカチンと触れ合わせた。
 二人は繁華街とは500メートルほど反対方向にあるショットバーにいた。
 カウンター席に二人並んで座っている。

「その絆創膏どうしたんですか?」
「あっ、ちょっとデッカイ蚊に刺されちゃってさ」

 渚沙は左のこめかみに貼ってある絆創膏を撫でた。

「て......ていうか、何てことしてくれるんでしゅか!? 今から楽しいところに行く予定だったのに!」

 飲みすぎてろれつが回らない幸一郎は、自分でも何を言っているかよく分からなかった。
 幸一郎は何度も抵抗したが渚沙の腕力は強く、引き摺られるようにこの店に放り込まれた。

「へー。どこに行こうとしてたの?」
「そ......それは......キャバ......」
「バカだね。男って」
「バカとは何ですか!? 嫌がる人間を無理やり! パワハラ! セクハラ!」

 そう罵っては見たが、渚沙と二人きりになれたことは嬉しかった。

「ブブブブ......」

 幸一郎のスマホが鳴りだした。
 ディスプレイには福井と表示されている。
 渚沙はそのスマホを素早く取り上げると、通話拒否ボタンを押してガチャ切りした。

「な......なにするんですか!?」
「なに喜んで買収されてんのよ!」

 渚沙はカウンターを右の平手でバンと叩いた。
 周囲の客がその音に、何事かと振り返る。
 ぴしゃりとそう言われた幸一郎は黙り込んでしまった。

「まったく。あの連中ったら、私が大竹君を誘ってるの知ってて、打ち合わせと飲み会の予定を入れて来たのよ」
「え!? そうなんですか?」
「あんた、そんなことも気付かずに付いて行ったの? おめでたいわね。どっちの味方なのよ?」
「そ......それは......って言うか、何で水谷さんと僕が今日飲みに行くことがバレたんですか!?」

 バレたことに気付いた渚沙は幸一郎たちの後を付けて行った。
 そして、メタルカフェの向かいにあるチェーン居酒屋「つぼ七」で一人、ずーっと様子を窺っていたのだそうだ。

「それでこの暑い中、皆に見つからないようにグラサンしてマスクしてたんですか?」

 渚沙はカバンにしまった変装セットを見て「夏にやることじゃないわね」と言った。

「吉田課長を支持する誰かがタレこんだんだよ」

 腹立たし気に渚沙はそう言った。

(もしかして......毛利君)

 幸一郎はそう言おうとしたが、思いとどまった。
 渚沙が幸一郎に飲みの誘いをかけた時、職場には毛利しかいなかった。
 それに彼は、さっきの吉田会にも出席していた。
 もうそっち側に付いてるのかもしれない。

(だが......)

 確証は無かった。
 毛利はさっきの飲み会でも大人しく座っていただけだ。
 上司が吉田課長だから、従うしかない立場なのだろう。
 幸一郎はそう思った。

(だとしたら誰が......)

 幸一郎の思考は堂々巡りを繰り返した。

「そんなことよりも君は小山君の味方だよね」

 渚沙にそう言われ、幸一郎は我に返った。

「味方も何も友達です」
「じゃ、小山君に投票するよね」

 やはりこの話かと、幸一郎は思った。
 そう思うと幸一郎は何故か、怒りを感じ始めた。

「室井さん、武田さん、石川さん、この三人は小山君に投票するって言ってるわ」
「そ......そうなんですか......」

 渚沙にじっと見つめられた幸一郎は何と返していいか分からなかった。
 こちらはこちらで、そろいもそろって二十代から三十代のメンバーを集めたようだ。
 吉田課長が集めた年配組(一名新人がいるが)とは大違いだ。
 渚沙の算段だと、室井、武田、石川、渚沙このメンバーは小山に投票するだろう。
 もちろん本人である小山も自分に投票する。
 そうすると五票。
 吉田課長側は今さっきの飲み会の様子だと福井、田淵、高田、毛利の四票と、課長自身を含め五票。
 となると、あと一票を引っ張って来れた方が勝てるわけで、両陣営とも幸一郎をどちらに引き込むかで決着がつくと思っているらしい。

「小山君に入れるよね」

 渚沙は幸一郎が小山と友達だからだ投票すべきだということと、今のままではこのプロジェクトが破たんするということを熱心に説いた。
 そうならないためには吉田課長を外し、小山をリーダーに据えるのが一番だという主張を展開した。
 古参のメンバーからも不満はあるだろうが、そのメンバーも徐々に差し替えて行けば問題無いという。
 小山を愛してこそのひいき目もあるだろうが、渚沙の小山押はかなりのものだった。
 マイフレンチで初めて二人で食事をしたときもそうだった。
 彼女は小山のことを話している時だけ嬉しそうにしていた。
 目の前にいる幸一郎のことなどお構いなしに。

「だけど、吉田課長がいなくなって、小山君がリーダーになったとして、フェーズ2のとりまとめは誰がするんですか!?」
「それは、残ったみんなで何とか協力してやるのよ」

 幸一郎はグイっとビールを飲み干すとお代わりを店員に要求した。
 もうこの店に来て五杯目だ。

「そんなの無理に決まってますよ。小山はね、現行分しか任されてないんだ。だからリーダーになったからってすぐにあの手強いオッサンどもをまとめ上げてフェーズ2の遅れを取り戻すなんて出来ない」

 遅れは思った以上に深刻で、それは今日の打ち合わせでオッサンどもの言い分を聞いていて分かった。
 酔いが回って目が虚ろになっている幸一郎は、脳まで痺れて来ていた。
 酒のせいで気が大きくなり、それがモヤモヤした怒りに火を注いだ。

「なんなの? さっきから小山君のことをけなしてばっかりで、君はどっちの味方なのよ!?」

 幸一郎の態度を見て、渚沙が眉根を寄せ不機嫌を露わにした。
 幸一郎はさっきから何に対して自分が怒りを感じているかが、何となく分かって来た。
 それと同時に、ドリンクコーナーでの小山と渚沙の二人のシーンがフラッシュバックした。

「ちょっと、聴いてるの!?」
「うるせぇ!」

 怒鳴りだした幸一郎に、渚沙は目が点になった。

「さっきから聞いてりゃ、僕の気も知らねえで、小山の事ばっかり楽しそうに語りやがって! 好きな女から、好きな男の話を聞かされる身にもなってみやがれ! 僕の立場ってもんは何なんだよ!」

 周りの客が二人に注目した。
 渚沙は恥ずかしさと怒りからか顔を真っ赤にしている。
 「ちょっとやめてよ」と小声でたしなめようとする渚沙に、更にむかっ腹が立ち、こう続けた。

「どーせお前らもう付き合ってるんだろ!? 僕が小山に投票しないと外国に飛ばされちゃうもんなあ。ぶっちゃけプロジェクト何てどうでもいいんだろ? 小山さえそばにいれば! この自己中女が!」
「あんた......自分で何言ってるか分かってるの?」

 幸一郎は自分の怒りの正体が何なのかやっと分かった。
 自分がこんなに愛しているのに、渚沙はいつまでも振り向きもしない。
 そればかりか、そんな自分の気持ちを知ってるくせに、渚沙は小山を気遣ってばかりだし彼に投票しろと言ってくる。
 それが幸一郎には身勝手に見えた。
 彼女を好きな分、この仕打ちが憎さと愛おしさを倍増させた。
 それがやり場のない怒りの正体だった。

「お前ら今日、ドリンクコーナーでキスしてただろ!?」
「え?」
「仕事中にそんなことしてていいのかよ!? 言いふらすぞ!」

 怒りをぶちまけた幸一郎は、全てが終わったと思いながらも、ある種のカタルシスを感じていた。
 今、自分がどんなに醜い人間か、酔った頭では理解出来なかったし、しようとも思わなかった。

つづく

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