常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第二十七話 バンドやろうぜ!

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 幸一郎は定時が待ち遠しくて仕方が無かった。
 今は16時30分。
 定時である17時までの30分間がとてつもなく長く感じられることは容易に推測出来た。
 人間は置かれた状況や気分で時間を長く感じたり短く感じたりする。
 幸一郎は今更ながらにそう思った。
 本当は今日も残業をしてフェーズ2の遅れを取り戻さないといけないのだが、渚沙の誘いを断るわけには行かない。
 こんなこと、一生に一度のチャンスかもしれないのだ。
 もちろん、幸一郎にはこの渚沙の誘いに何か裏があるのも感じ取ってはいる。

(きっと小山のことだろう......)

 幸一郎はディスプレイに映るJavaのソースコードを見ながらそう思った。
 小山への投票を依頼するための誘いなのだと予想はつく。
 それは、先の石川の態度からも分かる。
 渚沙だけでない皆がそう動くのも当然だと思った。
 つまりは皆、人の意思などお構い無しなのだ。
 自分が住みよい世界を作りたいだけなのである。

(だが......)

 幸一郎はそうは思っていても、渚沙の誘いを断ることが出来なかった。
 幸一郎にその種の癖は無かったが、好きな女性が自分を頼るというか懇願してくる姿を、鋼鉄の態度で断り続け虐げることを、想像しただけでも胸がグッと熱くなった。

「ふぅ......」

 幸一郎は色々と想像しすぎて少し頭が疲れたのか、休憩しようと一階のドリンクコーナーへ向かった。


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 エレベーターを降り、右脇にあるドリンクコーナーに入ろうとして、一瞬立ち止まった。

「ちょっと、そこじゃないよ」
「あっ、こっちか?」

 男女のヒソヒソ声が聞こえる。
 しかもその声には聞き覚えがあった。
 どうしようか迷いつつも、興味に火が着いた幸一郎はソーっと柱の陰からドリンクコーナーの内部を覗き込んだ。

「わ!」

 幸一郎は驚いて反射的にエレベーターの方に戻ってしまった。

(嘘だろ......)

 取りあえず息を整え、何事が起きていたのかを一生懸命整理しようとするが動揺が収まらない。
 もう一度、ドリンクコーナーに戻って確認しようと思ったが、恐ろしくて出来ない。

(小山のやろお......やっぱり)


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 四階の開発室に戻った幸一郎は、ディスプレイを見つめたままボーっとしていた。
 先程ドリンクコーナーで一瞬目撃した光景が、頭から離れない。

「大竹君」
「はいっ!」

 突然声を掛けられ我に返った幸一郎は、醜くバタバタと辺りを見渡した。
 もしや自分の頭の中の想像が読まれたのではないかと一人あたふたしていたが、声を掛けて来た福井には別にそんな超能力は無いようで不思議そうな顔で幸一郎を見ている。

「ちょっと今、A会議室でフェーズ2のことで打ち合わせしててさ。君も参加してくれないかな」
「は......はい」

 壁に掛けてある時計を見て、今が16時40分だと確認した幸一郎は、まだ定時前であることを確認するとA会議室へ向かった。
 

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 A会議室には高田、田淵、新人の毛利がいた。
 ホワイトボードには八月のカレンダーが貼られていて、簡単にイベントが記載されている。
 出席者は新人を除けば、四、五十代のベテランというか年配者ばかりだ。
 ここに、ボスの吉田課長がいたら完ぺきだ。

「吉田課長は客先で打ち合わせだよ。まあ、僕らだけでフェーズ2の遅れの打ち合わせがしたくてさ」
「そうなんですか......」

 福井はそう言うと、幸一郎を自分の隣に座らせた。
 フェーズ2の開発は吉田課長を頭にしたこの年配組を中心に行われている。
 現行保守・開発は小山を頭に、渚沙、室井、武田などの若いメンバーで行っている。
 その中に幸一郎のような現行もやりながら、フェーズ2も少しずつやっているメンバーもいる。
 現行の方ばかりに時間や人を掛ける訳には行かないので、少しづつではあるが幸一郎以外の他のメンバーもフェーズ2の方にシフトして行っている。

「しかし、今のままじゃ納品に間に合わんだろうなあ」

 福井がホワイトボードに書かれたスケジュールを見てそう言った。
 フェーズ2ではサブシステムとして新たにデータ分析機能を追加する予定になっている。
 現在、売上、顧客、在庫、ポイントといったデータがバラバラに管理されていて、それぞれのデータを繋げて見ることが出来ない。
 去年あたりから、そういったデータを統合して、いつ、だれが、どういったものを購入したかを細かく管理したいという要望が顧客から出るようになった。
 要はビッグデータとまではいかないが、今あるデータを使って色々と分析が出来ないか、その結果を売上アップに繋げたい、それが顧客の願いだった。
 規模としてはバッチが10本、画面が20本追加予定になる。
 現行機能にも影響があり、その分の改修を含めると、規模は先ほどの数字の約2倍となる。
 データベースについても大きな見直しが必要になる。
 元々は基幹系システムを前提として作られたデータベースである。
 分析系データベースの様に大量のデータ保持を考えて作られていない。
 そのため、容量設計やパフォーマンスチューニングなどは再設計する必要がある。
 これまで一年分しか保持しなかったデータを、フェーズ2では十年分保持出来るようにして欲しいとの要望が出ている。
 データ分析を行うにあたり過去のデータが十年分は必要だと顧客が判断したからである。
 データ量が増えたからといって、検索、更新速度を落とさないデータベースの設計が求められている。
 石川はこのフェーズ2のデータベース再設計にやる気を見せていて、普段から業務側に要件などを細かく質問しに行っていた。

「大竹君も大変だなあ。慣れてないデータベースをやらなきゃならんからな」
「え!?」

 福井がそう言うのを聞いて幸一郎は驚いた。

「君が次期DBAだってことだよ」
「まだ。決まった訳じゃないですよ!」

 幸一郎は反論したが、毛利以外の皆はニヤニヤとしたいやらしい表情で幸一郎を見ている。

「いいじゃないか、君だってPGのスキル以外にデータベースのスキルを身に付けるチャンスが出来たんだ。これを幸運と呼ばずして何と呼ぶ?」

 福井がなだめるように幸一郎の肩を叩いた。
 吉田課長と同じ五十代の福井は、吉田課長のことを「よっちゃん」と呼んでいる。
 課長の方も親し気に福井のことを「福ちゃん」と呼んでいる。
 二人はずっとそんな感じで仲良く仕事して来たらしい。
 そんなことを飲み会で、誰かから聞いた記憶がある。

「まあ、大竹君には来週中に開発環境データベースを整備してもらわないといかんな。その代わり今やってるプログラムは毛利君に引き継いでもらってな」
「気が早いですよ......」
「いやいや君がDBAになる云々抜きにして、どっちにしても毛利君が入ったってことは君は今より一つ上の仕事をしなきゃならないんだから、引き継ぎは引継ぎで始めといてもらわないとね」

 福井はブロンズ情報システムの社員では無い外注社員だ。
 しかし、ブロンズ情報システムの様々なプロジェクトで長年働き、成功に導いて来た功績がある。
 そのため、ほとんどプロパーのような立ち位置で他の外注に指示を出す。
 
(あ......)

 気付けば定時を10分程過ぎていた。
 渚沙と定時後に職場の前で待ち合わせている。
 会って、彼女がさっきドリンクコーナーで小山と何をしていたか確認したい。
 自分が見たものは見間違いだと、確信したい。
 そんな幸一郎の思いとは裏腹に、会議はだんだん熱を増していった。
 フェーズ2の遅れを取り戻すには、どの作業を並列化してリスケするか、どの作業を省くか、どの作業を後回しにしても問題ないか、といった議論が行われている。
 進行役の福井が、それらをまとめて吉田課長に後で報告するのだろう。
 幸一郎にも意見を求めて来る。

(まずいなあ......)

 行かなければならないが、この雰囲気ではなかなか言い出しづらい。

(始めに"予定があるから定時まで"と釘刺しとけば良かったかなあ)

 などと、後悔したが後の祭りだった。
 そうこうしている間に、時計の針は18時を指した。

「すいません!」

 幸一郎はたまらず手を上げた。
 一同が議論を止め、一斉に幸一郎の方を振り向く。

「今日、用事があるんで帰っていいですか!?」

 一瞬間が空いた後、福井がこう言った。

「なんだよ~、この後、皆で毛利君の歓迎会も兼ねて飲みに行こうと思ってたのによぉ」

 福井は嫌味たらしくそう言うと、「なぁ」という感じで皆の方を見渡した。
 毛利以外のメンバーは「うんうん」頷いている。

「あの......えと、そういうわけじゃ......」
「じゃ、行こうよ」

 福井がニカーっと笑うのを見た幸一郎は、何か嫌な予感がした。
 その時、スマホが振動した。
 LINEの通知が来ている。

<今日、無理そうだね。また今度ね!>

 渚沙からのメッセージだった。

(くはぁ......)

 幸一郎は心の中で大きくため息を吐いた。
 心のモヤモヤが晴れないままだった。
 渚沙は選挙とか関係なしに純粋に幸一郎と飲みに行きたかったのだろうか。
 あまりにあっさりとした返事に、かえってそうだったのかと思わずにはいられなかった。
 だが、ドリンクコーナーで見たあの光景は何だったのか。

(小山のやつ、渚沙とは付き合わないとか言っときながら......)

 友人の裏切りに口惜しい想いを胸に抱いた幸一郎は、その後の打ち合わせはすべて上の空だった。
 

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 19時に打ち合わせは終わり、出席者一同は飲み会の場所へと向かった。
 飲み会の場となったメタルカフェは、職場の最寄の駅ビル五階にあった。
 店内の壁にはギターやベースが所狭しと掛けられていて、ハードロックやメタルミュージックが流れている。
 赤を基調とした照明は、何だかここがライブハウスの中に居るような印象を与える。
 レジの横手にあるコーナーではロックスターのTシャツやグッズが売られている。
 奥のステージには定期的にバンドのライブが行われるらしく、ドラムセットが鎮座している。

「まったく、ここで飲むなんてハードロック好きな福井さんらしいな」
「俺に店選びを任せると、こうなるんだ」

 陽気に笑いながら福井は店に入って行った。
 楠木部長ほどではないにしろ、福井は髪の毛を割と長めに伸ばしている。
 一見、不精に見えるが本人は軽くパーマをかけているとのことだった。

「福井さん、バンドやってるんだよ。だからこういう店に行きたがるんだ」
「へえ」

 高田にそう説明されて幸一郎は合点がいった。
 この店の内装は、カジュアルでハードロック好きでなくても入りやすい造りではあるが、マニア受けしそうな仕掛けがいくつか見える。
 まず入口に掲げられたレスポールというギターを形どった電飾看板が目印だ。
 壁には60、70年代の渋いバンドのポスターが貼られているし、店の中心にある大画面テレビには「ガンズ・アンド・ローゼズ」のPVが流れている。
 と言った説明を、福井から受けた。
 音楽に詳しくない幸一郎は「うん、うん」頷くだけだった。

「じゃ、お疲れー!」

 集まった五人は乾杯した。
 オヤジ連中は、ビールジョッキを一気に飲み干した。
 毛利は恐縮しているのか大人しくチビチビと飲んでいる。
 そう言えば、新人を除いてこのメンバーで飲んだのは初めてだと幸一郎は思った。
 何だか妙な感じがする。
 幸一郎は、福井、高田、田淵の三人と仕事して三年経つが、この三人から飲みに誘われたのは今回が初めてだ。
 それまでは、忘年会や親睦会と言ったどちらかというとプロジェクトとしてのオフィシャルな場でしか飲んだことが無い。 
 だから突然、今日のようにいきなり誘われて飲みに行くというのは、どうも気味が悪いというか違和感を感じている。
 つまり、今の状態が状態なだけに、何か裏を感じてしまうのだ。

「大竹君はどんな音楽聴くんだい?」
「え......えと、じぇ......Jポップとかかな」

 福井にそう問い掛けられた幸一郎は、お茶を濁したような返答をした。
 幸一郎は音楽を余り聴かない。
 本屋で立ち読みしてる時に聴こえてくる有線放送で今流行りの音楽を知るくらいだ。

「そっかー。俺はプログレが好きでさ。特にドリームシアターとか良く聴くよ。バンドでもコピーしてるしね」

 福井がバンドをやっているというのは先ほど高田から聞いた。
 幸一郎はさして、おやじバンドに興味は無かったが、話の接ぎ穂が見つからないため、更にお茶を濁すような質問をした。

「どんな楽器やってるんですか」
「ドラムだよ。ドラムはいい運動になるぜ。全身使うからね。ほら、あそこにドラムセットがあるだろ? あれはバスドラムが一個しかないけど、俺はあれを二個並べて足で十六分(じゅうろくぶ)を刻み続けるんだ。だから、ライブの後は床が汗でびっしょりだぜ」
「は、はい」

 酔っ払った福井はフラフラする指先で、ドラムセットを指し示した。
 幸一郎は、福井の指先が定まらないので、結局どれがバスドラムか分からなかった。
 そんな彼を見ていて、普段の仕事の様子と違い、余りに気さくなので驚いていた。
 日本人の特徴として、飲み会の時は楽しげに話していてた人が、次の日、真反対に黙りこくって元の状態に戻るということが多い。
 お目出度い日と日常を使い分けているとも言えるが、どうもこのギャップに幸一郎は度々悩まされる。

「マンジーニもいいけど、やっぱドリームシアターのドラムはマイキーだよな」
「そうなんですか」

 幸一郎は適当に話を合わせていた。
 福井は上機嫌で立ち上がるとトイレに向かって行った。

「ところでさ......」

 突然、田淵がビールグラス片手に幸一郎の隣に座って来た。

「大竹君は、吉田課長、小山君のどっちに投票するんだい?」

 やっぱりそのことで呼んだのか、と幸一郎は今更ながら思った。
 どちらに投票するも何もこちらの勝手じゃないか。と思った。

「吉田課長の方が俺はいいと思うがね」

 田淵は、ぐっと一気にバドワイザーを飲み干すとそう言った。

「小山君は悪くないんだけど、なんかこう、やりにくいんだよな」
「そうですか?」
「細かいだろ? で色々要求が多い。だから残業も多くなる」

 幸一郎もそう思う部分はあったが、プロジェクトのゆるい部分が締まって来てなかなかこれはこれでいいのではないかと思っている。

「そうそう。あいつは、細かい」

 トイレから戻って来た福井が頷きながら幸一郎の向かいの席に座った。

「あいつのせいで、俺はバンドの練習に遅れてばかりで、仲間からひんしゅくを買ってばかりだよ」

 吉田課長のゆるいやり方は、色々と事故や問題もあるが、こうして残業も少ないし、趣味に打ち込めるというメリットもあるのだろう。
 福井の今までの熱いバンド愛を見るにつけ、それだけ今までのやり方が彼にとって居心地が良かったかが推測出来る。

「みんな、お疲れさん」
「おっ、主役の登場だ!」

 振り返ると、吉田課長が立っていた。
 福井は上座に吉田課長を座らせると、課長のグラスにビールを注いだ。

「大竹君も、課長のために今日来てくれましたよ」
「おお、大竹さん。今日はわざわざありがとう」

 主役の登場に幸一郎の嫌な予感は更に深まっていった。

つづく

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