常駐先で、ORACLEデータベースの管理やってます。ORACLE Platinum10g、データベーススペシャリスト保有してます。データベースの話をメインにしたいです

【小説 エンジニアの事故記録】第二十六話 選挙戦

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メンバー各位

 お疲れ様です。楠木です。
 平素より本プロジェクトで仕事をしていただき、誠にありがとうございます。
 この度、度重なる事故・障害の防止とプロジェクトの管理運営体制の改善のため、本プロジェクトのリーダーを選び直すことに相成りました。
 現在のプロジェクトは、リーダー吉田、サブリーダー小山となっています。
 メンバーの皆様には、この二人の内どちらがリーダーに相応しいか、その名前を記載し私宛にメールしてください。
 多数の方から支持を受けた方をリーダーにします。
 また、リーダーにならなかった方を、プロジェクトから外します。
 五日後の来週8月5日(月)までに返信をお願いします。

 以上です。
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 楠木部長から来たメールを読んだ幸一郎は、これが昨日言ってた「アレ」なんだと思った。
 そして、次の一文が特に気になった。

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 また、リーダーにならなかった方を、プロジェクトから外します。
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 つまり小山か吉田課長のどちらをリーダーにするか、プロジェクトメンバーの多数決で決めようとしている。
 こんなリーダーの選び方、聞いたことが無い。
 幸一郎は、こんなことが許されるのかと思った。

「キーンコーンカーンコーン」

 九時のチャイムが鳴った。
 メールに気を取られていた幸一郎は、満足な作業準備をすることも出来ず始業を迎えてしまった。
 辺りを見渡すと、何人かのメンバーが席に着き「アレ」メールを読んだのか驚いたような表情をしている。
 小山はというと、ディスプレイを睨みつけたまま自分の席でマウス片手に固まっている。
 朝会が始まるというのに吉田課長はまだ来ていない。

「選挙だな。これは」

 幸一郎の隣に座っている高田が、ひそひそと話し掛けて来た。

「そうですね」

 選挙と言われて幸一郎はなるほどと思った。
 成人した大人である幸一郎は、このニッホン国において選挙権が与えられている。
 幸一郎は、その権利を国政選挙や市議会選挙において余り使ったことが無い。
 投票所に行くことを面倒臭がり、自分の意思を表明していない。
 自分の一票で国が変わるなんて、思ったことも無いし政治が変わるとも思えなかったからだ。
 と、自分に都合の良い言い訳を並べ立て家でゲームをしていた。
 だが、今のこの目の前で行われようとしている選挙は違う。
 もちろん、普通の選挙の一票だって十分重い。
 だが、この選挙の一票は母数が少ない分、更に重いような気がする。
 小山か吉田課長のどちらに投票するかでプロジェクトの運命を変えるし、自分の生活にも影響を与えかねない。
 ここにいるメンバー全員、どちらに投票するのだろうか。
 吉田課長がいいという人もいるし、小山がいいという人もいる。
 どちらの意見も聴くと楠木部長は言っていたが、このことだったのかと幸一郎は思った。
 そして、この方法は何と残酷なやり方なのかと思った。
 どちらかを選ぶということは、どちらかを捨てるということで、幸一郎はどちらにすべきかを考えた。

「大竹君はどっちに投票するんだい?」

 高田は幸一郎に質問して来た。
 彼は禿げ上がった頭を撫でながら、幸一郎の顔を覗き込んだ。

「いや、こういうのっていいんですかね? 何というか僕の中では前代未聞と言うか......」
「ブロンズ情報システムではアリみたいだよ。私はこのプロジェクトに配属される前、吉田課長と別のプロジェクトにいたけど、そこのプロジェクトリーダーも同じやり方で選んでたから。きっとそういう企業風土と言うか、やり方が通るところなんだよ」
「そうなんですか......」

 今年四十五歳になる高田は、外注社員として二十年前からブロンズ情報システムの色んなプロジェクトに配属されながら、ここまで来ている。
 吉田課長と長年一緒に仕事して来ていて、課長のやり方には慣れているし仲もいいようだ。

「私は吉田課長に入れようかな」

 そのせいか、やはり吉田派であり、当たり前のように吉田課長に投票すると言った。

「でも、それじゃ小山君が飛ばされますよ」
「それは仕方ないよ。あの二人は仲が悪いし、私もずっと小山君のやり方はやりにくいと思ってたから外れてくれた方が嬉しい」
「そんな!」

 突然、幸一郎が大声を上げたため、何人かが二人の方を振り向いた。
 高田はシーっと一本指を唇の前に立てた。

「ごめん、ごめん、君は小山君と高校が同じで友達同士だったことを忘れてたよ。すまんすまん」

 頭を掻きながら謝る高田を見て、幸一郎は自分はどうすべきか悩んだ。
 冷静に考えると、このプロジェクトのメンバーは今十人いる。
 仮に、吉田課長に五票。
 小山に五票だった場合、どうなるのだろうか。
 同票となりプロジェクトの体制は維持されるのだろうか。
 楠木部長はこの偶数というメンバー数に気付いているのだろうか。

「はい、注目」

 声がする方を振り向くと、いつの間にか吉田課長が棚を背にして皆の前に立っていた。
 手にはA4のプリント用紙を持っている。
 その横には、おどおどとした感じの若い男性が立っている。

「今日から皆さんと一緒に仕事する、毛利君です」

 紹介された二十代くらいと思しき男は一礼した。
 シワ一つない真新しいグレーのスーツに身を包んだ毛利は、ペコペコと皆に礼をした。

「はじめまして。今年、新卒でブロンズ情報システムに入社した毛利と言います。四月から四カ月ほどOJTで学んできたことを、ここで活かせたらと思っています。よろしくお願いしますぅ......」

 緊張で声が裏返っていた。
 線の細いどちらかというと打たれ弱そうな毛利はそう言うと、再度、ペコペコと皆に礼をした。

(そう言えば、この新人がいたことを忘れてた)

 幸一郎は昨日の体制図を思い出した。
 確か左端に新人の枠があったし、吉田課長も新人が来ると言っていた。
 吉田課長の独断で決めた体制変更とは関係無しに、この新人は来ることが決まっていたのだ。

「じゃ、毛利君。この座席図を皆に配ってくれ」
「はい」

 吉田課長は手にしているプリント用紙を毛利に渡し、全員に配る様に指示した。

座席配置図1.png

「......ひどい」

 プリント用紙を手にした渚沙が、呻くように言った。

(ほんとだ......)

 幸一郎も配られた座席配置図を見て、そう思った。
 その図には小山の名前が無い。

「ああ、すまんすまん。昨日の体制図の内容を、席順に反映させてしまっていたよ」

 と、小山への当てつけの様な座席配置図を、特に悪びれる様子も無く毛利に回収するよう指示を出した。
 小山は回収に来た毛利を手で制すると「自分で持って行く」と言い、吉田課長のほうに歩いて行った。

「数日後、こうなってるかも知れませんよ」

 ニヤリと笑った小山は、手にしてたプリント用紙をヒラリと皆の方に見せた。

座席配置図2.png

 それを、吉田課長に手渡した。
 手にしたプリント用紙をくしゃくしゃにした吉田課長は、顔を真っ赤にしている。

(ああ......戻れないとこまで来ちゃったのかなあ......)

 幸一郎はそう思った。


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 吉田課長は毛利を自分の隣の空いている席に座らせた。

「よう、毛利、ちょっとこれコピーしてくんねえか?」

 小山が挨拶がてら新人に仕事を振ろうとした。
 それを見た吉田課長はこう言った。

「彼には既に私が振った仕事がある。コピーくらい自分で取らんか」
「はいはい」

 こうしたギスギスしたやり取りを、毛利はオロオロしながら見ていた。

「それから、毛利に仕事を振るときは私を通すように」
「え? 何故です」
「そりゃそうだろ。彼の上司は私になってるんだから。君はただの先輩なんだから」

 席順的にも、毛利、吉田、小山と並んでいるので、小山が毛利に何かを話すときは吉田課長を物理的に飛び越える必要がある。
 あくまで小山と新人を接触させない腹積もりだ。
 吉田課長は何も知らない新人を自分色に染めようとしているのではないかと、幸一郎は思った。

(そうまでして票が欲しいのか......)


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 幸一郎は予定通り、午後イチから五階のサーバ室で開発環境データベースのテストデータ構築を行っていた。
 ちなみに開発環境は単体テスト、結合テスト環境の二種類があり、今、幸一郎は単体テスト環境のORACLEデータベースにデータを作っている。
 テスト用端末の前に座りExcelでデータを作っていると、石川が隣に座って来た。
 そして、突然こう問い掛けて来た。

「表領域とテーブルの関係は分かってるわよね」

 いきなり技術的な質問というか、確認をされた幸一郎は驚きつつもこう答えた。

「はい。な...なんとなく......。表領域の上にテーブルが乗ってるんですよね」
「じゃ、ディスクと表領域の関係は?」
「え......と......」

 しどろもどろに答える幸一郎を前に、石川は「はあ」と溜息をついた。
 そしてこう言った。

「なんで君が、DBAになるのかねぇ」

 眉が八の字に垂れ下がり伏し目がちになって、再び溜息をついた。
 その様子からは、
 なんで自分がDBAから外されて幸一郎がDBAになるのかという不思議さ。
 これだけ実績を残してきたのに、その技術は今後生かされることが無いのかもしれないという憤り。
 そして、成りたくもない管理職という地位への不安。
 それらが感じ取れた。

「君は小山君と仲良しみたいだから、当然、彼に投票しますよね?」

 率直に問い掛けて来た。
 石川にとっては体制が変わってしまえば自分がサブリーダーとなり、我が子のように可愛がって来たデータベースを、どこか頼りない幸一郎に託すことになる。
 それだけは避けたいのだろう。
 しっかりと幸一郎の目を見つめている真剣な顔からは、暗に小山へ投票することを強要しているかのようだ。

「僕は、まだ決めてません」
「はぁ?」

 「小山」と答えると思っていたのに、期待通りの応えが返って来ず肩透かしを食らったようだ。

「何でよ?」

 動揺したのか、人差し指で眼鏡を上げ下げし出した。
 いつもの冷静さを失っているのがよく分かる。

「正直言って、僕は今の体制がいいと思ってます......」
「あなた、平和なこと言ってんじゃないわよ。今朝のあの二人の様子見たでしょ。もう修復不可能よ。もしも吉田課長がリーダーのままだと、あなたは慣れても無いデータベースの管理に苦労することになるのよ」

 石川は幸一郎のことを心配するかのように言っているが、実は自分のことを一番心配しているというのが言葉の端々からよく分かる。

「石川さんは小山君に投票するんですか?」
「もちろん」
「それは......」

 幸一郎はすぐに思い当たったことを問い掛けようとしたが、余りに率直すぎるので躊躇した。
 
「そうだよ。この際はっきり言うけど、私は人の管理には向いてないって分かってます。だから、私は現場で技術をずーっとやっていきたいわけよ。それに......」
「それに?」
「小山君は、年功序列とか関係無しに得意な人がずーっと得意なことをやっていくべきっていう考えを持っているのよ。彼は私に『石川さんが一生データベースを見てくれた方が安全だ』って言ってくれたのよ。だから、私は彼を支持してます」

 きっぱりとそう言い切った石川は、息を吸い込んだ。
 はあーと息をゆっくり吐くと、思い切ったようにこう言った。

「とにかく、君は小山君に恩があるんだから彼に投票すべきよ」

 先日、小山は幸一郎のバッチ殺しを都合のいいストーリーで、隠ぺいしてくれた。
 その隠ぺいした事実を知っているのは、小山と幸一郎、そして目の前にいる石川だけである。

「君が小山君に投票しないんだったら、私、君がやったことを全部上に報告するからね」

 石川は状況証拠から、幸一郎が自分のためにテーブルを削除し、結果的に渚沙のバッチを殺したと断定している。
 石川の顔は泣き出しそうなくらい歪んでいた。
 自分が人の弱みを握ってそれを揺すっているということに、後悔しているかのようだ。

「でも......それを言ってしまうと、小山君が僕をかばったこともバレるんじゃないかと......」

 全てが報告されてしまうと、幸一郎が行った不正を小山がかばったということもバレてしまう。
 そうなれば開票を待たずして小山はプロジェクトを外されるだろう。

「くっ......そうね」

 石川は小さく呻いた。
 彼女はポケットからソフトキャンデーを取り出し口に放り込んだ。
 腹が立つと腹が空くと言っていた彼女は、以前、幸一郎を叱った時おでんを食べていた。
 さすがにサーバ室でおでんとはいかなかったのか、キャンデーで我慢しているようだ。

「友達まで共犯者にしちゃって、あなた、なかなかの策士ね」

 そう言われた幸一郎は、何も言えなかった。
 自分の保身のために幸一郎は小山に不祥事を隠すように依頼した。
 そして、小山は過去の借りを返すために都合のいいストーリーを公開することで幸一郎を英雄に仕立て上げてくれた。

「あなたは、他の誰よりも黒いわ」

 石川は幸一郎にそう言い捨てると、サーバ室を出て行った。

(黒い......)


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 午後四時、サーバ室でのデータ構築がひと段落着いた幸一郎は、四階の開発室でフェーズ2の開発を行っていた。

(僕は......卑怯ものなのか......)

 黒い幸一郎は自分を本当に変えるなら、どうべきなのか考え込んでいた。
 仕事が上の空になっている。

「ね、ここ分かんないんだけど。教えてくんない?」

 渚沙が隣の席に座り、話し掛けていた。
 隣の高田が離籍していて丁度席が空いていた。
 辺りを見渡すと、毛利以外のメンバーがいない。
 幸一郎は考え事をしていて、気付かなかった。
 行き先ボードを見ると皆それぞれ「会議室」、「サーバ室」、「外出」になっている。

「いいですよ」

 幸一郎がそう答えると、渚沙はソースコードが印刷された用紙を幸一郎の机に置き、分からない部分を指さした。

「えっと、ここをループさせてる理由はですね......」
「今日、飲みに行かない?」
「え?」

 突然の渚沙の誘いに、幸一郎は戸惑った。

つづく

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今年はこれで最後です。

一年間、応援、お付き合いいただきありがとうございました。

来年もよろしくお願いいたします。

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