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【小説 エンジニアの事故記録】第二十五話 先代の夢

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「楠木部長、吉田課長、これを」

 小山は一枚の紙を、すっと卓の真ん中に出した。
 そこには横軸に日付、縦軸に事故件数が引かれ、一週間ごとにプロットされた点を線でつなげた右肩下がりのグラフが描かれていた。
 小山はそのグラフについて説明を始めた。

「ここ1カ月前から現在までの本プロジェクトの事故・障害件数の推移です。大小ありますが1カ月前の件数が30件でした。それが徐々に減り2週間前は20件です。そして、ここ1週間から現在にかけては、5件とさらに減って来ています」

 紙に書かれたグラフを指で示しながら小山は説明する。

「課長がやって来なかったダブルチェックの徹底や手順の確認項目の見直し、あとデグレードを防ぐためのリリース方法の見直し、レビューの厳重化を行った結果、ここ最近は事故が減ってきているんです」

 それを見た部長は、ほう、と感心したような声を上げた。
 やはり数字で示すと説得力があるようだ。
 だが、吉田課長はこう反論した。

「フェーズ2の遅れをどう考えている?」
「え?」
「君がそうやって事故防止のために割いた工数が、フェーズ2で使うはずだった工数を圧迫しているんだよ。実際に遅延が発生しているが、リスケなんて出来ないんだよ」

 小山は先ほどの勢いを削がれたかのように黙り込んだ。

「こちらで起こした事故の対応で沢山の時間使いましたって報告しても、お客さんは期限なんて延ばしてくれないよ。そんなこと知ってたか?」

 それに......と、吉田課長はここぞとばかりに、こう付け加えた。

「事故は減ったが、やることは増えてメンバーの疲れも溜まって来てるんだよ。並行してフェーズ2の遅れを取り戻すための残業も多くなってきているし。ここまでやらなきゃいけないのかって疑問も出ているんだ。だいたい事故が減って来てるのは一度事故を起こした人が気を付けだしたのか、それともチェックを厳重にしたのか、どちらかなのかを測定出来てないと思うがね。それで君のやり方が正しいなんて言えないじゃないか?」

 黙り込んでいる小山に楠木部長は問い掛けた。

「どうなんだ? 小山。確かにダブルチェックや手順書を修正する工数なんて客に請求出来ないし、その辺のやりくりまで君は考えているのか?」

 唇を噛み締めずっと黙り込んだままの小山に、部長の発言で力を得たかのように吉田課長がこう言った。

「君の様に全体のことを考えず、自己満足で突っ走るやつは、リーダーに向いとらんなあ」

 幸一郎は「ギリッ」という歯ぎしりのような音を微かに聞いたような気がした。
 隣に座っている小山が、奥歯を噛み締めたような表情をしている。

「......管理のことは分かってるつもりです。ですが、私はお客さんのことを考えてこうやって提案しています」

 小山は一枚の紙をポケットから取り出した。

「これはブロンズ情報システムの社是です。私はこれを昨日の晩、何度も何度も読みました」

 一同を見渡すと、彼はそれを読み上げた。

「一、我々はお客様の夢の実現のために、自らの利益を度外視し、全力でシステムを作り上げること
 二、我々は社会の発展のために、自らの利益を度外視し、全力でシステムを作り上げること
 三、我々は人々の幸せのために、自らの利益を度外視し、全力でシステムを作り上げること」

 皆黙って聞いている。
 渚沙の頬が紅潮している。
 明らかに小山の一挙手一投足にほれぼれしているかのようだ。
 幸一郎はうちの会社にも社是なんて物があるのだろうか、と思った。

「私は就活の時、この社是を読んで感動したから、ブロンズ情報システムで働きたいと思ったんです。私はプロジェクトメンバーのためというのも大事だが、お客さんのために働きたい。管理者になれば予算だの管理だの大変だということも分かります。会社経営が大変だということも分かります。ですが、今みたいに手を抜いて事故や障害を起こし続けていれば、その内、会社自体の存続だって危ぶまれます」

 小山の声は震え、目から光るものが見えた。
 何より、分かり合えない上司とのこの平行線の議論が、虚しく悲しいのだろう。
 それを見ている渚沙は瞳を潤ませ頬を朱に染めている。
 小山と渚沙の思いは一緒のようだ。

(こいつ自分に酔ってんじゃねえか......)

 渚沙に好印象を与え続けている小山に対して、斜に構えてしまった幸一郎はそう思った。
 そう思った自分は、小山と渚沙から置いて行かれるような気がした。
 吉田課長は冷ややかにこう応えた。

「そこに書いてあることは理想です。先代の社長がベンチャー企業だった時に書いたものだよ。社員数人の時ならそれでも良かったが、時代や環境が変わった今、社是を変える必要があるという議論も出ている」
「じゃあ今すぐ、私が読み上げた項目を社是から消してください!」

 小山は大声でそう怒鳴った。
 そして、何を話しても通じないと思ったのか、うなだれ黙り込んでしまった。
 ずっと二人のやり取りを見ていた楠木部長が口を開いた。

「この体制で行くかどうかを承認するのは私だ」

 皆が一斉に部長の方を向いた。

「その前に皆の意見を訊きたい」

 部長は一人一人の顔を見た。
 そして、今までずっと黙っていた石川に問い掛けた。

「石川、君はどう思う?」

 問い掛けられた彼女はしばらく考え込んだ様子だったが、思い切ったようにこう言った。

「事故が起きた原因は、作業の属人化だったり慣れによる怠慢だと思います。かく言う私も事故を起こした一人です。反省はしていますが、これは個人で戒めてもまた時間が経てば忘れて同じような事故を起こしてしまいます。それは吉田課長のように工数が掛かるからと言って何もしないゆるいやり方だと皆事故を繰り返すでしょう。反対に小山君のようにしっかりと手順を作り機械的なチェックや自動化に時間を掛ければある程度ヒューマンエラーは防げるとは思いますが、それでも人間が関わる部分でミスは0に出来ないでしょう。理想としては、人間がそういうミスをする生き物だという前提で、管理運用体制を作ることだと思います。だから、人を入れ替えてどうのこうのという話では無いと思いますが......」

 と、中立的な発言をした。

(石川さんの場合、DBAの立場を奪われたくないんだろうなあ......)

 幸一郎は彼女の発言から、そんな思いを感じ取った。

「大竹君は、どう思う?」
「え?」

 突然、楠木部長が外注社員である自分にも問い掛けて来て、驚いた。

「あの......えと......」

 心の準備が全く出来ていない幸一郎は、満点の回答が何なのかを目指してはみたが、頭の中は空回りするばかりだった。
 幸一郎としては、出来れば「このまま」の体制がいいという思いがある。
 このプロジェクトに配属されて三年経つが、吉田課長のゆるいやり方も嫌いじゃなかったし、小山の細かく管理するやり方も嫌いじゃなかった。
 この二つのやり方がブレンドされた今の体制は、割と居心地が良かった。
 それは幸一郎の立場だから言えることなのかもしれない。
 別の立場の、例えば吉田課長のやり方に慣れている人は小山のやり方が嫌だろうし、逆も然りだと思う。
 だがそれも、二人が仲良くやれば、何も問題ないのではないかと思っている。
 現実は、そう単純に行かないから今こうなっているということもよく分かる。

「僕は......」

 口を開いた幸一郎を、皆が一斉に見た。

「今のままがいいです」

 思わず口をついて出た言葉がそれだった。
 その理由が何なのかを、皆、じっと待っているようだったが幸一郎は敢えて黙り通した。
 「小山と課長が仲良しになればいい」何て真っ直ぐな理由をこの場で言っても意味が無いと思ったからだ。
 それが出来なかったから今こうなっているのだ。
 それは、今までのやり取りを見て来てよく分かっている。
 幸一郎がもう何も言わないと思ったのか、楠木部長は渚沙の方を向くと、こう言った。

「水谷は......まあ、訊かなくても分かった」

 渚沙は頷いた。
 楠木部長はこれまでの渚沙の言動から、彼女が小山の味方だというのが分かっているようだ。

「とりあえず、今の時点で言えることは吉田が正しいか小山が正しいか、決めなきゃならんということだ」

 全員を見渡す。
 一呼吸置くと、楠木部長はこう言った。 

「私はな、派閥というものが嫌いでな。やはり組織と言うのは一枚岩にならねば強くはなれん。だから上層部から、吉田の下に小山を付けるように言われた時、チャンスと思ったんだ。派閥の違う者同士がくっついて協力して仕事をしていくことを期待した。だが心のすれ違いか、この状況を見ると上手く行っていないようだ」

 話がまとめに入っている。
 幸一郎はいよいよ決断が下るのかと思い、緊張で胃のあたりがムズムズした。
 
「残念だが、吉田が言うように体制を見直す時期なのかもしれん」

 楠木部長は溜息をついた。
 右手で長い髪をかき上げた。
 そして、吉田課長に向かってこう言った。

「吉田、君は小山を黙って外そうとしたが、それは君が逆のことをされても『文句無し』という覚悟でやったことだよな?」
「は......? と、言いますと?」
「こういう重大な決め事は、この場にいるメンバー以外のメンバーからも意見を訊かなきゃな......」
「......もしかして......」

 吉田課長の唇が震えていた。 

「アレをやる」

 そう言った楠木部長は「後ほど、メンバー全員にメールで伝える」と付け足すと、打ち合わせの終わりを告げた。

(アレってなんだ......?)

 幸一郎は吉田課長のビビりっぷりから、アレが何なのか気になった。
 他のメンバーは、アレの存在を知らないのか怯える様子もピンと来た様子もない。
 ただ、この打ち合わせが何の決定も生まず、あっけなく終わったことに対して、途方に暮れているという感じだ。


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 翌朝、いつものように出勤した幸一郎は、パソコンの電源を入れ仕事の準備を始めた。
 パソコンが起動するまでの間、机の引き出しから手帳を取り出し今日の予定を確認する。

「13:00から開発環境のテストデータ作成......か」

 その他には、フェーズ2でリリース予定の機能改修とその単体テストが予定されている。
 その間に、小山から依頼されている本番作業手順書の修正をやらなければならない。
 幸一郎が作った手順には、本番サーバにログイン後、自分がどのサーバに入ったかを確認する手順が無かった。
 自分がログインしたサーバを取り違えて作業することは、事故の元だと小山は言っている。
 例えば、Aというサーバにログインしたつもりが、実はBというサーバにログインしていて、それに気づかずファイルメンテナンスの作業をしたとする。
 本来変更されてはいけないはずのBサーバのファイルが改ざんされたということになり、これは事故であり障害の元となる。
 だから、ログイン後に自分がどこにいるか確認することが重要だと彼は説く。
 だが、幸一郎はこう思った。
 手順ではサーバに接続するときにIPアドレスを打っている。
 作業者はその行為だけで自分がどこにログインしようとしているか意識しているはずだ。
 だから、小山が押してくる以下の手順は無駄なのではないかと思っている。

「Linuxサーバだったらログイン後にuname -nでホスト名を確認する」
「Windowsサーバだったらログイン後にコマンドプロンプトを起動してhostnameでホスト名を確認する」

 約二十個の手順書にこういった修正を入れて印刷し、バインダに閉じなければいけない。
 フェーズ2の遅れが目立ってきているのに、この作業に手を取られるのは辛い。
 お金にならない仕事に工数を取られている吉田課長の言い分も多少分かる気がする。
 手順書の修正なんて後回しにすればいいじゃないかと言ったことがあるが、小山は譲らない。

「いつ障害が起きても大丈夫なように本番手順書は常に最新にしておくんだ」
 
 と、いつもの正論調子で依頼してくる。
 はあ、と溜息が出た。
 小山は正論が過ぎる。だからゆるい吉田課長と対立するんだ。
 そう思った。
 後にこのホスト名がらみで、このプロジェクトを揺るがす大きな事故が起きる。
 この時、まだ誰もそれを予測出来ていない。
 
 幸一郎はグループウエアを立ち上げた。
 メーラーの画面を開き、新着メールが無いかを確認する。
 一件、楠木部長からプロジェクトメンバー全員あてにメールが届いていた。

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メンバー各位

 お疲れ様です。楠木です。
 平素より本プロジェクトで仕事をしていただき、誠にありがとうございます。
 この度、度重なる事故・障害の防止とプロジェクトの管理運営体制の改善のため、本プロジェクトのリーダーを選び直すことに相成りました。
 現在のプロジェクトは、リーダー吉田、サブリーダー小山となっています。
 メンバーの皆様には、この二人の内どちらがリーダーに相応しいか、その名前を記載し私宛にメールしてください。
 多数の方から支持を受けた方をリーダーにします。
 また、リーダーにならなかった方を、プロジェクトから外します。
 五日後の来週8月5日(月)までに返信をお願いします。

 以上です。
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つづく

Comment(2)

コメント

VBA使い

>測定出来てない思う
>手順書を作り替える工数何て

前作、前々作もそうでしたが、サーバー作業時の手順のくだりは勉強になりますね。

アレの結果は引き分け含めて3通りですが、どれもストーリー上あり得そう。。。

湯二

VBA使いさん。
コメントありがとうございます。

指摘ありがとうございます。
修正いたしました。

こちらの経験が少しでも参考になれば幸いです。
主人公が改心したか自分勝手のまんまか、それによって結果が変わって来るんだろうなあと思ってます。

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