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【小説 エンジニアの事故記録】第二十四話 幽霊

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 その日の定時後、バッチ事故に関連している小山以外のメンバーがA会議室に集められた。
 吉田課長、幸一郎、渚沙、石川の四人が会議室に入ると、既に一人の男性が卓に向かって着席していた。
 手に持ったプリント用紙を見ている。
 バッチ事故の報告書を読んでいるようだ。

「よお!」

 その男は笑顔で右手を上げ、入って来たメンバーに挨拶をした。

「楠木部長、お疲れ様です」

 吉田課長が軽く礼をすると、それに続いて他の者も礼をした。
 楠木部長を初めて見た幸一郎はこう思った。

(意外と若いな......)

 その役職から想像するよりも若い印象を覚えた。
 部長職と言うからには吉田課長くらいの年配かと思ったが、見た目四十代前半位に見える。
 まず目を引いたのが、肩までの黒いツヤツヤのロン毛だった。
 手入れが行き届いているのか不潔な感じはしない。
 スーツは真黒で、Yシャツが群青色、そしてネクタイが臙脂色。
 何というか、IT業界と言うよりもデザイン業界の人がやって来たみたいな感じだ。
 
「座ってよ」

 恐縮して立ったままの吉田課長と他のメンバーに対して座るように促した。

「では、失礼して」

 恐縮している吉田課長は会釈し、着席した。
 それを見た、幸一郎、渚沙、石川の三人も着席した。
 ホワイトボードを背にした部長に向き合う形で四人は座った。

「えっと......右端に座ってるのは協力会社の人だっけ?」
「はい、ニッポーシステムズの大竹さんです」

 吉田課長が幸一郎を紹介した。

「大竹です。あ、すいません、名刺きらしていて」

 紹介された幸一郎は、部長に挨拶をした。
 楠木部長はそんな幸一郎に一礼した。

「いいんですよ。いつもお世話になっています。あと、はじめまして。ブロンズ情報システム物流システム事業部 部長の楠木です。確か太田社長のところですよね。彼とは大学も一緒だし同年代だからよく飲みに行くんですよ」

 幸一郎は楠木部長が外注社員である自分に、丁寧に挨拶してくれたことが嬉しかった。

(良かった。優しそうな紳士な人で)

 加えて、大企業の部長と自社の社長の仲が良いということも嬉しかった。
 少し自分の社長のことを誇らしく思った。

「部長、今日はわざわざ本社からお越しいただきありがとうございます。本日、何が起きたかと言いますと......」

 穏やかな笑みを浮かべる楠木部長に、吉田課長は恐る恐るバッチ騒動のことを話そうとした。

「説明は不要だ!」

 突然の部長の怒声で、会議室の空気が一瞬にして凍り付いた。
 今までの部長からは想像できないくらい厳しい表情に変化している。

「え......?」

 吉田課長は驚いて口を開けたまま固まってしまった。

「君らが来る前に報告書は読ませてもらったからな! 一体何をやっとるんだ!」

 再度、楠木部長の怒声が会議室に鳴り響いた。
 その声は恐らく、ドアを隔てた開発フロアに居るメンバーにも届いたことだろう。
 幸一郎は驚いた。
 堤防が決壊したかのように「怒り」と言う名の濁流が流れ込んで来た。
 笑顔で糸の様に細かった目がカッと見開かれ、両の瞳が向かい合った四人を見据えている。
 特に自社の部下でもある吉田課長、渚沙、石川に鋭い視線を送っている。
 三人共、ビビり上がって何も言えないでいる。
 やはり上司は怖いものなのだろうか。
 派遣で職場を転々とし、特定の上司を持たない幸一郎は、そう思った。

「おい、吉田、ここは無法地帯か!? 一体何回事故を起こせば気が済むんだ! ああ?」

 バンバンバン、と卓を平手でぶっ叩いた。
 やくざのような追い込み方に吉田課長は額に汗を浮かべて平謝りするだけだった。
 先程までの優し気な部長はどこかに吹き飛び、今は猛獣がそこにいるかのようだった。

「はい可及的速やかに善処いたします......」

 何だかよく分からない受け答えをした吉田課長を、楠木部長はじっと睨みつけた。

「今回は、そこの大竹さんが阻止してくれたから良かったものを、このまま水谷のバッチが実行されていたら顧客の顧客にまで迷惑が掛かっていたのかもしれないんだぞ。分かっているのか!」
「はい......」

 自分の名前が出て来た渚沙は、楠木部長と目を合わせたくないのか視線を床に落とした。
 ちなみに、楠木部長は明らかに吉田課長より若い。
 ひとまわり程年が上と思われる吉田課長を、長髪振り乱してガンガンに叱り飛ばしている姿は怖いの一言だった。

「まあ、大竹さんのやり方もテーブルを削除するっていう強引なものだったから、そこは一つ相談を入れて欲しかったが......まあ、ありがとうございました」

 ここで幸一郎の方に向き直り、礼を言った。
 自分を守るためにコソコソ行ったことが結果として評価されることになるとは思いもしなかった。
 全ては小山の都合のいいストーリーのお陰だった。
 何だか石川が自分の方を睨みつけているような気がしたが、気のせいだと思うようにした。

「ところで、水谷のバッチの設計書のレビューやソースコードレビューはちゃんと行ったのか?」

 ひとしきり怒鳴りつけた部長は、多少怒りが収まったのか落ち着いた声で問い掛けた。

「はい、私と小山とで行いました」

 と、吉田課長が答えた。

「テストもちゃんとしたんだよね」
「は......はい」

 今度は渚沙が苦しそうに答えた。

「吉田、事故防止策を見せてくれ」

 吉田課長は朝会の時、メンバーに配った体制図を楠木部長に手渡した。

「度重なる事故の防止策としては、まず体制の見直しを......」

 吉田課長がそう切り出すのを、楠木部長は右手を突き出して制し、こう言った。

「君と小山の関係が上手く行ってないという事を水谷から聴いたんだが......この体制図に小山がいないのはそのせいか?」
「え?」

 吉田課長は渚沙の方を見た。
 課長のこめかみに青筋が浮かびピクピク脈打っているのが分かる。
 渚沙は課長から目を逸らさない。
 
「君。私を飛び越して、直接部長に色々と報告したのかね」
「はい」

 課長としては、渚沙が直属の上司である自分に抗議せず、それを飛ばして更に上の部長に抗議したことが腹が立つし、メンツがつぶれる思いなのだろう。
 声が震えていて、今にも怒鳴りだしそうだ。

「課長に言っても無駄だと思ったからです」

 渚沙はきっぱりとそう言った。

「吉田、この体制図の説明をしてくれ」

 吉田課長は小さく舌打ちをすると、説明を始めた。

「はい。まず、個人的な感情とかそう言う訳ではありません。彼は色々と勝手なプレーが多くてチームの輪を乱しています。一部のメンバーからも苦情が来ているところです」
「それで?」
「今度のバッチ事故は、彼の水谷に対する指導がなっていなかったのが原因です。小山には一度、別のプロジェクトで心機一転頑張ってもらいたいと思い、敢えて海外で立ち上がるプロジェクトに推薦しようと思っています」

 吉田課長の詭弁を、楠木部長はずっと黙って聴いている。

「海外か......。確かYのところの仕事だな」

(Y......? 派閥のことか?)

 幸一郎は小山が言っていた派閥の話を思い出した。
 ブロンズ情報システムにはXとYという派閥があり、吉田課長はYに属している。
 かつて小山はXに属していたが、昨日聴いた話だと今は無所属のはずだ。

「小山君はプロジェクトのために一生懸命働いています! それをちょっとやり方が合わないからって外すなんて大人気ないです!」

 バン!っと卓に手のひらを叩きつけ、渚沙がこう主張した。

「君はまだ入って来て間もないから分からないと思うけど、彼のやり方は工数ばかり掛かる自己満足なやり方なんだよ。
事故を防ぐための、ダブルチェックやレビュー、手順書の整理とやることが増えメンバーの残業が増えて疲労が目に見えて分かるんだよ。そんな状態で本番作業なんてさせて見ろ。注意力不足で却って事故を起こすことが目に見えておる」
「でも、課長のようなやり方だと......」

 二人の激しいやり取りを聴きながら幸一郎は思った。

(小山、どうしたんだ? このままじゃお前、飛ばされちまうぞ)

 事実を伝えた手前、小山が今どこで何をしているのか気になる。
 彼がこのまま黙ったまま終わるとも思えない。
 その時、会議室の扉が外から開かれた。

「あ!」

 驚きの声を上げた吉田課長を見て、部屋に入って来た人物はニヤリとこう言った。

「なんですか!? 人を幽霊みたいな目で見て。やり残した仕事を思い出して、ちょっと寄ってみたんですよ」

 私服姿の小山は楠木部長に一礼し、幸一郎の隣に着席するとこう言った。

「今回の事故は、私が水谷の設計書を指導する立場でありながら、設計不良を見落としていたのが原因です」

 小山は両手を卓に置き、土下座のように頭を深く下げ謝罪した。
 それを見た渚沙は目に涙を浮かべている。
 頬が真っ赤に染まっている。

(羨ましいな......)

 潤んだ瞳の渚沙に見つめられている小山を見て、幸一郎は場違いな思いを持った。

「......ですが、悪いのは私だけではありません」

 小山はゆっくり顔を上げ、吉田課長に向かってこう言った。

「課長、こんな風に続けて事故が起こる状態を作ったあなたも悪いんですよ」
「何だと?」

 吉田課長は小山を睨みつけた。

「そもそも、水谷バッチが大竹バッチの後に実行されることを、メンバーの誰も把握していないってまずいでしょう? だから大竹君はテーブルを削除してバッチを停めるなんて無茶をしてしまった。もしも、自分のバッチの後に、後続バッチがありそのバッチがどんな処理をするか把握するなりしていたら、テーブルを削除するにしても誰かに連絡してから行ったはずです」

 そう言った小山に、吉田課長はこう反論した。

「そんなことは、担当者間で把握しておくべきだろ。そんな細かいとこまで見きれんよ」
「そういうところがダメなんですよ。運用チームを作ってバッチの関連図なりを用意して管理すれば良かったんだ。そんなことをしないから好き勝手に自分の判断でデータベースのテーブルを削除するような輩が出てくるんだ」

 本部長にも怒られ、小山には説教をされた吉田課長は拳を握りしめて顔を真っ赤にしていた。
 小山の説教の中で「輩」呼ばわりされた幸一郎も恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。

「今回のバグも顧客から本番データを貰ってテストすれば見抜けたんだ。それをデータを取得する工数と、環境構築の工数をケチって、手で作った数件のデータでテストしてたから見抜けなかったんですよ」

 小山の説教は止まらなかった。

「あなたは工数、工数って言うけど、今回みたいなことを防ぐための準備をしてこず、やたら工数削減して手を抜いたからこういう事故が続いたんでしょ。もっと、現場を見てしっかり管理していくやり方にしていかないと今回のことはずっと起きますよ」

 小山の勢いは止まらなかった。

「吉田、だいぶ旗色が悪くなって来たな」

 楠木部長がニコニコ笑いながら、吉田課長の方を向いた。

「小山、批判するだけじゃだめだぞ。吉田の肩を持つわけじゃないが、君のやり方でちゃんと結果を出せてるのかな? それを見せてくれんかね」

つづく

Comment(2)

コメント

コバヤシ

楠木部長の見た目がなかなか想像つきません・・・笑
ちゃっかり主人公くんがお咎めなし、しかも評価されてるかんじで進んでいるので
性格の悪い自分としては、いつか真実を明らかにしてキッチリ主人公も反省して欲しい気持ちです。
石川さん、つきとめてくれー

湯二

コバヤシさん、コメントありがとうございます。

>楠木部長の見た目
金八先生2の時の武田鉄矢さんか、若いころの江口洋介さん、お好みでお願いします。
>ちゃっかり主人公くんがお咎めなし、しかも評価されてる
こういうの、イラっと来ますよね^^;
何得してんだっていう感じです。
物語としてスッキリ終わらせるんだったら、主人公が更生することになるんでしょう。

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