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【小説 エンジニアの事故記録】第二十三話 仁義なき女

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「あの......。小山君はどこに行ったんですか?」

 渚沙がすっと手を上げて、吉田課長に問い掛ける。

「彼は、これから海外で立ち上がる新しいプロジェクトに行ってもらう」
「え? ......そんな急に......それって、楠木部長には話したんですか?」
「今日、提案するつもりだ。」

 吉田課長が言うには今日の定時後、本社から部長がやって来て昨日のバッチ事故の聴き取りを行うのだそうだ。
 プロジェクトとして度重なる事故に対する対策も、その時話すことになっている。
 吉田課長はこの体制図を持って、部長に事故防止策の説明を行うというのだ。
 重苦しい朝会の成り行きを、他のメンバーは黙って見守っているようだ。
 突然、異国に飛ばされることになった小山のことを皆、どう思っているのだろうか。
 幸一郎は自分の中にどす黒い感情が湧いてきていることに気付いていた。
 それは、小山が居なくなれば渚沙を独り占めできるかもしれないという、期待感だった。

「なんで、小山君を外すことが事故防止策につながるんですか?」

 渚沙が訴えるように問い掛けた。

「彼は色々と勝手に動きすぎてチームの輪を乱すからな。一度別のプロジェクトで別の立場でやり直してほしい。反対に石川さんは技術力はしっかりあるし、リーダーとしては未知数だが真面目だしチームの輪を乱すことも無くキチンとやってくれると期待している」
「私は......サブリーダー、いえ、管理職になる気は無いのですが......」

 ここで石川が初めて声を発した。
 データベースエンジニアの仕事に誇りとやり甲斐を持っている彼女は、この人事に不満があるはずだ。
 ただその声は小さく、明らかに上司の顔を窺いながらの反論だった。

「君も技術ばっかりって年齢じゃないだろう? そろそろ上に立って下を管理して行かないといけない立場にならないといけないんだよ。そうしないとうちの会社では隅に追いやられることは分かってるでしょ? それでいいのかね」

 ブロンズ情報システムのような大企業は、顧客から元請けで仕事を取ることが多い。
 必然的に上流工程から参画することになるわけで、全体を管理するプロジェクトマネージャーや、顧客と直で話せる業務分析のプロと言った人材の方が社内では重宝がられる。
 石川のように特定の技術に特化しているような人物は、業界全体でみると必要な人材なのは間違いないのだが、ブロンズ情報システムのような会社の社員となると、その中ではちょっと浮いてしまうというか路線が違うということになる。
 プログラムやサーバの構築、そしてデータベースの設計、構築などは外注に任せることが多い。
 だから社員である自分たちは年齢を重ねるとともに、プロジェクトや人の管理や調整を行うという立場になるのが普通だというのが、石川が属する会社の考え方なのである。

「私はDBAとしてずっと仕事を......」
「君、そんなことは二十代までなら許してたけど、もう三十超えたんだから、自分のキャリアパスを考えなさいよ」

 吉田課長にそう言われた石川は黙り込んでしまった。
 ドリンクコーナーで幸一郎と話した時の饒舌っぷりはそこに無かった。
 その様子を見た吉田課長は言い過ぎたと思ったのか、少し穏やかな声でこう言った。

「まあ、これをチャンスと思ってさ、頑張ってみてよ」

 そうしたやり取りに割り込むように、室井が手を挙げた。

「大竹さんがプログラマじゃなくてDBAになると、プログラマが足りなくなるんですけど、それはどこから補充するんですか?」

 業務チームとして気にしていることを質問した。

(そうだ。一番の疑問は何で僕がDBAになっているのかということだ)

 幸一郎は周りに気を取られて自分のことに上の空だった。
 室井の質問を聴いて、自分の立場も変わるかもしれないということに改めて気づいた。
 さしてデータベースに詳しくも無い自分が何でDBAなんだ?
 吉田課長は体制図を見て、こう言った。

「明日から研修を終えた新人を一人、OJTとしてこちらで受け入れることになっています。皆さん忙しいと思いますが、その新人に仕事をさせながら教えてやって下さい」

 周囲が再びざわついた。
 新人なんか戦力にならないといったような声も聞こえる。
 不穏な雰囲気が漂っている。
 吉田課長は自分の社給携帯が鳴り、それに出た。
 話し声から、どうやら客先からの電話らしい。
 ここで朝会は後味の悪さを残して終わった。


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「とりあえず、楠木部長に報告するわ」

 渚沙はそう言うと、鉄板の上でまだジュージューいってるハンバーグにナイフを入れた。
 肉汁が飛び散る。
 紙の前掛けが無かったら渚沙のワンピに、肉汁が飛び跳ねシミを作っていたところだ。
 昼休み、幸一郎と渚沙は、ハンバーグステーキ専門店びっくりドンキッキで昼食を取っていた。
 バッチのことでお礼がしたいという渚沙からの誘いに、幸一郎は二つ返事で乗ったのだった。

「報告って......小山君のことをですか?」
「そう」
「だけど、吉田課長を飛ばして部長に直訴するなんていいんですか? 吉田課長が知ったら嫌な顔されませんかね」
「そんなの知ったこっちゃないわよ。あっちだって仁義を欠いたことをやってんだから、こっちだって同じことしてやるだけよ」

 渚沙のようなしおらしそうな女が「仁義」とかいう言葉を使うと、意外性がありすぎて却って可愛らしさが増す。
 こういうの何といのだろうか「ツンデレ」か? それは違うな、と幸一郎は思った。

「課長はただ単に小山君がうっとおしいから他に飛ばそうとしてるんであって、つまりは自分勝手なだけなのよ。そんな人に、いちいち言ったって聞く耳もちゃしないんだから」

 幸一郎は、吉田課長のやっていることは無茶があると思っている。
 課長の独断で部下を他所に飛ばすなんて出来ないだろう。
 部長なり上の人間の判断も必要になって来る。
 それに、飛ばされる先の海外プロジェクトだって、そう簡単に小山を受け入れるかどうかも分からない。
 吉田課長にとっては小山がこのことに不満を持って、会社を辞めてくれればいいくらいに思っているのかもしれない。

「そりゃ正規のレポートラインは無視しちゃってるけど、この際、更に上の第三者から冷静に判断してもらった方がいいのよ」

 渚沙はハンバーグを口に運ぶのも忘れ、不満を一気に喋った。
 腹にため込んだ憤りを、目の前にいる幸一郎にぶつけるかのように。
 
「小山君が今日、代休でしょ。それを知ってて口出し出来ないのをいいことに、書き替えた体制図を部長に見せる気なのよ」
「欠席裁判ってやつですか」
「大竹君、うまいこと言うね。ホントまさにその通りだよ」

 友達として幸一郎は小山に電話して、今日のことを伝えるべきだろうかと思った。
 渚沙は一口、水を飲んで一息つくと、こう言った。

「て言うか、実はもう楠木部長あてに、今日の朝会のことメールしちゃったけどね」
「マジで!?」

 舌をぺろりと出し、おどけて見せる渚沙の可愛らしさに、幸一郎はクラっと来たのであった。
 渚沙が今のプロジェクトの状況、そして吉田課長と小山の関係を説明したうえで、今日の朝会のことを部長に報告したのなら事態も変わってくる。
 つまりは吉田課長の思い通りにはいかなくなる、渚沙はそう踏んでいるのだろう。

「楠木部長って名前だけは聞いたことあるけど、どんな人なんですか? そういう相談事を良く聴いてくれる上司なんですか?」
「うん。結構怖いところもあるけど、新人の時は良く飲みに連れて行ってもくれたし、悩みも聴いてもらったよ。まあ、部長だからずっと本社に居て会う機会は少ないけど」
「二人で飲みに行ってたんですか?」
「え? 小山君とか同期とかもいたけど......」

 人数のことを強調して訊いて来る幸一郎を、渚沙は不思議そうな顔で見た。

「いや、二人だと、セクハラとかされないか心配で......」
「ふっ、ふふふ......大竹君って真面目そうな顔して、時々、面白いこと言うよね。そんなことあるわけないじゃん。部長なら仕事も出来るしオシャレだから私みたいな女相手にする必要ないくらいモテてるよ」
「そんなことないですよ、渚沙さんは、めっちゃ素敵な女性ですよ!」
「え!?」

 突然、苗字でなく下の名前で呼ばれた渚沙は、大きく目を見開いたまま幸一郎を見ていた。
 その様子を見た幸一郎は、渚沙を驚かせてしまったと思い、頭を下げた。

「す......すいません......」
「大竹君」
「はい」
「私は、何て言うんだろう......その......小山君に昨日振られたけど、まだ気持ちは離れてないんだよ」
「......はい」

 だから自分を好きにならないでくれ、とでも言いたいのだろうか。
 そんなことを言われても、幸一郎は引き下がれなかった。
 今、こうして渚沙が目の前にいるだけで、喉元から「好きだ」という言葉が出掛かっている。
 幸一郎にとっては、小山の海外行は願っても無いチャンスだった。
 彼が遠い異国に行けば、渚沙を争うライバルは居なくなる。
 だが、今のこの事態から目を逸らすのは卑怯なことのようにも思えた。
 
(小山がどこかに飛ばされるのは、彼の会社が決めたことで外部の自分にとってはどうすることも出来ない不可抗力じゃないか。何より、同じ会社でもない自分が出しゃばって何かしようとすることが間違っている。だから、たとえ小山が居なくなることになって、自分と渚沙だけが残ったとしてもそれは仕方のないこと。残された自分と渚沙二人は、身近な存在なのだから仲良くなって行くのは自然の成り行きだ)

 と、幸一郎は自分に言い聴かせた。
 だから自分は卑怯じゃない、と思うようにした。
 なあに、渚沙も始めは小山への気持ちが残っているが時間が経つにつれ、遠くの人より身近な優しい男に傾いてくれる。
 幸一郎はじっくり時間を掛けて渚沙をものにしようと考えていた。
 何より、自分は嫌われて振られたわけじゃないという自覚もある。
 努力次第で自分に勝機はある、そう幸一郎は思っている。

(そうじゃない!)

 幸一郎は今まで思っていたことを、全て否定した。
 昨日までの幸一郎ならこのまま小山のことを、ほったらかしにして終わっただろう。
 でも、今は違う。
 小山が飛ばされるのは、間違いだと思った。
 彼はプロジェクトのために働いていた。

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「俺はどっちでもないよ。ここで皆と働いているうちに、そんな派閥とか政治とかはどうでもいいことだと思うようになったからな。そんなもの気にしてて良いものが出来るのか? お客さんには関係の無いことだろう」
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 かつての上司や政治や派閥、そんなものとは関係無く、目の前のプロジェクトと顧客のために。
 そんな小山が意見も出来ず、ただ黙って消されるのは間違っていると思った。

「水谷さん」
「はい......」

 幸一郎の改まった呼び掛けに、渚沙はビクッとなった。

「僕は変わります」

 周囲の客は、そう力強く宣言した幸一郎を気にもせず、ハンバーグを食べ雑談に興じている。
 ただ、目の前にいる渚沙だけはしっかりと幸一郎の目を見ていた。

「小山君に、今日のこと伝えます」

 幸一郎はそう続けた。

「なに? 今日はいつもよりカッコいいじゃん」
「は......はい」

 渚沙に褒められた幸一郎は、頭を掻いた。

「小山君はいい友達を持ってるなあ」

 そう言うと、渚沙はやっとハンバーグに手を付け始めた。
 二人は食事をしながら会話した。
 渚沙が小山の高校時代について聴きたがるので、幸一郎は話せる範囲で話した。
 その一つ一つのエピソードに渚沙は、うん、うんと、興味深げに聴いていた。

「それにしても、小山君もつれないなあ」
「え?」
「だって、昨日の夜、一緒にバッチの立会いしたんだよ。その時に、面談で吉田課長と喧嘩したこと言ってくれればいいのに世間話しかしないんだから」
「心配掛けたくなかったからですよ」
「そうかぁ。私ってどう思われてるんだろう」

 渚沙はぼんやりとした感じで窓の外を見ていた。


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「一番謎なのは、君がDBAになっているっていう事だよ」

 職場に戻る道すがら、渚沙が思い出したかのようにそう言った。

「た......確かに......」
「あの課長、データベース何て誰でも出来るなんて舐めた考え持ってんじゃないの?」
「え......?」
「あ、ごめん」

(意外に、ズバっと言うよなあ......)

 幸一郎は渚沙の意外な一面を見た気がした。
 渚沙は銀行に用事があると言い、途中にある信号を渡って行った。
 幸一郎は職場に戻る途中、スマホを取り出し小山に電話した。

「休みに申し訳ない。大竹だけど」
<なんだ?>

 幸一郎は今日の朝会でのことを話した。
 それを聴いた小山は電話の向こうで、しばらく黙り込んでいるようだ。

<そうか、あのオヤジ、そんなこと言ってやがったか>
「どうする?」
<とりあえず、教えてくれてありがとうな。さて、どうするかな......>


つづく

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