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【小説 エンジニアの事故記録】第二十二話 書き替えられた体制図

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 幸一郎は目を覚ました。
 スマホの時計を見ると、朝六時半だった。
 腕と腰が痛い。
 昨晩、十年ぶりに空手の形を演武したせいで筋肉痛になっているようだ。
 翌日に痛みが来るということは若い証拠だなと、自分に言い聞かせた。
 いつもより三十分ほど早く起床したことになる。
 幸一郎は今の職場から電車と徒歩で一時間ほど掛かる場所にあるワンルームマンションに住んでいる。
 布団を畳んで押し入れにしまうと、寝間着のまま台所に向かった。
 シンクには、渚沙に受け取ってもらえなかった赤い薔薇百本が置いてあった。
 それは花瓶に生けられることも無く、無残にも萎び掛かっていた。
 幸一郎は花瓶の代わりにバケツを取り出し、そこに水を入れた。
 そして、百本の薔薇をそのバケツに活けた。

「あっ、そうだ」

 幸一郎は薔薇を見ていて思い出した。

「謝りに行かなきゃ......」

 いつもより早めに家を出た。
 何だか頭が冴えているような気がした。
 朝早く目覚めたのもそのせいだろうと思った。
 
(昨日、形を演武したからだな......)

 自分の好きなことを再確認した幸一郎は、気分が高揚していた。


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 幸一郎は職場の近くにある花屋「フローリスト野々花」へ向かった。
 二日前の晩、幸一郎はやけを起こし、この店のシャッターに八つ当たりをしてしまった。
 正拳突きを喰らったシャッターは、無残にも拳の形に凹んだのを覚えている。

「あの......」

 花の手入れをしている三十代くらいと思しき女性店員に声を掛ける。

「いらっしゃいませ。あっ......」

 女性店員は幸一郎のことを覚えていたらしく、続けてこう言った。

「百本の薔薇の人!」
「そ......そうです」

 あまりにインパクトのある買い方だったので、店員の方も覚えていたのだろう。
 幸一郎は照れた。
 照れ隠しに頭を掻く。

「デートどうでしたか?」
「いやあ......どうもうまく行かなくて」
「そうですかぁ......」

 店員は残念そうな顔をした。
 しばらく何も所望せずにただ立ち尽くす幸一郎を、店員は不審そうな顔をして見た。

「何かご入用ですか?」
「い......いえ、その......」

 幸一郎は自分を変えたいと思っていた。
 その第一歩として、この花屋のシャッターを凹ませたことに対して正直に謝ることを自分に課した。

「シャッターを凹ませて、すいませんでした!」

 叱られることに怯え言おうか言うまいか迷った挙句、迷い続けることが苦しくなってきた。
 苦しみから逃れたいと無意識に思っていたのか、気付くと大きな声で謝っていた。
 そんな幸一郎を店員は驚いた顔で見つめている。
 二日前、自分の身勝手で店のシャッターを破壊したことを詫びた。
 話を聴いた店員は怒ることも無く、ニコリと笑顔でこう言った。

「いいんですよ。もう古くなってきたし、そろそろ新しいシャッターにしようと思ってましたから」

 そう言われた幸一郎は、涙が出そうなくらい嬉しく、土下座をしたくなるくらい申し訳なさを感じた。

「デートで振られたら、物に当たりたくもなりますよ」

 店員は勝手に幸一郎がデートで振られたものと解釈してくれたようだ。
 確かに事実だが。
 そんな幸一郎をしり目に、店員は忙しそうに働いている。
 許してもらえたが、このまま帰るのも何か自分の気持ちが収まらない。
 ふと見ると、手の平サイズの鉢植えに植えられた親指大のサボテンを見つけた。

「すいません、このサボテン欲しいんですけど」
「あ、いいんですよ。気遣わなくても」
「い、いえ。本当に欲しいんです」
「はい。千円です」


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 いつもより三十分早く職場行くと、すでに渚沙が出社していた。
 他のメンバーはまだ居なかった。
 赤い目をして自席のノートパソコンに向かっている。
 眠そうに目をこする渚沙に、幸一郎は挨拶した。

「おはようございます」
「あ、おはよ」

 返事とともに彼女は欠伸をした。

「昨日は無事にバッチが動きましたか?」
「うん......。大竹君、昨日はありがとうね」

 取りあえず、無事にバッチは動いたとのことで一安心した。
 そう言えば、渚沙と直にこうやって会話をしたのは二日前の自動車事故以来か。

「体は大丈夫?」
「あ、うん大丈夫だよ。念のため週末病院に行こうと思ってるけど。大竹君は大丈夫?」
「はい」
「あの怖いおじさんから連絡着てない? ふふふ......」

 怖いおじさんとは、ベンツの持ち主である寺島のことだ。
 幸一郎は不注意から、彼のベンツに愛車をぶつけてしまった。
 そう言えば寺島からの連絡は来ていない。
 事故処理は保険会社を通して行われているので、直接やり取りする必要はない。
 だが、菓子折りの一つでも持って行くべきだろうか。
 名刺に住所が書いてあるが、どうもそういった事務所なのかと思ってしまい二の足を踏んでしまう。

「今のところ特に連絡が無いですね。ちょっと一安心しています」
「そっか......良かったね」

 渚沙は眠そうに伸びをした。

「昨日はもしかしてバッチの立ち合いで帰ってないんですか?」
「うん。立ち会った後、サーバ室で小山君と話してたら終電過ぎてて、帰れなくなったから職場に泊まっちゃった」

 夜、二人残って何を話していたのか気になった。
 渚沙は自嘲気味に自身が座っている椅子を指さした。
 恐らく椅子を何個かつなげて寝たのだろう。

「ほんと、君がバッチを停めてくれて助かったよ」

 渚沙にそのことで礼を言われると、心苦しい。
 だが、真実を話すと小山が庇ったこともバレてしまうので、それは出来ない。

「あれ?」

 渚沙は幸一郎の顔を覗き込み、不思議そうな顔をした。

「何ですか?」
「大竹君、今日、すっきりした顔してるね」
「え?」
「少し精悍というか......男前な感じになってるよ? 何かあった?」

 褒められた幸一郎は照れてしまい耳まで真っ赤になった。
 昨晩、十年振りに形を演武したことで、何かが吹っ切れたとまでは行かないが、気持ちに変化があったことは確かだ。
 それが顔に出て来ているのだろうか。

「今日、お昼行こうよ」

 突然、渚沙から食事の誘いを受けた。

「え!?」

(まじかよ~! これって、もしかして惚れられた!?)

 と、浮かれた。

「バッチのことでお礼しようかなって。何が食べたい? ご馳走しますよ」
「あ......そうすか」

 幸一郎は純粋にランチデートの誘いかと思っていた分、落胆した。
 取りあえず、好物のハンバーグと答えた。
 ふと辺りを見渡せば、渚沙とバッチの立ち会いをしたはずの小山が見当たらない。

「小山君は?」

 彼の家は職場から五分と離れていない場所にある。
 昨日、渚沙と一緒にバッチ起動に立ち会った後、帰ったのだろうか。

「夜12時に帰ったよ。今日は休むって。この前休日出勤した分の代休だって言ってたよ」

 小山は終電を逃した渚沙を、自分の家に誘ったりしなかったのだろうか。
 
「あいつの家に泊まればよかったんじゃない......?」

 確認したいことを努めて明るくジョークな感じを装って問い掛けたつもりだったが、自分でも声が震えているのが分かった。

「冗談ぽく『泊っていい?』って訊いたら、『俺の家は散らかってるからだめだ』って言われちゃった」
「そ......そう」

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「俺も、彼女のこと好きになっていいかな?」
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 昨日、小山がそう言っていたことを思いだした。
 幸一郎のために渚沙を振った小山は、今どんな気持ちなのだろうかと考えた。

「そうだ。プレゼントがあるんです」
「え!? いいよ! もう気を遣わないでよ」
「いや、今度は重くならないようにちゃんと考えました!」

 幸一郎は先ほど花屋で購入したサボテンの鉢植えを、渚沙の机の上に置いた。

「わっ、可愛い!」

 明らかに百本の薔薇を貰った時よりも嬉しそうな表情をした。

「机の上にマスコットみたいにして置けるし、水もそんなにやらなくてもいいから、ほっといても平気ですよ」
「ありがとう。なんかこの丸っこい感じが見てて癒されそう!」
「じゃ、僕、早速このサボテン君に水あげてきますよ」

 幸一郎はホクホク顔で給湯室に向かった。

(そうか! プレゼントはこんなんでいいんだ)

 水道の蛇口を少しひねり水を出す。
 チョロチョロと出てくる水をサボテンが植わっている土の上に掛けた。
 渚沙との会話を楽しみたい幸一郎は、急ぎ足で職場に戻った。

「......ぐうう......」

 渚沙は机の上に突っ伏し、眠っていた。
 その横にそっとサボテンを置いて、自席に戻った。
 始業前まで10分ある。
 昨日から散々な目に遭い、疲れているであろう彼女を起こすことはためらわれた。


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「朝会を始めます」

 九時、吉田課長がフロアに居る皆に声を掛けると、先に立って開発室の隅にある会議卓に向かった。
 メンバーもぞろぞろと後に付いて行く。
 渚沙も眠そうな顔をして後ろに付いて行く。

 吉田課長は全員揃ったのを確認すると、いつもの通り連絡事項を伝えた。
 一通り伝え終わった後、全員に質問が無いか尋ねた。
 田淵が、今開発しているフェーズ2の進捗の遅れをどうするのか問い掛けた。
 それはこの場では話が長くなるので、別に時間を取って話すということになった。
 そして、会の終わりに吉田課長から一枚のプリント用紙が配られた。

「本プロジェクトの新しい体制図です」

 周囲がザワつき出した。
 何で期首でも期末でも無いこの時期にプロジェクトの体制が変わるのか、メンバー全員疑問に思っているようだ。
 そんな話、昨日まで一つも出て来ていなかった。
 幸一郎は新体制が書かれた用紙を受け取った。

体制図.png

 A4のプリント用紙には、プロジェクトリーダーとして頂点に吉田課長の名前がある。
 ここは変わらない。
 今まで通りだ。
 だが、その直下に位置するサブリーダーの名前を見て、幸一郎は驚愕した。

「石川」

 DBAの石川がサブリーダーになっていた。
 彼女の方を見ると、プリント用紙に目を落としたまま唇を震わせている。
 では、小山はどこに行ったのか?
 体制図を見渡してもどこにもその名前はどこにも無い。
 石川の下にズラーっと幸一郎を始め他のメンバーの名前が列挙されていた。
 幸一郎は自分の名前の下に、役割としてこう書かれていることに驚いた。

「DBA」

(え!?)

 一瞬自分の見間違いかと思って、目をこすりもう一度確認するが、やはり「DBA」という文字はそこにある。

(何で僕?)

 潮が引くようにザワつきが治まって行く。
 石川、幸一郎の以外のメンバーは、今まで通りの立場のままだということに安堵したからだろう。
 ただ、立場据え置き組の中でも渚沙だけはじっとプリント用紙に印字された体制図を睨みつけている。
 小山が居ないという事実が呑み込めないでいるのだろうか。
 次の瞬間、用紙から顔を上げ吉田課長を睨みつけた。
 彼女は小山派だ。
 独断で体制から小山を外した上司が許せないのだろう。

「明日からその体制で行きます」

 と、吉田課長が宣言した。

つづく

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