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【小説 エンジニアの事故記録】第二十話 友達はスパイ

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 去っていく石川を見送った幸一郎は、ポケットからスマホを取り出し小山に電話を掛けた。

「もしもし、大竹だけど」
<おう>
「ちょっと、話せるか?」
<いいよ。ちょっと移動するから待ってて>

 小山は誰もいないところで話すために、席を離れているようだ。
 三十秒ほど待っていると、声が返って来た。

<大丈夫だよ。で、何?>
「えっと......」

 幸一郎は順を追って、石川との会話を伝えた。

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「早く小山君に私が今話した矛盾を伝えてあげて下さい」
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 石川の願い通り、幸一郎は小山の行動が矛盾していることを伝えた。

<そうか、良く気付いたな......教えてくれて、ありがとう。ちょっと今忙しいんで、昼休み話そうな>

 そう言って、小山は電話を切った。

 石川は何故、小山をかばうようなことをしたのだろうか。
 幸一郎は不思議に思った。
 去り際に彼女が残した言葉が気になる。

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「小山君を不利な立場にしたくなかったから」
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(もしかして小山のことを......)

 あいつ結構モテるなあ、と幸一郎は羨ましく思ったが、すぐにこう考え直した。

(小山と石川さんがくっつけば、渚沙が僕の方に少しは傾いてくれるかもな)

 そうプラスに捉えると、羨ましくはあったが、石川を応援する気にもなった。
 そんなことを一人残されたドリンクコーナーで、缶コーヒーを飲みながら考えていた。


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 駅前のエムドナルドバーガーは、昼休みにもなると多くのサラリーマン、学生、OLで混雑する。
 小山と幸一郎は、席を取るために昼休み五分前に職場を抜け出し、窓際の席に陣取ってランチを取っていた。

「しかし、お前の考えたストーリーのお陰で、助かったよ。ありがとう」

 渚沙が作った売上分析バッチの設計書は間違っていた。
 その設計書を元に作成したバッチは、もちろんバグをはらんでいた。
 ここまでは正しい。
 ここからが作り話。
 バグをはらんだバッチの実行を阻止するため、幸一郎は売上履歴テーブルを削除した。
 以上。
 小山は幸一郎を助けるために、そんな嘘ストーリーを皆の前で披露した。
 真実は、幸一郎が売上履歴テーブルを自分の間違いを隠蔽するために、無許可で削除しただけである。

「まあ、お前がバッチを殺してくれたお陰で、顧客に迷惑掛からなかった訳だから結果オーライだな」
「そう言ってもらえると、助かるよ」
「けど、お前のやったことそのものは、本来やってはいけないことなんだからな! 今度はちゃんと報告、連絡、相談を怠るな!」

 ちょっと強めの語気で小山は幸一郎を戒めた。
 幸一郎は申し訳ないと思いつつも、同い年に説教めいたことを言われてちょっとムッとした。
 自分が仕出かしたことも忘れ不貞腐れる幸一郎は、冷めかけたチーズバーガーにかぶりついた。

「そんな、不貞腐れるな。今回のことはお互い助かったということで、な」

 小山は慰めるように幸一郎の背中をバンと叩いた。
「いやー、しかし午前中は疲れたなあ。取り調べの後、人事考課面談だったんだよ」

 そう言うと、小山は椅子にもたれて伸びをした。

「どうだったんだ?」
「ああ、吉田課長に面談してもらったんだけど、大変だったよ」

 小山の直属の上司は吉田課長だ。
 その吉田課長と小山は同じプロジェクトのリーダーとサブリーダーという関係だ。
 吉田課長は彼を指導する立場として、普段、彼と接している。

「やっぱり、案の定、目標が達成されてないとか、協調性が無いとか、色んな事言われてさ。今回の水谷の設計書の不備だって俺の指導に問題があるって言われて何も言えなかった......。終いには揚げ足取りみたいな形で、色々指導されたよ」
「そっか......」

 上司と部下である二人は仲が悪い。
 小山は在籍期間が二年以上の古参メンバーが多いこのプロジェクトにおいて、配属からまだ一年しか経っていない割と若い方だった。
 ここに来る前に在籍していたプロジェクトでサブリーダーとして大成功をおさめたらしい。
 それまで別のプロジェクトでバリバリやっていたというのもあるし、自分の実力に自信もある。
 そのため、どこかノンビリとした(小山から見て)吉田課長のやり方が鼻につくようだ。
 そんな若くやる気のある小山は、自分と考え方が違う上司とそりが合っていない。
 だが、事あるごとに言い合いになる二人を見ていると、ただ仲が悪いだけではない何かを感じる。

「結局、また言い合いみたいになっちゃったけど、まあ、仕方ないよ。俺はあの人から見たら鬱陶しい存在だからな」
「それはお前がすぐ痛いところを突くからじゃないか?」

 幸一郎が冗談めかしてそう言うと、小山は飲んでいたコーラのカップを机に置いてこう言った。

「うーん、何て言うかな。大竹、君は政治的な話に興味あるか?」
「な......なんだよ、突然。よく分かんないな」

 いきなり話が飛び、戸惑っている幸一郎をよそに小山は話し出した。

「うちの会社には大きく分けて、二つ派閥があるんだよ」

 小山は何だかわざわざこの話をしたくて、ネタを振って来たような感じだ。
 会社内の政治や派閥--
 幸一郎にとっては遠い世界の話だった。
 幸一郎が属する社員数三十人前後のニッポーシステムズには、政治も派閥も無かった。
 社員のほとんどが外に出張って仕事している状況なので、そんなものが醸成されようも無かった。
 どちらかと言うと、元請け企業のそう言った事情に振り回される側であることが多い。
 小山が所属する大企業には沢山の人間が集まるから、そういったものが出来るのだろう。
 同じ大学、同じ課、同じ仕事、それらと対立するもの。
 上司と部下、顧客との関係、そう言う諸々のものが形の無い何かを作るのだろう。
 それが目の前にいる小山と、上司である吉田課長との間に何か関係があるのだろうか。

「誰にも言うなよ」
「ああ......」
「俺はここに来る前、A課長と言う人の元で働いていた」
「へえ」
「その人は俺の初めての上司で、仕事のイロハを教えてくれた恩人だ。そのA課長のプロジェクトで仕事して三年が経ったある日、こう言われたんだ」
「何て?」
「スパイになれ、って」

 「ものすごく簡略化して説明する」と言う前置きをして小山が話した内容は以下の通りだった。
 そのA課長はXという派閥に属していて、吉田課長が属するYという派閥と対立しているらしい。
 A課長は小山に色々な経験をさせるという名目で、吉田課長がリーダーを務めるベルルーノ株式会社の「婦人服通販・売上管理システム」プロジェクトに出すことにした。
 丁度、吉田課長の下にいたサブリーダーが急病で長期離脱することになったので、その穴を埋める形で小山は入った。
 だが、本当の狙いは、小山が吉田課長からこのプロジェクトを奪い、A課長の息の掛かったメンバーを呼び寄せて巻き取るということだった。
 そうやってA課長は自分の版図を拡げて来た実績があるのだそうだ。
 A課長の頭の中では、それを繰り返すことにより、いずれは部長、本部長、役員への道が開かれるという計画が立っていた。
 吉田課長は当初、小山の受け入れを断っていたが他にメンバーのあてが無かったため、不承不承といった感じで小山を受け入れた。

「まあ、当初ここに来たときは俺もA課長のためと思って、吉田課長にヘマさせるように仕組んだり、A課長にプロジェクトの情報を垂れ流したり、まあ姑息なことをしていたわけだ」
「意外だな」

 仕事に超真面目で、まず顧客のことを考える小山が、隠れてそんなことをしていたとは驚きだった。

「ただ、A課長の予定通りに事は進まなかった。吉田課長はああ見えて、意外にも特定のメンバーからの支持が高かったのが理由だ」
「特定のメンバーって?」

 小山は窓の外を眺めながらこう言った。

「古参メンバーからの支持が高いんだよ。古株メンバーにとっては始めから吉田課長のやり方に慣れてるからっていうせいもあるけどな。俺みたいにいちいち細かいこと言わずに、メンバーに任せてるところがやり易いんだろう。そのせいで、作業が属人化したり、なあなあになって文句言い辛くなって、今みたいに事故が多発するようになって来てるけどな」
「まあ、そうだな......」

 幸一郎もメンバーの普段の様子を見ていて思っていた。
 四十代や五十代のメンバーは、吉田課長と長く仕事して来たせいか、お互いツーカーと言った感じで「あれ」とか「これ」で話が通じている。
 古株だけに業務知識も豊富で、多くを言わなくても理解出来るようだ。
 お互いに居心地がいいのか、それで文句も余り出ないし、ヘマをしても険悪な雰囲気にもならない。
 担当者としては仕事をやり易いかもしれない。
 吉田課長はメンバーに締め切りだけを伝える。
 だからリーダーとしての作業管理はほとんどしていない。
 日々の進捗を訊くのも野暮と言った雰囲気が漂っていて、放任主義が当たり前だった。
 設計書の修正が後回しでレビューも無く、すぐにプログラミングに着手するから仕事は早い。しかし漏れが多い。
 ただ、経験豊富だから何かあっても力技でリカバリ出来てしまう。
 反対に、三十代から下のメンバーになると、吉田課長のやり方は何だか怠惰に見えるらしい。
 経験も業務知識も乏しく、まだツーカーの仲になっていない若いメンバーは、しっかり管理してもらいたいと思っている。
 責任の所在がはっきりしないまま任せきりで、いつまでも旗を振らず、何か起きてから手を打とうとするやり方が若いメンバーには合わないようだ。
 渚沙などは古参メンバーの事故の後始末をさせられて、文句を言っていることが多い。
 だから若いメンバーは小山のような、キッチリ物事を管理して、色々と事故防止策を整備してくれるようなマメなタイプに共感していた。
 結果的に小山のやり方が一部採用されて、事故が減って来ている。
 その分、成果物やレビューの強化、ダブルチェックの実施などにより工数は増えてきている。
 だが、若いメンバーからは好評だ。
 逆に古参からは今までのやり方を変えられて、不満があるとかないとか。

 そう思ったことで幸一郎は、こんな少人数のプロジェクトでも、うっすら派閥のようなものが出来ているということに気付いた。

「で、お前は今、そのA課長のために仕事してるのか?」

 幸一郎は結局、小山が今どっちなのかが気になった。

「俺はどっちでもないよ。ここで皆と働いているうちに、そんな派閥とか政治とかはどうでもいいことだと思うようになったからな。そんなもの気にしてて良いものが出来るのか? お客さんには関係の無いことだろう」

 そう思わないか? と小山に問い掛けられているような気がした。
 そして、

(こいつには適わないや)

 と思った。
 これじゃ渚沙も惚れるわけだ。
 恋に関しては旗色の悪さを感じたが、何だか小山のこと清々しく感じた。
 
(こいつの方がよっぽど、道場訓※1を実践している。それに比べてこの僕は......)

 空手の練習前後に道場訓を復唱して来た幸一郎なのに、その教えを何一つ守れていない。
 幸一郎は、今、無意識に自分を振り返り、そんな自分を変えるきっかけを探していた。

(大山先生に会いたい)

 不義理が元で音信不通になっている恩師に勇気を出して再会し、今の自分に喝を入れて欲しいと思った。
 
 黙り込んだ幸一郎に、小山はこう言った。

「俺としては自分のやり方でプロジェクトを良くしたいと思ってやってはいる。もちろん古参の意見も聴こうと思っている。だけど......まあ、吉田課長は俺のことを未だに、A課長が送り込んだスパイだと思っているみたいだし、目の上のたん瘤なんだろうな」

 これで、小山と吉田課長が仲が悪いことが何となく分かった。
 だが、幸一郎には一つ疑問があった。

「ところで、何で僕にそんな秘密を話してくれたんだ」
「それは、まあ......水谷のこともあってな......」
「なんだよ?」

 いきなり渚沙のことが出て来て、ドキッとした。

「こんな状態の俺だから、いつかは別のプロジェクトに飛ばされるかもしれん。吉田課長からは嫌われているし、A課長の言いつけ通りに動いてないしな」

 今日の人事面談で相当色々と言われたのだろう。疲れが顔に出ている。

「それと水谷さんと何か関係あるのか?」

 小山は深呼吸をし、一拍置いてこう言った。

「どこかに飛ばされてしまう前に、水谷に伝えたいことがあるんだ」

 幸一郎はここから先を聴きたくなかった。
 今朝、渚沙を振った時の小山の顔を思い出した。
 どこか寂し気で後悔したような表情を。

「俺も、彼女のこと好きになっていいかな?」
「......いやだ......!」

 幸一郎は自分のことを最低だとは思いつつも、つい否定的な態度を取ってしまった。
 そして、貝のように口を閉ざし、窓の外をじっと見つめたまま、膝に置いた拳を固く握りしめた。

「ははは......冗談だよ。彼女とお前がくっつくことで、やっと、借りが返せるんだからな」

 小山は笑顔だったが目は笑っていなかった。


つづく

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※1
一、人格完成に努めること
一、誠の道を守ること
一、努力の精神を養うこと
一、礼儀を重んじること
一、血気の勇を戒めること

Comment(4)

コメント

楽しみに読んでおります

叶わないや→適わないや が適切に思います。

湯二

楽しみに読んでおりますさん、コメントありがとうございます。

楽しみに読んでいただきありがとうございます。

なるほど、小山は幸一郎にとって恋敵になるので、適わないのほうが適切ですね。

指摘ありがとうございます。

匿名

(こいつには かなわない) であれば、「敵わない」 ではないですか?

湯二

匿名さん、指摘ありがとうございます。

修正いたしました。

作者より読者の方がしっかり読んでくれていますね。。。

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